PLAY142 キャッチボールと影武者③
「!」
それから、何かに気付いたシロナの耳がピクリと揺れる。
ホワイトタイガーと人間の亜人の力により、人間よりも鋭くなった聴覚で何かを聞いたシロナは、すぐに音がしていたであろう後方を振り向く。
現在――彼女達は安全な場所で手当てや回復薬を飲みながらエドのことを待っている。待ちながらシロナと善は警戒と身の回りの監視。リカは回復薬を錬成して京平の傷の手当てをしていた。
こんな時に『メディック』がいたらもっと起伏できたはずなのに。
そんなことをリカは後悔交じりに愚痴っていたが、そんなことに関して気にしていない京平はリカのことを励ましながら「大丈夫だ」と言っていたのがついさっき。
ついさっきの出来事から時間が経過して、シロナは音を聞いたのだ。
それは――人の足音。
足音が遠くから聞こえてきて、その音が少しずつ、少しずつ大きくなっていくのを聞いたシロナは、善のことを横目で見ながら合図を送り、武器を手に取って構える。
シロナは拳で戦うスタイルなのでそのまま拳を前に出しての態勢。善は己の武器でもある剣を手の取って、抜き取る寸前のところで止めて警戒を強めている。
警戒心を研ぎ澄ませ、足音の人物がだれなのかを確かめるために――
勿論、味方であることを願いたいが、万が一もある。
こんなところで『エドだ!』と言って駆け寄った結果、敵でしたと言う冗談は笑えない。
笑えないどころか笑った瞬間あの世行きだ。
そう言った万が一でも、警戒するに越したことはないのでシロナ達は行う。
味方でも敵でも、姿が見えるまでは警戒する。
警戒し、足音がどんどん近づき、少しずつ大きくなっていくにつれて、暗闇の世界から現れる誰か。
服装を見て、見たことがあるそれを見てシロナ達は警戒を少し下げた後――暗闇から現れた存在はシロナ達を見て一言――
「そこまで警戒する? おれだから大丈夫だよ」
困ったような音色で頭を掻く長身の男――エドは鉄のマスクをつけながらシロナ達に言うと、シロナ達はやっと警戒心を解いて、お互いの顔を見た後、エドの姿………、ボロボロになっているそれを見て一言。
「大丈夫なのか? それで?」
一言言ったのはシロナ。
肩を竦め、首を傾げながらおちょくっているような顔つきで言う彼女の顔は、まさに揶揄っているそれを出している。
シロナの言葉を聞いてエドは再度「ダイジョブ」と言いながら両手を上げた後、脇腹や富貴が斬れているところをめくりながら大丈夫であることを見せつける。
困った顔をしながら言うそれを見て、善は小さな声で「頑丈」と言っていたが、誰もその声に関心を示すことはなく、スルーされた後でシロナの顔から揶揄い顔が消えると、エドに向けて彼女は聞いた。
で?
それを開口に――
「で? 勝敗は?」
「こっちの勝ち………、でいいかな?」
「なんだその曖昧な返事」
シロナは聞く。
エドに向けて、勝ったか負けたかを聞くと、エドは間髪入れずに答えた。
だが結果は曖昧な返答で、それを聞いたシロナは呆れた笑いを零す。善も一緒になって零し、三人の会話を聞いていたのか、遠くから京平がエドの名を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい! エドーッ!」
「! 京平」
京平の声を聞いたエドは声がした方向――シロナと善の後ろを見てみると、京平は変わらない雰囲気で歩みを進めてきた。その横にはリカもいて、リカはエドのことを認識するや否や、すぐに駆け出してエドの腹部辺りにタックルの抱き着きをした。
どすっ! とクッションに当たったかの様な音と共に、エドの唸る声が聞こえたが、やった本人はそれに関して気にする様子もなく顔を上げて――
「お帰り! エド!」
と、普段と変わらない天真爛漫な笑顔を向けた。
そんな彼女の笑顔を見て、エドは毒毛が抜けた顔 (簡潔に言うと気が抜けた顔)をして、リカの頭を撫でながら『はいただいまだよ~』と言って癒しを堪能する。
先ほどまで戦い詰めだったそれが嘘かの様な緩み具合だ。そう善は思ったが、そんな彼を見ながら京平はエドに近付き、手を向ける。
握手のそれではなく、ただ手を軽く上げ、顔の位置まで掌を持っていくと、京平はエドに向けて言った。
ふっと笑みを浮かべながら――京平は一言。
「やったな」
「ああ」
その言葉だけで十分。
そう言わんばかりにエドも手を上げ、京平の動きに合わせるかのように二人は動く。
手を前に向けて振るい、そのまま手と手が弾く音を出して――お互いを労う。
俗にいうハイタッチ。
「んで? 傷はどうなんだ?」
「若干首が痛いかな? 絞められたし」
「なんだそれ滅茶苦茶いいな」
「どゆこと?」
それを行い、二人はお互いの戦いの結果を簡潔に語る。
そう――簡潔だ。
まだ終わっていないのだから、こんなところで悠長に話している暇はない。
話す暇があれば、動かなければいけない。
まだこの神殿には一人の『六芒星』相手に戦っているチームと、大臣を追っている『浄化』のチームが追い付こうと走っている。
まだ戦いは終わっていない。終わりが見えるその時まで、簡潔に、自分達の状況を話した後――エド達は動く。
勿論簡単な回復を済ませてから、エド達は動いた。
この先にいるであろう――大臣を止めるために。
絶対にボロボを滅ぼさせはしない。その旨を忘れないで。
◆ ◆
『レギオン』VS『六芒星』ラージェンラ、側近ラランフィーナ。
『レギオン』の勝利。
薬の効果切れまで――あと一時間二十九分。
◆ ◆
外の世界から見た『風獣の神殿』は、変わらない姿のまま空の世界を浮遊している。
まるで風船のようにされるがままの状態で、どこに向かうのかなど決まっていない。ただただされるがまま空気が薄く、冷たい世界を空気の様に漂う――
――どぉんっ。
…………ことはなく、現在進行形で『風獣の神殿』は少しずつ、内側の傷を作り始めていた。
そして先ほどの音は、エド達でもハンナ達でもショーマ達でもない。
それは――ヌィビット達対ロゼロの戦闘の音だった。
衝撃が起きた場所の内部は、外よりも悲惨な状況で、ところどころに光が漏れてしまうほど岸壁が崩れ、柱もほどんどなくなり、暗く、広い空間が広がっている状態だ。あろうことか岩の地面にも切り傷の所為で崩れてしまっているところもある。
一歩間違えれば落ちて即死か骨が折れてしまうだろう。
そんな空間で、何とか隠れられる場所で身を隠しているヌィビットとシルヴィ、そしてクィンク。
生き残っている柱にそれぞれ一人ずつ隠れながら攻撃を続けている黒い鎧の人物――ロゼロのことを柱越しから観察していた。
そう――あくまで観察。
一体どうなっているのか。どうやったら壊れるのか見るために。
「ふむ………」
「旦那様――私が見ますので隠れてください。顔に傷がついてしまうのは」
「そんなことを言っている場合じゃない。今は緊急だ。見るしかないだろう?」
ヌィビットが柱越しから攻撃を繰り返し、虱潰しと言わんばかりの行動をしては破壊行動を行っているロゼロのことを見る。
しかし暗くてよく見えない。黒い鎧のせいもあってさらによく見えないので無意味かなと思っているところ、クィンクがヌィビットのことを見て『自分が見る』と言うも、それを否定してシルヴィがクィンクのことを止めると――彼女もそのまま柱越しからロゼロのことを見る。
いいや………今はロゼロかロゼロではないのかわからない様な存在を見ている。の方がいいのかもしれない。
確証も確信もない。
はっきりそれをロゼロと言うのは少し違う気もする。
しかしロゼロだろう。
曖昧な返答で意味が分からないかもしれないが、本当にそう思っているのだ。
ヌィビットだけではない。シルヴィもクィンクも、遠くで狙撃を行っているコーフィンも蓬も、今目の前で破壊行動を繰り返しているロゼロはロゼロなのか? 別の誰かなのかと疑問を抱いているからこそ、警戒し、隙と弱点を見つけようと窺っているのだ。
それもそのはずだ。
先ほどまで戦っていたロゼロはロゼロだった。
だが体に黒い鎧を纏い、攻撃をした後、ロゼロは何かが壊れたかのように暴れ、目に映る何かを壊し始めたのだ。
ロゼロは言っていた。
『怨ノ鎧』
怨の鎧と言う黒い鎧を纏ったその姿は、真っ黒い呪いの象徴を思わせる姿。
誰かの憎しみが具現化したかのようなその姿は、ロゼロの本当の姿なのかと思ってしまうほど禍々しいものだったが、それを思ったのは最初だけ。
最初の攻撃を終えた直後――ロゼロは攻撃を再開した。
今度は的確ではない。
無差別攻撃を行ったのだ。
その行動を見て、ヌィビットはクィンク達に向けて言ったのだ。
「全員隠れろっ! 今は身を隠すことが最優先だっ! 自分の命を死ぬ気で守れっ!」
その言葉を聞き、みんな直感で察した。長い間とはいえずとも、少なからずヌィビットと行動していたのだ。だから分かる。
これは本気だと。
ヌィビットの言葉を聞いたクィンク達は、すぐにロゼロ方離れるように柱に隠れて、その時が来るのを待って――現在に至っている。と言うことだ。
今まで隠れていたヌィビット達だったが、それももう限界になりつつある。
あたりの惨状。そして壊れかけていたそれらが壊れていく様子を見ながらヌィビットは思った。
――早めに片付けよう。そうしないとこのままでは道ずれ確定だ。
道ずれ。言葉度落ち共に負けるというエンドが目に見えてしまう状況を考えた瞬間――ヌィビットが隠れている柱だったそれをかすめる岩石。
どぉんっ! と、大きなパチンコによって投擲されたかのような速度がヌィビットが隠れていた柱だった物を掠め、同時に背後にあった壁を壊す。
壊れた瞬間差し込む光と冷たい風がヌィビットの髪の毛をなびかせ、同時に寒気を呼び起こす。
二つの感覚を感じながらヌィビットは背後を見て、乾いたそれしか出ない面持ちで彼はもう一度攻撃が放たれた場所を見る。
現在進行形で動き、そして破壊行動を繰り返すロゼロ――否。もう化け物と化してしまったロゼロを見て。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!」
けたたましい咆哮が響き、咆哮に呼応するように鎧から出てきた黒くて細い糸らしきものが蠢く。
うねうねと細い足を持った蛸のように、それは周りに落ちている岩を持ち上げたり、はたまたは柱を叩いては壊すという単純なことを行い、壁に大きな切り傷を作って穴を開けている。
それを動かし、歩んで周りを振りつきながらロゼロは叫んでいた。
「どぉおおおおおおおおこだあああああああああぁぁぁぁっっ! でええええええてこおおおおおおおおおおおおおいいいぃぃぃっ!」
今まで聞いたロゼロのこととは違う野太い声。
鎧の所為でこもっているのではなく、獣に魂を売ってしまったかのようにその声は野太く、そして恐ろしい。
ロゼロがなぜこうなったのかは分からない。
わからないがこれだけは言える。
もうこれは獣だ。
化け物だ。
化け物が生まれた瞬間を見てしまったヌィビットは、考える。
こうなる前の方が楽だと思いそうだが、今の方がまだ単純でいいかもしれない。
何も策なしではないはずだ。考えるんだヌィビット。
その策を見つけるまで――考えることを止めるな。
考えることを止めてしまえば、試合どころかそこで寿命になってしまう。
ジエンドと言う終わり方には、絶対にさせないつもりで考えていたその時――
「旦那様――私に提案があります」
クィンクがヌィビットに物申した。