PLAY143 MESSED:Ⅳ(Master and servant)②
そのあとはもう真っ赤な世界だった。
クィンクの助けもあり、私は誘拐した執事達の魔の手から逃れることができた。
その時間は――あっという間だったな。
あの時と違って時間をかけないで倒すその様子は、まさに瞬殺という言葉が正しい。
何をされていたのかなんて早すぎて覚えていないな。
何せ瞬殺だったんだ。
一瞬でクィンクが私の近くに来たかと思ったと同時に、三人の首から赤い血が噴き出したんだ。
首を切ったのかわからない。敢えて言うなら急所は首。それ以外は覚えていないが、それ以降はしっかりと覚えている。
当たり前だ。これは私とクィンクのサードコンタクト。
そして、初めて会話した記憶なのだから。
『お前………、なんでここにいるんだ?』
『とうしゅさまのにおいをたどってきた』
『お、わ、私の、臭い?』
『そう。においたどってきた』
『私は、私はそんなに、臭い?』
『くさいとかじゃなくて、においかいでここまできた。きたんです』
執事達を倒した後、クィンクと話した私は困惑………と言うよりも衝撃が多い内容ばかりだった。
なにせ、私のにおいを辿ってここまで来ただなんて、犬かと思ってしまいだろう? 嘘かもしれないと思ってしまう様な内容だったが、クィンクは嘘をついていないと直感した。
むしろ嘘をつく様な輩ではないことは分かっている。
私に噛み付く。暗殺者を長い間甚振る。
それは体が反応した結果――本能の結果。
正直な反応だったということだ。それに対しても否定しないところも正直そのものだ。
だから彼自身正直に答えたのだが、あの時の私は、自分が臭かったのかと言う衝撃に耐えきれず、自分の体を嗅ぐことばかりしていたな。
クィンクはにおいと言っていたのに、臭い匂いでここまで来たんだという先入観とショックが大きすぎて、捕まった時間も分からないこともあって、長い間捕まってしまったせいでにおいがついてしまったと誤解していたんだ。
まぁ………、あの時の私は、まだ子供だったな。
しかし子供でも真当主の影武者。影武者である私はクィンクに向けて慌てて聞いたんだ。
そうだったそうだった。あの時は確かに慌てて驚いた記憶があるな。
あの時私は確か、こう聞いていたんだ。
『あ、そうだ………! 私が攫われてからどのくらいたった?』
『どのくらい? 何が?』
『誘拐されてから何日経過しているんだと聞いているんだっ』
『えっと………、三十分?』
『は?』
常識的に考えてと言うよりも、私の思考回路ではそんなに時間は経過していないとは思っていなかった。
きっと攫われて何日かは経過していると思っていたからな。
それをあっさりと覆したクィンクの言葉は、まさに衝撃の一言。
たった三十分しか経っていない?
そんなことありえない。
それが普通の返答だろう。
勿論私もその一人で、それを聞いた瞬間言葉を失った。呆けた顔をして『当主』の顔なんて忘れていた。そんな私を見てクィンクは何かを察したのか、手を前に出して、指折りで数えながらこんなこと言っていたんだ。
今でも覚えている。
あぁ――懐かしいな。
『えっと、びょうかんさん………、ろくかける、さんは………』
『違うっ! 違うんだっ! まさかたった三十分しか経っていないって、嘘も大概にしろっ!』
『うそはいっていない。ほんとうのこといっている』
『本当であるなら証拠を出せっ! 今日が何月何日なのか。そして屋敷の者達は今どうしているのかをちゃんと』
『きょうはろくがつじゅうに。やしきではふつうにみんなすごしている。でもにおいでわかった。『とうしゅ』さまのにおいがまじったしつじたちのにおいをきで、ここまできました』
『………おまえ、一人でか?』
『はい』
あの時も衝撃だったな。そしてそれを本当と思えない自分もいた。
だがクィンクの真っ直ぐな目を見て、何の迷いもないその目を見て、嘘なんてついていないと理解したのも思い出深い。
あの時の私は何もかもが未熟で、そんなことありえないという気持ちもあって噛み付いたが、それを正論で言ってしまったクィンクに、反論なんてできなかった。
いや反論と言うよりも、まさか私を助けるためにここまで来たことに、驚きを隠せなかったんだ。
そうだ。私は当主だが影武者の当主。
助ける意味なんてない存在で、誘拐されて殺されるなんてよくあることだったんだ。
それは前の影武者が教えてくれた。
教えてくれたからこそ、理解しているからこそ、クィンクの行動に私は動揺しかなかった。
子どもでもわかってしまう『意味がない』ことをしてしまうクィンクの行動に、私は驚くことしかできなかったんだ。
意味ない事を知るなんて徒労だろう?
形あるものを手に入れるならいいが、私は形ないものに等しいんだ。
つまり無駄な事だから諦めることが最善なんだ。そう執事長に教わった。それは護衛にも伝わっているが、それを覆したのがクィンク。
子供の私は、それが理解できなかった。できなかったから聞いたんだ。
『どうして、どうしてそんなことをしたんだ?』
『?』
『意味ない事を何故したんだと聞いているんだっ!』
『?? とうしゅさまたすけることがしごとだから、しごとはやらないとおきゅーりょーもらえない。おかねもらえないってきいたから、しごとをしただけ』
『それは………っ! それは表上の護衛の仕事で、そんなことしても意味はないっ! 私を助けたとしても意味がないんだっ!』
『………!』
意味がない。
無駄なことをしたクィンクに対して正直に、荒げる声で言った私の言葉に、クィンクは初めて驚きの顔を見せたんだ。
今まで仮面のように変わることがなかった――ポーカーフェイスのその顔を変えた光景を見て、あぁ、こいつもこんな顔をするんだなと思った瞬間………、クィンクは驚きの顔でこんなことを言い出したんだ。
『じゃあ…………、おきゅーりょーはっせいしない? なんで? それって、けーやくいはん』
『………へ?』
一体何を言っているんだと思っただろう。
私もそれは思った。
あの時の私はそれを聞いて一瞬固まってしまい、一体何を言っているのか脳内でもう一度繰り返したよ。
繰り返して思い出して聞くと、クィンクは給料が発生しないこと。そしてそれは契約違反であることを真顔で言い放ったのだ。
この時の私はこんなことを思っていたなー。
――え? それっていま関係あること? 今それに対して重要視している場合じゃないだろ……。
そんな私の困惑なんて無視して、クィンクは何かぶつぶつ言っていたが、とある言葉だけははっきりと聞こえて、それを聞いた瞬間、なんだかな………、緊張と言うか、今までの張り詰めていた気持ちが一気に緩んだんだ。
あまりにも間の抜けた内容でな、それはクィンク自身重要なことだと言っていたが、私からすればそれは重要なのかわからない内容で、今でもまだ理解できないと思ってしまう。
あの時のクィンクが言った言葉――それは。
『だいすきなぎゅうにゅうがかえなくなるのはだめだ。でもけーやくいはんだからどうしよう』
牛乳が好きで買えなくなるのは駄目だが、契約違反に関してしっかり言いたい気持ちもある。だがそれを執事長に言ってしまえば給料が無くなるからどうしようと悶々と考えていたみたいでな?
それを聞いた私は、もうそれを聞いて今まで緊迫していた状況だったことなど忘れてしまい、声に出して笑ってしまったんだ。
『ぷ………っ。くく……、うくく………っ。あははは! あはははははははは! はははははは!』
『!?』
小さなことを言うクィンクを見て、なんともまぁ変なところに食いつくなと思うと同時に、あんな残虐なことをしていた奴が、こんなことで悶々としているなんて、面白い以外他ないだろう?
だから私は笑ってしまった。腹を抱えて、当主らしからぬそれで大笑いをしてしまったんだ。
そんな私を見てクィンクは驚きの顔をしていたが、それを見ても私は笑い続けたよ。
声に出し、腹を抱えて笑うなんてこと、今までなかった。
だから――笑って、今まで考えていたことなんてどうでもよくなってしまった。
笑うとはとてもいい事。
それはまさにその通りだ。
笑うと――先ほどまで感じていた感情も何もかもが緩和されていく。不安も和らいでいくような雰囲気にしてくれる。
空気によるデトックスを感じながら、感情のデトックスも済ませた後で私はクィンクに言ったんだ。
笑って、クィンクのことをしっかり見て私は言った。
そうだ。ずっとこうしたかったんだ。
ずっとこうしたかったが、色んなことがありすぎて。ずっと言えなかったんだ。
本当はずっと前からこうしたかった。できればアンドーとツバキも一緒になってだが、それは叶わない。またの機会にするとして――私はクィンクにはっきりと、クィンクの目を見て言ったんだ。
『契約のことに関して詳しく話そう』
『!』
『話がてら、お前の話も聞きたい。いいか?』
『? いいですよ? おれのはなしは、おもしろくないですけど』
『それでもいい。それでもいいから、話してくれ。私は、お前のことを知りたいんだ』
私の言葉を聞いて、クィンクは少し黙ったが、契約のことに関して聞きたい気持ちが勝ったんだろう。頷いて私に駆け寄り、手足を縛っているそれを解いた後、私はクィンクにこと細やかに契約のことやいろんなことを教えた。
勿論――これは助けてくれた対価。ではない。
わからない護衛に詳しく教える。
そうだ。優しさだな。
純粋にわかっていない人に教える親切心で、私はクィンクにこと細やかな契約の内容。そして今回のことに関して給料は発生するのかと言うことを教えたんだ。
巷で聞いたことがある雑談とは違ったが、クィンクと言う話そうとしていた相手と一緒に会話をする。これは正直緊張していた自分もいたんだ。
そわそわしていたと言ってもおかしくない。
今までは警戒していた彼も、実は人間らしいところがあることを知れたことは大きな収穫と同時に、なんだか怖がっていた自分がばかばかしく思えてしまうようなひと時だった。
話しをしていくにつれて、喜怒哀楽を小さく表現してくるクィンクは、まさに犬の様な反応だ。
犬と一緒に会話をしていると言ったら、クィンクは怒るかもしれないが、それでもそんな空気を感じながら私は教え、終わった後で私はクィンクに、『対価』として一つ聞きたいことを提示した。
『対価』と言っても、教えたのだから聞きたいこと一つは聞いてほしいという子供の我儘だったのだが、クィンクはその言葉に快くオーケーを示した。
快く快諾してくれたクィンクに、私はクィンクに聞けなかったことを聞くことにしたんだ。
もうこの時にはすでに緊張なんてない。
只あるのは、クィンクと言う存在を、少しでも聞きたい気持ちしかなかった。それだけ聞けばあとはもういいと思っていた。
だから私は聞いたんだ。
『どうしてそんなに強いんだ?』と。
それを聞いて、クィンクは間を置かず私に答えてくれた。
『むかしからひとをころしてきたから』
と――