第103話 対等の協力者
最終的に、今後似たようなことがあっても、勝手に行動するなと注意され解放された。
一応ギルマスにも信頼されたようだ。
俺はようやく休めると、宿屋へ帰り部屋で寛ぐことにしたのだが……
「なんでアザレアさんが付いてきているんですかねぇ」
俺は不満げに呟く。
もちろんちゃんとアザレアさんに聞こえるように言った。
「失礼ですね。わたくしがいてはいけませんか?」
「いいか悪いかで言えば、ここは俺の部屋だから、許可なくいちゃ駄目でしょ」
「むぅ。では許可をいただけますか?」
……ここで嫌って言ったらどうするんだろう?
多分文句を言って居続けるだけだ。
だったら早く用件を聞いてお暇願おう。
「それで……アザレアさんはまだ何か話があるんですか?」
まさか本当に籠絡しに来たのか?
それなら……どうしよう。
まぁそんなことはないと思うけどね。
だってアザレアさんが籠絡と真逆の雰囲気を出している。
「シュート様。わたくしは怒っております」
「あっはい。なんとなく察してます」
ですよねー。
だから早く帰ってもらいたいと思っているんだ。
「わたくしが怒っている理由は分かっておりますよね?」
「まぁなんとなく」
というか、ゴブリン退治以外に理由がない。
「では、どうして協力者であるわたくしに何も告げなかったのか、お答え頂きましょうか」
やっぱりそこだよなぁ。
本当に他意はないんだが……
「えっとですね。あの時は……その……どうすればギルドを出し抜いて独り占め出来るか考えていましてですね。アザレアさんのことなんか、正直全く気にしてなくてですね。いえ、気にしてないどころか、むしろギルド側の人間と敵認定してたくらいでして。だから、協力者だから説明なんて考えは一切ありませんでした」
俺のいいわけを聞きながら、アザレアさんのこめかみがピクピクと動く。
……ちょっと正直に言いすぎたか。
「――よく分かりました」
アザレアさんがそう一言だけ告げる。
これはマジで怒ってるな。
そりゃあ全く気にしてないどころか敵認定とまで言っちゃったもんなぁ。
でも嘘ついても観察眼でバレちゃうから、正直に言ったほうが良いしなぁ。
もしかしたら今回の件で協力者を辞めるとか言うかもしれない。
それは困るなぁ。
アザレアさんより適任は絶対にいないと思う。
「それでは協力者の話ですが……」
と思ったら早速か。
「このまま継続でよろしいでしょうか?」
「……あれっ? 継続なの?」
「……やはり駄目でしょうか?」
アザレアさんが不安げに尋ねる。
「いえ、全くもって駄目じゃありませんが……今の流れって、アザレアさんが俺に愛想を尽かして辞めるって話じゃないの?」
「何故わたくしから辞めなくてはならないのですか? せっかく見つけた研究対象を、自ら手放すなどと愚かな真似は致しません」
お、おう。
やっぱり見た目が良くても、この人に籠絡されることはないな。うん。
「むしろ先程のお話を伺うまで、わたくしが協力者として頼りないから、何も告げずに出ていったと思っておりました」
だから協力者を辞めさせられると思ったのか。
「そんなことないから。メチャクチャ頼りにしてるから」
「そうですか。安心しました」
アザレアさんがホッと胸を撫で下ろす。
心なしか表情も穏やかになったようだ。
「安心したのは俺の方だよ。アザレアさんがすごく怒っていたから、協力者を辞めたいのかと思ってましたよ」
「わたくしが一番怒っていたのは……わたくし自身にです」
「えっ俺にじゃなく自分自身に?」
「ええ。わたくしはシュート様が依頼を受けないと仰られた際に何故だと怒り、そして幻滅しました」
それは普通のことだと思うけど。
「ですが、本当の協力者であれば、すぐにシュート様の意図に気づくべきでした」
いや、あれだけですぐに気づかれたら怖いけど。
この人、なにか協力者を勘違いしてない?
「ですが、気づいたときにはすでにシュート様は旅立たれた後でした」
「……ちなみにいつ気づいたの?」
俺の希望としては、俺の不在を知って、残されたポーションで疑問をって予想だったんだけど。
「昼過ぎでしょうか。わたくしがシュート様の思惑に気づき、急ぎ宿へ向かうと、サフランさんが入れ違いだと仰っておりました。入れ違いなら間に合うと思い、門へ急いだのですが、そちらも一歩遅く……。ですので、門番へシュート様が戻られましたらすぐにギルドへ連絡するよう申しつけました」
だから門番は俺が帰るとすぐにギルドへ報告したのか。
というか、本当に紙一重だったんだな。
「仕方がありませんので、大人しくシュート様の帰りを待つことにして、ギルドへ戻ることにしました。そして緊急依頼の変更を行いました」
「へっ変更?」
それは聞いてない。
「ええ、シュート様がキングを討伐されますのに、依頼を出しても無意味です。従って、すでにキングは討伐されたことにし、ゴブリンの残党処理へと変更しました」
アザレアさんはそういって、依頼書を取り出す。
依頼内容は集落付近の村の被害調査及び残党ゴブリンの討伐になっている。
依頼も緊急依頼ではなくなっているため、中堅以上の冒険者の強制参加がなくなっている。
定員も300名から100名へ減らし、参加報酬の金貨も300枚と3分の1になっている。
「残党狩りということで、殆どのベテランや中堅冒険者は依頼を取りやめました」
ただ経験値と次回更新免除は継続されており、残党狩りなら危険が少なくなったと、初心者冒険者が殺到した。
最終的には一部の中堅冒険者と初心者冒険者で依頼は現在遂行中らしい。
「でも、それって緊急依頼を受けようとしていた冒険者からクレームとか来なかったの?」
ベテランとか、変更した依頼を受けなかった中堅冒険者は稼ぎがなくなったと怒りそうだ。
「もちろんそういう声もありましたが、シュート様のおかげで事なきを得ました」
どういうことだ?
と思ったが、どうやら参加表明していた冒険者限定で、ミドルポーションとハイポーションを値引き販売することを発表したらしい。
普段市場に出回らないミドルポーションやハイポーションを手に入れるチャンスは、報酬以上の価値があったようで、そういうことならとベテラン冒険者が大人しく引き下がったらしい。
「お陰様で、ギルドはほぼ損をすることがなく……むしろ、ポーションの売り上げ分、得することになりました」
出費は金貨300と経費のみ。
そしてそれ以上の売り上げを叩き出したポーション。
ついでに残党ゴブリンの素材や魔石はギルドのもの。
ギルドはかなりの黒字を出したようだ。
ギルマスのやつ……何が大損だ。
今度会ったら文句を言ってやる。
でも、これって俺がゴブリンを倒すことが前提だよね?
「もし俺がゴブリン退治じゃなくて本当に村へ帰省しただけだったらどうしたの?」
この時点ではアザレアさんの憶測だけで、本当に俺がゴブリン退治に行ったか分からない。
それに、俺が負けたらどうなってたことやら。
「そこで、通信の魔道具を使用して、近隣の街の冒険者に集落の調査をお願いしたのです」
あっあの冒険者はギルマスの用意した冒険者じゃなくて、別の街の冒険者だったのか。
だから俺とほぼ同時にあそこにいたのか。
「彼らのおかげであの場にシュート様がいらっしゃることが確定しました」
「そこで俺が負けるとは考えなかったの?」
「はんっ。シュート様が負けるはずがないでしょう」
鼻で笑われた。
この人、俺の強さを試験でしか知らないよね?
召喚モンスターだってラビットAしか知らないのに、なぜそんなに強気なんだ?
「仮に本当に厳しい戦いだとしたら、シュート様は逃げます。もし逃げることを拒んでも、ナビ子さんが逃がします。ですのでシュート様が死ぬことは全く考えませんでした」
確かに。
マジでヤバかったら逃げることも考えていたと思う。
そして逃げるのであれば、仲間を全員犠牲にしてでも全力で逃げる。
仲間には辛い思いをさせるが、それでも俺さえ生きていたら、それが犠牲じゃなくなる。
「そして逃亡したとしても、集落はかなり被害を受けていたはずです。それならば、再依頼をする余裕は十分にあります」
はぁ。
強かというか……どんな状況でも対処できるようにちゃんと考えてたんだ。
「ですが、無事だと確信していても不安なものは不安なのです。あまり無茶はしないでくださいまし」
アザレアさんは儚げな表情で俺を見つめる。
「あっああ。ごめん」
いかん。不覚にも見とれてしまった。
同様が声にも出てしまったが……気づかれたか?
「ふふっ駄目です。許しません」
今度は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「……どうすれば許してくれるんで?」
「そうですね。ひとつお願いを聞いて下さいませんか?」
お願いか……また無茶なことを言わないだろうな?
「あんまり無茶なことは言わないでくださいね」
「そう身構えなくても、簡単なお願いです。…………その、敬語を止めてくださいませんか?」
「へっ?」
敬語を止める?
「……それだけ?」
「それだけとは何ですか!! わたくしがどれだけ勇気を振り絞ったか……」
と、ここでアザレアさんは顔を赤くして口を紡ぐ。
どうやら失言だと思ったようだ。
「そもそも冒険者なのに敬語を使っているシュート様の方が悪いんです!!」
そして誤魔化すように逆ギレ。
「いや、冒険者でも普通目上の人には敬語を使うでしょ」
「いいえ。普通の冒険者は敬語を使うと舐められると思い、目上にも絶対に敬語は使いません」
舐められるから敬語を使わない……か。
俺はそう思わないけど、これって日本人の感覚なのかな?
「確かに冒険者が商人やギルド職員に敬語を使うと、足元を見られる可能性はあります」
そっか。弱そうだから買い取りを安く見積もったり、高く販売しようとするのか。
それなら舐められないようにっていうのも納得だ。
「でも、それならお願いなんかせずに、普通に言えばいいのに」
別に理由があるなら俺だって敬語は使わない。
「……だって恥ずかしいではありませんか」
一体何が恥ずかしいというのだろうか。
……まっアザレアさんは今までぼっちだったからな。
こういうことを言い慣れてないのは当然か。
しかし、そういうことなら……。
「では、アザレアさんも敬語を止めましょう。そしたら俺も敬語を止めます」
「わっ、わたくしも止めるのですか!?」
そもそも様付けが呼ばれ慣れてない。
それに何となく他人行儀であまり好ましくない。
「わたくしは仕事ですので、ちょっと……」
「別にギルド職員は全員敬語強制ってわけじゃないですよね?」
だってトップのギルマスが貴様呼びだぞ。
「確かにそうですが、シュート様だけ特別扱いはその……」
確かにそれは仕事に影響が出るかもしれない。
「じゃあ仕事のときは今まで通りでいいですけど、仕事以外では敬語禁止で」
これなら問題ないはずだ。
「しっ、しかしわたくしは普段からこの話し方でして……」
「じゃあ話し方は追々で。とりあえず様付けだけはなしにしましょう。ナビ子やサフランにはさん付けだし、それなら問題ないですよね」
「むぅ。わたくしはお願いをしたはずでしたのに……何故条件を出されているのでしょう?」
本当、何故なんだろうな。
でもさ。協力者なんだから、片方が敬語ってイヤじゃない?
やっぱり協力者は対等な関係でいたいよね。




