閑話 アザレアレポート⑤
「アザレアさん。おはようございます。いよいよ今日ですね!」
わたくしが宿屋に向かいますと、いつものようにサフランさんが声を掛けてくださいます。
「おはようございます。サフランさん」
この流れも今日で3日目ですが、少しずつサフランさんと打ち解けてきたような気がします。
ですので、今日で終了というのは少しさびしいですね。
「シュートさんは無事に合格できるでしょうか?」
「シュート様なら確実に合格できるでしょう。ですが、今回はいつもより少し難しい内容ですから、他の受験者には少し厳しいかもしれません」
シュート様を合格させるためとはいえ、他の受験者には少し申し訳ないことをしてしまいました。
「そうですか……彼らも張り切っていたんですが、難しいですか」
ここの寮生も受験するでしょうから、サフランさんは少し複雑でしょうね。
「それでも、今回の試験を受けたことは絶対に今後の役に立つでしょうから、その方たちはきっと良い冒険者になれますよ」
今回はまさに騙しの試験。
この試験を受けることによって、受験者は用心深くなることでしょう。
「そうですか。彼らにはいい経験をしたと慰めることにします」
サフランさんは本当に素敵な方です。
「でも……そんな難しい試験なのに、シュートさんの合格を疑ってないなんて、アザレアさんはシュートさんを信じてるんですね」
流石に答えを渡しているとは言えませんので、わたくしは曖昧に頷きます。
「そうだ! アザレアさんは今日までお休みなんですよね? もしシュートさんが合格したら、3人でお祝いしませんか?」
「お祝いですか?」
「ええ。お祝いと言っても、大したことは出来ませんが……」
「いいですね。きっとシュート様も喜ばれると思いますよ」
シュート様とサフランさんとでしたら、きっと素敵な会になるでしょう。
「じゃあ私も今日は午後からお休みを貰って、準備しますね!」
ふふっ。わたくしも楽しみになってきました。
****
「んじゃあシュート。頑張ってね~」
ナビ子様がシュート様から離れて、わたくしの元へ来ます。
試験は1人で受けることになりますから、その間わたくしがナビ子様を預かることになっております。
「アザレアさん。ナビ子は俺から50メートル以上離れると、消えてしまいますから、本当に気をつけてくださいね」
その話はすでに聞いておりましたが、離れると消えるとは、一体どんな契約を結んでいるのでしょうか。
聞いてみたいですが、ナビ子様のことに関しては、妖精の国の兼ね合いで、聞けません。
ですが、ナビ子様本人に聞くのは駄目ではないはずです。
試しに聞いてみましょう。
わたくしとナビ子様は試験の隣部屋へ向かいました。
「ナビ子様とシュート様の付き合いは長いのですか?」
まずは世間話的なところから始めてみましょう。
「そうだね~。シュートがこの世界に生まれてからの付き合いかな」
ということは、16年以上の付き合いということになります。
「……それは長いですね」
「んー? そうでもないよ。アタイにとっちゃあ1、2ヶ月くらいの感覚だよ」
それは、ナビ子様の寿命がとんでもなく長いという比喩でしょうか。
妖精の……ましてや聞いたことのない電子妖精の寿命なんて知るはずがありません。
ですが、流石に寿命は? などと失礼なことは聞けません。
ですが、少しは有意義な話も聞き出さなければ……
「ふふーん。何やら色々と聞きたいけど、どこまで聞いていいか悩んでるって感じだね」
どうやら見透かされているようです。
「別に色々聞いていいよ! でも、答えられないのは答えられないって言うから」
……驚きました。
てっきり何も答えられないと言うかと思っておりました。
「アタイはね。結構アザレアのことが気に入ってるんだ。あっ、アザレアって呼んでいい?」
「えっええ。それはもちろん構いませんが……」
「よかった。んじゃあアタイのことはナビ子って呼んでよ。様とか呼ばれると、なんかむず痒くて。あっ、呼び捨てが気になるなら、ナビ子ちゃんでもいいよ!」
……ナビ子ちゃん。
確かに可愛らしいですが、わたくしがそう呼ぶには抵抗があります。
「ナビ子さんでは駄目でしょうか?」
「う~ん。まだちょっと堅苦しいけど、最初だしいっか。馴れたら呼び捨てかナビ子ちゃんね!」
「畏まりました」
「本当はその敬語も止めて欲しいんだけどね。そっちは素みたいだからいいよ!」
「ナビ子さんは、わたくしのことをよく理解しておられますね」
確かにわたくしは普段からこのような話し方をしております。
ですが、それを見破られるとは思いませんでした。
「えへへ。人間観察はアタイの得意分野なんだよ!」
「それは何かスキルなのでしょうか?」
「あっそれ聞いちゃう? えっとね。どちらかというと、スキルの副作用かな」
「スキルの副作用?」
そんなの聞いたことありません。
「えっとね、アタイは全部で4つのスキルを持ってるの」
4つですか。
中々の数ですね。
「それはお聞きしてもよろしいですか?」
「うん。えっとね。気配察知と、情報処理と並列思考と記憶整理だよ」
……気配察知は分かりますが、他の3つに関しては聞いたこともありません。
「どんなスキルなのですか?」
「あのね、情報処理はすっごく頭の回転が早くなるの。10桁同士のかけ算だって一瞬でできるよ」
わたくしも計算や頭の回転はそれなりに自信がありますが、暗算では精々4桁が限界です。
それが10桁で、しかも一瞬?
途方もないです。
「並列思考はたくさんのことを同時に考えることができるんだよ。例えば10個の計算を同時に解いたりね。まぁ口や手には限りがあるから、順番に答えるんだけどさ。もちろん計算以外でも大丈夫だから……今なら気配察知で隣の部屋を調べながら、ここで10桁の計算問題を解いて、更にアザレアと全く別のお話をすることもできるよ!」
わたくしも書類の確認をしつつ、ギルド長とお話しすることがありますが、それですら片方に気をとられてしまいます。
その並列思考のスキル……わたくしも手に入れられないでしょうか。
「最後に記憶整理だけど、第一段階として、全ての記憶を覚えていられるの」
「全ての記憶……ですか?」
「うん。例えば、アザレアと初めて会ってから今までの会話とか仕草とか全部! 一言一句覚えているよ」
それが本当なら、とんでもない記憶力です。
「それはずっと昔の記憶もでしょうか?」
「もちろん! 生まれてからの全部の記憶を覚えているよ!」
……それは、どれだけの量の記憶になるのでしょうか。
「でもね、全ての記憶を覚えていると、目的の記憶を探すのも大変でしょ」
大変でしょと言われましても、記憶を探す行為がピンときません。
「簡単に言うと、思い出そうとすることかな。あれなんだっけな~ってやつ」
それなら分かります。
「だから記憶を整理して、ジャンル別に分けるの。それが第二段階で、記憶整理の効果だよ」
「すいません。よく分かりません」
やっぱり分かりませんでした。
「あははっ。そうだよね。アザレアって書類整理する?」
「ええ。それが主な仕事ですから」
「その書類整理って、依頼の書類や経費の書類とかいっぱいあるよね。一緒にまとめていたらグチャグチャにならない?」
そうなんです。
わたくしの机に書類を置くのは各マネジャーなのですが、全部一緒の場所に置くので、仕分けが大変です。
「ええ。ですから最初に3つの分類に分けて、そこからさらに重要度で仕分けてから作業を開始します」
「それをアタイの頭の中でもやってるの。フォルダ……は分からないか。頭の中に箱をいっぱい準備して、ジャンル別に整理をするの」
……書類を例えに出されたので、言われたことは何となく理解できますが、それを頭の中でと言われてもピンときません。
ただひとつ分かったことは、ナビ子さんも、シュート様に負けず劣らず興味深い方だということです。
「さて、アタイからお話しできる秘密はこれくらいかな」
どうやらこれ以上は教えてくれるつもりはなさそうです。
「う~ん、シュートはもう少し時間が掛かりそうだし、他のお話しよっか」
「もう少しって……隣の部屋の様子が分かるのですか?」
「うん。あのね、シュートは3番目に試験官に答案用紙を持って行って、合格したみたい。今は計算問題を解いてるの」
「……それはどうやって分かったのですか?」
「どうやってって、さっきも言ったけど気配察知でだよ」
……わたくしの知っている気配察知とは少し違う気がします。
普通の気配察知は隣の部屋に何人いるか分かるだけです。
「計算問題は少し時間がかかるだろうし……どう? シュートの昔話を聞きたくない?」
「是非!!」
気配察知も気になりますが、シュート様の昔話……非常に興味があります。




