PLAY146 チーター④
むぃの顔に喜びが無くなり、同時に出てきた冷たさが彼女の心を、思考を淀ませていく。
『勝てる』
そう思っていた思考を濁らせた原因は――コウガを見た時だ。
アシバに向けて攻撃を仕掛け、一撃と言う名のかすり傷を負わせた。一撃と言う的確なヒットがなかったのが惜しいが、それでも切り傷をつける。相手を焦らせるには十分すぎる攻撃だった。
このまま追撃もできる。
そう思っていたはずなのに、何故かコウガはその場で膝をついて咳込んでいたのだ。
「ぐ………っ! げほっ! ごほっ! うぉえっっ! がは!」
普通の咳ではない………何かを吐き出す時の咳。それと同時にマスク越しから出てくる液体。
それがコウガの足を、地面を、服や手を赤黒く染めて………コウガの思考を混乱へと誘う。
――んだこりゃ………!
――何されたっ!?
あまりに突然のことで混乱しか湧かないコウガだが、実際は混乱している暇すらないくらい、体中から痛みのサインがうるさかった。
痛み。
簡単に言うと………、体中に激痛が起きているのだ。
全身火傷よりも痛く、まるで体中にナイフが突き刺さり、それを更に抉ろうとしているような痛み。いいやそれ以上だ。
そんな痛みを感じながら、全身に力を入れても過剰に痛みが伴うそれをその身で味わいながらコウガは思う。
ジクジクジクジクジクジク。
ズキンズキンズキンズキンズキンズキンズキンズキン。
体中に迸る激痛に耐えながら、激痛の反動で吐いてしまっている自分の血を見ながら彼は思った。
――何がどうなってやがる………! どうして血ぃ吐いてんだっ? なんで………!
コウガはすぐに自分の手首についているバングルを見る。
バングルの赤い帯――HPを見て目を見開き、全身の血の気が引いて行くのを感じた。
彼のバングルのHPのラインが減っている。
現在進行形で、一ミリずつ――マイナス一ずつ減っているのだ。しかも付与されているという最悪のコンボ。
――体力が減っている。原因は付加された状態異常! そうとわかりゃ状態異常の回復薬を使えばいい! いいん………だが。
自分の体に起きている状況を大まかに理解したコウガだったが、それを何とかしようとむぃに向かって回復薬を投げてくれと頼もうとした。
した――ではなく、する前に止まってしまった。
言うことを止めてしまったのだ。
――どれがいいんだ? これは………。
そう思いながらコウガは再度自分のバングルに視線を落とす。
傍らでコウガのことを見て、歪な笑みを浮かべているアシバの気配を感じながらコウガは思ったのだ。
バングルに書かれている付加の情報――『RABIES』を見て、一体何が効果的なのか。いったいこれはどんな状態異常なのか考えてしまう。
――これは、れ、び、えす? レヴィスって読むのか? あぁ痛みとかで頭が回らねぇ………! なんなんだこ。
と思いかけた時だった。
「うぇっ! げほげほっ! がはっ!」
「――!!」
「ツグミさんっ!?」
「っ!?」
遠くから聞こえた声。それはツグミの声で、コウガと同じように咳込んで膝をついている。しかも吐血もしているという――コウガと同じ状況。
それを見たコウガは目を見開き、ツグミも自分と同じ状態異常にかかっていることに驚くと同時に更に混乱してしまう。
俺だけじゃない。ツグミも同じ状態異常になっている。けど………、なんでツグミもかかっているんだっ?!
混乱が差ならる混乱を呼ぶ。
混乱しながらもコウガは攻撃していた人物に視線を向け、痛みで頭が回らなくなっていく思考でなんとか考えを巡らせていく。
当の攻撃対象――アシバはコウガ達の姿を見ながら嘲ている。
その顔を見て、仮説が確信に変わり、こいつが何かをしたのだと気付いたコウガは考える。どんどん口から出てくる血をぼたぼたと流し、血涙となって出てくるそれをも無視しながらコウガは思った。
――こいつが攻撃した。変なものをデバフしたのは分かる! こいつしかいねぇしな………! だが攻撃は当たっていない! 当たってねぇのに状態異常になっちまったんだっ!?
――霧状の何かを散布したか?
――それとも何かを隠し持っていた? いいやそんな素振りもねぇしあるとしてもあの爪の装備だけ!
――あとは何も………。
「――あ」
と、コウガは思い出した声を出す。同時に血を吐いてしまう。
血液交じりの咳を吐き出すにつれ、吐血量も多くなっている気がする。最悪、臓物まで吐き出してしまいそうな、そんな恐怖に襲われてしまいそうになる。
しかし、コウガはそんな非現実的で圧倒的恐怖を払しょくするように頭を振るうと、コウガはツグミを見た。
――もし、もしあれでそうなったのなら、最初から俺達は騙されていたってことになる。
――PVPに於いて初見殺しは起きやすい。起きやすいから観察して行動する。
――それがPVPの醍醐味だ。だがこれは醍醐味じゃねぇ………、どころかこんなスキル知らねぇっ!
――受けたら………、まずい!
「で………!」
「! おいコウガ!」
「コウガさんっ!」
いち早くこの場所から離れて最善を練ろ。そうコウガは近くでまだ攻撃を受けていないデュランとむぃに声をかける。
しかし声を出した瞬間、また喉の奥から込み上げてくる吐き気。
同時に湧き上がるのは熱。
具合が悪くなり吐くことはあるが、今回はそれに加えた鉄の味と少しずつ訪れる寒気。
口から吐き出てしまったそれを押さえつけ、少しでも出ないようにコウガは咳込みながら声を上げようとするが、結局できなかった。
咳込みの所為でできない。そして吐血の所為でできないのもあるが、血を出し過ぎたことで頭に支障をきたしてきたのだ。
文字通りくらくらする。血の気が無くなると起きる現象。
言いたいことがある。だが周りがなぜか揺れ始めて思考が覚束ない。集中できないという己の身に起きている現象の所為でコウガはデュラン達に伝えることができなかった。
咳が止まっているにも関わらず………だ。
「コウガさん………! 苦しそう………っ。ツグミさんも吐血して、何が一体どうなっているんですか………?」
一方。コウガとツグミの突然の吐血を目の当たりにしてしまったむぃは、デュランの背中にしがみつきながら困惑していた。
一体何がどうなっている? なぜ攻撃も受けていないのに吐血して、どんどん元気がなくなっていくのか。
毒を受けてしまったかのような症状ではない。『毒』であればただ体力が減るだけなのだが、今回の減少はそれに当てはまらない。
そもそも何が原因なのか?
色んな疑問がむぃのことを襲い、色んな思考をめぐっていくうちに、むぃの鼻から血が流れ始める。
「! おいむぃ! 鼻血が出てるぞっ! 何か受けたか?」
「え?」
デュランの焦りを聞き、むぃは猫の指で鼻の穴付近を腹で撫でる。
ぐっと乱暴に、掬い取るように吹き、猫の手にある肉球に付着したそれを見て、むぃは小さな声で『あ』と零すと………。
「だ、大丈夫です………! きっとパンクしたんです」
「パンク………?」
一体何を言っているのか理解できなかった。
むぃの言う『パンク』と言う単語ではなく、何が『パンク』したのかわからないと言わんばかりに、デュランはむぃに聞こうとしたが、それをする前にむぃが何かに気付いて叫ぶ。
「――デュランさん!」
「!」
叫んだ彼女の声を聞き、デュランはすぐに視線を前に移す。
前を見て頭のない視界に入ったそれは――黒い何か。
それがデュランに向かって投げられ、そのまま放物線を描きながら落ちていく。
只の石。そう思ったのは一瞬。そのあとすぐにデュランは何かに気付いてそれを槍を使って横に薙ぎ、投げられた石を打ち飛ばす。
焦るデュランにむぃも驚く。飛ばした石が一体何なんのか考え――ようとしたその時………。
――がぶっ!
「っ!?」
「っ! な………!?」
むぃとデュランは声を出して驚いてしまった。そしてその光景を見ていたコウガは心の中で舌打ちをし、そのまま地面に突っ伏してしまう。気力の限界だったこともあり、コウガは突っ伏したまま頭だけをむぃ達に向ける。
心の中で、今の自分の状態を呪いながら………『くそ』と何度もつぶやきながら。
彼の目に映る光景――単純に、デュランの下半身に、馬の足に己の歯を突き立てて噛み付いているアシバの姿を焼き付けて。
芦葉の行動を見ていたむぃとデュランは、一体何をしているのかと思ってしまったが、すぐに二人の顔に変化が現れる。
むぃは何かを思い出したかのように息をのみ。
デュランは視界に僅かだが霞がかかり、そのまま前のめりになりかけるも、槍の尻を地面に突き立てて前に倒れ込む事態を阻止した。
阻止した時、アシバはすでにその場から離れており、口元を拭いながらデュラン達のことを見ている。
まるで経過観察でもしているかのような目だ。
「っ。な、なんだ………?」
「デュランさんっ! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ………なんとかな」
地面にめり込む槍の尻と同時に、何かに躓いたかのようなバウンドを感じたむぃは慌てながらデュランに話しかける。
倒れかけた本人は驚きはしているものの、いつもと変わらない。若干――声色が弱くなった気がするが、それでもデュランは立ち上がる。
すっと、槍を使って立ち上がった光景を見て、アシバは舌打ちを零すと、すかさずポケットに手を入れ、その中から何かを取りだしたかと思うと、それを持った状態で駆け出す。
「――っ! むぃ! そのまま我の背中に掴まってろっ! 攻撃は受けるな!」
「は、はい!」
迫って来たアシバにデュランは槍を前に突き出して警戒のそれを行う。
噛まれた時もそうだが、アシバは何かを隠し持っている。そしてそれは現在進行形でデュランを蝕んでいる。
それを受けたせいで、コウガとツグミは血を吐いた。
――何をされたかはまだわからないが、魔王族の我にはあまり効かないようだな。
――少しだけだるく感じるが、支障はない。
――このままあいつを止める!
そう思い、駆け出す足場を止めようと槍を前に突き出す。勿論本気で草刺しにしようとは思っていない。服に狙いを定め、破れ貫通した瞬間槍を回して服を巻き込んだ後地面にたたきつける。
元々殺すつもりはない。
本来の目的はシルフィードの『浄化』なのだ。
『浄化』ができれば、そのまま『永久監獄』に連行すればいい。
そう思っていたデュランだった。ショーマ達と面識があることを踏まえて、殺すなんて言うことはしない方がいいと、本能的に思った結果、捕まえることに徹しようと思っていた。
だが、それが間違いだった。
槍の刺突を繰り出した時、アシバはデュランに向けて手に持っていたそれを投げつける。
「?」
投げつけたものが一体何なのか。それを本能的に見上げてしまったむぃ。
見上げて目に入ったそれは――黒い鉱石だった。
瘴輝石ではない。本当に黒い鉱石の様で、それには小さな何かがくっついている。それが何なのか、むぃは目を細めて、じぃーっと凝視しながらそれの正体が何なのか視認しようとした。
瞬間だった。
小さな何かからいくつもの細い――針金のような何かが跳び出したのだ。
さながら蜘蛛のように出たそれを見て、むぃは「ぎゃっ!」と驚きながら目を瞑ってしまう。瞑ると同時に正面から衝撃の振動と『ガシャンッ!』と言う音が甲高く響く。
その音を聞いたむぃは思わず猫の耳を塞いでしまい、少しの間目を瞑ってしまったが、すぐにその目を開けることになる。
理由は――デュランが膝をついてしまったから。
「?」
膝をついた大きな音と同時に、槍が地面を転がる音。その音の後に、デュランの上半身が地面に突っ伏して、二度目の大きな金属音を放つことになる。
その音を聞いて、衝撃と心臓を感じ聞いていたむぃは、驚きながら周りを見渡し、「え? うそ、ですよね?」と、困惑と恐怖が混じった顔を晒していく。
周りを見ても、ショーマを除いた倒れた三人。
そして目の前にはデュランの足を噛んだせいで、口元に残っていた黒い血を拭うアシバ。
拭う姿と合わせて見せた狂気の笑みを見て、むぃは上ずる悲鳴を上げてデュランの背から転がり落ちてしまう。
驚きのあまりに後ろに下がった結果、転がっただけ。そう――驚いて、怖かったから悲鳴を上げたのだ。
悲鳴を聞き、むぃしかいない状況を見て、アシバは犬歯が見える笑みで言う。
「驚いただろ? これが俺の隠し玉」
そう言ってアシバは自分の口の端に指を入れて伸ばすと、むぃに自分の歯を見せつけ、舌で歯の輪郭をなぞりながら彼は言った。
自分が勝てると確証していた――奥の手を。
「俺の本当の武器は――この歯に塗り込んだ毒。『ドラッカー』として相応しい俺の武器だ」




