PLAY17 総べる人物①
ロフィーゼさんは何も言わない。
むしろ、目の前の仲間である男を見る目は……、あの時見た優しい目ではない。とても……とても冷めた目だった。
私はそれを見て胸に手を当てて、なぜだろうか、身構えてしまった。
ヘルナイトさんはロフィーゼさんを見て、「なぜここに……?」と聞くと、ロフィーゼさんはカツンッと前に進む。
ヘルナイトさんに触れて、そして私の方を見て……。
にこっと悲しく微笑んだ。
それを見た私は言いようのない不安に駆られて足を動かしたけど……、ロフィーゼさんは前へ、前へと進んで、私達から距離を置く。
そして目の前の男を見て……。
「カイルゥ」
と、男――カイルの名を呼んで、ロフィーゼさんは言った。
「もうやめなぁい? こんなことぉ」
「あぁ?」
そんなロフィーゼさんの言葉にカイルはぴくりと眉を顰めて、苛立った音色でこう言った。
「何言ってんだ? お前頭おかしくなったのか?」
「おかしいのはあなたでしょぉ? だってこの地を征服するとかぁ……、コミックじゃないんだからぁ。そんな夢物語はぁ、小さい時にした方がいいわぁ」
「何言ってんだお前……? この世界は……、ゲームだぞ? なんだって出来るんだぞ? そんな夢のようなアップデートが来て、俺は、やっと自分だけの世界を、手に入れることができる……っ!」
カイルは勢いよく手を広げて、まるで自分の夢を語る少年のように言った。
「俺の理想郷ができる! 俺の理想国ができるんだっ! 誰の指図も受けない。俺だけの、俺だけの世界ができる! こんなちんけで何の必要もない国をぶっ壊して」
「そんなのあるわけないわ」
きっぱりと、冷たく言ったのは、ロフィーゼさん。
その言葉は、さっきまでのほんわかとした音色ではない。本当にはっきりとした音色だった。
ロフィーゼさんは、自分の手を見て、そして語った。
「わたしは、今まで愛と言うものがわからなかった。母親に捨てられ、父親の夜の手伝いをしながら、父の女の人との関係を見て、これが愛なのか。愛とはなんなのかって思って生きてきた。正直な話……、わたしは愛に関しては盲目なのかもって思うところがある」
「何言ってんだ……? てめえ」
「でも、カイル」
ロフィーゼさんはカイルを見て言った。
「あなたには――この国の愛情、見えないの?」
「?」
その言葉に、私もロフィーゼさんの言っている意味が理解できなかった。ヘルナイトさんもそうだっただろう。
でも、ロフィーゼさんは上を見上げ、さらに続ける。
「広場で楽しく話す老夫婦。レストランで楽しく話す親子。家の前で楽しく夕食の話をしている恋人達。この町って、あんな悲惨なことがあったのに、それでもみんな、生きている。それって……、国を治めている国王の、国や国民を愛する国王が築き上げてきた結果の姿」
ロフィーゼさんは、はっきりと、やわらかい声で、そしてはっきりとした音色で言った。両手を水を救うような手の形にして、彼女は言った。
「このアムスノームは――手に溢れるくらいの愛が詰まっている。だから、必要なの」
すっと私達を、ううん。私を見て……。
「あなたのように、優しい国が、必要なの――」と言った。
私はそれを聞いて、ぎょっと驚きながら見たけど……、ロフィーゼさんはそれを見て、くすっと妖艶に微笑みながら、距離を置いたにも関わらず、今度は私に近付きながら言う。
「一目見た時から思ったの。あなたは人一倍優しいって」
「へ?」
だんだん近付きながら、ロフィーゼさんは私に向かって言う。
「あなたがここに来た理由。当ててあげようか?」
「…………………」
「この世界を脅かす『終焉の瘴気』を倒すために、『八神』を倒しに来た、そしてこの町を救い、オヴリヴィオンの計画を阻止しに来た」
私はその言葉に、一部違うけど、肯定として頷く。
するとロフィーゼさんはにこっと妖艶に微笑んで……そっと私の近くでしゃがんで、そして、私の頬を包み込むように触れて言う。
「ほら。優しい」
「?」
ロフィーゼさんはくすくす微笑みながら、私の頬の柔らかさを堪能しながら微笑んで言う。
「あなたはどの人よりも、優しくて強い女の子。だからここに来た。こんなことになってしまった人達のために、この世界のために戦っている。それって、一種の愛じゃないかしら?」
「愛?」
「そう。愛」
そう言ってロフィーゼさんは私を包むように、前から抱きしめて優しく言い聞かせるようにしてこう言った。抱きしめられた私は驚きながら固まってしまう。
それでもロフィーゼさんは言った。
「あなたの愛は誰かにっていう個人に対しての愛じゃない。あなたの愛は、どの人にも与える隔てのない愛。それ故に、あなたは人一倍誰かが傷つくことを極度に嫌う。優しい反面、危ういところがある」
そう言ってロフィーゼさんはそっと私から離れてくすっと微笑んだ後……、頬にまた手を添えて、そして……。
「わ」
私は驚いてしまった。
なぜなら、ロフィーゼさんは私の額に静かに柔らかいそれを落とした。
それは恋人同士がするそれだけど……、ロフィーゼさんは額からそれをそっと離して……小さい声で……。
「―――――」
「え?」
私はその言葉を聞いて驚いたけど、ロフィーゼさんは私から離れて、ニコッと微笑んだ後、左手で私の頬を撫でる。
こそばゆく感じた私は「わ」と驚きながら震えてしまう。
それを見たロフィーゼさんは立ち上がり、そしてヘルナイトさんの方を振り向いて……。
「あなた、この子の何?」
そう聞くと、ヘルナイトさんは一瞬驚いたけど、ヘルナイトさんは凛とした声で言う。
「――守るべき存在だ」
額を押さえながら、私は心臓がドクリと高鳴るのを感じた。
なんだろう……。
異様に胸の奥が、熱い。
そして……、ロフィーゼさんの行動が催促の作用となっているのか……。
息が苦しい。頬が熱い。心臓が、うるさい……。
そんなことを思っていると、ロフィーゼさんは、今まで無視していたカイルを見て、言った。
「わかった? この国は、無くなるべきではない」
腰に手を当てて、まるでお母さんが怒るようなその姿で、ロフィーゼさんは怒っているような音色で言った。
カイルはそれを聞いて、ぎりぎりと歯軋りをしていた。そしてずんっと前に足を踏み込む。
ロフィーゼさんはそれでも話を続けた。
「この国は、あなたが総べるべきではない。総べてはいけない。あなたのような、愛がない人にこの国を……、ううん。この世界を総べることはできない。暴力だけの世界は、暴力しか生まない。憎しみは憎しみしか生まないのと同じように……。そんな国は、国じゃない。ただのあなただけの世界。あなたの都合がいいだけの世界」
どんどん、カイルはロフィーゼさんに使づいて来るけど、それでも言葉をやめない。
ヘルナイトさんは止めに入ろうとしたけど、ロフィーゼさんは手を出して制止する。
それを見たヘルナイトさんは、それを最後まで見届けようと、動きを止める。
ロフィーゼさんは言う。
「だから、この国に、あなたは必要ない。この国を総べるんじゃない。救うのは、この二人で。総べるのは、信じることを怖がっている王様で、十分なの」
カイルは手に持っていた長い剣を振り降ろした。それを見て、ロフィーゼさんは右手に持っていた殴鐘をぐっと掴んで、それを一気に伸ばした。
ジャララッと、掴む所と殴鐘の根っこのところが、鎖で繋がっているそれで、ハンマー投げのようなそれになって、ロフィーゼさんはその剣を鎖で止めた。
ギィンと、火花が散り、ロフィーゼさんとカイルは互いから目を離さず、互いの力を押し付け合って、押し出し合っていた。
「わたし達は――必要ないの。だから、わたしは国王を、この愛に溢れた国を壊されたくなかった」
「だからか……っ! お前だったのか! この国の国民全員に、計画のことを伝えたってのか!?」
「ええ。そうよ。時間があったから助かったわ。でも王様だけは時間を食っちゃったから、ギルド隠したの」
「!」
その言葉を聞いて、私は驚いてしまった。
広場に人がいなかった理由。
そしてカイルが言っていた計画が狂ったこと。
それは――ロフィーゼさんのおかげでもあったんだ。
ロフィーゼさんが、決行の時間になる前に、走って国民全員に安全なところに集まるように言いながら走っていたんだ。
国王は最も危ない存在。
だから酒場と間違えやすいギルドを使って、隠した。
全部――ロフィーゼさんのおかげで、被害が最小限だったんだ。
私はロフィーゼさんの足を見る。
ヒールだからだろうか……、ところどころに肉刺ができている。
私はあまりの衝撃と嬉しさに……、ぎゅうっと胸のところに手を当てて握りしめる。
それを後ろで横目で見ていたロフィーゼさんは、くすっと微笑みながら……。
「やっぱり、優しい」と柔らかいそれで言ってくれた。
そして――
――ドシュッ。
頭が……、真っ白になった。
ヘルナイトさんはそれを見て、目を疑うような視線をカイルに向けていた。
カイルはそんな目を向けられてもカイルは凶悪な笑みでロフィーゼさんを見て、そして顔に付着した赤い液体を拭わずに彼は明るい声で……こう言った。
「俺に従わない奴は――死刑な? 刑罰は」
ザ ン シュ。
と言った瞬間だった。
私は、それを背後で見ることしかできなかった。
でも……、見てしまったら、それはもう言い逃れできない事実となってしまう。
ロフィーゼさんは、カイルの言葉に返事ができずに、そのまま……。
『どぱり』と……、首から赤い液体を吹き出した。
それは床も赤く染める。ドレスでさえも赤く染める。
紅く、赤く、赤く赤く赤く赤く……。
真っ赤な血で、染める……。
「あ、ああ……」
震える声が、私のくちからこぼれる。
こぼれたこえとしんくろするように……。
ロフィーゼさんは……。
ずたんっと膝から崩れ落ちて……、そして頭上に現れたカウントと同時に頭から――どちゃりと倒れた。
これが、私が初めて対面した……、『デス・カウンター』と、初めての、死。
人の死を、間近で見てしまった。
あの言葉を言い残して、ロフィーゼさんは……死んでしまった。
『あなたの運命に、祝福あらんことを――』と……。