PLAY17 総べる人物②
「っっっっっ!!」
私はそれを見て、無我夢中で駆け出した。
「っ! ハンナ!」
ヘルナイトさんの静止の声を聞かずに、私は倒れてしまったロフィーゼさんに駆け寄り座って両手をかざす。
かざして、ヘルナイトさんには見えていないであろう……『デス・カウンター』見ると、もう四十八秒になっていた。
私はすぐにスキルを発動させた。
「り……、『蘇」
――バギャッッ!
「っっ!?」
突然、私の右の後頭部に来た強い衝撃と熱。そして……。
どろりと、私の右の視界を染める赤い世界。
「………え?」
私はそんなへんてこな視界を見て、右頬を指でなぞって視界が正常な左目で見ると……、指にべっとりとついた赤い液体を見て……、前を見て……。
見て………。
私は…………、理解した。
目の前には、どこから入手したのだろう……。パールみたいなものを持って、私の頭に振り降ろそうとしている狂気の笑みを浮かべたカイル。
私はそれを見て、そして『デス・カウンター』がもう三十秒を切っているそれを見た私は……。
「っ! り、『蘇生』ッ!」
ロフィーゼさんの蘇生に力を入れた。
それを見てか、カイルは動きを止めたようだ。
私は『蘇生』に集中しているので、私は今ロフィーゼさんしか見ていない。失敗などはしないけど、それくらい、私は必死だった。
片目が赤く染まっていても、私はロフィーゼさんを救けたかった。
だから……。
「てめえ……っ! 俺を無視するんじゃねえぞ……っ! こんの下等やろうがぁあああああっっっ!」
カイルが雄叫びのような声を上げて、手に持っていたパールみたいなものを振り上げて、私の頭目掛けて振り降ろそうとしているところを見ないで、私は『蘇生』に勤しんでいた。
たとえ見たとしても……、私はきっと避けなかっただろうけど……。
◆ ◆
突然。
まるで時間が止まったかのように、回想が始まる。
今回の回想は……、カイルの回想である。
初めに、カイルもとい……、カイル・マッカ-ハーンは、アメリカ出身の青年で、彼の家は富豪であった。
だが、みゅんみゅんほどではない。彼女がカースト制度の二番目だとしたら、カイルは四番目である。
それでも、彼は自分がすごい存在だと信じていた。
自分は何をしても大丈夫。それは自分の親は権力こそは低いが、市長という立場を利用し、彼は悪さをしてきた。
悪さと言う名の、独裁でもあった。
自分の楯突く存在がいれば、その人物に屈辱と言う名の罰を与える。
男は自分の奴隷に。
女は自分の女に。
そうしてきた。ずっと……そうしてやってきた。
支配こそが、自分の存在意義。自分の世界がほしいとまで思うほど、彼は自惚れ、彼の人格は歪んでいく。みゅんみゅんとは正反対の人格であった。
しかし、そんな彼でも、支配できない存在がいる。
それは――市長でもある親の存在。
父はカイルの愚行にはほとほと頭を悩ませていた。だからカイルのことは母に任せっきりだった。
母との関係がひどく歪んでいたがゆえに、父はそんな母とカイルの喧嘩には頭痛がするくらい頭を悩ませていた。
母は厳格で厳しい母で、カイルの愚行に目を瞑るということはしなかった。
我慢しろ。お前はなんでいつもこうなんだ。
お前なんて、私の子じゃない。
そんな罵詈雑言を、いつもカイルに言って、最後には決め台詞と共に、こう言っていた。
『こんなことなら、私はエドワード君のような子供を産みたかったわっ!』
その言葉が、彼の人格を狂いに狂わせていく……。
まるで、自分など必要ないような言い方に、カイルは苛立ってしまい、よくある衝動的にというものだ。しかし事実は事実……。
カイルは――警察に捕まってしまった。
容疑は母を突き落した罪で。
殺人罪で、逮捕されてしまったのだ。
カイルはそれ以来、自分の世界が反転するような人生を送った。
未成年であったカイルは、更生のために道徳的指導をしながら刑務所で暮らしていた。
そして出所してからは、家に引き籠るようになっていた。
父は母を失ったショックで、市長をやめて、一人逃げるようにカイルを置いて行方をくらました。
そんなカイルは、一人で何となく呆然と生活しつつ、自分の人格を見直す……。
ことはなかった。
どころか、余計に自分の世界を作りたいという執着が強くなってしまったのだ。
――俺は普通の奴らとは違うんだぞ?
――なのになんで俺はこんな人生なんだ?
――ありえない。俺は支配することができる存在なんだ。
――俺は、人類ですべてを支配できる存在なんだ。
……小さいところで支配者だっただけなのだが、彼は自分が最強だと信じていた。
自惚れであった。
だがカイルは自分のその才能を信じ、最近RCでサービスを開始したMCOを始めた。
そこでもカイルは、自分の思いがままの世界を作り上げていた。
自分の奴隷となる男を。
自分の女となる女を集めてプレイしていた。
そんな彼であったが、ある時MCOがあるイベントを発足した。
それは……、とある武器の入手イベント――『聖槍ブリューナク』入手だった。
カイルはそこでも帝王……、独裁者の振る舞いのままブリューナクが眠るダンジョンの最深部に着いた。
そこは奇しくも、斬首霊廟と同類のダンジョンで、その最深部の奥に、深く突き刺さっている白銀の槍――ブリューナクが奉られていた。
カイルはそれを手に取り、引き抜こうとする。
これで自分は正真正銘、選ばれた人間……、支配するに値がある人間となれる。
そう思っていた……。が……。
抜けなかった。
生き残った人たちは、それを見て驚きを隠せなかった。
カイルは次がある。そう思ってダンジョンから出ようとしたときだった……。
「ありゃ? カイル?」
ダンジョンの最深部に来たであろう人物二人が、カイルの前に現れた。
一人は金髪で後ろで三つ編みをしている、紺色のスーツに口の部分には鉄のマスクを着けている二メートル級の長身の男。背中には大きな盾を背負っている。
その後ろを歩いていた――黒い長髪を足のかかとまで伸ばして、オールバックにして白いヘアバンドで止めている、黒い革製のジャンバーと黒いジーパン、黒いショートブーツに黒いチョーカーと言った。黒で統一されている服装のつりあがった目が印象的な、性格が悪そうな男が、カイルをじっと見ては、長身の男を見上げて言う。
「ん? おいエド。こいつって確か、お前が通っていた学校の悪ガキだべな?」
カイルを指さして言う男。
それを聞いたカイルは苛立った顔でじっと睨む。
それを見た長身の男――エドは慌てた様子で黒髪の男に言った。
「人聞き悪いというか……、京平。その言い方はないだろうが……人前で」
「いや言った方がいいだろうがっ! こいつ何王様ぶってんだかな! あぁん? なんだその眼は、やんのかおらだべ」
「こらこら、従来のやくざのようなことしないで……っ。あとおらだべって言うと自分のことを言っているようにも聞こえるから……ほら、オラだべってオラオラ詐欺とかありそうな……」
「ねえべそんなもんっ!」
二人は仲良く話している。
それが繰り広げられている最中、カイルは目の前の二人に向けて睨みを利かせる。
ギッと鋭く突き刺すように……。
自分を無視する輩はいなかった。
いたとすれば……、自分に対して怒りをぶちまけていた母。
そんなことを考えている時だった。
――シュ。
「あ、抜けた」
「おおおおおぉぉぉっっ! やったべええええぇぇぇっっ!」
「っ!?」
カイルは背後を見ると、すでにエドと黒髪の男――京平は天に向かってガッツポーズをして大いに喜んでいた。
エドは己の手の中にある抜いたであろうブリューナクを見て、ぽかんっとして見て、カイルを見て……。
「なんか……ごめんね?」と、謝った。
それを見たカイルは、自分のプライドをズタボロにされて、尚かつ自分よりも下等と見ていた存在に、あっさり引き抜かれてしまったそれを見て……、カイルはより一層支配欲を強くしていった……。
これが、カイルの自惚れのような、とてもくだらない回想である。
人から見ればくだらない。しかしカイルにとってすれば……、とんだ黒歴史である。
彼の支配欲は、いうなれば彼が育った環境が歪んで作り上げた。
彼のその強欲さは、バトラヴィア帝国の国王に匹敵するか、それ以上の強欲さ。
彼のその心の強さはガラス並みで、アムスノームの支配などできない。
きっと、この回想を見ている誰もがそう思っているに違いない。
他人の権力に縋ってきた人の言うことなど、誰も聞きはしない。
□ □
「けほ」
「!」
『デス・カウンター』が消えて、私はロフィーゼさんを見た。
すると――
「てめえ……っ! 俺を無視するんじゃねえぞ……っ! こんの下等やろうがぁあああああっっっ!」
「っ!」
突然カイルの声が聞こえ、私は上を見上げる。
そこには、カイルがパールみたいなもので、私の頭をかち割ろうとしていた。
私はそれを見て、ぐっとロフィーゼさんに覆い被さって、守るように抱きしめる。
カイルはそのまま、私を撲殺する勢いで振り下ろした。
その時だった。
ばしりと、そのパールみたいなものを掴む音が聞こえた。
それを見てか、カイルは「はぁ!?」と驚きの声を上げた。
私はそれを聞いて見上げる。
当たり前と言ったら悪いかもしれない。でも私の目の前には……、私のことを守るべき存在だと言ってくれた……。ヘルナイトさんが私を守るように前に来て、攻撃を阻止していた。
それを見て、私は『とくとく』とくる心音を感じながら、それを見ているだけだった。
でも、ヘルナイトさんは対照的だった……。
ヘルナイトさんは、低い声で、そして怒りを乗せた音色で、カイルを見て言った。
「お前は、このアムスノームを牛耳ると言ったな……?」
「はぁ? そうだよ。この世界を支配して、俺だけの世界を作るんだ!」
「……それは、このアズールを支配すると言っても、過言ではないな……?」
「だからなんだ。コンピューターが」
ベギリッ!
「?」
と、どこからか変な音が聞こえた。その音を辿って行くと、私は驚いてそれを見て、カイルもそれを見て「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。
そう。
パールみたいなものを持っていたヘルナイトさんは、それを握ってへし折ったのだ。
あの時、ポイズンスコーピオンの尻尾を握り潰したように……。
ヘルナイトさんは……腕力がすごいのかな……?
そう思って見ていると……。
「!」
ふわりと私を抱きしめる誰か。
それは蘇生したロフィーゼさんで、私の頭を、怪我をしているところに優しく触れながら……。
「『癒鐘』」
片手に持っていた殴鐘を軽く振り、『ゴーン』と鳴らした時、私の周りに青い光が現れる。まるで、私の『小治癒』のような光。
それを感じていると、だんだん頭の痛みが引いて来る。
私は傷が出来ていたところを撫でると、すでに傷は無くなっていた。
ロフィーゼさんはそんな私の顔についた血を、どこからか出したのかわからないけど、白いタオルで優しく吹きながら悲しい笑みでこう言った。
「ごめんなさいねぇ……。悲しませちゃったぁ……」
それを聞いて、私はそのタオルを掴んでいる手をそっと包むように触れた。
あの時、私の頬を掴んだ手と同じように……、優しく、私も同じように……。
「な、蘇生っ!? クソっ! なんで」
「そんなに……、支配したいのか?」
「っ!」
「「っ」」
ヘルナイトさんの聞いたことがないような低い声に、怒りの声にカイルは恐怖で顔を震わせ、ロフィーゼさんと私は、それを聞いてヘルナイトさんの背中を見た。
「支配する。この、アズールを……、あのお方が守ってきた、守っているこの大地を……」
ヘルナイトさんは言い続ける。
記憶が戻っているのか……それを聞くにつれて、私は嬉しい反面……。
苦しくなってきた。
なぜだかわからないけど……、ふと、苦しいと感じたのだ。
その理由はわからないけど、わかっていることはある。
ヘルナイトさんは、怒っている。ううん。このテロが起きた時から、怒っていたのかもしれない。ということだ。
「お前のような、人を人として見ないお前が、このアズールを支配する……?」
滑稽だ。笑わせるな。
ヘルナイトさんは言う。
「この世界を総べる人物は……、お前のような私利私欲に溺れ、民を民として見ない奴ではない……っ。この世を総べる人物は……今もなおアズールの民のために、命を懸けている方だっ」
ダンッ!!
「っ!」
「「っ!」」
ヘルナイトさんはカイルに向かって一歩、前に進む。
踏んだ拍子に床が割れて、まるで足型のクレーターができたかのような穴ができる。それを見たカイルはびくっと体を強張らせた。ロフィーゼさんと私もそれを見て驚いてしまった。
ヘルナイトさんはそれでも言葉を続ける。
怒りを乗せた、凛としていない……。ヘルナイトさん自身の感情を言った。
「お前のような奴に――この地を総べることなどできない。何より……、非力で、無防備の少女や女性を殺すようなお前に、総べる資格などないっっっ!!」