閑話 アザレアレポート⑥
無事シュート様が試験に合格されました。
途中でギルド長が計算問題に細工をしたようですが、シュート様はそれを苦にもしなかったそうです。
ですが……シュート様の存在がギルド長にもバレてしまいました。
あのオッサン。
ここぞとばかりにわたくしをからかいやがります。
非常に不愉快な気分です。
ですが、実技試験では助けられました。
ギルドお抱えの元冒険者であるサマナーのオーカスさんの追求を止めてくださりました。
あれだけ強力なサマナー能力を見せられたのですから、オーカスさんがシュート様を追求する理由は分かります。
わたくしはてっきりギルド長もオーカスさんと同じように詰め寄ると思っていたのですが……何を企んでいるんでしょう。
ともあれ無事に合格できたので、よしとしましょう。
わたくしはシュート様に冒険者の手続きをします。
本来ですと、冒険者登録はわたくしの仕事ではありません。
そこで、今回のように実技試験に同行していたら、ついでという名目で登録ができると思いました。
冒険者カードにはどのような細工も通用しません。
もしシュート様が何か隠していたら、ここで暴く予定でした。
そのために本日まで休暇申請していたのですが、既にシュート様がカード化スキルを教えてくださいましたので、意味のないものになってしまいました。
――まだ何か隠しているなんてことはありませんよね?
わたくしは思わず冒険者カードを確認してしまいました。
……どうやらこれ以上スキルに隠し事はないようです。
わたくしがシュート様に冒険者カードをお渡ししますと、そのカードを見てシュート様が驚かれています。
何か問題があったのでしょうか?
わたくしが尋ねると、シュート様は何でもないと答えます。
少し気になりますが、ここで詳しく聞くことは出来ません。
後ほど尋ねることにしましょう。
わたくしはシュート様に、今朝サフランさんと約束したお祝いの話をしました。
シュート様も参加してくださるということでしたので、少しお時間を頂いて、一緒に宿屋へ向かうことにしました。
流石に制服のままでお祝いの場にいたくありません。
とは言いましても、ここには普段着しかありませんが。
一旦帰宅して、着替えた方がいいでしょうか?
いいえ、相手はシュート様です。
変に気合いを入れても空回りするだけです。
それにサフランさんもいます。
もしサフランさんが普段通りでしたら……ひとまずサフランさんと相談しましょう。
わたくしが戻ると、シュート様から手紙を受け取ります。
村長から預かっていたそうですが、すっかり忘れていたようです。
この3日、本当に色々ありましたから、仕方がないかもしれません。
それにシュート様の雰囲気から、大した用でもなさそうです。
軽く目を通して、明日にでも処理すればいいでしょう。
そんな軽い気持ちで手紙を読み始めましたが……その手紙はとんでもない内容でした。
「――シュート様はこの手紙を読まれましたか?」
思わずそう尋ねてしまいました。
もし、内容を知っていたら、もっと深刻になっているはず……
「いいえ。読んではいません。ですが、おおよその内容は分かります。ゴブリンが移住してきたけど、もう退治されたって話ですよね?」
……そうでした。
忘れていましたが、シュート様は一般常識はありますが、世間知らずでした。
どうやらこの報告にあるゴブリンがどのような存在かご存知ないようです。
いえ、シュート様だけではありません。
この手紙を読む限り、バランの村長ですら知らないようです。
一応ゴブリンが大量に現れたら報告するということは知っているようですが、なぜ報告するか分かっていないようです。
ゴブリンキングの話は有名ではありますが、数十年に一度の話ですし、大きな被害は支援ギルド創立まで遡ります。
バランの村は一度もゴブリンキングの被害に遭っていないですし、おとぎ話程度にしか考えられていないのかもしれません。
おそらくバランの村以外の村も似たような状況でしょう。
もっと各村にモンスターの脅威を浸透させねばなりませんね。
ですが、それはいずれの話。
今はこの手紙のことです。
この手紙の事実が本当なら、わたくし達はとんでもない勘違いをしていたことになります。
すぐにギルド長に報告しなくては。
合格祝いは……残念ですが、諦めるしかありません。
わたくしはシュート様に断りを入れて、ギルド長の元へ向かいました。
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「あっ? なんだアザレア。お前はこれからデートじゃないのか?」
「この一大事に何をふざけたことを言っておられるのですか!」
そりゃあギルド長はまだこの事を知りませんから、ことの重大さを理解していないのは当然ですが、こんなときにからかわれると、本気で怒りたくなります。
「おっ、おい。どうしたんだ?」
わたくしはそれに答えずに、代わりに手紙をギルド長へ渡します。
「まずはそれを読まれてください」
わたくしの剣幕にただ事ではないと察したようで、ギルド長は何も言わずに手紙を読み始めます。
「……この手紙の内容は事実か?」
「ええ。間違いありません」
手紙に嘘があれば観察眼が作動します。
「勘違いの可能性は?」
ですが、書いた本人が真実だと勘違いしていれば、それは嘘にはなりません。
「ありえません」
「何故そう言いきれる?」
「その手紙を持っていたのがシュート様だからです」
それだけでこの手紙が信用に足ります。
「あの小僧……まさか英雄バランの孫だったとは。どうりで出鱈目だったわけだ」
手紙にはゴブリンを倒した人物がバランの孫を名乗っていたこと。
その孫に手紙を託したことが書いてありました。
冒険者ギルド時代の英雄バラン。
全ての職業を極めし者。
支援ギルドになった時点で、更新や手続きが面倒だといって、職業冒険者を引退。
その後はフリーの冒険者になり、ギルドの援助を受けず、各地に数々の伝説を残した真の冒険者。
その後、邪神と戦い、大怪我をしてバランの村で余生を過ごしていたと聞いていましたが……まさかシュート様がその方のお孫さんだったなんて。
これで色々と腑に落ちました。
どうして常識はあるのに、昔のギルドのことしか知らなかったのか。
カード化等という恵まれたスキルや、生まれたときからナビ子様と一緒だった理由。
これらは全ての英雄から受け継いだものだったのですね。
「が、今はヤツのことよりも、ゴブリンキングのことだ。これが確かなら、キングの戦力は……」
「既に最終段階に入っているでしょう」
「くそっ!? 最近報告にあったゴブリンは追い出されたゴブリンじゃなく、偵察ゴブリンの方だったってことか」
せめてバランの村長がゴブリンを見かけた時点で教えてくれていたら……いえ、過ぎたことを考えても仕方がありません。
この後、各マネジャーを呼び、緊急会議を行うことになりました。
議題は緊急依頼の内容や報酬に関してです。
本来ですと、そんなことよりも早く冒険者を集めて討伐に向かうべきなのでしょうが、冒険者は慈善事業ではありません。
報酬も分からずに自分の命を賭ける人なんていません。
そして支援ギルドも同様に慈善事業ではありません。
緊急依頼ですから通常と違い、依頼主がいないため、多少の損失は覚悟しなくてはなりません。
ですが、その損失をできる限り少なくする努力はしなくてはなりません。
雇う冒険者の人数や報酬は?
依頼開始から完了までの経費は?
移動手段や食料や回復薬の確保は?
ギルドが損をしない程度に、冒険者が進んで参加してくれそうな依頼にする必要があるのです。
会議は夜通し続けられ……終わったのは明け方でした。
各マネジャーは物資や移動手段の調達、緊急依頼書作成に取りかかります。
そしてわたくしとギルド長は、シュート様にもう少し詳しい話を聞くことにしました。




