PLAY146 チーター⑤
「歯って………、この歯ですか?」
アシバの言葉を聞いたむぃは、困惑しながら自分の歯を指さしながら言うと、それを聞いてアシバは呆れの溜息を吐き、頬を引っ張る指を離し、見下しのそれを向けながら言った。
「聞いていたなら二度聞くな。面倒臭いだろう? 言ったことをちゃんと聞いていなかったならもう一度言う。俺の本当の武器は――この歯に塗り込んだ毒。『ドラッカー』として相応しい俺の武器|。これで二度聞いた。忘れるな?」
「………………」
見下しの目に温もりなどないことは分かっている。
わかっているが、アシバのそれに温もりどころか冷たさ以上に――相手のことを人として見ていないかのような蔑みも含まれている。そんな視線を見て感じたむぃは、むっと顔を顰め、立ち上がりながら前のめりになってしまったデュランの近くに駆け寄る。
デュランを見ると、彼の胴体には何かがくっついて――否、何かが張り付いていたの方がいいだろう。
蜘蛛の足のように別れたそれがデュランの鎧にしがみつくように引っかかっており、その中央には黒い鉱石がついている。そんな武器はMCOでは見たことがない。
むぃの記憶にもない代物。
それを見て、デュランのことを見上げてむぃは目を見開き、全身から悪寒を感じて耳を逆立ててしまう。
びりりっ! と来るそれは猫にとって危機的何かを示す本能。
猫人だから余計に恐怖が丸見えになってしまったのだろう。それを見ていたアシバは鼻で笑いながら………。
「すごいだろう? その石――そいつらの弱点なんだと」
と、自慢げに言い出した。
「じゃ………弱点?」
「ああ。『封魔石』って言って、何でも魔王族が『力が出ない状態』になっちまう代物らしい。俺もこの状況になって初めて知ったが、アプデ前にもそんなものがあればよかったって思うよ。そんなチート道具があればさっさと出せっての。運営も性格悪いよな」
「そんな………、そんなものがあるなんて」
アシバの口から吐かれるその言葉は衝撃のオンパレードだ。
無理もないが、むぃ達はその情報を知るほどこの世界を旅していない。隅々まで旅していないからこそ知らないことも多いのも事実だ。
端的に言うと、一つの国の一つの村しか知らない様な状況。
極端に言うと――知らないことが多すぎた。
多すぎる情報の中に『封魔石』があり、それが魔王族の弱点で、それは壊すことができない鉱石で、唯一壊せる存在がジルバだけだということも知らない。
色んな知らないことがむぃの脳に入り込み、記憶として、情報として入り込んで整理されていく。
「うぅ………」
情報を多く取り入れ過ぎたのか、むぃは頭を抱えて唸ってしまう。
「むぃ………! ぐっ!」
それを見ていたコウガはむぃの名を震える声で、力を振り絞る様なそれで呼んで走ろうとしたが、体が思う様に動かない。
デュランもそれを聞いてむぃのことを守ろうと彼女のことを自分の背中に隠そうと体を動かそうとする。だがそれもままならず、項垂れながら槍を支えにして倒れかける。
「デュランさん! コウガさんっ!」
むぃは叫ぶ。
あまりにも見たことがない――苦痛の二人を見てむぃの不安も加速してしまう。
どうなってしまう? 死んでしまう? 怖い。
大人でもない。まだ十歳の彼女にとって、この状況は恐怖しか感じられない地獄だった。
ショーマが負傷することはあっても、そこから逆転することができた。だから今回もそれでできると思っていた。思っていたからこそ、この落差はでかく、むぃの心を蝕むことになってしまった。
恐怖と不安でむぃの神力が下がる。
見えずともそうなっていると思っていたアシバは犬歯が見えるその口の端を横に、細く歪ませていく。
口が裂けたかのように笑みを浮かべるそれを見て、むぃはアシバに対して上ずる悲鳴を上げてしまう。そんな悲鳴でさえもアシバは興奮しているのか、犬歯を舌でなぞり、生温かいそれを零しながら彼は言った。
「やっぱこれ、癖になるなぁ………。弱っていく奴を眺めながら勝利の余韻に浸る。マジで癖だわ。この快感は………!」
「う………! へ、変態です………っ!」
笑う場面でもない。本気でそう思ってしまったむぃは思わず声に出してしまうが、それすら聞いていないのか、アシバは小さく笑いながら顔を手で覆い、覆った状態で上を見上げながら「これいいなぁ!」と感極まる喜びのそれを出した。
「歯向かう奴! 見下す奴! 憎い奴に訳も分からずに正義を突き付ける馬鹿野郎が弱っていく! それを俺が踏み潰す! こんなにいいシュチュエーション、やっぱり癖になっちまうよ。これを嫌がる奴は馬鹿だ。とんだ日和野郎だ」
「………っ」
喜びの笑みのままいうアシバを見て、むぃは言葉を失いかける。
思わず『うわ』と出かけた言葉も飲み込んでしまうほど、アシバの狂喜は異常だった。
いいや――彼の思考と人格を疑ってしまった。
こんなことを思いながら楽しんでいる。サディストでも引いてしまいそうな内容だ。
変態ではなく………異常者だ。
「こんな人が相手だなんて………やっぱりむぃ達最悪です」
むぃは小さく呟く。アシバは今の状況に喜んでいるせいでむぃの言葉は頭に入っていない。目の前しか見えていない状況が功を奏したのだろう――アシバは現在進行形で笑っていた。
犬歯を剥き出しにし、その顔に刻まれる黒い邪悪の笑みを浮かべて。
笑みを浮かべ、『最高』や『いいなぁこれ!』や『やっぱりこれは俺に合っている』と独り言を大きな声で放つアシバを見ながら、むぃは周りを見た。
ツグミは現在倒れている。生きているが血を吐いていることと体中の痛みもあって動けないのだろう。
いつのまにかだが、ヒーリングバード達もいなくなっている。
――ツグミさんが状態異常のようなものにかかり、持続時間を維持することができない状況になったから魔物達は消えてしまったんです………よね?
――と言うことは現在私達は現在進行形でやばいということです………!
――コウガさんとデュランさんも動けないし、ショーマさんもきっと………!
コウガとデュランを見ながらむぃは今ここにいないショーマのことを思い出す。
ショーマはあれから姿を見せないが、きっとアシバの攻撃を受けて倒れているに違いない。
デュランも攻撃を受け、その時前のめりになりかけた。魔王族のデュランが一瞬だがそうなったということは、アシバが持っているという毒は相当強いもので、特殊な毒と言う事。
ハイエルフのツグミも、人間族のコウガも攻撃を受けてこうなったのだから、普通の毒とはわけが違う。
そうむぃは思った。
――そう言えば、コウガさんは鼻筋にかすり傷を負っていました。本当に紙でうっかり切ってしまうくらい………、いいえそれよりも浅くて小さい傷。なのにあんな風になってしまった………!
――こんなの一瞬でも傷を受けてしまったら終わり。
――この人が『ドラッカー』だということは分かりましたが、それでも変です。こんなスキル、『ドラッカー』にありません。オーバースキルにもこんなスキルはありません!
むぃもだてにこのゲームに入っている人物の一人だ。
自分の『所属』スキルくらいは把握している (ショーマは例外)。そしてほかの『所属』に関しても、むぃは覚えている。
全部覚えているからこそ、彼女は疑問を抱いたのだ。
『ドラッカー』のスキルに、アシバが使っているスキルはなかった。
スキルにも、オーバースキルにもない。
『ドラッカー』が覚えるオーバースキルは『病』で、ランダムで状態異常を二つ付与することができるものだが、アシバが使っているそれは違う。
明らかに何もかもが違うそれを見て、むぃは考える。思い出そうと頭を抱える。
「う~ん………。うぅぅぅぅぅ~ん………!」
「く………ぉ、そ………!」
唸る声を出し、蹲る彼女を見ながらコウガは何とか体を動かし、少しでもむぃを遠くに引き離そうとする――が、体がそれを受け入れてくれない。
痺れ、混沌としていく脳内と、拒否し続け、安静を求める自分の体に対し苛立ちを覚えてしまう。
なんで動かないんだ。なんでこんな時に、こんな得体のしれないなにかに蝕まれなけれないんだ。
動け。動け!
自分の体に対し念じ、命令しても体はそれを拒否し続ける。
拒否の反応として体中に電流を発生させて、痛覚を敏感にさせてコウガの行動を妨害している。まるで自分の体が何かに乗っ取られたかのような、そんな感覚だ。
言うことを聞かないとは、まさにこれだ。
動こうにも動けない状況の中、コウガはむぃとアシバ――特にむぃのことを見て思う。
いいや、自分に言い聞かせた。
――早くしろ早くしろ早くしろ!
――早く動け早く動け早く動けっ!
――このまま地面い突っ伏している場合じゃねぇだろうっ!?
――今この瞬間! 全滅になっちまうんだ!
――早くしろよくそ!
――うぜぇ何かに体蝕まれてんじゃねぇっ!
――デュランが何もできない! 弱点があるなんて知らなかった!
――ならこの状況下で、誰があのガキを守るんだよ!
――二度同じことをすんのかっ!?
――早く動けよぉおおおおおっ!!
同じ過ちを繰り返してはならない。
心に誓ったこと。戒めとして決めたことなのに、また同じことを繰り返そうとしている自分に腹が立ち、コウガはマスク越しに滲む赤いそれを流しながら立ち上がろうとする。
指にも力を入れ、地面を引っ掻くように体に鼓舞を叩きこむ。
が………、微動だにしない。
全然身体が動かない。
心の叫びはまだ響いているのに、体は全然いうことを聞かない。
虚しく感じる。苛立ちも感じる。自分自身に対して拳を打ち付けたい気持ちになった時――アシバの笑みが消えた。
「――っ! む………! ぃ………!」
かすれる声でコウガは叫ぼうとした。
実際は小さい声しか出ず、震えるそれしか出なかった。
そんな声だから誰も聞こえず、アシバの溜息によってかき消されてしまい、コウガの顔に絶望の二文字を表す表情が浮かび上がっていく。
浮かび上がるそれを横目で見ていたアシバは、すぐに視線をむぃに変え、にやりと笑みを浮かべてむぃに向けて歩みを進めていく。
一歩、一歩――
ゆっくりとした足取りで進み、少しずつ絶望と言うものを味合わせながらアシバは考えているむぃに自分の武器を向ける。
――こんなガキ、金棒で頭かち割ればいいか。
――頭部位破壊すれば一発即死だかんな。
――こんなガキに色々やっても面倒だし、さっさとやった方があのすかした野郎の顔も変わる。
――やっぱりいいなぁ。
心の中でそう思いながらアシバは金棒を振り上げる。
奥の手を使うほどの奴じゃない。
そう思いながらアシバはむぃに武器を振り上げ、脳裏に焼き付き、フラッシュバックする自分の過去を思い出しながら金棒を振り下ろ――そうとした。
瞬間。むぃは言う。
あ。
という声の後で――
「チーター」
と、むぃは言った。
呟かず、はっきりとした言葉で彼女は言う。『チーター』と。
勿論、これは動物のチーターではない。
その言葉を聞いた瞬間、金棒を振り下ろしたアシバの動きが止まり、むぃの頭にぶつかる寸前のところで金棒が止まった。
止まると同時に僅かな風が彼女の髪と猫耳を撫で、風が止んだところでむぃはアシバに向けて言った。
はっきりとした言葉で、臆することなく。
「それ――五年前に見つかったMMOチートツール、『マッドドック』ですよね?」




