CHIPS ライジン編 EPILOGUE
「ところで」
みんなで魔導稼働車に乗って(中は案外広く、リムジンのような風景だった)次の目的地アルテットミアに行こうとしていた道中、私は前に座っていた国王に聞いた。
国王は「なんだ?」と、平然とした面持ちで聞く。
私はそんな王に向かって聞いた。
「なぜおじいさんが、弟さんの次の王様になったんですか?」
「……それは、なぜ弟の王位を、わしが即位したのか? と聞きたいのだな?」
その言葉に私は頷く。
「確かにそうだよな」
と、腕を組んでいたキョウヤさんは国王を見て疑問の声を上げる。
「もともと二十年間王様として過ごした弟さんだ。それなりの信頼とかあるだろう? なんで今になって……?」
そう聞くとヘルナイトさんは「きっと」と口を挟めてこう言った。
「相応しい人物……、総べるべき人物がいると思い、降りたのだろう。いうなれば引き際を知ったと言った方がいいのか……」
その言葉に、国王はふぅっと溜息を洩らして言った。
「その通りだな。弟はな……、自ら譲渡を申し出た。わしにな」
「………なんで」
アキにぃが驚いて聞くと、国王はにかっと、申し訳なさそうに笑いながら「決まっておろうが」と言って……、続けてこう言った。
「弟は、わしこそがアムスノームを総べる人物だと、確信したからじゃろうて」
その言葉に私は……、複雑だなと思いつつも、何となく納得している自分がいる気がした……。
国のことを思って、国を出て行き、自分の身分を隠してまで国のことを思い、神のことを第一に思った……、純粋無垢の王様……。
そう思った瞬間だった。
「ウオオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!」
「「「「!」」」」
「「!」」
大きな声。その声を聞いて、私は窓から顔を出す。
「あ、危ないよ」
アキにぃの声が聞こえたけど、私は聞こえていなかった。なぜなら……。
丁度アムスノームの真上に、ライジンさんがどんどんっと太鼓を鳴らして、何かをしていた。
それは、サラマンダーさんの時と同じもので、黄色い光を纏いながら、それを一気に拡散させるようにぶわっと広げる。
それはどんどんと、アムスノームを中心に広がり、そして私達が乗っているこの魔導稼働車を覆って、通り過ぎながら拡がっていく。
それを見て、私は……、ライジンさんを見て、空を見上げる……。
その空は曇りのない……晴天。
新しい歴史の始まりには、うってつけの空だった……。
「ところで……、ハンナの推理なんかすごかったな。名探偵とは言えねーけど、抜けている頭発言返上で来たんじゃね?」
「俺の妹の頭脳はあんなものじゃないよ? 俺の妹なんだから」
「お前なんもやってねーだろうが。自慢げに胸を張るな馬鹿」
魔導稼働車の中でその空を見ながら、キョウヤさんは私に向けて驚きと褒めの言葉をかけながら『やったな』と言う笑みを浮かべると、その言葉を聞いていたアキにぃはなぜか鼻息をふかして胸を張りながら自慢げに言っていた。キョウヤさんの言う通り――何もしていないのに……。
キョウヤさんの言葉を聞いてアキにぃは引き攣った笑みを浮かべた後キョウヤさんに向けて怒りの矛先を向けようとしていたのでヘルナイトさんはその光景を見て凛として、そして宥めるような音色で「おいやめろ。ここで無駄な争いはしない方がいい」と静止の声を掛けている最中……、おじいさん、じゃない。国王は私のことを見て、ふっと鼻で笑った後、王様は私に向けて「まぁ」と何か納得したような言葉をかけた後――王様は私に向けてこう言った。
驚いて王様のことを見ている私に向けて――王様はくつくつと喉を鳴らすような笑みを含んだ音色で、意地悪そうにこう言ったのだ。
「まぁ、抜けている頭であそこまで解明できたのは、儂のヒントもあってじゃった。つまりノーヒントでは解けなかった。今回はまぐれじゃったということだな。良かったな小娘――『抜けているスカポンタン』から『抜けているまぐれ娘』に昇格したぞ。その皺のない脳味噌をじっくりと育てよ。これは王様命令じゃ」
王様の言葉を聞いて、目を点にしながらその話を聞いた私は、心の中で、アルテットミアに向かう魔導稼働車の中で、私は一言――王様に向けて心の声で思った。
怒りとか、そんな感情じゃない気がするんだけど、なんだか、心でも言いたいような気持ちを込み上げながら、私は未だににやにやとした目で私のことを見ている王様のことを見て、心の声で王様に言う。
やっぱり……、馬鹿にしていた……っ。ひどい……!
◆ ◆
その咆哮と、広がるその光を見ていたのは……、アムスノームの療養室にいるロフィーゼとコーフィン。
互いに怪我などなかったものの、大事を取って一日休むことを余儀なくされた。
ベッドに腰掛けながら、銃の手入れをしているコーフィンは、その声と風景を見て……。
「アレガカ……、スゴイ光景ダ」
歓喜の声を上げた。
しかしロフィーゼは窓枠に体を預けて、妖艶にその光景を見ながら、黄昏ていた。
コーフィンはそれを見て、彼女に聞いた。
「マダ、ティックディックノコトヲ、考エテイルノカ?」
何も答えない。それを見て、コーフィンは言う。
自分が思っていることを、言う。
「追イカケヨウナンテ、馬鹿ナコトハ考エルナ」
「………………。なんでぇ?」
ロフィーゼはコーフィンに向けて小さく、力なく聞いた。
それを聞いて、コーフィンは手入れをしている拳銃をベッドの上に置いて、胡坐をかきながら言った。
「アノ男ハ危険ダ。キット、カイルヲ殺スタメニ、マタアムスノームニ現レルダロウ。ソレモ、次ハ復讐者トシテ」
「………………」
「恋人ガ殺サレタト言ッテイタ。アノ執念ハ……、想像以上ノモノダロウ……。キット、誰モアノ男ヲ止メルコトハデキナイト、俺ハ思ウ」
「……そう言うあなたはぁ……、どうなのぉ?」
「俺ハ違ウ。復讐ナンテ馬鹿ラシイト思ッテ、スグニ止メタ」
肩を竦めてコーフィンは続ける。
ソレニナ。と付け加えて……。
「復讐ハ――全部ヲ苦シメテシマウ。自分モ、他人モ……。関係ノナイ人モ……」
そう言って、コーフィンはロフィーゼを見て聞く。
「ダカラコソダ。復讐ニ身ヲ染メテイル奴ヲ追ウノハ……」
「あのね……」
「?」
突然だった。ロフィーゼは伸ばした声ではない。普通の音色で言った。
「あの時、ティックが言っていた……、グレイシアって人。わたしね、知っているの」
「? 親戚カ?」
「違う……」
ロフィーゼは外の世界を見ながら、静かに言った。
「――双子のお姉ちゃん」
言葉が出なかった。むしろこう思った。
運命は、残酷だと……。
それでも、ロフィーゼは言う。溢れてしまった感情を吐き出すように、言った。八つ当たりでもない。愚痴でもない。ただの――会話。
「お姉ちゃんね、前にこんなことを言っていた……。『肌の色が違う人だけどね、すごく気さくで、面白くて、かっこいい人と付き合うことになったのっ! 両思いなのかしら? 私即オーケーしちゃった。今度紹介するね』って……。その人を見て、わたし、いいなーって思った。お姉ちゃんはすぐに幸せと愛を手に入れたんだから……、そして出会って……、わたし……、その人を見て、一目惚れしちゃった……。初めてだった。誰かに愛されることは知ってても、自分がその感情になることはなかった……。お姉ちゃんが羨ましいとは思ってなかったわ……。幸せそうな二人を見るだけで、満足だった……」
でも、と。ロフィーゼは、少しだけ、声に水分を含んだ……。
そして、言った。
「お姉ちゃんは……、飛び降りた。崖から、海に向かって……」
「警察は、自殺だって言ってて、遺書もあった……。遺書にはね……。こんなことが書かれていた。『あなたが、彼と……ディーグと、幸せになるのよ。双子だもの。きっと、気持ちは同じだよね?』って……」
「…………………………………伝エタノカ?」
「伝えるわけないわ。というか、ティックの記憶に、わたしの記憶は無くなっている。たった一回あっただけの女よ? 覚えているわけない。ただ、瓜二つの顔を持ったおんなじ顔の女っていう認識。それでもいいって思ったけど……、けどっ」
声を荒げるロフィーゼ。重ねて言う。
「何でかわからない……。胸の奥が苦しいって思った……っ。ただ、傍にいるだけでいい……。ただ……そこにいるだけで、わたしはよかった……。でも……、ティックには、グレイシアお姉ちゃんしか、愛していない……」
それを聞いて、もう何も言えなくなっていたコーフィン。
恋は盲目。そう言った言葉はあるが……。これは……。すれ違うという言葉では済まされない……。
復讐に身を染めてしまった愛する人を、ロフィーゼはどう思って見ているのであろうか……。それは、本人しか知らない。
それでも、ティックディックのことを愛しているのかも、わからない。
トッと、外の窓枠に、二匹の白い小鳥が飛んできて、そこで翼を整えながら休んでいた。
それを見たロフィーゼは、とんっと、窓に手を付ける。そして顔を上げて……、彼女は小さく言った。
頬を伝う涙を拭わずに……。
「……、どこにいるの……? ティック」
◆ ◆
その頃……。
アムスノームを取り囲む壁を見上げて、森林に身を隠している仮面の男。
男はその晴天を見上げながら思った。
否……、謝った。
――悪ぃな……。ロフィーゼ。
――こんな俺だからこそだ。とっとと俺のことは忘れろ。
そう思い、踵を返して、森の奥へと消えていく……。消える理由は一つ。
もうその復讐は完遂されたからだ。
森の奥に無造作に捨てられている干からびた腕。そして砕けた白い破片。
それを見向きもせずに、仮面の男は森の奥へと消えながら思う。
――やったぞ。グレイシア。そして……。
――……もう俺を追うな。ロフィ。
……今まで言わなかった愛称を今ここで言う理由。それは本人ぞ知るというものだ。
牢屋の見回りに来た兵士がカイルが消滅した光景を目撃したことにより一時期王国は大騒ぎになり、それを知ったロフィーゼは呆然としてへたり込んでしまったことは、語るに越したことはない。
むしろ語ることは野暮である。
その張本人でもある仮面の男は、静かに森の奥へと消えて行った……。