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日付をまたぎ暗く淀んな室内、
一般的な人であれば夢の中であろうこの時間に
拙者こと、坂本タクオはPCに向かって
この熱いハートからこぼれ出るパトスを文字へかえる。
『フェリナ様マジ女神!!!』
ネット小説から端を発し、今やアニメ化するにまで至った
エンターテイメント界の一柱。
『ミラクルごってすフェリナ様☆』
この荒んだご時世にさす一筋の光たるこの作品の主人公
『フェリナ様』のすばらしさを伝えるべく
ありとあらゆる情報媒体を通じて布教を行う拙者。
「デュフフ、何と稚拙な。はいはい、論破論破」
軽快なキータッチが一人、また一人と悪質なアンチを滅し
迷える子羊たちに正しい信仰を植え付けてゆく。
そんな聖戦と言っても差し支えない濃密な時間を過ごし
確かな手ごたえを感じていたその時である。
「ぬぬ?」
何やら窓の外が明るくなってきた気がする。
確かにアニメ放映直後であれば熱き討論に
朝を迎えることも無きにしも非ずではあるが、
PCに表示された時刻を見ても夜明けまでは
まだ時間がある。
「一体これは?」
キーボードから手を離し、散らかった床のゴミを
足で払いながらおそるおそる窓まで近づく拙者。
そんな拙者に気が付いたかのように辺りを包む光量が増し
部屋と外を隔てていた窓とカーテンから光の玉が飛び出る。
「ぬお!?」
突然の球体の出現に驚いたのもつかの間、その球体が爆ぜ
辺り一面が白い光で塗りつぶされた。
「めが、めがぁーーー!!!」
その光量はすさまじく瞼越しにも眩しさを感じられる。
そんなその光の本流に動転し、
危うく視力まで持っていきかけられたその時である。
「タクオよ、ひれ伏しなさい」
どこからともなく聞こえてくる優しくも威厳に満ちた
女性の声を拙者の耳が捉える。
このシチュエーションは・・・!
幾重にも刷り込まれたエンターテイメントの数々が
拙者に膝を折らせ、声のする方へと頭を下げさせる。
「ははぁ!!!」
自然と声が口から出て、静かな夜のこの部屋の中を
反響しながら消えていく。
ぬぬ?
未だ光があたりを満たす中、静かになった室内。
そんな沈黙に耐え切れず、
声の聞こえてきた方向を確認しようと頭をあげようと
したその瞬間。
「何コイツ、キモ」
先ほどの声にこもった優しさがすっかりと脱色された
女性の声が私の耳に届く。
「な、な、ななんと!?」
怒りと驚愕に頭まで真っ白になりかけながら
声の主を確認しようと頭をあげる。
するとそこには光り輝く布に包まれ、
神々しい後光に包まれた女性?が立っていた。
「おうふ」
先ほどまでこみあげていたら数々の罵声が
腑抜けた一言へと置き換わる。
そう、それほどまでに
拙者の目に映った存在は圧倒的だった。
神聖という単語で形容するのがふさわしい見眼麗しい女性?
そんな女性?の嫌悪に歪んだ表情と目線があうと
反射的に上がっていた頭を先ほどより低く下げる。
何という不覚。
拙者この身も心もフェリナ様へ捧げたつもりでござったが、
まさかここにきてこんなハプニングが起きようとは。
高鳴る鼓動を必死で抑えつつ。
これから起きるであろう人生の分水嶺に臨むべく
フェリナ様名言集を一つずつ心の中で唱えて
いつもの拙者を取り戻す。
そうして平静を取り戻しつつあった某に対し、
先ほどの女性?が語り掛けてくる。
「社会という人の輪から外れ、無意味な人生を過ごす者よ
今日はそんなあなたへ栄誉ある使命を授けに来ました。」
突然ディスリから話題の導入に入ってきたこやつ。
何と失礼な!
確かに外界との接点を極限まで減らしてはいるが、
それはフェリナ様のすばらしさをこの世に広めるという
聖なる戦いそう「ジ・ハァードゥ」にこの身をとしている
からであってそういった意味では人の輪を正しき方向へ
導くという壮大で有意義な人生を・・・
「おい、返事は?」
「ははぁ!何なりと!!!」
喉もとまで出かかっていた訂正を反射的に飲み込み
これまた反射的に返事が口をついて出てしまった。
――――――――――――――――――――――――――
「―――そう、つまり世界を救う者が必要なのです」
長い、長い選挙演説の様な解説が終わる。
言葉の飾りつけや言い回しが長ったらしかったため
要約すると。
・異世界ピンチ
・異世界を救える人材が来ない
・じゃあ呼んでくるか
ということらしい。
何という異世界転生テンプレート。
何というお約束感。
だがこってこてのベッタベタの展開でも
いざ我が身に起こるとなんとも胸が熱くなる。
「不肖このタクオ。あなた様のお役にたつべく
粉骨砕身頑張らせていただくでござる」
拙者がさらに頭を下げて意気込みを口にしたその時、
部屋の扉がどんどんと叩かれる。
「タクオちゃん!大きな音がしたけど大丈夫?
タクオちゃん!!!」
「っるっせぇぞババア!何時だと思ってんだ!!!
っすっぞてめぇ!」
反射的に口をついて飛び出る暴言。
条件反射とはいえこれから異世界をすくう勇者としては
あまりにも横暴な物言いであであった。
目の前にいるであろう女神の心象や如何にと
恐る恐る前を向くが意外や意外、
非常に整った笑顔でこちらを見ている女神?
「その意気です。タクオよ。
まだいろいろと説明したいことはありますが、
日を改めることとしましょう。」
そういうと先ほどまで眩しいほどに輝いていた姿が
徐々に透けていつの間にかのぼってきていた朝日に
溶けてゆく。
「拙者が・・・!」
静かになった部屋にたたずむ拙者はこれから訪れる
冒険の旅に思いを馳せながら床に就いたのであった。