PLAY16 オヴリヴィオン④
ユルスモノカ。
ユルセナイ。
アイツハ、俺ノスベテヲ奪ッタ。
俺ハ、オ前ヲ絶対ニユルサナイ。
橘……、秋政……ッッッ!
◆ ◆
キョウヤの完勝が確認されたその頃。
アキは苦戦を強いられていた。
コーフィンはマントを靡かせながら走ってきて、そのマントの中から素早くそれを出した。
それをアキに向けて狙いを定める。
銃口を向けている最中、そのコーフィンが出したそれを見たアキは驚きを隠せなかった。
「っ! あれって……っ!」
「ソウダ! 知ッテイルナ!」
コーフィンは独特な言葉で言う。
その手に持っていたのは拳銃。ただの拳銃なのだが、この二人にとってすればそんなことでは済まされない。
ちゃんとその種類を認識してこそ――スナイパーである。
「ルガーP〇八……ッ!? へっ!?」
その銃はドイツで作られた拳銃であり、アキが知っている人物はそれを目にした瞬間銃の世界にのめり込んだ。
いわゆるルーツのきっかけを作った銃であり、そしてアキもそのことについてよく知っていた。
否、知っていたではない。
よく聞いていたから知っていたのだ。
それを手にし、コーフィンは言う。
手に持っている拳銃の引き金を引こうとした時、彼は叫ぶようにこう言った。
「アア! オ前モ知ッテイル『ルガーP〇八』! ココデハ『KILLER』ト名ガツイテイルガ! コノ銃ヲ見テモ覚エテイナイトハ言ワセナイ! 覚エテイルダロウ? コノ銃ノコトヲ教エタコトヲ! ソシテコレガキッカケデ、オ前ト関ワッタセイデ俺ハコウナッテシマッタッッ!」
「……なっ。なんで俺のことを、それに俺の旧姓を知っている人はいないはずだ……っ! というか、あんたは誰だ!」
「トボケルコトヲ覚エタノカ――橘秋政!」
そう言いながら、パァンッと拳銃の引き金を引くコーフィン。
その銃弾をよく見たアキは、なんとか紙一重で避ける。と同時によろけて転んでしまうが、すぐに体勢を立て直してコーフィンの視界から外れるように、彼から見て左に走る。
「ッ! 逃ゲルナ……ッ! 逃ゲルナァ! 橘秋政ァアアアアッッ!」
コーフィンはそれを目で追いながら拳銃の引き金を引きまくる。
パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!
発砲しまくりながらアキの後を銃口で追うコーフィン。アキはその拳銃の弾を走りながらなんとか切り抜けようとしていた。その最中、アキはライフル銃を向けて、自分もコーフィンに向けて発砲しようとした時……。
――ピキッと。
中から何かに罅が入る音が聞こえたのだ。
「?」
アキはその音を聞いて、不審と不安を抱く。
――なんだ? この音。今までこんな音……。と思いながら銃を見た。
それが間違いであった。
「ヨソ見トハ――」
「!」
「イイ度胸ダッ!」
コーフィンはアキに急接近し、背中に差していたその銃を片手で持ち、アキの額にこすり付ける。
それを持たアキは息を呑んだ。
その銃は、やばかったのだ。接近戦や近接には、特に……。
彼が持っている銃のモデルは――アーマライトと言う……ショットガンである。
ライフル銃と違うのは、弾である。
弾は二発しか入らない。それはモデルのデザインのこともあるが、問題なのは、それではない。
片手でも持てるショットガンで……、弾は、散弾銃。
つまり、撃った瞬間無数の弾丸が、アキを襲うのだ。
「――っ! おおらあああっっ!」
アキはすぐにコーフィンの左足目がけて足を上げて、彼の足をを思いっきり蹴り、転ばせようとしたのだが、その時も違和感……。否。
ごぉんっと、金属特有の音が聞こえた。
「っ!?」
「ッ!」
突然響いた音に対し、互いが驚きを見せる。
アキはその音に、コーフィンは突然来た衝撃に、彼は耐えられずによろめいてしまい、その拍子に、散弾銃の引き金を引いてしまった。
バァンッと放たれる銃弾。
それは夜空に向かって飛んでいき、そして所々でチカチカと小さな光を出しながら飛んでいく。
それを見たアキは、ほっと胸を撫で下ろし、そしてコーフィンを見た。
コーフィンは「グゥ!」と重い腰を上げるように、必死に立ち上がろうとしている。
それを見て、アキはライフル銃を突き付けながら、威嚇のつもりで彼に聞いた。
「もう一度聞きたい。俺はあんたとどこで」
「シラバックレルナッッッ!!」
「っ!」
張り詰めたような叫びの声を聞いて、アキはびくっと震えてしまった。
それでも、ふらつきながらコーフィンはぐっと、ペストマスクに手をやり、震える音色で、彼は体を震わせながら言った。
「覚エテイナイ……? 俺ハ一時モ、忘レタコトガナイ……ッ! アノ日ヲ! アノ時ヲ!」
と言って、コーフィンはペストマスクを剥ぎ取るように取り、そのまま乱暴に捨てる。
顔を上げて、コーフィンはアキに詰め寄った。
「コノ顔ヲ見テモ――オ前ハマダシラバックレルノカッ!? 橘秋政……ッ! イヤ……ッ! アキッッッ!!」
「――っ!」
アキはその顔を見た瞬間、ざぁっと青ざめ……。銃を下してしまった。
そう、彼は――思い出したのだ。思い出してしまったのだ……。
今目の前にいる人物が、誰なのかを……。
「あ、まさか……。なんで、もう……、やめたはずじゃ、なかったのか……?」
アキは、震える音色で、彼は言った。
「何でここにいるんだよ……。コーフィンさん……っ!」
◆ ◆
今回の回想は、コーフィン。
ではなく、橋本秋政断片編Ⅰである。
彼の回想は複雑であるが故、今回はその一部だけを見せようと思う。
この物語は、彼は自立して間もない時の話である。
その時、秋政は高卒で仕事をしていた。しかし高卒であるが故、社会勉強など行き届いていない。
失敗を繰り返す新米っぷりを発揮して生活をしていた。
そんな彼の上司であり、世話役が……、外国から出稼ぎに来ていたコーフィンこと……、クォ・ムクゥムであった。
彼はベトナム人であるが、日本語はペラペラで、人柄がよく、秋政が入社した会社では、かなりのくらいの重鎮でもあった。
秋政はそんなクォのことを、憧れの目で見ていた。
クォはそんな会社になじめていない。心を開いていない秋政を見て思ったのか、彼は秋政を自分の家に招待した。
秋政は彼の家に遊びに来て、そして驚きの目でその光景を見た。
壁一面にモデルガンがびっしりと立てかけられており、ところどころには銃の雑誌などがあり、何もかもが拳銃などで埋もれている……。
クォは重度のヘビーガンマニアであった。
秋政は最初、内心ドン引きでそれを見ていて、そしてクォの言われるがままMCOに無理やりログインされた。
秋政ことアキはエルフの探検家として、クォことコーフィンの指導の下、スナイパーとしての知識や雑学……、あろうことか実技までもすべて、コーフィンを師範代として叩き込まれた。
誰も頼んでないのに。
はた迷惑もいい迷惑だ。
そう思っていた秋政だったが、最初こそ嫌々だったそれも、だんだん楽しくなってきたのだ。
まぁ思考が変にはなっていないが、秋政も独学で銃のことについてかじりつくようになっていく。
コーフィンとアキは一緒に行動しながらMCOを楽しんでいた。
……二年前のあの時までは……。
二年前。MCOはとある企画をサイトに更新した。
それは特定の上級所属のバトルロワイヤル。
云うなればPKしてもいいという異色の企画だった。
内容はスナイパー・アーチャーだけの誰が生き残るかというシンプルなバトルロワイヤル。
それを聞いたコーフィンは出ることをアキに進めた。
アキはそれを聞いて、自分の実力を試したいこともあってエントリーした。
参加者は四十九名。
膨大なフィールドを使って狙撃し合うというゲーム。勿論一人だけで戦うことが前提だ。
フィールドには色んなトラップがあるため、そのトラップにかからないようにすることと、それを利用することが勝利への鍵だとコーフィンは言っていた。
そんな言葉を思い出しながら、バトルロワイヤルはスタートした。
アキがいた場所は山岳エリアで辺りを見回すと、何人かのアーチャーやスナイパーが出てきた。
アキは教えられたとおりに撃ちまくった。
撃ち殺したとも言ってもいい……、が……。
事件はその時起こった。
アキは山岳から平野エリアについて、少し見晴らしがいいところで獲物はいるかと思いながら探していると……、コーフィンを見つけた彼はすぐに緊急事態を察した。
コーフィンは何人かのスナイパーに追われている。
それを見たアキは、すぐに助けようと、銃を向けた。狙うは――大事な先輩を追う何人かのスナイパー。
だが……。
バァンッ! ドスッ!
「っっっ!?」
突然の熱と痛みが、背中と肩に直撃する。
アキはよろめきながらそれがなんなのかと思っていた。しかし……、目を離したことが間違いだった。
アキは痛みに耐える中、何も焦点を定めていない銃の引き金を……。
カチッと、引いてしまった。
「あ」
アキはそれを見て放心しかけた。
が、すぐに引き戻される。
突然目の前で起こった……、爆発のおかげで。
その爆発はコーフィンがいた場所を覆うように、赤いドームとなって燃え広がる。
それを見たアキは……、へたりと膝から崩れ落ちる。
それが何を指すのか、そしてその結末を知ることは、できず……。
彼は降参した。
そして……、現実に戻ってきて、己の過ちを重く知ることになった。
アキが撃った弾が当たったところにあったのは……、電子地雷。
現実で言う地雷のようなもの。
威力はさほどではない。しかし……、それはMCOではすでに廃棄されているアイテムでもあった。
それを使った人やそれを受けた人は、ゴーグルの回線を伝って、脳に異常な刺激をもたらし、信号を送る機能や脳の機能が一部ダメージを負ってしまうことが分かったのだ。
いうなればダイレクト攻撃。
脳に直接くる。そして何より、今回の事故は異常なくらいに身体に影響を及ぼしたらしく……クォは自宅で頭の異常な痛みに襲われながら、彼は誤って……、ガスコンロの火に顔を近付けてしまい……。
結局。
クォは命を取り留めた。
左足の自由と、顔の火傷。特に、喉へのダメージが大きいせいで、彼はMCOをやめることになり、前々からしていた銃のサークルもやめさせられ、会社も自主退社。そして……。
声を失った。
クォは最後の最後まで、秋政を見なかった。
秋政は、それでいいと納得すると同時に、後悔して……、後悔して……、クォのことを忘れるかのように、仕事にのめりこみ、そして彼は会社に貢献することになった。
まるでクォのことを忘れるように、仕事に憑りつかれたかのように、彼はクォのことを言うことも、思い出すこともなかった。
なぜなら――思い出したところで、自分が犯した罪は消えない。
自分のせいで一人の人生を、何人かの人生を――狂わせてしまったのだから。
橋本秋政の回想……一幕終了。
◆ ◆
「あ、ああ、こ、コーフィン……さん」
アキは震えながらコーフィンを見る。
コーフィンの顔は爛れてケロイド状になってしまい、かろうじて両目だけは見えているのだが、ギョロ目でアキを見て、鼻の原形も留めておらず、唇も右半分くっついてしまって左半分だけ開いている状態。喉元には声帯機が取り付けられている。
コーフィンは声帯機から声を出して……、アキに言った。
「思イ出シタナ? アキ」
「あ、ああ……あ、と……」
アキは狼狽しているだけで震えながらそのコーフィンの顔を見ることしかできない。コーフィンはそんなアキを嘲笑わず、そして許す気もない様子で声帯機の声で言った。
「今マデ、俺ノコトヲ忘レテ、サゾ楽シカッタダロウ?」
「そ、そんな」
「俺ヲ忘レテ、何ヲ得タ?」
「あ、えっと……」
「俺ハ何モカモ失ッテ、対照的ニオ前ハ得タ。ナンデオ前ノセイデ俺ハコウナッタノニ、オ前ハ忘レヨウトシタンダ?」
風が吹く。ポンチョとマントが靡く。コーフィンはすっと、懐から拳銃を取り出した。
「俺ハ、オ前ヲユルサナイ」
かちりと、コーフィンは手に持っていた『KILLER』をアキに向けた。引き金に指を差し入れ……コーフィンはすっとギョロ目を細めて言った。
「俺ハ――オ前ヲ殺ス。ソレハ、オ前ノ罪滅ボシデモアルンダ」