PLAY145 MESSED:Ⅵ(The End of One Vengeance)④
何かに掴まれた感触があった。
機械の腕なのに、何故かぬくもりを感じられた。
フルフィドの時は感じられなかった温もりと共に、何かに引っ張られるような感覚。
重く、暗い世界から這い出してくれるような感覚は初めてではない。前にも体験したことがあり、この感覚はその時と同じだ。
そうロゼロは思った。
ロゼロの記憶の中に浮かび上がる光景は――まだマキシファトゥマ王国が存在していた時、うっかり足を滑って海に落ちた時の記憶。
その時の記憶は朧気ではあったが、それでも覚えていることがあった。
あの日、あの時――泳げない自分を慌てて海から引き上げ、同時に咳込むロゼロに必死になって声を掛けてくれた父親の姿。
威厳もあり、民のことを第一に考えていた勇ましい父親の焦った顔。
息を吹き返し、咳込んでいるロゼロを強く強く抱きしめ、ロゼロの名を呼びながら震える声を零していたあの父親の温もり。
それと同じだったのだ。
大きさも、手の硬さなんて似ていない。
似ていたのは――あの時掴んでくれた、温もり。
その温もりを感じ、暗く重苦しい世界から光がある世界に出た瞬間、ロゼロは意識を手放し………。
◆ ◆
「――!」
と、ロゼロは目を覚ました。
体の痛みはあるものの、死ぬことはない激痛ではない。
痛いが生きている。それが答え。
背中と後頭部に感じる固い感触。同時にごつごつしている物が頭や背中を突き刺しているような感覚を感じ、あぁ、俺は地面に寝かされているのかと認識し始める。
一体何が起きたのか理解できない。頭の回転が追い付かない状況の中、ロゼロは立ち上がろうとした。
したが――できなかった。
「?」
何故できない? なんで起き上がれないんだ?
そう思いながらロゼロは唯一動ける首を動かそうとした時――声が聞こえた。
「やめておけ。もう動けないんだろう? いいや動けないんだ。絶対に」
聞き慣れた声――そして苛立つ声が聞こえた。
その声を聞いた時、ロゼロは反射的に声がした方を向いた。幸いなのか、左側から聞こえたので左を向くだけでなんとか声の人物を特定することができた。
そう………、ロゼロに言葉を掛けた人物はヌィビット。服はボロボロではないが両手が焼け焦げたかのように赤くなり、ひどいところからは透明な液体が流れ出ている。そんな両手で無視した状態でヌィビットはロゼロのことを見下ろしていた。
傍らにクィンク。そしてコーフィンとシルヴィ、蓬と………祖国を壊した元凶の機械もどきも一緒に。
「………っ! お前……っ!」
「よせよせ。お前はもう立てないんだぞ? 立てない身体で起き上がろうとしたら、体から悲鳴が上がる。そんな姿はあまり見たくないんだ」
ロゼロの怒りを抑える………、否。怒りよりもまずは動かないことを優先にしようと宥めているヌィビットは、岩に腰かけながらロゼロに語りかけていた。
ヌィビットの視界に移り込むロゼロの姿を見て………、両手両足にあったであろう機械のそれが無くなった姿を見て、憐れみ、目を細めながらヌィビットは言った。
「しかしまぁ、両手両足が機械だったとはな。こんなの残酷過ぎる。両手だったらよかったのに、こんな失い方はあんまりだな」
「なんだ………? 何が言いたいんだっ? 俺はまだ生きている! まだ戦いは終わっていないっ! まだ俺はここにいるっ! なぜ俺に対してそんな言葉を掛けて、攻撃しないんだっ!」
「………攻撃する意味がないからだ」
お前は、私達に負けたんだ。
そう言ってヌィビットはロゼロの右側を指さす。
流れるように、音もなく刺されたその指の先を目で追い、そのまま右に首を曲げて視界に映った光景を見て、ロゼロは目を見開いた。
同時に理解した。
自分の『憎しみ』が、魔祖が崩れている。もうあと残り少ない――燃えカスのようになくなっている光景を見て、ロゼロは理解した。いいや――思い出したの方がいいだろう。
ロゼロは『憎しみ』の魔祖を使ってヌィビット達を倒そうとした。バトラヴィア帝国の兵器を使っているこいつらを完膚なきまでに叩きのめそうとして、憎しみに身を任せた結果――呑まれた。
『憎しみ』と言う膨大な海に呑まれ、意識も奪われ、何もかもが無くなりそうになっていることを思い出したロゼロ。
――そうだ。俺は力に飲み込まれていたんだ。
――いつも使っていた『憎しみ』に呑まれるなんて、馬鹿な魔女のやることだ。
――力に溺れて、憎い感情をコントロールできたと思っていたのに。
「まさか………こんな結果で破られるなんて、な」
乾いた笑みを浮かべながら自嘲気味に言うロゼロを見て、ヌィビットは視線をロゼロからアイアンプロトに戻した。
アイアンプロトは元の大きな体に戻っており、ヌィビットの視線に気付いて驚きながら自分を指さすと、そんな彼に向けてヌィビットは頷き、ロゼロに向けて手で道を示した。
行け。
その動作の示すがまま、アイアンプロトは一瞬考え込むが、意を決するように前に足を進めた。
ずしり――と、機械質の足音が聞こえ、それがどんどんロゼロに向かって近づく。
機械質の音など聞きたくない。もう聞きたくないと思っていたのに、まさかこんなところで聞くことになるとは思ってもみなかった。
あろうことか――自分の祖国を滅ぼした秘器の音だ。
その音を聞き、耳障りだと思いながらロゼロは目を閉じる。
閉じている状況でもアイアンプロトは歩みを進め、ロゼロがいる場所からほんの少し離れた場所――距離からして一メートルほど離れた場所でアイアンプロトは足を止めた。
がしゃん。
と、機械質の音が聞こえ、それ以上の音が聞こえなくなったかと思えば、アイアンプロトはそっと口を開いた。
開いたと言っても口がないので開けたかはわからない。だがアイアンプロトは言葉を発するために開けた。
ロゼロに対して――言葉を投げかけるように。
『『六芒星』ロゼロ………、いいえ、マキシファトゥマ王国王子、フィリクス殿』
「――っ!!」
アイアンプロトの「口から放たれた言葉を聞いたロゼロは、目を見開いてアイアンプロトがいる場所を睨みつける。
否――驚きながら見上げていたの方がいいだろう。
なにせ、彼は明かしていないからだ。自分の本当の名前を、自分がマキシファトゥマ王国の者であることも、従者であるフルフィド以外には話していないのだ。
ラージェンラは何かを察し、きっとザッドもこのことを知っているかもしれないが、アイアンプロトが自分のことを知っているという事は驚くしかなかった。
知らないと思っていた。
いいや――知られていない。もう葬られていたかと思ったから。
そんなロゼロの驚きを無視してアイアンプロトは告げる。
『驚くのも無理はありマセン。ですがワタシはこんな体たらくですが『鉄の魔人』――秘器騎士団の試作品デス。ワタシを作るまでの間、犠牲になった方々の名前は一日たりとも忘れていマセン。忘れたくないから、覚えてイマス』
「覚え………、だと?」
『ハイ。あなたのことはワタシを作ってくださった造物主様、グゥドゥレィ様の記録にも残っていました。『鉄の魔人試作品一号――型番N00』』
ワタシは、あなたに会いたかっタデス。
そう告げられた言葉には機械にはない『感情』が零れ出ていた。
機械の顔では表せない。そもそも機械に心などない。
それなのに、どうして――
ロゼロは思った。
アイアンプロトのことを見ながら彼は思ったのだ。
どうして――そんなに悲しい顔を表現できるんだと。
ロゼロの驚きと困惑を見ながらアイアンプロトは続けて言う。ロゼロのことを見つつ、その場に座り込んで視線を低くしながら。
『あなたは『鉄の魔人』計画を発案したマキシファトゥマ王国の王子。マキシファトゥマ王国はこのアズールにはない『科学』という技術が盛んで、少ない緑の世界がある――平和な国だと聞きマシタ。文献とグゥドゥレィ様の話しからも聞いてイマス』
「…………ああ、俺の国は、平和だった。皆平和で、何もかもが細やかで、確かな幸せがいっぱい詰まった、俺の大好きな故郷だった」
『記録にも残ってイマス』
「それを記録にしたのはどこのどいつだ? 俺の大好きな故郷を、愛する国を壊したのはどこの国だ?」
記録に残っている。
その言葉が火種となってしまったのか、ロゼロは地面に倒れながらもアイアンプロトを睨みつける。
失言をしてしまったことはアイアンプロトも理解したらしく、慌てて訂正をしようと考えるも、すぐに頭を振って考え込んだ後………、小さな声で『そウデス。ワタシ達が、バトラヴィア帝国があなたの国を殺しマシタ』と言い、続けてアイアンプロトは言う。
言い訳ではない。
彼が語る言葉は――
『ワタシは、あなたの大切な、愛する者達を礎にして生まれマシタ。ワタシは、あなたに謝っても謝り切れないくらい残酷な化け物デス』
「ああ、お前は………、お前は今ここで壊れるべき存在だよ」
「そうデス。ワタシは化け物デス。あなたに許してほしいとは思っていマセン。ワタシは、あなたに謝りたカッタ。我が国が犯してしまった大罪を一生背負うために、ワタシはあなたに謝らないといケナイ』
「…………は?」
何に対して謝るのか。
否、謝って終わりと言う話しではないのだ。
国を壊した輩の言うことだ。きっと言い訳ばかりだ。
そうロゼロは思った。こいつもきっとそうに違いないと。
そう思っていた時、アイアンプロトはその場でしゃがんだかと思うと、そのまま頭を垂らし、頭を地面につけて言ったのだ。
『マキシファトゥマ王国王子――フィリクス様、あなたが生まれた国を滅ぼしてしまったこと、あなたの国の技術を盗んでしまったこと、今日までずっと悔やみ、そして、謝罪したいと思いマシタ』
誠に、申し訳ありませんデシタ。
アイアンプロトの口から放たれたそれは、まさに謝罪だった。
謝罪しても何も返ってこない。言葉だけの謝罪を聞いたロゼロは目を血走らせ、形だけにしか見えないその言葉を聞いた瞬間、ロゼロは口を開いた。
荒げるその声で、己の感情を乗せて――
「なにが『申し訳ありませんでした』だぁっ! お前のそのスッカスカな謝罪で何かが変わるのかっ!? 変わんねぇよなぁっ! 変わるとしたら俺の憎しみだけ! 俺の憎しみが膨れ上がるだけだっ! 何にも変わらないその謝罪をして、俺を怒らせたいのかっ!? 何が目的でそんなことをぬかすんだっ!」
『そうデス。ワタシがしていることは何の意味もないでショウ。何も変わラナイ。変わらないことは分かってイマス』
しかし、アイアンプロトはそんな彼の怒りを聞いてもなお顔を上げない。
頭を下げたままの状態で、土下座をした状態のままアイアンプロトは続ける。
『滑稽と思いまスヨネ? ワタシは機械の体。心など存在しない姿ですが、ワタシはずっと思っていまシタ。ずっとマキシファトゥマ王国の生き残りに出会ったら、どのように謝罪するべきなのカヲ。出会い、どういえばいいのか。ずっと考えていまシタ』
「あぁ………っ? 考えてただぁ………っ? 何を馬鹿」
『機械の体のくせに、魔女の血と鬼の角を使い、力をしようとしている分際が、何を言うのかと、あなたは怒りの嘲をするでショウ。しかし、ワタシは本気で思っていまシタ』
「………………」
『ワタシを生み出すために、国を壊し、あなたの全てを壊し、造り変えてしまッタ。ワタシが生まれた国は………外道のことしか考えられない国デス。存在してはいけない国なノデス』
「…………ああ。そうだ。お前の国は屑だ」
「!」
アイアンプロトの言葉に耳を傾けていたヌィビットは、ロゼロの言葉を聞いて驚きを示した。
小さな驚きであった。そして嬉しさもある驚きだった。
アイアンプロトから聞いていたマキシファトゥマ王国のこと。
その国の生き残りに出会ったら謝罪したいことも、全部アイアンプロトから聞いていた。
聞いていたが、マキシファトゥマ王国の生き残りはその言葉に耳を傾けるだろうか。
答えは分からない。
傾ける人もいれば、傾けない者もいる。
一切耳を傾けず、罵声を浴びせる者がいるかもしれない。
答えは分からない。それはその人次第による。気持ち次第だ。
人と言う存在を影武者ながら見てきたヌィビットだからこそ理解できることで、謝罪も無駄になってしまうことも視野に入れていたが、その考えが傾いたと、この時のヌィビットは思ったのだ。
ロゼロがアイアンプロトの言葉に返答した。耳を、少しだけだが傾けた。
内容はあれだが、それでも聞いている。
アイアンプロトの言葉を聞いて、僅かだが耳を傾けているこの状況に、ヌィビットは驚いたのだ。
「お前の国は、バトラヴィア帝国は屑の温床だ。屑が屑を産み落とし、屑を育てて屑のまま成長させる。使えないものをそのまま粗大ごみにしてしまうのと同じだ。あの国のやつら全員――ごみだ。生まれ変わったとしても、共和国になっても、過去の行いは消えないんだ」
過去の行いは消えない。
確かにそうだ。
ヌィビットは思った。
過去に侵した罪は一生消えない。過去に傷つけられた人は、傷つけられた出来事を忘れることができない。
だが傷つけたものは忘れてしまう。
そんなことが許されると思うか?
傷つけられたものはずっと苦しんできたのに、傷つけた奴がのうのうと生きている。幸せになっている光景を見てしまえば――聞いてしまえば、許せなくなる。
一生呪いたいくらい、許せない。
そんなの当たり前なんだ。
自分の人生を壊しておいて、なぜおまえが幸せなんだと思うのは――普通の感情で、加害者が最後に渡る末路を意味している。
――憎しみは消えない。それは分かっていた。
――ロゼロと言う男が抱いている憎しみは、砂の国への憎悪であり、祖国に対する深い愛なんだ。
――憎しみが無くなってしまえば、祖国を忘れるのと同じなんだ。
――だから………忘れたくなかった。憎むしかなかったんだ。
――愛憎………。この言葉が正しいかな? 意味は違うが。
そう思いながらヌィビットはアイアンプロトとロゼロのことを見る。
「そんな国の産物が、俺に何を求めるんだ」
ロゼロは憎々しげに、且つ低い音色でアイアンプロトに聞く。
アイアンプロトは現在進行形で頭を下げたままだ。そんな彼のことを見ながらロゼロは待っている。
自分の国を壊した――殺した結果の産物を見つめて、アイアンプロトの言葉を待った。
どんな言葉が返って来るのか、どんな言い訳が来るのかを待った。
どんな言葉でも、言い返す。その気持ちで。
しかしアイアンプロトの口から帰ってきた言葉は、意外な内容だった。
『ワタシは求めマセン。外道の国によって作られたワタシのことを、あなたは憎いと思いマス。だから、ワタシはあなたの怒りを受け止めようと思いまシタ』
「は?」
予想外の言葉。
これにはロゼロも驚きの声を零してしまう。
対照的にヌィビット達は冷静な顔だ。
そんな温度差がある空間の中で、アイアンプロトは続ける。
頭を下げた状態で――自分と言う人格を持った言葉で。
『ワタシはあなたの怒りを、悲しみを、憎しみを全部受け止めマス』




