第105話 無一文
今回からシュート視点に戻ります。
ゴブリン退治から帰ってきて早数日。
資金が底をついた。
そりゃそうだ。
なけなしの金貨5枚を全て宿代にして、働かなかったらそうなる。
だから俺はギルドへ向かい、協力者のアザレアからお金を貰うことにした。
「なぁアザレア。金をくれよぉ」
いつもの応接室に通されると、すぐに本題に入る。
「……シュートさん。その言い方はあんまりだと思いますが」
「シュート。それはヒモ男の発言よ」
アザレアとナビ子から非難の目を向けられる。
……確かに今のは言い方が悪かったかもしれない。
だが、ポーションという対価は払うんだから、断じてヒモではない。
「悪かったって。でも本当にお金がないんだよ。ここはひとつハイポーションを大人買いして……」
「あっ、シュートさん。しばらくポーションは買取りできません」
俺が言い終わる前にアザレアに拒否された。
「……え? なんで?」
まさか拒否されるとは思わなかったので、俺は戸惑う。
予定ではこれでお金がたんまりになるはずだったのに……。
「実は先日の件で、冒険者に大量に販売してしまいましたので、様子を見る必要がありまして」
アザレアの話によると、あの時破格の値段でポーションを売ってしまったことで、この街最大の商会に睨まれてしまったようだ。
そこで、その商会と商業ギルドを交えて会談が行われ、ポーションの販売金額や販売個数を決めるらしい。
「じゃあ今すぐ会談してさ……」
「双方のスケジュールもありますし、それに仮に今すぐ会談をしても、ポーションの販売は来月以降になるかと」
来月以降!?
まだ月が変わったばかりなんですけど。
「なんでそんなに掛かるの?」
「緊急依頼で特別にポーションを販売したのに、すぐにポーションを販売してしまったら、特別性が失われてしまいます」
「それは特別価格だったんだから、それでいいんじゃ……」
「金額の問題ではありません」
確かに。
物は違うけど、俺だって限定販売で買った後に、すぐに再販されたら興ざめする。
せめて1ヶ月は様子を見ないと駄目ってことか。
「じゃあさ。別に販売は来月でもいいけど、先に仕入れておく分には問題ないんじゃない?」
俺としては、とりあえず買取りだけしてくれれば問題ない。
別に腐るもんでもないし、ギルドも保管してくれてもいいだろう。
「それが、担当の管理マネジャーが会談で正式な個数や金額が決まらないと、仕入れ出来ないと」
確かに過剰に購入して余らせたり、売却金額を決めないと仕入れ金額を設定できないのは理屈としては分かる。
「……普通は仕入れ金額から販売額を決めるんじゃない?」
これじゃあ逆だ。
「普通ならそうですが、シュートさんがこちらで決めていいと仰ったではありませんか」
……確かに言った気がする。
でもそれは、大量に買ってくれるからであって、個数や買い控えは考えてなかったぞ。
「あっ、既に色々と動き始めていますので、変更は不可能です」
……なんだか理不尽な気がする。
それにしても……管理マネジャーとかいるのか。
ますます事務的というか、会社的というか。
そういえばアザレアの立場って結局聞いてないけど何なんだろう?
ギルド長と親しそうだったから、それなりの立場だと思うけど。
「アザレアはどんな役職なの?」
俺がそう言うと、アザレアは少し驚いた表情を浮かべる。
「……そういえば教えておりませんでしたね」
完全に忘れていたようだ。
「わたくしはギルドマネジャーという役職に就いております。仕事内容は書類整理です」
ギルドマネジャー……大分偉そうな役職だ。
「書類整理以外は?」
「書類整理だけです」
……書類整理だけ?
「じゃあ、なんで受付に立ってるの?」
「わたくしの仕事は午前中で終わりますから、後は時間つぶしを兼ねて、趣味の冒険者観察をしております」
あっあれ、仕事じゃなく趣味だったんだ。
……でも、マネジャーって平社員じゃなくて管理職のことだよな。
そんな早くに仕事が終わるものなのか?
「他にもマネジャーっているの?」
「ええ、現場マネジャーや事務マネジャーがおります」
ふむふむ。
他のマネジャーは意味を持ったマネジャーだけど、アザレアだけ何のマネジャーか分からない。
ってか事務マネジャーが書類整理とかしそうなイメージがあるんだけど?
「アザレアって同じ部署の職員はいないの?」
「そうですね。基本的にわたくしの部署といいますか、部署ではなく個人と言いましょうか……」
……なるほど。
何となく分かったぞ。
アザレアって氷の女帝とか呼ばれていたから、職場の人間関係は微妙だったに違いない。
ってか、ぼっちだし。
でも仕事はできるから、なにか役職は持たせたい。
そこでアザレアだけのぼっち部署……つまり窓際部署を作って、飼い殺しにしているに違いない。
だから普段は暇で、緊急依頼などで活躍するんだ。
つまり可哀想な人ってことだ。
「なっ何故そんな哀れみの目でわたくしを見るのです?」
「いや……大変だなぁと思ってさ」
「シュートさんは何やら勘違いおられるようですが、わたくしは現状に満足しておりますので……」
ぼっちってさ、基本的に好きで1人でいるとか、現状に満足しているっていうんだよな。
でも本当は友達が欲しくて、やせ我慢してるだけなんだよな。
「まっ、俺が協力者でいるから、ぼっちじゃないさ」
「……シュートさんが大変失礼なことを考えていたことは分かりました。本当はわたくしが研究のためにポーションを買い取ろうと思っていましたが、止めることにします」
「えっ!? ちょっと待って」
「来月からは、ちゃんとギルドとして買い取りますので」
「いやいや!? 本当にお金がないんだって!」
「ではゴブリンの素材や魔石なら買い取りましょう」
ゴブリンの魔石を売るのは論外だ。
というか、既に貸し出し予定の魔石以外は、モンスターカードとスキルカードに変更済みだ。
「ゴブリンの角と睾丸くらいなら……合わせて100個くらい?」
「それだけですと、2日分の宿代にしかなりませんが」
1個銅貨1枚の価値しかないのかよ!!
それじゃあ勿体なくて売らないほうがマシだよ!!
「売るのが嫌なら、働けばよろしいではないですか。依頼はたくさんありますよ」
……ギルドの依頼をこなす?
確かに俺は冒険者だから間違ってない。
「第一、帰ってきてから何日が経過していると思うんですか? こちらは毎日待っていたのですよ。それが……ずっと部屋でニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべていたそうではありませんか」
気持ち悪いって……随分失礼な言い方だよな。
「だってさ。戦利品のカードを整理していたら止まらなかったんだよ」
ゴブリンを分解して手に入れたカード総数は4千枚を超えた。
それを図鑑に片付けたり、並べてみたり……コレクション鑑賞するのは当然のことじゃないか。
「それで無一文になるまで何もしないというのは、怠慢でしかありません。挙げ句の果てに、金の無心とは……情けなくありませんか?」
「俺だって、アザレアがポーションを買い取ってくれないと知っていれば、もっと早く行動を起こしたさ」
むしろ先に教えてくれないアザレアの方が悪い。
「教える以前に、出てこなかったのでしょうが!!」
確かにそうだけどさ。
「そもそも物を売るだけで、後は自由に生きようなどと甘い考えです。この1ヶ月は労働の尊さを学ぶのがよろしいかと」
労働の尊さは日本で十分に学んでいるよ!!
とは言えないのが辛い。
それにアザレアから見たら、俺は働いたことのないガキにしか見えないだろうしな。
「まぁどうしても干からびて死ぬ! みたいなことになれば、相談してください。わたくしがシュートさんに施しをしてあげないこともないです」
うわ~。ものすごく上から言われた気分だ。
ったく、この間まで協力者をクビにされるかもとビクビクしてたのに、対等な協力者って話をしてから、ちょっと調子に乗ってないか?
「ふん。たかが1ヶ月だろ。それくらいなんとかなるさ」
見てろよ。
こうなったらビックリするほど金を稼いで、アザレアを見返してやる。




