PLAY143 MESSED:Ⅳ(Master and servant)③
普通に考えても理解できない内容だったのが、本音だった。
昔から人を殺してきた。
そんなことがあり得るのかと思ってしまったが、世界は広い。広いゆえに知らないことも多いと今となっては納得してしまう。
あの時の私はまだ青二才で、まだまだ世界のことなんて全然知らなかった。だから驚いてしまったんだ。
殺しが許されない世界で、殺しを生業としている者がいることに。
クィンクの言葉はあまりにも拙く、そして箇条書きのように詳しく話さない。一言で言うと理解が難しい喋り方をする。
そんな彼の過去を理解した結果がこれだ。
クィンクは元々スラム街で生まれたらしいが、母親からすぐに見放されてしまい、全く知らない赤の他人の男の元で暮らしていたそうだ。
名前は父親ではない。同居人と言う立場で『おじさん』と呼んでいたそうで、そのおじさんがクィンクに殺す術を教えたとのこと。
そのおじさんは一体誰なのかと聞くが、クィンクは赤の他人だからわからない。おじさんは多くを語らない無口で無表情の男だったらしい。そして機会がめっぽう苦手と言うことも聞いた。
なぜおまえは母親から見放されたのかと聞くと、母からすれば、自分は邪魔者だったからと断言し、自分の母親のことはあまり覚えていないことも知らされた。
全部おじさんから聞いたことで、母親はどうやら日銭を稼ぐために色んな輩と関係を持っていて、その結果クィンクを身ごもってしまったことで、クィンクを邪魔者として扱い、そのまま見放したとのこと。
簡単に言って――クィンクは実の母親に捨てられた。
邪魔者とはっきりと言われ、そのまま見放すなんてこと、できることなのか?
私はこの時、実の母親にあったことはないが、それでも私を産んだということは、お腹を痛くしてでも産みたいと、心の底から思ったからこそ産んで、愛するのが普通じゃないのか?
それが普通だと、今も昔もそう思っている。
だが、クィンクが生まれた世界では違っていたらしい。
クィンクを産んだ母と言う存在は、金のために体で稼ぐことを生業としており、子供と言う存在は最もいらない人物であり、母にとって望んでいない結果が自分だったとのこと。
それは他の女たちもそうで、母と同じようにした者もいれば、おろすなんて言う残酷なことをした者までいる。更なる残酷なことをした者もいたが、それは言わないでおこう。
私の心がどんどん悲しくなってくる。
子供が辛い光景は見たくないものだからな。
しかし現実は残酷だ。こんなことを平然とする輩もいる。きっとクィンクの葉はおYもそうだったのだろう。邪魔だからという理由で産んだ我が子を見捨てた。見放したんだ。
クィンクはあの時、おじさんに拾われてなかったら自分はいなかったと言っていたが、その通りだ。クィンクはきっと運よくおじさんに拾われ、そしてここまで生きてこれたんだ。
これは運がよかったとしか言いようがない。これには私も同意しかできなかった。
クィンクが生まれた場所と育ったことに関しての言葉を聞いて行くうちに、クィンクがなぜこんなにも並外れた身体能力と殺す術を磨いたのかの話に入り、そこで聞いた話も壮絶と言わざる負えない様な内容だった。
クィンクが育った場所はスラム。
生きるためには何でもしなければいけないような場所で、クィンクはそこで生きる術をおじさんから学んだらしい。
内容はまさに生きるためには殺すことも厭わない様な方法。そしてそれを使った仕事など。殺しに関する内容を学んだとのことだ。
あの時は凄いという言葉しか思わなかったが、今にして思うと、もしかしたらそのおじさんは暗殺者だったのかもしれないという思考が浮かんでしまうが、きっと間違いではないだろう。
今のクィンクの動きもそうだが、あの時のクィンクの動きもそれに酷似している。
カフィーセルム家を襲撃する暗殺者と同じように、クィンクの動きも行動も、全部が暗殺者向きの行動なんだ。
まさに音もなく殺すことを売りにしている輩の才能。だから殺したい奴がいる者は暗殺者を雇い、そして音を出さずに殺し、そして音もなく消えて、痕跡も無くす。
クィンクを育てたその人はきっと、暗殺者としてかなり腕の立つ人だったのかもしれない。そして奇しくも、クィンクもその才能を持っていた。持っていたからこそ難なく吸収して今に至っているんだろうな。
さて――考察はここまでだ。
おじさんから色んな技を教わったクィンクは、その力を使っていろんな仕事をこなしてきたらしい。
中には重役から暗殺の依頼が来るほど、クィンクは暗殺者として才能を開花させていた。
しかしクィンクにとって、それは日銭を稼ぐために手段。おじさんと一緒に暮らすための手段らしく、熟練の暗殺者になることは望んでいないとのこと。
なぜ望んでいないのかと聞いたことがある。
暗殺と言えど、重役の命令に従い、その命令を遂行出来たのであればかなりの額をもらえるだろう。カフィーセルム家にとってすれば安すぎる額かもしれないが。
それでも豊かな暮らしができるかもしれないことを話したのだが、それに対してクィンクはこう答えたんだ。
そんなことをしても、裕福になったとしても、暗殺と言う術はいつの日か歴史から消え去ってしまうものだから意味がない。
クィンクの返答はこんな感じだった。
何故そう答えたんだ? そう思ったのかと聞いたら、これはクィンクの意思ではなく、おじさんから教わった内容だったのが驚き………、いや納得した。
こんな難しい事を考える様な歳ではなかったしな。
クィンクにこのことを教えたおじさんはこんなことを言っていたらしい。
『ボウズよく聞け。今から己が教えることは、この世界で全く役に立たない技術だ。人を殺す術なんてあっても何の得にもならねぇ。ただあるだけで嫌われる。怖がられるようなもんだ』
『己はもう長くねぇ。もしかしたら明日ぽっくり死んじまうかもしれねぇ。そうなったらお前を守れる奴なんてもういねぇ。産みの母親でさえもお前を見捨てたんだ。自分のことは自分でなんとかする。自分の身は自分で守れ。そのために己はお前に教えるだけだ』
『このスラムでは、命なんて紙切れだ。紙切れのように扱われ、そして踏み潰されちまう。ここらへんでよく見かける蟻よりも軽い命なんだ。お前の様なガキは、このスラムで生き残る確率なんて零に近い』
『だから鍛える。鍛えて、いっちょ前に自分の身を守れるようになれ。己はお前の死後の面倒なんかこれっぽちも見たくねぇ』
『逆に、お前に己の死後の面倒なんざ、絶対にやらせねぇ』
『一日でも早く出て行けるように、殺す気で鍛えるからな』
――と言う事らしい。
なんとも複雑な気持ちを抱いているおじさんだ。
子供の時はそんなこと思わなかったが、おじさんはきっと、クィンクのことを死なせたくなかったんだろう。
おじさんの言う通り、スラムと言う世界は残酷で、弱いものが次々と死んで逝くような世界だ。そんな世界でクィンクを残して死ぬことは、あまりにも残酷で、あまりにも無情だと思ったんだろう。
おじさんの心、クィンク知らず。
まさにその言葉が正しいかのように、クィンクは理解できるまで知らなかった。
おじさんはクィンクのことが大事で、育ててきたからこそ、死なせたくなかった。殺されて欲しくなかったから、クィンクに教えた。
自分が磨いて来た暗殺の術をクィンクに護身として、自分の身を守る武器として与え、教えてきた。
後先短い事を踏まえた行動に、子供の時の私は――
厳しい人だったんだな。と答えていたな。なんであの時深く考えなかったんだと自分に対して突っ込みたい気分だ。
そんな私の言葉にクィンクも頷いて厳しい人だと同意してくれたのも懐かしく、そしてほほえましい記憶だな。
ここまで聞いて分かったことをさらりとお浚いすると――クィンクはスラムの生まれで、生きるために暗殺術をおじさんから学んだ。
生きるための処世術。
生きるための護身術としてクィンクは学び、今に至るらしい。
『嗅覚………、犬のように鼻が良いのは?』
『これも、おじさんのくんれん』
『く、訓練でなるものなんだな……』
『おじさんは、めがわるいから、はなとか、みみでめのかわりにしたっていっていた』
『そうか………、なら、ここに来たのは』
『おかねがほしかったから。おかね、いきるためにぜったいふかけつのしろもの』
クィンクがここに来た理由はもっぱらお金のため。
普通の反応だ。
普通にお金を稼ぐために働くのだからそうするだろう。
クィンクの様な子供だ。普通の職場では働けない。
小さな子供が生きるためには金が必要だ。だから護衛の仕事に就こうとしたんだろう。
『ところで、ずっと疑問だったんだが、どうしてお前は私の護衛になれたんだ? あとなぜ私に噛み付こうとしたんだ?』
『ごえいになれたりゆう、は………、としがちかいことがおおきかったって。あとかみつこうとしたりゆうは、『とうしゅ』さまのふくからいいにおいがしたから』
『それって………、香水か? もしかして食い物を隠していると思って噛み付こうとしたとか、そんな理由で噛み付こうとしたわけじゃないよな?』
『………………………』
『何か言えっ!』
クィンクの言葉から明かされる年が近い理由で護衛になったこと。そして噛み付こうとした理由がいない過ぎた内容だったこと。
色んな意外という言葉がどんどん溢れ出てきて、あの時感じていたクィンクの人物像が壊れていくのを感じたんだ。
こいつは化け物じゃない。
こいつは――私と同じ人で、まだまだ子供なところもあって、それでいて不器用なところもある人間だと。
そう人間だ。クィンクも人間であることを確認できたことで、私は安心してしまったんだ。
クィンクのことを見て、クィンクのことを見て私は言葉にしていた。
『………そうか、わかった。お前のことを知らなかったことに関して、お、私は詫びを入れよう。クィンク』
『?』
『聞こえなかったのか? お前の名前だ。クィンク』
今までの行いに対して私は詫びの言葉を述べると、それを聞いたクィンクは首を傾げながら私のことを見て、辺りを見渡していた。
きっと、ほかに人がいるのかと言う思考になったんだろうが、そうじゃない。私はそんな彼に向けてわかりやすく名を呼び、クィンクの驚き顔を見つつ、自分のことを指さしている彼に向けて言った。
『そうだ。お前の名前はクィンク。アンドーやツバキのように名前を付けようと思っていた名前だ。有難く名乗れ。私の護衛』
『くい、んく?』
『違う。クィンク。『い』の所はあまり発音しないようにする。はっきり言わない『い』と思え』
『むずかし』
『………。最初は難しいと思うが、慣れてくれ。お前の名前なんだぞっ!』
その時、私はクィンクに名を与えた。
クィンクと言う名前の理由?
そんなものはなかったな。何というか、こいつはクィンクだと思ったから、クィンクと名を与えた。
最初は苦労していたクィンクも、名を貰って嬉しそうにしている。ように見え、それを見た私も嬉しかったな。
それから少しして、執事長と他の執事。そしてアンドーとツバキが来たことにより、私の誘拐事件は一日足らずで幕を閉じた。
誘拐を企てた三人はそのまま懲戒解雇と言う結果でクビになり、それからすぐに執事長は新しい執事を雇った。
私の生活も、変動もなく、可も不可もない日々を送ることになった。
だが変化はあったな。
今まで警戒していたクィンクと、仲良くなったこと。それが大きな変化だった。アンドーとツバキも驚いていたが、二人も次第にクィンクと仲良くなっていき、次第に私のことを守ってくれる頼もしい存在になっていったんだ。
最初は最悪。次第に仲良くなる展開。
こんなものは空想でしかないと思っていたが、現実にもあり、私はそれが長く続くと思ったんだ。
そう。思っていた。
あれがなければ、きっと、その願いは長く続き、私とクィンクの関係が変わることは、今に至る関係になることは、きっとなかっただろう。
それが起きたのは、誘拐未遂事件から、三年後。
私がクィンクに対して怒りをあらわにしているきっかけとなった出来事を話そう。