PLAY01 サヨナラリアル⑦
「い、今……なんて言った?」
怒鳴っていたプレイヤーが、力なく、茫然としたようなその声で、理事長に聞いた。しかし帰ってくる言葉は、一緒。
『ですから、ログアウト機能を消去し、皆さんのアバターを書き換えたのです。ゲームから出て行かないように。あ、言い忘れておりました。過度の容姿改竄をしたアバターはペナルティとして、こちらで入手いたしましたデータをもとに、現実と同じ外見に書き換えましたので、ご了承ください』
つまりは――理事長は高らかに大声で言った。
『あなた方プレイヤー――一億千三百九十五万六千二百九十四人は、このゲームをクリアするまでは、現実に帰れない。このゲームこそが、あなた方の楽園となるのですっ!』
「――じゃねえっっ!!」
涼しい顔で、断言して言う理事長に、怒鳴っていた人は再度怒鳴りつけて、指をさして言った。怒鳴った。
「なんでそんなことをしたんだっ!? 今すぐ元に戻せっ! ログアウトできねえと、俺達は」
『そうですね。ゲームの世界が、第二の人生場所。もとい……故郷、でしょうね』
理事長と、その人の言葉のキャッチボールは、噛み合っているようで噛み合ってない……。
もうすれ違いだ。
それを聞いたみゅんみゅんちゃんが――
「それじゃあ……、私達の現実の身体は? どうなるの……? どう対処するの?」
そう言った瞬間だった。顔をばっとあげて、しょーちゃんはまた復活し、理事長に向けて叫ぶ。
しょーちゃんの親は警察官。それも夫婦そろって。
しかもお父さんは警察のトップ。
つまり……、これは親のコネとか、そう言う分類に当たると思うけど……。しょーちゃんは確信を持った言葉を言い放った。
「そうだ! 現実の身体が寝たまま! つまりはー……………、警察が動くっ! こんな悪事も赤裸々だっ!」
「丸わかりだろう……」
一旦言葉を探して、間違った言葉を自信満々に言うしょーちゃん。
それを聞いてつーちゃんが頭を抱えながら小さく突っ込む。それを聞いたしょーちゃんはありゃ? と首を傾げてしまった。でも、いつものしょーちゃんに戻った……。
そう。しょーちゃんが寝たままでログアウトしないとなると、親はきっと事件性を感じると思う。それが近所でも相次いでいたのなら……。
そうなったら捜査本部が立ち上がって、この事態を明るみにしてくれる。
そう――信じていた……。
けど…………………。
『ああ、その件でしたら――もう片付けました』
淡い希望は、いとも簡単に……。
『皆さまがログインしたと同時に、近くで配置していました部下達が、あなた方の身体をRCへと搬送しました。親御さんや保護者。同伴や伴侶、管理人には――『不手際で精神データにバグは浸食しました。故に長期の入院を要します』と言い伝えろと、そう言伝ております。そうなればこちらの管轄内。管轄外である警察は動けない。なにせ……、病人なのですからね。皆さんは。事件性などない……。我々の不手際として処理され、誰もが回復を待つだけなのですから』
――砕かれた。それはもう……、めしゃめしゃに……。ぼろぼろに……。
それを聞いたしょーちゃんは、べたんっと尻餅をついて。
メグちゃんは座り込んで顔を手で覆って泣き崩れる。
誰もが絶体絶命な絶望に呑まれている。私もその一人……。
聞いた話の、ゲームに閉じ込められる。それはクリアに失敗したら死ぬというそれだ……。
それと同じになる……?
不安が不安を呼び、精神をおかしくさせる薬みたいになってくる。
しかし理事長は、笑みを作ったまま――更に私達を絶望のどん底へと突き落す。
『しかしですね……。皆さんはアニメや漫画の見過ぎで、ログアウトになった瞬間……、体と精神は死ぬとお考えでは?』
理事長は更に続ける。
『それは違います。このゲームはログアウトはできない。意図的には。しかしですね……』
理事長はすっと右手を出して、その手首を左手で指差す。
『皆さま――自分の右手首を見てください』
そう言われ、私はゆっくりとそれを見る。すると――そこには……。
手袋の上に嵌められた……白いバングル。
バングルを見て、私はそれを指で撫でる。
まるでそれは、手枷のように見えてしまうけど、重くない。むしろ体の一部みたいに、軽い。
そのバングルの黒い液晶画面には横向きに伸びる赤い帯と青い帯があり、その帯は画面の端まで伸びていて、その隣には、赤い電子数字で三千百二十四。青い電子数字で四万五千八百九十二と出ていた。
それを見て、みゅんみゅんちゃんもつーちゃんも、泣いていたメグちゃんも、茫然としていたしょーちゃんもそれを見ていた。他のプレイヤーも……みんな、みんな。
そのバングルを見ていた。
『それは、カーソル・ウィンドウの代わりです』
理事長は言った。声を聞いて私達は顔を上げる。理事長は話を続ける。
『それは命よりも大切なもの。失くさないでください。赤い帯と数字は、あなた達のHP。体力。青い帯と数字は、あなた達のMP。魔力となっています』
見やすいでしょう? と、理事長は笑みを浮かべて言った。そして――
『――もし、HPがゼロになった時』
と言った瞬間だった。
「え?」
誰の声だろう。そう思い、声がした――怒鳴っていた人を見た。
その人の背後には、一人のシルクハットをかぶった、男の人がいた。
黒いシルクハットとベスト、スーツズボン。紫のワイシャツ。後ろ姿だったので、顔は見えなかった。でも……。その人が持っているそれを見て……。何をしようとしているのか、解ってしまった。
流れるような動き。その手に持っていたものは、私は瞬きした瞬間……、そのシルクハットの人はその場から離れて、もう一人のシルクハットをかぶった女の人と一緒に、並んでその光景を見ていた……。
近くにいた友人たちは、それを見て、「え?」と声を零した。
と同時だった。
ふらり、ふらりと左右に揺れる怒鳴った人の身体。
そしてすぐに……、どさっと前に倒れ込んだ。
胸の辺りが少し盛り上がっていて……、男の人が持っていた短剣がそこにあるという確証もかねて……、その人は……。
私は、それ以上は見れず……、目を逸らしてしまった。のではなく。
みゅんみゅんちゃんが目を隠してしまった所為で、見ることができなかった。
でも――
「うわああああああああああああああっ!」
「きゃああああああああああああああっ!」
叫び声が、色んな声が色んなところから聞こえた。それを聞いた私は……、解ってしまった。
シルクハットの男の人が持っていたそれ――ナイフが、その男の人に刺さっている。と言う事実を、知ってしまった。
目の前で起こった出来事。
不安が更に研ぎ澄まされて……、恐怖で身が、心が染まりそうになった時……。
「あれ……?」
「何アレ?」
「ええぇ?」
戸惑う声が聞こえた。
みゅんみゅんちゃんが手をそっとどかしてくれたおかげで、私はその光景を認識することが出来た。
そして――「え?」と声を零す。
倒れた人の頭に浮かんでいる――時計のように丸い円の中に電子数字が出ている。カウントダウンのように、五十九、五十八と、だんだん数字が減っていく……。
「これはですね――『デス・カウンター』と言う画期的なシステムです。」
そう言ったのは、怒鳴っていたプレイヤーを指した張本人。
顔は整っていて、紫の前髪を垂らして黒いネクタイに右手には黒い手袋、左手には白い手袋をはめて、口元をトランプのようなそれで隠している片眼鏡をかけた男だった。カードには画が描かれて、ニコッと微笑んでいるそれだった。そしてすぐに、隣にいたゆるフワヘアーの女の人が、陽気に言う。黒のベストに紫のワイシャツ。少し小さめにシルクハットをかぶり、黒いリボン、ふわっとした紫のショートパンツ。黒と紫の縞々タイツに黒いブーツといった服装で、目元をプラカードで隠して、ニコッと笑みを浮かべているそれで、女の人は言った。
「そうっ! 『デス・カウンター』はいうなれば死のカウントダウン! あなた達プレイヤーは、HPがゼロになったら確かに、ゲームオーバーとなってしまいますっ!」
「しかし、そのような事態に、理事長は慈悲を込めて一分間だけ猶予を与えたのです。それが、『デス・カウンター』。」
男、女、男と……交互に言う。
女の人は陽気に、男の人は冷静に言う。対照的に見えるそれを見ながら、だんだん数字が減っていくそれを交互に見て……。尚もまだ、二人は話し続ける。行きたいのはやまやまなのに、いけない。
足が、動かないのだ……。恐怖で、動かない……。
「このカウンターが出ている間、あなた達は一分間仮死状態になりますっ!」
「そのカウンターが出ている間に――蘇生スキルか、蘇生アイテムを使えば、カウンターも消え、蘇生成功となり、ゲーム続行となります。」
「でもでもぉー。君たちは現実に戻りたいんだよね?」
「こうして、HPをゼロにして……、放置しておいて……、カウントがゼロになれば――強制ログアウト。死にはしません。」
男の言葉に、わぁっと、周りに安堵の声が漏れた。聞こえた。
だったのだけど……。次の言葉に……、安堵もまた絶望に塗り替えられる。二人同時に……告げられた。
「「でも――戻ってきても、何ヶ月かは幽閉状態になるかもしれません。入院と言う形でいるので、しばらくは普通の生活には戻れません。今後の研究のために――」」
そう言われた瞬間――カウントがゼロになり、そして――
倒れていた人の身体に、光る亀裂が入り……、それがひび割れていくように、ぴしぴしと音が鳴った。身体全体にそのひびが入った瞬間……。
器を落として、粉々に割れたかのように……、その人の身体が、アバターが……、壊れて……。光る雪のように、ぱらぱらと落ちて……、消えてしまった。
叫ぶ声などでない。
それは、絶望の所為で、誰も声を上げることができなかったからだと思う。
絶望の、更に絶望。
研究……それはきっと、誰も良いようにとらえることができない。
何をされるのか、想像したくない。
ゲームオーバーになったら、死ぬ。もしかしたら、と思うだけで、精神がおかしくなりそうになる……。
私はぶんぶんっと頭を振るう。何とか、気持ちを保とうと、必死に――
「「申し遅れました。」っ!」
今まで説明していた二人が、大きな声で言った。それを聞いて、誰もが二人を見る。
男が口元のカードを笑みのそれに変えて、女のプラカードも片目をパチリとウィンクしているそれに変えた。凄い早業で。
「ワタシはRCの監視AI。レセと申します。『沈着冷静のレセ』と。覚えてください。」
「アタシはRCの監視AI! マイリィと申しまぁーっす! 『スマイリィのマイリィ』と覚えてねっ!」
誰もが、理解できない。
誰もが、追いつかない。
二人は不釣り合いなくらい笑顔で言った。
そしてすぐにいつの間にか消えていたであろうか、モニターに電源がついて、理事長が姿を現した。それと同時に、あの二人は暗闇に消えて溶けていく……。
『いかがでしたかな? これが死んだ時……、強制ログアウト方法です』と、淡々と、笑顔で言う理事長。
それを聞いたメグちゃんは……、小さい声で……。
「なんで……、こんなことに?」
その言葉を聞いた理事長は、笑みを作っていた口元を、横一文字の口にして――目元は笑み。口元は無表情という……、不釣り合いな顔に変えて――冷たい声で言った。
『んん? なぜ? それはですね……』と言って……、理事長ははっきりとした音色で、大きな声で――確信を込めた言葉で言った。
『私は――この世界を浄化したいからですよ』
はぁ?
誰かがそう言ったけど、誰もその方向を見なかった。皆が、理事長の理解不能な言葉に、耳を傾けていたから……。
『今の人間は、欲深く、愚かで……、己の欲求不満のために、他人を傷つけて解消している。その事がきっかけで生まれる、貧富の差、社会への格差、暴力、差別や学校でのいじめ。人間不信。それが蔓延してしまうと、人間は自らその命を壊してしまう。己の利益のために、己の私利私欲のため、他人を蹴落とし、踏み台にし、人間階段を上る外道の行為。私は――そのように傷ついてきた人たちを、カウンセリングの監視カメラでずっと見てきた。誰もが死んだ目。誰もが怯えている目。誰もが負の感情のそれしか出ていない。死んでいる! 生きているのに死んでいる! それを知らないで悠々と生きて、のうのうと貪りを尽くしている者達! 罰なのだよ……。これは、私が下した決断! 自分は悪くない。何も悪いことはしていない? よく言う贅沢な反論だ。近年ではサイコパスやPTSDの増加、それを引き起こしているのは……。身体に病気などない。このゲームにいる九割の、お前達が原因でこうなっているっ! このゲームには、更生プログラムを取り入れている。故に、犯罪者もプレイしている。犯罪者も精神に疾患を抱えさせているお前達は……、私の手で、まずはこのゲーム参加者を、浄化しようと思いついた。心理の新たな発見のため、精神病の回復の希望として、アップデート……、つまりはリアルに近いこの現状を作り上げたのです。結果、誰もが食いついた。欲にくらんだ人達が、何億も。感謝しきれないくらい感謝しています。それでは――行ってらっしゃい』
長い長い話が終わったと同時に……。発覚した。
理事長は、狂っている……。そう私は思った瞬間だった。
私の目の前が、下から吹き上げる白い光が私を覆って、メグちゃん達が驚いてそれを見ている。しょーちゃんは私に向かって走り込んで、手を伸ばした。
私はその手に向かって、手を伸ばしたけど……。
光は私を、私の視界を覆いつくし……。
□ □
少しして……、私は目を開けた。
そこは、暗い空間の世界じゃなかった。
その場所は――別の世界だった。別の世界の、朝だった。
よく見ると、周りには私と同じように、白いバングルを付けた人達が、戸惑いながら周りを見ていた。
石でできた煉瓦造りの建物の中。天井を見上げると……、大きくて、赤い旗のようなものがあり、その中央には鷹の横顔が刺繍されたものがあった。
周りにはいくつもの長いテーブル。そして椅子に、受付のようなところまであり、人がたくさんいた。
樽でできた小さいカップに、並々と注がれたビールを一気飲みする人。
じっと座っている人。
何人もの人は座って、雑談しながら何かを食べているところも見た。
それを見て、周りにしょーちゃん達がいないか確認した。でも……誰もいない……。
もうわかってるだろう……。
私は、そう自分に一喝を入れた。
そう、ここはもう――ゲームの世界。
よく言う異世界トリップなんていう、そんな楽しい処ではない……。
始まってしまった。
半永久に続く……、リアルに近いゲームが始まってしまった。
「華?」
「!」
声がした。
私はすぐに振り返った。振り返ってそこにいたのは――
赤い髪の毛で後ろで長い髪を一つに縛り、前髪で目元を隠して、服装はポンチョのようなマントを羽織って手は黒い指ぬきグローブ。そんな姿で現れた男性。
その男性は私の現実の名を知って聞いてきた。
私は少し警戒したけど、声色で誰なのかがわかってしまった。
私がよく知っている……、輝夜にぃと一緒にいたもう一人の兄。
「秋、にぃ……?」
その言葉に橋本秋政――通称秋にぃは微笑んで頷いた……。