閑話 アザレアレポート③
わたくしが休暇をいただく旨を伝えると、ギルド長は目を見開いて驚きました。
「……すまんがもう一度言ってくれ」
「明日から3日間休暇をいただきたいのですが、問題ないでしょうか?」
「……聞き間違いではなかったんだな」
本当に失礼ですね。
わたくしが休暇を申請するのが、そんなにおかしなことでしょうか。
「すでに3日分の業務は終わっております。明日以降の新規依頼の確認ですが、急ぎの場合はお手数ですがお願いいたします。急ぎでないものに関しましては、夜には顔を出しますので、その時に処理します」
どうせ書類を確認して判を押すだけの簡単な仕事です。
「3日間休暇を取るのに顔を出すのか?」
「いけませんか?」
「いや、いけなくはないが……それでは何のために休暇を取るのか分からんではないか」
「休暇と言いましても、ほぼ教習所にいるだけですので、帰りによるだけです」
「教習所? ……それは仕事じゃないのか?」
「いいえ。働かないのですから、仕事ではありません」
「お前の言っていることはよく分からん。ちゃんと説明しろ」
はぁ。
これだから察しの悪い人は困ります。
おそらくシュート様となら、このような不毛な会話をすることもなかったでしょう。
「3日後の冒険者試験に気になる方がいまして、試験までの間、その方のお世話をしたいと思っております」
「……男か?」
「ええ。男性ですが……」
わたくしがそう答えると、ギルド長が豪快に笑います。
「はははっそうかそうか。ついにアザレアが男に興味を持つとはな」
「勘違いなさっているようですが、別に男性として気になっているわけではございません。わたくしは彼の才覚に興味があるだけです」
「ほぅ。彼……ねぇ」
――あああっもう!?
違うと言っているのになんなんですか!
「くくくっ顔が真っ赤だぞ」
「っ!? とにかく! わたくしは明日から休暇を頂きます。それから、彼の実力を測りたいので、最難関の試験をお願いします! 学科試験も一番難しい問題にしてくださいまし!」
わたくしはそれだけ伝えてギルド長の部屋を退出しました。
あのオッサンが優秀でなければ、すぐにギルド長を解任させますのに……無駄に優秀なのが腹立ちます。
それにしてもいけません。
ミーナさんの時といい、ギルド長の時といい、シュート様が絡むと取り乱してしまいます。
どうやら自動発動させていたあのスキルも解除されてしまうようです。
こういう時こそ真価を発揮させなくてはならないスキルなのに、役に立たないとは……。
このスキルも、もう一度しっかりと研究せねばなりませんね。
****
昨日はほとんど眠れませんでした。
楽しみすぎて眠れないなんて、まるで子供のようです。
結局3時に眠ることを諦め、シャワーを浴びました。
シュート様に寝不足でひどい顔はお見せできません。
身だしなみはしっかり整えることにしましょう。
準備が完了したのは5時ですが、この時間では確実に寝ていることでしょう。
寝ていたら起こしますとは言いましたが、この時間では流石に失礼に当たります。
せめて常識的な時間までは待つことにしましょう。
しかし……これではまるで、本当に恋する乙女のようではありませんか。
……いえいえ。ありえません。
シュート様が魅力的なのは分かりますが、いかんせん若すぎます。
せめて20を超えていれば釣り合いも取れたでしょうが……
いえいえ、そもそもまだ出会って1日しか経っておりません。
本当に魅力的なのか、分かったものではありません。
……そうですね。
冷静になれば分かることでしたが、わたくしはシュート様のスキルに興味があるだけで、シュート様を男性として興味があるわけではございません
そうに決まっています。
と、考え事をしていたらもう7時ですか。
流石にそろそろいいですよね?
早速シュート様の元へ向かおうとしましょう。
……今日はシュート様とどんなお話ができるのでしょうか。
ふふっ楽しみです。
****
「あっアザレアさんおはようございます」
「サフランさん。おはようございます。朝から精が出ますね」
「ありがとうございます。おかげさまで繁盛してますよ」
「繁盛しているのは、きっとサフランさんが頑張っているからですよ」
この宿屋以外にも、ギルドと契約している宿屋はあります。
ですが、この宿屋が一番評判がいいです。
サフランさんを始め、働き者が多いからでしょう。
「アザレアさん。今日はいい天気ですね」
珍しいですね。普段なら用件に入るところですが……
「そうですね。こんなに天気がいいと、仕事なんかサボってひなたぼっこをしたくなります」
わたくしがそう言うと、サフランさんが少し驚いた顔をします。
「どうしましたか?」
「いっいいえ、アザレアさんって真面目なイメージがあったから、サボるって言うと思わなくて……」
ああ、そういうことでしたか。
「わたくしだって、たまには仕事のことを忘れてノンビリしたい時もあります。事実、本日から3日ほど休暇を頂いてるのですよ」
「えっ!? 今日はお仕事じゃないんですか?」
考えてみれば、仕事以外でここに来たことがありませんでした。
サフランさんが驚かれるのも無理ありませんね。
「あっ! もしかしてシュートさんとデートです……」
「違います!」
思わずサフランさんの言葉を遮って否定してしまいました。
サフランさん。気を悪くしないといいですが……
「すいません。思わず……」
「いえ、こちらこそすいません」
ああ……やはり萎縮してしまいました。
せっかくサフランさんと少し仲良くなりそうでしたのに……
「デートではありませんが、シュート様に用があるのは事実です。シュート様は試験前ですからね。勉強を教えてあげねばなりません」
「……もしかして、シュートさんの勉強を見るために仕事を休んだんですか」
「そうなりますね」
「それは2人きりで?」
「その予定ですが」
「では勉強デートですね!」
違うと言いたい。
ですが、否定してサフランさんがさらに萎縮してしまうと、サフランさんにまで嫌われてしまうかもしれません。
「そんなに華やかなものではありませんけどね」
ですので、わたくしはやんわりと否定するだけに止めました。
「そんなことありませんよ! 相手への気持ちがあれば、どこだろうが関係ありません。アザレアさんの気持ちは絶対に通じますよ!」
サフランさんの中ではわたくしは恋する乙女のようになっていそうです。
「じゃあ、早くシュートさんを迎えに行かないとですね! さっ、こっちです」
「あっ、サフランさん!?」
サフランさんがわたくしの手を引いて先に進みます。
わたくしは誤解を解きたいですが……何故か誤解を解かず、そのままサフランさんに連れられました。




