PLAY142 キャッチボールと影武者⑥
あぁ、言い忘れていたが、私の他にもなぜ当主の影武者がいたのか。
そしてなぜ偽物の当主に護衛がいるのか。そこを説明していなかったな。
実を言うと、真当主には複数の愛人がいたらしく、正妻と言うものはいなかったそうだ。
いいや違うな。愛人全員が正妻。そうだ――ハーレムの様な状況だったというのは正しい言葉だ。
真当主は金もあり地位もあり、何より未来永劫ひもじい思いをしないという得点の様なものがついている存在だ。現に真当主の金目当てに付き合った人もいるが、真当主はそれでもいいという思考だった。
要は次期党首と言う名の影武者を作れれば、産むことができればいい様な思考回路だった。
身ごもり、自分の盾となる囮ができればそれでいい様な頭だったんだよ。
おかしい頭をしているだろう? そうだ。その思考は正しい。
おかしいと思う人は正しく、真当主がおかしいんだ。そこはちゃんと理解してくれ。
しかし、そんな頭がおかしい奴の血を引いてしまったみんなは、おかしい奴のために次期党首となり、影武者として肉壁の人生を送る。
私もその一人だ。私もその人生を送っている。生まれてきた影武者で腹違いの兄弟たちは皆そうだ。子供のうちに死んだ者もいたり、大人になって死んだ者もいたり様々で、私が生まれた後も愛人を作っていたくらい、真当主は自分が可愛いんだろう。
痛めて産んだ我が子が死ぬ。
結果――何人もの愛人が狂い、自ら命を絶った。
どれだけ死んだかはわからない。数えることもしなくなった。
死ぬことを数えるなんてしなくなかった。と言うのはなかったな。あの時は。
数えても無駄だと思ったからしなくなった。
真当主は人間ではないと思っていたから、私はそれをしなかっただけだ。
数えたとしても新たな愛人を作って来るんだ。無駄だと思ってしまう。それを止めない執事長も執事長だが、カフィーセルム家の者達は皆おかしいと思うしかなかった。
カフィーセルム家に雇われた護衛も護衛で、頭が狂っていたしな。
護衛と言うものは次期当主を守るための存在と思っている人も多いと思うが、実際はそんなものは形だけ。護衛は見た目だけで、実際は使えないものを抹殺するための存在でもある。
カフィーセルム家に置いて、次期当主と言うものは真当主にどれだけ内面が似ているかで決まるもので、内面が似ていなければ、どこかでぼろのようなものが出る様なダメなところがあれば即処分する。
不必要なものがあれば即消すことをしてしまうんだ。
前に話していた三人目、十九人目と二十一人目がそうだ。
あまり頭がよくなかったことで四人目の手によって亡くなってしまった三人目は最初、護衛の手で事故に見せかけて殺すつもりだった。それを四人目がしてしまった。
十九人目と二十一人目も事故に見せかけるために始末するはずだったが、精神的に狂ってしまったおかげで護衛が手を下すことはなかった。
でもな――処分の話は本当だ。
どこで聞いたかって? それは秘密だ。
秘密だが、真当主も影武者としていた時、護衛の者達が影武者としていた兄弟たちを始末していた。これは事実であり、執事長もその始末に加担していたんだ。
我ながら気持ち悪いよ。反吐が出る。
こんな生活の中――兄弟たちは生まれ、自分と言うものを殺して、次期当主の肉壁として生きるしか選択がない人生しかなかった。
それしか生きる術がなかった。
普通の者達のように生きることができない次期当主は、影武者は………、肉壁は、人間ではないんだ。
生きる意味なんて、考えること自体おかしい。
そうみんな思っていたと思う。
私もその一人。
次期当主として、肉の壁になるのだから生きている意味なんて考えること自体おかしいと思っていたよ。この時までは。
そんな私の元に現れたのが、三人の護衛だった。
私が十二歳の時、表の名目は私を守るために新しく雇われた護衛で、始末するために雇われただろう三人が執事長と一緒に現れた。
この三人は年齢もバラバラで、出自も何もかもが違っている三人だった。
一人は大人の男だ。小さい私の視線から見れば高身長で、しわの彫が深い男だった。手袋と、腰に携えていた拳銃と、黒くなった拳銃のホルスターは今でも鮮明に覚えている。
そいつは言っていた。
『拳銃を持っていないと落ち着かない。持っていないと自分を保てない』
と――
もう一人は、女だった。
火傷なのか、片目が爛れた状態で、生気を失った最後の瞳が印象的な女、『ニホン』出身の女性だった。
彼女の年齢は男よりも幼いが、私より年上なのかはわからなかったな。
幼い顔立ちでよくわからなかったし、年齢も教えてくれなかったからわからないが、最後に話してくれた一人だけは、私よりも年下の六歳だということを知った。
そうだ――そいつがクィンクだ。
「新しい護衛――あなたの盾になる者です」
執事長の言葉を聞いて、クィンクは私を見て頭を前に下ろした。
不格好で、作法もなっていない礼儀でクィンクは私を見た。
見た目は一言で言うと、汚い。が第一印象だった。
なにせ、ぼさぼさの髪の毛ももっとぼさぼさで、服もボロボロの物を着せられていたが、破けているところもあって清潔感もない且つ服としての意味をなしていない身なり。何より私よりも痩せていた。
いいや痩せ過ぎていた。
普通の子供と比べても絶対に違いがありすぎるほど痩せすぎて、言葉で表現していた骨と皮だけの体をしていたんだ。
小さい私からすれば、どうやって生きてきたのかわからないくらい痩せすぎて、何より………、目が違っていた。
普通の子供や、他の影武者たちとは違った………、濁っているような、そんな目をしていたんだ。
小さい私はそう思う事しかできなかった。だが直感したのを覚えている。
これは――人じゃない。
犬のように、狂暴な目だと思った。
「おまえ――名前は?」
名を聞いても答えなかった。答えなかったが、代わりに返って来たのは――
私に向けた、牙だった。
敵意だった。
明らかな噛みつきを行おうとして、私に襲い掛かって来たクィンクは、人ではなく獣。
自分以外の生き物に対して殺意を向けている――狂犬の様に私に噛み付こうとしたんだ。
本能でも何でもない。確実に食い散らかそうとしている目だった。
人とは思えない行動と、私に対しての攻撃行動で噛み付こうとしてきたクィンクを見て、執事長はクィンクのことを殴り飛ばした執事長は怒り狂っていた。
幸い襲われそうになった私は怪我無く事なきを得たが、この時のクィンクは口に猿轡をされてしまった。
犬がよくするあの猿轡。分かるかな? クィンクはあれをされて日常生活を送ることになったんだ。
私の護衛として、盾として、最悪の始末を視野に入れての護衛だ。
そうだ思い出した。あの時の三人には名前がなかった。
大人の男は確か………、住んでいたところの記憶を呼び覚ましたくないから昔の名を捨てたと言っていた。
女の方も住んでいたところでは人として認識されず過ごし、心と体も壊されてきたらしい。名前も『二〇九三』と言う番号だったらしい。
クィンクは住んでいたところで奴隷として過ごしてきたから名前なんてなかった。
今の時代で、奴隷と言うものがまだ存在していたことも驚きだったが、実際はひっそりと存在していたが、それも壊滅してしまったらしい。
そこで有名だったのは、とある組織で『猛猪』と言う異名で馳せた元奴隷の話しで、クィンクはそれを聞いて、そいつの喉元に自分の手刀をぶっ刺したいと、夢まで語るほどだ。
変な夢だが、クィンク曰く――自分の強さを確かめたいらしい。
本当にそんな奴がいるのか、生きているのかどうかわからないがな?
おっと話が逸れた。話を戻そう。
名前がない三人に対し、執事長が私に言った言葉は変な言葉だった。
三人に名前を与えてください。
それを聞いた時、本当に変な話だと思ったよ。執事長が与えればいいんじゃないかと言ったが、執事長自身こんなことは異例で、彼等の様な存在が護衛としてくること自体初めてだったらしい。
難しい事はあまり聞かなかったが、応募とか求人と言う、普通の職業ではない護衛の仕事ではない。ほとんどが執事長のスカウト。真当主の人脈で呼ばれることが普通だが、三人はカフィーセルム家のことを聞いて護衛として働こうと思ったそうだ。
情報が洩れているのか、この時ばかりは記憶も曖昧で、執事長も詳しい事は話してくれなかったが、要するにこの三人は異例で護衛の仕事を見つけてここまで来たということだ。
そして名前がない。
名前ないし、昔の名前は嫌だから名前を与えてほしい。
いや私は親じゃないんだ。神様でもないんだが?
今ならこの突っ込みができるが、あの時の私はそれをしなかった。ただただ困ったと思っただけだった。
私自身にも名前はなく、真当主の影武者として生きているから、私自身の名前なんてない。
だから変だと思ったし、名前なんてどんなものを与えればいいのかわからなかった。だから困ったと思った。
すごく悩んだ記憶がある。書斎にあった名前に関する本も読んだ。読み漁った。
読み漁り、考えに考え抜いた結果――何とか名前を決めることができた。
すごく遅くな?
先に言うと………なんだが、本を読んでも『これだ!』と言うものがなかった。どの名前もあの三人に合う。あの三人らしい名前がなくてな………、最終的には自分のインスピレーションと、彼等に合う様なものを取ってみようと思ったんだ。
犬や猫に『チョコ』や、花の薔薇………、英語にして『ローズ』と言う様に、私は三人ことを観察して、三人にとってどんな行動がより彼等らしいのかを観察することにしたんだ。
護衛は人間だから犬ではない?
ああわかっている。だがあの時の私にはそうするしか方法がなかった。
気に食わない名前を付けた。王道の名前を付けても自分が嫌だったんだ。つけるなら――自分でも納得する名前を付けたい。
今だから分かる。あの時の私は――必死になって言い名前を考えたかった。
いい名前を三人につけたかった。
名前のない私だからこそ、真当主の影武者として生き、真当主の名前を語るだけの肉壁だからこそ、悩んで悩んで決めたいと思ったんだ。
そう――私は私と言う人間で彼等の名前を決めたかったんだ。
真当主なんて関係なく、私自身が、私と言う一個人が、彼等の名前を考え、与えたかったんだ。
まず最初に決めたのは大人の男の方で、ドーナツが好きだということを知ったこと。そして遠方から土産として受け取った『アンコ』がくっついた餅を食べて、アンコの味に衝撃を受けて泣いてしまったことで、私は彼に『アンドー』と言う名前を付けた。
『アンコ』とドーナツが好きな意外な一面。それを合わせただけだが、アンドーは嬉しそうに、泣きながら私に感謝していた。
次に女の方は――実は前々からこの名前がいいかなと思っていて、意を決してその名前を提案した結果、女はそれを聞いて大喜びして泣いていた。
泣いて喜ぶのかと驚いてしまったが、喜んでいるならそれでいいと思い、私は彼女に『ツバキ』の名を与えた。
ニホンの『カンジ』と言うもので書くと綺麗に感じたから、この名前にした。彼女はどこで教わったのか、ニホンのカンジを執事長から聞いてその名前を大切にしていた。
大切にするって言うのもおかしい話だが………。
さて、ここまで二人に名前を与えることができたが、最後にクィンクに名前を与えることは、あまりできなかったんだ。
実はこの間にも色んなことが起きて、クィンクは事実上危険な存在として拘束されていたんだ。
私に攻撃しようとしたから?
いやもうそれはないんだ。別の要因で彼は危険と見なされたんだ。
何が原因だったのかって?
簡潔に言おう。クィンクはあの時、かなり考え方が極端だった。
極端ゆえに行動も極端。
そう――護衛は当主を守るために存在していることを教えた結果、クィンクはやってしまったんだ。
私を殺そうとやって来た暗殺者五十二名を、その手で無残に始末したことで、私はクィンクに――彼に名前を与えることができなくなってしまった。
それが、クィンクと私の、二度目のコンタクトとなったんだ。
最低最悪の、な。




