第1話 グローリークエスト
新作です。
よろしくお願いします。
知らない天井、知らないベッド、知らない部屋。
俺は知らない場所で目覚めた。
「ここは……どこだ?」
辺りを見渡す。
……やはり見覚えのない場所だ。
一体ここは何処で、どうして俺はこんな場所で寝ていたんだ?
俺は眠る前の記憶を思い出そうと試みる。
最後の記憶……あの日は確か……
****
その日、俺は仕事から帰り、現在ハマっているソーシャルゲーム『グローリークエスト』で遊んでいた。
リリース開始からまだひと月しか経っていないゲームだが、何かと話題に困らないゲームだった。
基本無料のよくあるソシャゲだが、ゲーム性、ストーリーがかなり面白く、リリース直後から大絶賛されていた。
その上、ログインボーナスやクエスト消化で無料の召喚石やゲーム内コインも良く配られ、強いキャラは配布という大盤振る舞い。
無課金でも十分楽しんでクリアすることが可能だ。
それに対人のランキング戦もゲーム性が評価され好評。
キャラを強化するためには多少ガチャを回さなくてはならないが、それでも他のゲームに比べると微々たるものらしい。
ただそのゲームには一ヶ所だけおかしな点があった。
このゲーム、ガチャの要素は仲間キャラクターと武器の二種類あるのだが……リリース時からキャラも武器も種類が千種類を超えていた。
種類が多ければ、それだけガチャを回さねばならず、課金ゲーだと叩かれそうなのだが、このゲームはそうはならなかった。
なぜならガチャ自体は十連で必ず最高ランクの星5が排出されるため、数回回せば仲間キャラも装備も十分強くなる。
どうしても欲しいキャラがいた場合は、リリース時に交換チケットが一枚配布されているから、最低でも一人はお気に入りのキャラを手に入れることが出来る。
その為、ゲームを楽しむ分には炎上することはなかった。
――そう、コンプ勢以外は。
コンプ勢は発狂した。
コンプするためにはキャラと装備併せて二千種類集めないといけないのだ。
全てを集めるのに総額幾ら必要なのか……
キャラだけ、装備品だけをコンプするタイプのコンプ勢も、千種類ある事実を知って撤退した。
そして俺――石動拓真はガチのコンプ勢だった。
強さには興味がない。
ただ全種類集めてそれを眺めるのが好きだった。
小さい頃からコレクターとして、お菓子のシールやスポーツ選手のカードを集めていた。
ゲームをすれば名作ゲームからクソゲーまで、必ずコンプするまで止めなかった。
モンスターを集めるゲームをプレイすれば、全種類コンプはもちろんのこと、全モンスターの色違いも集める。
またゲーム外で手に入るレアな仲間を求めて、毎年のように映画館に足を運んだ。
他のゲームもアイテムや敵モンスターは、図鑑のあるなしに関わらず、全種類コンプした。
アイテムは絶対に使わないようなクズアイテムや装備品に至るまで全て揃えた。
敵モンスターのコンプは戦うだけではない。
雑魚・ボス問わず全ての敵のドロップアイテムまで全て網羅する。
雑魚敵は何度も狩れるから問題ないが、ボスの確率ドロップのゲームは何度もリセットしなくてはならないから、非常に大変な作業だった。
もちろん乱数や改造などには頼らない。
すべて自分の手で探し、手に入れる。
……と言いたいところだが、敵のドロップ情報を調べるために、攻略本やサイトだけは見る。
流石にドロップ情報は確認しないとコンマ数パーセントのドロップ率は見逃してしまうからだ。
だが、それ以外の情報や追加情報はほとんど見ない。
だから誤った情報に踊らされて一年以上も無意味に過ごしたことがある。
本当に苦い記憶だ……黒本に関しては一生許せないかもしれない。
そんな俺だからこそ、この『グローリークエスト』がリリースした時は絶対にコンプしてやると誓った。
それからただひたすらガチャを回す日々。
ストーリーで手に入るアイテムもあるから、ストーリーをこなしつつ、空いた時間は全てガチャ。
ただひたすらガチャを回し続け……気がつけばコツコツと貯めていた貯金が底をついた。
それどころか未来のお金――来月以降の給料も全額つぎ込んでいた。
このままでは来月の家賃どころか食費も交通費ない。
定期が買えなくて仕事に行けず、アパートを追い出されて、餓死……来月になれば俺の人生は終わりだ。
全てこのゲームが悪い。
このゲームの所為で全て失った。
だけどガチャを止められない。
今更止められない。
だってコンプまであと少しなのだから……
どうせこれ以上失うものはない。
ならせめて最後にコンプだけでも……
そしてその日、ついにその時がやって来た。
「っっっしゃああああ!!! でたあああ!!!」
俺の歓喜の叫びが部屋中に響き渡る。
っとと、危ない危ない。
またうるさいって怒鳴り込まれてしまう。
俺が住んでいるのは六畳一間の壁の薄いボロアパート。
少しでも騒ぐとすぐに隣の住人から苦情が来る。
……幸いなことに今回は大丈夫のようだ。
留守なのか、一言だけだったから見逃されたのか分からないが、これ以上騒ぐのは止めておこう。
しかし……ようやく揃った。一体いくら注ぎ込んだ?
少なくともこれから半年……これ以上は悲しくなるから止めよう。
それよりも早くコンプリートのスクショを貼ってSNSに上げよう。
どうせ来月には破産で笑い者。
ならせめて最後にネットでマウントを取らないと……
「ん? なんだこれ?」
俺がゲームのホーム画面に戻ると運営から個人宛のお知らせが届いていた。
全体のお知らせじゃなくて個人宛のお知らせ……初めてだ。
図鑑をコンプしたからか?
もしかしてコンプの景品だったりして。
……いや、それは景品法で違法だったっけ?
何かは分からないが、とにかく開いてみることにした。
――――
図鑑コンプリート者へ
おめでとう。
図鑑をコンプリートしたことを讃え、コンプリートした者には特別に次なるステージへの挑戦権を与えよう。
もし次のステージへ挑戦するなら『はい』を、挑戦しないなら『いいえ』を押してくれたまえ。
押さずにこのメッセージを閉じたのなら自動的に『いいえ』と判断させてもらう。
我々は君の挑戦を待っている。
――――
運営からのメッセージはこれだけ。
メッセージの最後には『はい』と『いいえ』の文字がある。
これをタッチすればいいようだ。
このメッセージの通りなら、『はい』を選べば次のステージへ行ける。
追加シナリオなのか追加アイテムなのか。
……普通なら何も考えずに『はい』一択だろう。
他の人が出来ない特別なステージってだけでワクワクする。
しかし同時に不安もある。
どうやら『はい』は今しか選択できないらしい。
このメッセージを閉じると自動的に『いいえ』になってしまうから、後回しにすることも出来ない。
この念の入れ方は……もしかすると更なる課金地獄が待っているのかもしれない。
追加ゲームの請求とかで詐欺の可能性も……このゲームをコンプするくらいだから、カモと思われているのかもしれない。
――うーん、どうするか。
悩んだ末に俺は『はい』を押すことにした。
やはり次のステージの誘惑には勝てなかった。
俺が『はい』を押した瞬間、フッと視界が暗転し、そのまま意識を失った。