PLAY145 MESSED:Ⅵ(The End of One Vengeance)①
「おい、しっかりしろっ! おい!」
クィンクの決死の食い止めが行われようとした時、シルヴィは何とか蓬が倒れている場所に辿り着くことができて、現在蓬を抱えて口元に『最高級回復薬』を飲ませようとしていた。
七色の光輝く液体を入れた小瓶――MCOでは高額で売り付けられている、HPとMPが完全回復する万能薬……、『最高級回復薬』
価格で言うと十万と言う代物だが、完全回復することができる超貴重なアイテム。
貴重に相応しく、滅多に売られることがないそれはまさにレアアイテムでもあり、アップデート後からは一体どうなっているかはわからないが、それでもこの『最高級回復薬』の効果は変わらない。
「…………っ」
シルヴィは蓬の体を見て言葉を詰まらせる。
四肢が部位破壊されていないことが奇跡なのかと言うくらい、蓬のけがは体の方に集中していた。
腕や手、足に落ちていればどれだけよかったのかと思えるくらい、内臓がある体の方のダメージが凄まじかったのだ。
凄惨な光景と言ってもおかしくないくらい――嫌な感触だった。
ここではそう言っておこう。
それ以上は………言葉にしたくない。言葉にして頭の中で整理した瞬間、苦しくなるから。
「………これだと、持って飲むなんてできないな。意識はあるが、力が入らないのか。なら、すまんっ!」
そう謝罪した後でシルヴィは手にしているそれを、蓬の口に押し込んで飲ませる。
そう――無理矢理である。
今はゆっくりする時間は皆無故の行動だが、それでも荒い。
荒いが、これしか方法が思いつかなかったシルヴィは、無理矢理蓬の口にそれを押し込み、零しながらも蓬の体に『最高級回復薬』を流し込んでいく。
「う」や、「うぐ」という詰まらせるような声が聞こえてきたが、その声を出しながら喉を鳴らしている音がシルヴィを安心へと導く。
呻きを上げながら飲む蓬を見て、経過を見届けるシルヴィ。
『最高級回復薬』も少しずつなくなっていくと、蓬はシルヴィが持っている『最高級回復薬』を無理矢理手から奪い取る。
「っ!」
奪われると同時に起きた痛みと、体にのしかかっていた重みが無くなる感覚を感じたシルヴィは蓬を見て――それを一気飲みしている蓬のことを見てシルヴィは安堵のそれを吐いて言った。
「どうだ? 気分は」
「チョー最悪」
これ、海外の皮肉とかじゃなくて本気の感想ね?
一気に飲み干し、胡坐をかいた状態で口元に就いたそれを手の甲で拭う蓬は、とても不機嫌な顔をしている。
それもそうだ。
さっきまで死にかけていたのだから不機嫌にならない方がおかしいが、そんな蓬のことを見てシルヴィは強張っていた肩の力が解れたかのように少しだけ垂れ下がり、安堵のそれを吐いてから『そうだな』と言って立ち上がる。
「今クィンクが『轟獣王』と共にあの黒い化け物と対峙している。すぐに向かって助太刀に向かおう」
「へー。あいつらの喧嘩終ったんだ。長かったねー。夫婦喧嘩のように」
「そんなことを言っている暇はないだろう? コーフィンも気になる。そっちに向かってからすぐに行く。お前は少し休んでから向かってくれ」
「あれれ? もしかして僕のこと労わっている? 気遣ってくれるなんて珍しいね。いつもはツンケンツンケン物事を言うのに」
「………、一瞬死んだかと思って肝が冷えた」
「あははそうかい。もし僕がここで退場になったら君のことを恨みながら注射の刑を受けるよ」
「でも、死んでいない」
「!」
「それが現実だ。呪いをかけるなら死んでからにしてくれ」
シルヴィは言う。
はっきりと、死んでいないことを告げると、蓬は驚きの顔をしながらシルヴィのことを見る。
シルヴィは超々がつくほどの真面目で、曲がったことをこれでもかと嫌う女性だ。
そして正義感が強い女だ。
そう認識している。認識しているからこそ、今回の行動と彼女の顔を見て驚きを隠せなかった蓬。
彼女の安堵のそれは、いつも凛然としている彼女の顔ではなく、本当の彼女の顔を見せている。
あんな顔もできるんだな。と言う驚きと共に、蓬はふと疑問になって聞いてしまう。
「僕、死んでなかったんでしょ? んで、今あの化け物相手にクィンクとライオン君が戦っているんだよね? なんで一人で立ち向かおうとか、『私が盾になる』とか言おうとしなかったの? 君なら、それ絶対に言うはずだよね?」
警官なら――絶対にするはずなのに。
蓬の言葉を聞いたシルヴィは、黙ってしまう。
理由は簡単。本当だからだ。
そう――彼女は警察官として市民を守る仕事をしていた。
しかも、彼女が配属されたのは捜査一課。
「確かにそうだ」
一時期黙っていたシルヴィだったが、すぐに頷きと捉える肯定のそれを零すと、続けてこう言った。
「私は市民を守るために警官になった。そうすれば世の中に蔓延る悪を捕まえることができ、悪によって隠れてしまった善良を見つけることができる。力なきものを守ることができる。私は守るために警官になった」
「うん」
「私と同じ運命を辿っている――力ない子供を非道な暴力から救おうと思った。長い長い絶望から救おうと思った。だから警官になった」
「うん。知ってる」
「私は警官になったんだ。力ないものに必要なのは盾だ。私はそんな子供達のために、自ら悪に立ち向かう盾になる。そう誓った」
「何度も聞いたよ。それで君は、何でここにいるの? 僕のことは無視してでもよかったんじゃない?」
シルヴィの過去を知っている蓬からすれば、尚更なぜここにいるのかと思ってしまう様な言葉の数々。
そしてシルヴィの性格を知っているからこそ、まさか他人に任せるなんてことはしないだろうと思っている蓬からすれば、今この状況は例外と思ってしまうほどレアなケースだった。
何があったとしても自分が盾になる。
まさに自己犠牲の固まり。
自分のことなど二の次、三の次、四の次………、最悪一番最後かもしれないくらい、彼女の『守る』という精神は固い。
同じ警官だったSKと同じくらいだ。
そんな彼女がなぜここにいるのか。そしてクィンクに任せるなど、信じられない。
今までそんなことなかったのに、そう思いながら蓬はシルヴィに聞くと、シルヴィは蓬のことを見て、はっきりとした言葉で言ったのだ。
いつもの――凛然あるその声で。
「あいつが『任せろ』と言ったんだ。信じないでどうする」
それに、お前のことも任されたんだ。それを投げ出すほど、私は馬鹿じゃない。
断言したその言葉を聞いて、蓬は一瞬黙ってしまうも、すぐに呆れる様な………ではなく、彼女に対していじるものを手に入れたかのような小悪魔の様な笑みを浮かべる。
「へぇ~………」
曖昧に聞こえるその返事を聞いて、シルヴィは顔を顰めながら「なんだ?」と聞くが、すぐに聞こえた破壊音を聞いて二人は現実を見つめ直す。
そう――今は戦っている最中だ。
じゃれ合いは後ででもできる。
そう思った二人はお互いの顔を見て、蓬は立ち上がり、シルヴィは手に持っている槍を構える。シルヴィに至ってはまだ右手が部位破壊されているので動かせないが、片手があれば何とかなる。
左手で器用に槍を回し、自分に向かって歩み寄る蓬を見ながらシルヴィは言う。
振り向きながら蓬に向かって――やるべきことを話して。
「先にコーフィンを探すぞ。クィンク曰く――あいつは大丈夫みたいだ」
「しぶとさはうちのチーム随一だね。きっと黒光りの奴よりも生命力あるかも」
「例えが気持ち悪い。やめろ。そしてコーフィンに謝れ」
少しばかりのおちゃらけをいれた後――二人は戦っているクィンクがいるであろうその場所とが違う、別方向を向いて歩み出す。
すぐにでもコーフィンを探して、短いが長く感じるこの戦いを終わらせるために。
「行くぞ!」
「へーへい」
◆ ◆
――俺は、許せない。
――国を壊したお前達を、許せない。
――お前達の国が犯した罪は一生消えることはない。
――俺がお前達を殺してやる。
――お前達が国諸共壊した。それと同じことを俺は成し遂げてやる。
俺は………、その為にここにイルんだ。
オれは、オまEたチを、ゆルさナE。
◆ ◆
ロゼロは、ずっとこの思いを胸に生きてきた。
憎しみを糧に、憎しみを生きるための食料として、飲料水として生きてきた。
それ以外の願いなどない。
ただただ、ただただ――自分の国を壊した奴らのことをこの手で何度も何度も殺したかった。
それしか願いがなかった。
国にいた時は当たり前の幸せが続くと思っていた。それが普通だと思っていた世界が、自分なりの幸せの世界が人の手によって、あろうことか屑だらけの国の所為で壊されてしまった。
祖国にはいろんな人たちがいた。その年――生まれて来る子もいた。産まれてまだ産声しか上げることができない赤ちゃんもいた。
夫婦になり、授かった者や還暦を迎えてこれからの細やかな幸せを築いていこうと誓った夫婦もいた。
みんながみんな、それぞれの幸せを噛み締めて生きていた。
それを壊したのが――バトラヴィア帝国。アズールの民だ。
そんな奴らの所為で国は死んだ。自分も体を半分失った。
何もかもがあの時亡くなった。
全部失った――奪われて、壊された。
恨む理由として十分すぎる程十分すぎた。
泣くことよりも、叫ぶことよりも、嘆くことよりも先に――恨みが彼を蝕んだ。
蝕み、狂気の決意を固めて、ロゼロは憎しみを力に変えたのだ。
正真正銘、言葉通りの力。
憎しみを糧として、魔力に変えてロゼロは戦い続け、バトラヴィア帝国の者達をこの手で一人残らず、国土を真っ赤に染め、血肉をばら撒き、骨を魔物に貪らせて首を晒す。
王だけ殺しても意味がない。
砂の国の者達だけでは気が治まらない。
アズールに住むすべて者達に復讐する。
それを胸に、ロゼロは『六芒星』の幹部となり、力をつけ、技術を磨き、魔力を高めてここまで来た。
もう後戻りなどできない。
もう、あんな思いをしないために、唯一の生き残りで、自分のことをここまで支えてくれたフルフィドと共に、国の弔いを達成する。
ロゼロはそれを胸に戦った。
だが、ここで予想外のことがおきてしまった。
それは、制御が利かなくなってしまったこと。
ロゼロが出した『怨ノ鎧』は、その名の通り憎しみの鎧。自分の意のままに姿、形を変えることができる鎧なのだが、それがなぜか誤作動を起こしてしまい、ロゼロの自我を壊しにかかったのだ。
否――誤作動ではない。
これは――憎しみの力が暴走したのだ。
魔法の暴走。
それにロゼロは飲み込まれてしまったのだ。
あまりに強大な力を制御するには、膨大な神力が必要不可欠だ。
神力はその者の心の表れ。
数が多ければ多いほど強い精神である証拠。
逆に、その数値がマイナスであればマイナスであるほど、その者の精神は狂い、脆くなっている。
ロゼロの神力は確かにマイナス値で桁も三桁だった。だがそれで憎しみの力が上がるなら、それでいいと思っていた。
狂っているなんてずっと前から知っている事。
それを制御してこそ、復讐は完遂される。そう思っていたロゼロだったが………、結局、呑まれてしまった。
力に溺れる者の末路がどうなるのか。
溺れて、自我も無くなっていくものが辿る最後はどうなるのかわからない。
ただ分かることがある。
薄れていく意識の中、憎しみと言う感情に溺れて、溺れて、底なしの沼に沈みながらロゼロは理解していく。
あぁ――自分は自分でなくなる。
自分の名をアズールの者達に植え付けようとしていたのに、自分の名を忘れるなんて滑稽だ。
阿呆でもそんなことしない。
あぁ――俺はもういなくなるのか。
憎しみが込められた、凝縮された檻の中で、抜け殻となってしまう。
それも――魔女の末路だ。
本望は成し遂げられなかった。それだけが心残りだが、それすら忘れてしまうだろう。
ロゼロは目を閉じる。
何もかもを失い、復讐に身を染めて、戦ってきた結果がこれ。
笑えない。滑稽で、笑えない話だ。
「でも――」
ロゼロは言う。
小さな声で、憎しみの膨張に呑まれながら、ロゼロは言った。
脳裏にちらつく、自分の従者を思い出して………。
「お前に出会えて、本当によかったよ――フルフィド」
従者の名を口にして、ロゼロは目を閉じる。
もう自我なんてなくなりかけている。記憶も朧気だ。
最後に思い出したのが自分のことを最後まで追い、ここまで歩んでくれた従者で、本当によかった。
それを思い、それを最後の思い出として、ロゼロは、憎しみに荷をゆだねようとした。
………………………。
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………………………。
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………………………。
「――まだっ。終わってないだろうっ!?」




