PLAY142 キャッチボールと影武者④
「………クィンク、今なんて言ったんだ?」
クィンクの発言を聞き、ヌィビットはそれに対して間髪入れずに聞いたのがこの言葉だ。
まだクィンクの提案を聞いていない。、
聞いていない返答がこの言葉だ。
近くで聞いていたシルヴィも驚きのまま固まってしまうが、すぐに頭を振って意識を取り戻し、ヌィビットに向けて疑問を投げかける。
気付かれないように小さな声で、且つ聞こえる声量と言う難しい声量で。
「おい、聞く前にその言い方はないだろう? まだクィンクは提案もしてないんだ。何か策が浮かんだから聞いているんだぞ?」
「旦那様――話を聞いて下さ」
「いいや――お前が言いたいことはなんとなくでもなく凡そでもなく、完全にわかってしまうんだ」
しかし――ヌィビットの返答は変わらない。どころか小さな声どころか普段と変わない声量と言う、まず状態で言ってのけてしまったのだ。
あろうことかシルヴィの言葉を無視し、従者でもあるクィンクの言葉を遮るという暴徒を行ってだ。
話を聞かないヌィビット。そして回りすぎる舌も動かないほどの端的な言葉。
それを聞いてシルヴィは困惑してしまう。
いつものヌィビットではない。
いつも自分達が見ているヌィビットではないそれを見て、彼女は困惑するしかなかった。
――何がどうなっている?
――なぜこいつは、ここまでクィンクの言葉を否定する?
理解できないのは今もそうだが、この状況でもう一つ理解できない状況ができてしまったシルヴィは、もうかける言葉が見つからない状態で二人のことを見ることしかできなかった。
そして――それはコーフィンも。
「………何ヲシテルンダ? ナンデアンナトコロデ口論シテイル?」
コーフィンは現在、今いる場所からかなり遠いところで銃を構えている。
勿論現在進行形で暴れまわっているロゼロから離れ、且つ被害が出ない状態になって彼はヌィビット達のことをスコープ越しで見ている。
勿論銃につけられているそれから見ているので、コーフィンは視ることができても聞くことはできない。見るだけの世界でなぜか言い争っているように見えるヌィビット達を見て、コーフィンも困惑していたのだ。
こんな事態に口論はまずい。
そう思ったからコーフィンは視点をロゼロに向けて、引き金を引くことを止めずに警戒を続ける。
現在、彼は一番遠いところでその光景を見ているが、コーフィンの前……、彼のことを守るようにつけられた連結されている大きな盾。黄金の八枚の機械質の壁がコーフィンと戦いと言う境目を作っている。
これは現実世界にはないもので、アイアンプロトの体の一部がコーフィンのことを守っているように見える。
実際――これがあるおかげでコーフィンは傷一つなく攻撃することができる。
銃撃戦の時にとても有利になる代物だとコーフィンは思っていた。
そんな彼の手には長い狙撃銃が握られており、匍匐前進の態勢になりながらコーフィンはその銃を構え、その時が来るのを――確実にクリーンヒットできる時を盾の中からじっと待っているのだが、その獣はノゥマが持っている銃とは違った狙撃銃だった。
武骨で、何よりノゥマのように背に背負えるようなものではなく、大きくて威力が高い銃の形をしていた。
答えを言ってしまうと――現実の世界でもあったボルトアクション式の対戦車銃テグチャレフと言う代物で、戦車の装甲を壊すほどの威力を持った遠距離狙撃銃なのだ。
ゲーム世界でこの銃の名は『デモリッシャー』であり、それを構えながらコーフィンはロゼロを見た。
ロゼロは現在でも破壊行動を繰り返しては、『どこにいる』や『でてこい』や『ころしてやる』などの怨念の言葉を吐き続けていた。
黒い鎧を被ったせいなのか、はたまたはこれは何かの反動なのかわからない。
わからないが、今は打つことは駄目だとコーフィンは推測した。
いいや――これは確実。
確実に、撃っても無駄だということを理解していた。
――撃ッテモ防ガレル。
――アイツノ周リデ動イテイル細イ黒イ糸ガ邪魔ヲスル。
――無駄撃チハシタクナイ。
――ソノ時ヲ待チタイガ………、ナニヲシテルンダアイツ等。
ロゼロは攻撃しても無駄。
それを一早く理解したコーフィンは、視線をもう一度ヌィビット達に向ける。
変わらず口論をしているようだ。しかもヒートアップしているかのようにヌィビットが身を乗り出そうとしている。
口論の相手はクィンクなのか、クィンクは冷静そのもので冷静になってほしいような動作をしているが、それも逆効果らしく、どんどん声を荒げているようにも見えた。
少しだけ、ほんの少しだけだが、声が聞こえた気がする。
だがそれもロゼロの攻撃で上書きされ、消されてしまう。
音の上乗せはまさに騒音被害だ。
だがその騒音被害のお陰でヌィビット達は生き永らえている。少しだが、声も届いていない分生き永らえているのだ。
生き永らえている。音のお陰でなんとかなっているが、それも時間の問題。
それを理解しているからこそ、コーフィンは盾越しから銃口を出し、その隙間からロゼロに向けて――
――ダァンッ!
と発砲する。
通常の弾丸とは違う重く聞こえるそれは、まさに対戦車ライフルを貫く音。
いとも簡単に厚い鉄の壁を貫きそうな重い弾丸は黒い鎧を纏ったロゼロに向かった。が――
ひゅんっ! と空気を裂く音と同時に細切れになり、そのまま黒い塊によって叩き落とされてしまった。
ロゼロ自身全く動いていない。
動いたのは――鎧だった。
「………ヤッパリカ」
コーフィンはそれを持て呟く。
銃のスコープから目を外し、未だに動いているが暴れることを止めて息を吐いている (ように見える)ロゼロを見て彼は思った。
あの糸の様な動き、そして黒い塊はロゼロが動かしているのではなく、鎧が勝手に動いているのだ。
まるで自動的に防御しようとしているAIのように、車の衝突を避けるために導入された機械のように、鎧は本人の意思など関係なく守るために動いている。
意識ない主を守るためにプログラムされているかのように、それは動き、守り、攻撃している。
攻撃はロゼロの意思だが、それ以外はきっと意識がないだろう。
ロゼロの状況を見ればそれしか言いようがない光景で、動きを止めた状況を見てコーフィンは再度スコープに目を通し、其れ年からロゼロを何度も狙う。
――ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!
弾丸は無駄にできない。しかしそれでも攻撃するならばと言うことを踏まえて三発。
連続で発砲し、ロゼロの気を引こうとするが、結局一発目と同じ結果。
同時三発細切れのまま地面に叩き落されるという絶望的な結果となったが、その行動のお陰で――
ドシュッ! と、光の矢のような攻撃がロゼロの鎧の一部を剥ぎ、砕いた。
黒い血と共にぼろりと崩れる憎しみの鎧。
それを見ていたロゼロは理解できない様な声を上げて攻撃された箇所を見ている。理解できていない様な、何が当たったんだと言わんばかりの顔だ。
食らった本人が理解していないところを見ながらコーフィンは心の中で感謝のそれを述べる。
勿論その声は聞こえていない。聞こえていないが、それでもいい。だからコーフィンは礼を述べた。
彼の反対方向にいるその人物に向けて――同じように物陰に隠れながらロゼロに攻撃していたヌィビットの仲間の最後のひとり………、蓬に向けて。
「きっと心の中でお礼言っているんだろうけど、そんなことをされたいがためにやったわけじゃないから」
反対方向で岩陰に隠れていた蓬は小さく言う。傍らには頭駄目の状態になっているアイアンプロトがいるが、アイアンプロトはおろおろしながら周りを見ているが、そんなことお構いなしに、というか無視して蓬は指の形を銃を構える時の形にする。
蓬の手首にあるそれは蓬にはないもので、黄金の機械で出来た手首の装甲が付けられている。大きなブレスレットの様な形をしていて、つけられている電子画面からは八つの光が交互に出ている状態だ。
それを見ながら蓬は指先をロゼロに向けたのだ。
人差し指を銃口に見立て、ロゼロに向けた状態のまま蓬は言う。
最初に舌打ち。その後で蓬は言った。
「まったく………、こんな時に口論とか、余裕ですねお金持ちは。そんなんだから何度死んでもいい体になっちゃったんでしょうけど、守る僕達の身になってほしいものだよ」
こんな状態の僕達は音をかき消すことと、体力を削ることで手いっぱいだ。
そう言って蓬はそっと目を細め、人差し指の先がロゼロの頭に合わさった瞬間を見て――
パシュッ! と輝くそれを放った。
詠唱はなし。且つ威力も申し分なし。
そんな状態の何かが矢のように、弾丸のように放たれ、ロゼロに向かって一直線に突き進み、そのまま――
バシュゥ! と、またロゼロの鎧の一部を貫通した。
今度は腕だ。
「?」
腕に穴が開いたことを認識したロゼロは、首を傾げながら穴が開いたその箇所を見て首を傾げている。
痛みがあるのかわからない。だが違和感はあるらしく、穴が開いたそれを見ながら呻きを上げている。
もう彼の自我などないその光景は見るに堪えないものを感じてしまうコーフィンだったが、それもすぐに消えて、恐怖に塗り替えられてしまうことになる。
流れるそれを見て何を考えているのかわからないロゼロだったが、すぐにそれを止血しようと黒い鎧の一部が腕に流れ込み、そのまま穴を塞いで肉の質量を増やしていく。
ぼこぼこと肉を増やし、それが全身に至り、ロゼロの原型を無くしていく。
「おおおおォォォォオオオオオオOOOOOOOO」
言葉になっていないうめきは一体何を言っているのかわからない。
もうロゼロと言う個人の原型はとどめていないのかもしれない。もうロゼロと言う存在が無くなっているのかもしれない。
自分達はもしかしたら――化け物相手に戦っているのかもしれない。
得体のしれない恐怖は内からどんどん湧き上がっていく。そしてコーフィンと蓬の神力をどんどん削っていく。
質が悪いでは済まされない様な状況とロゼロの変貌。
めきめきと何かに変わっていくロゼロを見て、蓬は特攻を止めずに指を向け、コーフィンも銃口を向けると、その光景を見ていたアイアンプロトが蓬に向けて慌ただしい面持ちで止めに来た。
『蓬サマ、このまま攻撃しても、力の無駄遣いになってしまイマスッ。あの魔女は今も形を変えて、皆様を嬲ろうとしているみたイデス。イイエ虫のように潰そうとしてイマス』
「はいはいわかりきったご返答模範的だね。でも僕はやめないし、コーフィンだってやめないよ」
『それは分かっていますが………、ですがこれでは」
「的確でなくても、攻撃しないなんて言う選択はないんだ 」
アイアンプロトの言葉を――提案を聞いても蓬はやめなかった。
いいや、蓬の言う通りやめるなんて言う選択肢は元々なかったのだ。
攻撃を止めてしまえば、現在進行形で口論しているヌィビット達に攻撃の目が向けられる。そうなってしまったらもう戦えるのは二人か、もしかしたら全滅もあり得るのだ。
そうさせないために、蓬とコーフィンは攻撃を止めない意思を固めている。
それを今、蓬は言葉にしている。
「選択なんて『戦う』か『戦うしかない』しかないんだよ。もうこうなったらさ。後戻りとか逃げるなんてもうないに等しいのにさ。それで逃げるなんて、馬鹿か腰抜けしかいないでしょ? 今僕達ができることは――注意を逸らすことだ」
正直――あの化け物に攻撃が通って倒せるなんて思っていないから。
そう言って蓬はまた光の一線を繰り出す。
繰り出し、またロゼロの肩の鎧を壊すが、すぐに再生されて戻っていく。
先ほどよりも治るスピードが速くなっている。体の肥大に比例して回復速度も速くなっているのかと思っている蓬だったが、今はそれをきにする暇はないだろう。
ちらりと一瞥する先――ヌィビット達に視界の端を向けながら思う。
現在進行形で動いていないが、すぐに動くであろうロゼロから目を離さないで………。
――早めにしてくれよ。
これ以上は無理かもしれない。そう思いながら………。
そんな蓬の願いも虚しく、ヌィビットはクィンクの胸ぐらをつかみながら静かに怒りを露にし、鋭い声をクィンクに向けながら彼は言う。
荒げていない。しかし声量が大きいゆえに怒っているようにも感じてしまうその声と言葉で………。
「本気で言っているのなら、私はそれを止めるぞ。全力でな」
「旦那様――今はそれどころでは」
「いいやそれどころと言う話しではない。これはお前に聞いているんだクィンク」
クィンクも宥めるように言うが、それでもヌィビットは止まらない。どころか加速するばかりで止まるところを知らない。
口論の光景を見ながらもシルヴィはヌィビットのことを止めているが、それでも口論は続いている。口論と言うよりもヌィビットがただ一人で怒っているだけなのだが。
ヌィビットは言う。クィンクのことを見て――あの時のことを思い出しながら彼は言った。
「またあれを繰り返すのかっ? またお前は――自分を犠牲にして私を助けようなんて言う馬鹿なことをするつもりなのか?」
それだけはやめろと――言ったはずだ。