PLAY144 MESSED:Ⅴ(A climax)②
『ワタシは今、この状態でいることに喜びを感じていマス………!』
頭だけ浮遊しているその光景は、現実の世界では異様に見えてしまうだろう。
だが、その状態で動くことができるアイアンプロトにとって、今まさにこの時のためにこんな形になったのだろうと内心思っていた。
なにせ、破壊やいろんなものが落ちてくるこの状況の中、元の巨体では動くことはおろか、みんなに迷惑をかけてしまう。
巨体の利点もあれば汚点もあり。
頭だけの汚点はたくさんあるが、この時ばかりは、この状態に利点を感じざる負えないアイアンプロト。
浮くことしかできいない。そして頭を壊されてしまえば全秘器が全停止してしまうという――まさに弱点が無防備で浮いている状態なのだが、本当に汚点しかないこの状態だが、それでもアイアンプロトは今の状態に感謝していた。
いいや――この状況になったことに、ロゼロと対峙してくれた運命に感謝していたのだ。
激化する舞台の袖を通り過ぎるように、アイアンプロトは動き、思った。
――ワタシは、自分が生み出されたことを嘆きまシタ。
――生み出してくれた親、グゥドゥレィ様にも見捨てられ、戦う力を持ちたくなかったのに、殺す力を持ちたくなかッタ。戦いたくなかったがゆえに見捨てられましたが、今は、今は生み出してくれたことに感謝しマス。グゥドゥレィ様。
――私は戦いたくなかッタ。
――『秘器騎士団』からすれば、帝国の思想からすれば、帝国の目論見からすれば、ワタシは何もかもが失敗でシタ。
――しかし、それを認めてくれた彼等は、私を見捨てるどころか、見世物のようにすることもせず、破壊しようともせず、ワタシを、傍に置いてくれレタ。
――それだけでもいいのに、彼等はワタシの残酷な姿を見ても、残酷な生まれた意味を知ったとしても、見捨てることはしなかッタ。
――戦力のことを考慮してのことかと思いましたが、戦えないワタシを置いておくこと自体お荷物でショウ。
――それに、ワタシを連れて行くということは、この国の敵意を直に受けてしまうということになってしマウ。
――それでもワタシを傍に置いてくレタ。
――欠陥まみれのワタシを置いてくれた、傍にいさせてくれた皆様のために、ワタシも戦いマス。そして、罪を償わないといけまセン。
――彼にとって、ワタシは見たくない存在。
――ワタシの存在こそ、彼にとって見たくないもので、最も壊したいモノ。
――そんなことはわかっていマス。ワタシ自身が一番理解しているからこそ、逃げてはいけないと思ッタ。思ったから、ワタシは行動しようと思ッタ。
――でも、ワタシ一人では何もできナイ。
――だからワタシは、皆様に頼むことにしまシタ。できないことを頼むことは、恥ずかしい事ではいから、ワタシは恥を忍んで頼みまセン。
――ワタシは、皆様に伝えたいのデス。
――彼を倒さないでと。倒さないで、彼と話しをさせてほしいと。
恥を忍んでのことではなく、彼自身そうしたい。彼自身がロゼロと話をしたいということを伝えるために、頭だけの状態で飛ぶ。
勿論話し合いではない。
アイアンプロトは、償いたい。
償うために、話がしたいのだ。
償いないまま倒してしまっては元も子もないから。このままロゼロを倒してしまったら、自分は後悔する。感情のない機械の体でも、人間の心を持っているかのように思うアイアンプロト。
後悔したくない。
それだけを胸に、アイアンプロトは飛ぶ。
蓬には言った。シルヴィにも伝えた。
後はコーフィンと、ヌィビットとクィンクだけ。
三人に伝えて、自分は自分でできることをする。
できることとと言っても、秘器の出力を上げるしかできないが、それでもアイアンプロトは全力を尽くしてロゼロを止めるつもりだ。
彼は殺すつもり。でもこっちは殺さない。倒さない。
矛盾しているような言葉だが、アイアンプロトは本気だ。
『ロゼロ………、いいえ、マキシファトゥマ王国王子――フィリクス様、あなたが生まれた国を滅ぼしてしまったこと、あなたの国の技術を盗んでしまったこと、ワタシは悔やんでいマス』
ロゼロの拳と呪いの触手がシルヴィを襲う。
『機械の体。心など存在しない姿ですが、ワタシはずっと思っていまシタ。ずっとマキシファトゥマ王国の生き残りに出会ったら、どのように謝罪するべきなのカヲ。出会い、どういえばいいのか。ずっと考えていまシタ』
猛攻と言えるようなその攻撃を、シルヴィは槍を振り回し、薙ぎ倒しながら防ぐ。
『機械の体のくせに、魔女の血と鬼の角を使い、力をしようとしている分際が、何を言うのかと、あなたは怒りの嘲をするでショウ。しかし、ワタシは本気で思っていまシタ』
防ぐ光景を見ながら蓬のスキルがロゼロの背中に直撃する。
光属性の攻撃だ。
『ワタシを生み出すために、国を壊し、あなたの全てを壊し、造り変えてしまッタ。外道の考えることデス』
光属性の攻撃を受けたロゼロは獣と化け物の境目の叫びを上げる。
背中からは焦げているような鼻を刺す臭いと、ぐずぐずに崩れていく呪いの鎧の破片。
『そんな外道に作られたワタシのことを、あなたは憎いと思いマス。だから、ワタシはあなたの怒りを受け止めようと思いまシタ。今の状態ではなく、自我を持っている状態で、フィリクスと言う人格を持った状態で、私はあなたの怒りを、悲しみを、憎しみを全部受け止めマス』
ボロボロになり、ところどころから覗くロゼロ本体。
同時に修復して、彼を覆っていく黒い力。
『あ、あぁぁああああ………、アアアアアアアァァァァァァァああああああああああああっっっ!!』
すべてが彼を覆い尽くす時――機械の口は開かれていないが、まるで叫んでいるかのように荒れ、爬虫類の眼から零れるそれは――穢れていない感情の表れ。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっっっ!!!』
ぼろぼろ零れ出るそれは、ロゼロが隠していた想いであり、流れるそれは、今まで流したくても流せなかった。流すことができなかった気持ち。
アイアンプロトはそれができない。
機械だから――秘器だからできない彼でも、ロゼロの感情は見て読み取れた。
あれは憎しみであり、悲しみであり、苦しみだと。
『あの人は、文字通り憎しみに呑まれていマス。呑まれていては何も言えないし、伝えることもできナイ。ワタシの言葉も伝えることができないのはだめデス』
しっかり伝えたい。
そう断言したアイアンプロトは、頭だけの状態で浮遊しながらコーフィンがいるであろう岩陰に向かって飛ぶ。
落ちて来る瓦礫を避け、落石を難なく掻い潜りながらアイアンプロトは飛ぶ。飛んで――皆に自分の意思を伝えるために。
『ワタシは、戦いたくないデス。誰かが悲しむ戦いなど――こっちから願い下げデス』
悲しいだけの戦いなんて、誰も喜びまセン。
◆ ◆
そのころ――ヌィビット達は………。
◆ ◆
「あの時は感情的でした。だからあなたも怒った。あの時の私は無知だったから、何も考えずに行動した結果。前まではそれでよかったことも、あの時は間違いだったことにさえ気づかなかった。でも今は違います」
今、私は冷静です。
クィンクの言葉に、ヌィビットは驚きながら固まってしまうが、そんなことお構いなしにクィンクはヌィビットに続けて、畳み掛ける――のではなく、自分の意思を言葉にして伝えた。
自分は冷静だから、こうして発言していることを、言葉にして――
「私は、あなたがいたからこうして生きているのです。生きる意味も、何も見出せていなかった私は、ただ言われるがままの人生を送って来ていました。私を育ててくれたおじさんの言われるがまま、そして執事長の言われるがまま行動しました」
全部、人に言われるがままだった。
「ですが、あなたと話し、あなたと言う主と出会ってから、私は自分で考えるようになってきた。何をするにしても、命令がなければしなかった私です。単純と言われてもおかしくなかった。従順と言われもおかしくない私を変えたのは――あなたなんです。旦那様」
言われるがままの人生を、少しだけの半生を変えてくれたのは――今目の前にいるこの人だ。
「旦那様は、私に名前を与えてくれた。名前などない私に、いいえ………、あの二人にも名を与え、人として接してくれた。物のように扱ってきた執事長とは違い、他の者達と違い、あなたは一個人として私達を見てくれ、接し、そして――私達に手を差し伸べてくれた」
名を与えてくれただけでもうれしいことこの上ないのに、それ以上のことをしてくれた。
これ以上の幸せがあっていいのか?
「そしてそれを壊してしまったのは、私です。旦那様から与えられた感情を優先した結果、旦那様から受け取り、正しい方法でそれを使わなかった結果――私は間違ってしまった」
幸せであっていいのか?
だが、その幸せを壊したのは自分だ。
自分の所為で、旦那様もみんな、不幸になってしまった。
一瞬不幸になってしまった原因は自分にある。
だから――もう過ちを繰り返してはならない。
「間違ってしまったからこそ、今回は間違った選択をしない。旦那様、あなたは教えてくれた。『あの時のお前は間違っていた。これは私自身の問題だったにもかかわらず、お前を巻き込んでしまった。そこも私の間違った選択が起こした事故だ』と」
クィンクの言葉を聞いて、ヌィビットは思い出す。
それは執事長を殺したあの日のこと。
執事長を殺したクィンクに駆け寄ったヌィビットは、そのままクィンクの頬を拳で殴り、倒れ込むクィンクを見下ろしながらヌィビットは言ったのだ。
間違っていたことを指摘し、自分の間違いだったことも告げて――だ。
一文字一句間違っていないその言葉を聞きながら、ヌィビットはクィンクの言葉に耳を傾ける。
「そしてあなたはこう言いました。『お前は自分を犠牲にしてでも執事長を殺そうとしたんだろう? 私はそんなこと一切望んでいない。私はお前にそう命令したか? していないだろう? 私は、お前達に死んでほしくないから頼まなかった。私のためにその命を投げ出すな』」
私は影武者だ。
私は真当主の影なんだ。
只の囮なんだ。
だからお前達が命を張る必要なんてなかったのに。
「そう言われても、やはり私は納得いきませんでした。今も、昔も――変わらず………、あなたを守ろうとした結果がこれなんです。私は、あなたのお陰でここまで生きてこられたんです。ただ一個人としてではなく、あなたに名を貰ったクィンクとしてここまで生きてこられた」
そんな言葉が欲しいんじゃない。
お褒めのお言葉が欲しいんじゃない。
私はただ――
「私は、あなたのためなら死んでもいいなんて思っていません。あなたがいなければ、私は私ではなくなってしまう。私はあなたの従者。あなたのために矛となり、盾になる存在なのです。私は――あなたに死んでほしくない」
私はただ――あなたに、あなたに。
生きててほしい。
生きててほしいから、私はあなたのために戦おうと思ったのです。
「これは私自身の本音。あなたのことを守ることこそ、私の本望にしてクィンク個人としての、最大級の喜びです。旦那様――いいえヌィビット様。あなたのために犠牲になることは絶対にありえません」
私は知っているんだ。
「あなたは一人が怖い小さな人間です。そのことを知っているから、私はあなたのために敵を屠る矛となり、あなたの盾となります。あなたのために死ぬことなんて、あなたが悲しむようなこと、私はしません」
あなたが一人でいる時、とても悲しんでいるような顔をしていることを。
あなたが一人でいる時、寂しいという感情を見せても、私達には見せない。
虚勢を張って見せないからこそ、私は余計に思ったんだ。
この人のために力になりたいと。
クィンクと言う名前を与えてくれたこの人のために――間違った選択をせず、彼等の様に間違えないように、私は、旦那様を守ると………そう誓ったんだ。
「旦那様――命令してください。私に――『戦え』と!」




