PLAY142 キャッチボールと影武者②
「怖がっている理由は言わないわ」
この時、ラージェンラはやっと言葉を返した。
会話としてのキャッチボールをエドに返し、やんわりと、ゆるい放物線を描いたそれはどんどんエドに向かって落ちていき、それをエドは――
「理由がないか。ちょっとキツイ返答だったな」
と言いながら受け止めた。
無理に言わなくてもいいとは言ったが、はっきりと言われたことでエドは内心ショックを受けてしまった。
――本当に話したくないんだな……。
と思うと同時に………。
――でもそれが普通だな。
と納得してエドは彼女を見て聞いた。
一応告げておこう。言葉のキャッチボールは想像の世界でしかなく、現実は今もエドが彼女の首元に槍の切っ先を突き付けている状態だ。
その状態から動いていない。
動いていない状態で喋っているというのはあまりにも滑稽に見えてしまいそうで、単調に見えてしまいそうで、動かない世界の中で会話しか動いていないかの様な妙な感覚を覚えるだろう。
動いていない世界はただの絵でしかない。
静止画と言う世界で、エド達は話していた。
言葉しか飛び交わないキャッチボール。
静かな決着を行い、終わらせるために――
「話したくないならいいよ。でも死なないでほしい事は本望だから、これ以上の戦闘はもう」
「それとこれとでは話が違う。あなたは私達のことを馬鹿にしているの? 戦いを舐めているの?」
エドは提案した。
内容はこのまま戦うことを止めること。死ぬこともしない。殺さないという条件付きで彼は戦いのけちゃくをつけようとした。
勿論それも会話として投げた。
投げたが――結果は叩き落とされてしまう。
叩き落とされ、それを見て聞いてしまったエドは項垂れる気持ちを押さえながら「………そうか」と落胆の声を零す。
戦いを舐めているの?
それに関しては、確かに戦いに身を投じているひとからすれば甘い考えだと思う。
そもそも戦場で生きている人間ではない自分が、戦いに身を投じている相手に――復讐に囚われている人に対して『戦いを止めよう』はかなり勇気がいる言葉だ。
逆上で殺されても文句が言えないような内容だ。
ここで殺されなかっただけよかったと思っておこう。
「私達は、戦うことを止めるとか、そんな選択肢はないの」
そうエドが思っていた時、断りの言葉を掛けてエドの言葉を叩き落としたラージェンラ、エドのことを見下ろしながら言葉を零す。
新たな会話のそれとして、それをエドに投げて――
「私達の目的は、『この国を変える』と言う改革。夢を見ているのかと言われてもおかしくない様な内容で、それを成し遂げるために私達は動いているの。戦っているの。背負っている質が違うの」
一個、会話がエドの手に収まる。
「あんた達のように、金を稼ぐことでしか戦うことができない輩とは違うの。私達は救えなかった者達のためにも戦って、今もなお苦しんでいる者達を救うために戦っているの」
二個――会話がエドの手に収まる。
「ラランフィーナだってそうよ。あの子は亜人は亜人でも鮫の力を持った女の子。本当は可愛いものが好きで、甘えたがりな女の子だけど、鮫の血が入っているせいで同族から迫害され、人間からは身も心も壊され続けた。非力と見て大勢で」
三個――会話がエドの腕の中に納まる。
「オーヴェンもロゼロも。フルフィドもあいつもそう。みんなみんな――苦しんできた。力がなかったせいで傷つき、この国の在り方の所為で壊れかけた。『六芒星』はそんな集団なの。皆苦しんで、傷ついて、泣いてきた人達ばかりなの。皆――アズールの犠牲者よ」
四個――会話がエドの腕に収まる。
「私と同じように、天界でひどい事をされた人がいる。その人達は私達のように戦える力がなかったから苦しんでいた。私も同じように苦しんで、それで最後には拷問して、体も心も壊された」
五個――会話がエドの腕の中に納まる。
「最悪よ。天族としての純潔が無くなったからね。だから私は目覚めたのかもしれないわね。『血』の魔女として――そいつらを血祭りにあげようって。私を血に染めたんだから、仕方がないわよ。むしろ仕返しされることを考えた方がよかったかも」
六個――会話がエドの腕の中に納まる。
「あなたはどう思う? 私のことを間接的に、曖昧な言葉だけで聞いて。可哀そうと思った? それとも滑稽だと思った? もしかして、呆れたと思った?」
七個――会話がエドの腕の中に納まる。
「でもこれしか思いつかなかった。他にいい方法なんてしても、結局男はそう言う生物。天界に住んでいる奴らも同じ。妹も同じ。みんな屑ばかりだった。石ころの様に役に立つことがある存在じゃなくて、役に立たない屑ばかりだった」
八個――会話がエドの腕の中に納まる。
「私は――そんな奴らに弄ばれた……、掌で踊っていた滑稽な存在だった。それを救ってくれたのがアントロディオスだった。そして『六芒星』だった」
九個――会話のボールがラージェンラの手の中に納まり、そのまま彼女は黙ったまま言葉を詰まらせる。
エドは彼女から掛けられた言葉の数々を落とすことなく、しっかりと腕の中に収めている。収めている会話の内容を見て (聞いて)いたエドは、数々の会話の中にある彼女の本音のピースを見つけながら脳内で組み立てる。
彼女は、国を変えるために戦っていた。
その国を変えるために結成された魔女の幹部を筆頭にした『六芒星』
しかし『六芒星』は元々一個人でいた存在もいれば、迫害の対象になったり、果てには人間の玩具にされたもの。人間の懐のうるおいにされた者達で集結された仲間だった。
彼女もその一人で、まだ行ったことがない『天界フィローノア』の住民だったが、彼女は酷い仕打ちを受けて生きてきたみたいだ。
内容は知らない。
否――知らない方がいいほど、それは残酷で、知れば知ってしまうほど彼女達の人生の周りの惨状を知ってしまうことになる。
他人のプライベートはむやみやたらに聞くな。
それは子供のころから教わっていることだ。だが知りたいと思うのが人間で、足を踏み込んでしまった結果想定外のことが起きてしまい、事態が大きくなることもある。
しかし、今回は違う。
これは――聞いてはいけないことだ。
聞いたら後悔してしまうとかそういった問題ではない。
これが――彼女が怖がっている原因で、その原因を作ったのは――『国』で、本懐のきっかけが『男』なんだ。
エドは理解する。
苦しみている元凶が国であれば、国を敵に回している事。そしてその国相手に、少数で戦うことは無謀であることも知っている。
そしてその最中で負け、追われの立場になれば弱いものを狙って現れる者がい現れるだろう。きっと彼女はそれを受けてしまったのだ。
身も心も穢れ、何もかもが穢された状態になって――
「っ」
物語の展開と言うものはあまり理解していない。だがエド自身思ってしまった。
これは――残酷過ぎるだろ……っ!
奥歯を噛みしめ、その歯ぐきから血が滲み出て来る感覚がエドを襲うが、それをしたところで何になる? そうエドは思い、続けてエドは思った。
国相手に戦ってきたから、国を相手にした結果残酷な結果になったことは分かった。それで国が憎くて仕方がない。男と言う存在も憎くて憎くて仕方がない。
それは、考えただけでイラついてしまう。むかついて殴りたい気持ちになるだろう。
そう――考えただけでイラついてしまう。むかついて殴りたい気持ちになる。と言う感情が育った結果が、『殺して世界を変える』になった。
元を正せば国が悪い。
国がしてきた行いが悪い。
それを考えていると、ラージェンラは聞いて来た。
「あなたはどうなの?」
十個目となるその会話をエドに向けて――緩やかな放物線を描くように彼女はそれを投げる。
「あなたはどうなの? これを聞いて、あなたは何を思った? 何を感じた?」
「………………………」
「詳しく言ってあげる。あなたは今の話を聞いてどう思ったのかしら? 率直な感想を教えて頂戴。嘘と言う名の方便とか、和ませるような会話なんていらない。答えるだけでいいから」
答えて頂戴――
そう言って彼女は会話のボールを投げた。
ぶんっ。と――緩やかに投げられたそれはエドの腕に収まっているそれらに向かって放物線を描きながら落ちていき、そのまま腕の中にある会話のボール達と一緒になる。
色んなボールを担いでいるような光景だが、どれも大事な言葉のボールだ。ラージェンラが話してくれた、断片的だが分かってしまう彼女の過去と国の汚さ。そして無情な現実が詰まっているのだ。
嫌なものを詰まっているが、それでも落としてはならない。
エドはしっかり抱えた状態で考えを巡らせる。
………否、考えをまとめていた。
率直な答えを言う。
簡単だが難しい事を言うなと言う気持ちがあるが、それでも答えないとこのまま殺されてしまいそうだ。
勝手に選択肢を与えられ、間違った選択をすると死ぬ様な事態に自然な流れで行われていることに驚いたエドだったが、それでもエドは考えて、考えて、考えて――
自分の気持ちを、言葉にする。
今まで腕に収まっていた彼女の言葉達が一つになり、エドの言葉としてエドの前に現れると、エドはそれを手に取って――キャッチボールをするように振り上げ、そのまま投げて………。
エドは、応えた。
「おれは男だ。男と言う存在に対してのトラウマはおれ達の世界でもあるんだ。そのせいで自ら命を絶ったり、一生傷を負って生きる人が多い。受けていないおれがどうこう言ったところで、あなたの意思は変わらないだろう」
「………そうね。私の意思は変わらない。いいえ――私の記憶は改変されることはない。一生残る傷よ」
答えた言葉に対して、ラージェンラは呆れたと言わんばかりに肩を竦める。
投げられたそれを受け止めることもせず、本当に呆れた言葉だ。と思いながら彼女は言葉を掛ける。
そんなのわかっている。
結局こいつもこんな感じなんだ。
いいや――色んな奴が自分の心境を言ったところで、同情しかしないだろう。
同調と言ってもいいくらい話を合わせるだろう。
話しかけている相手が失望しない程度に、呆れない程度に話を合わせるだろうが、今回も同じだった。
結局同じで、結局それを受けていない人からすれば未知の領域で、話しても意味がなかった。
無駄足だ。
無駄な時間だ。
そう思いながらラージェンラはこの話を切り上げようと口を開こうとした――そう、やろうとした時。
「辛い過去があったとしても、苦しい思い出があったとしても」
「?」
エドは言葉を続けていた。
そう――まだエドの会話のボールは飛んでいた。
まだ話の途中だったのだ。
エドの言葉を聞いたラージェンラは首を傾げながらエドの口から綴られる言葉に耳を傾けた。
これは――彼女の興味本位。
無駄な時間だった――同じ返答だということに失望たからこそ、別の言葉が返って来たことで、一体どんな言葉がくるのか、興味を抱いた。
だから耳を傾ける。
一体どんな言葉を返すのか――そう思いながら傾けると……、エドははっきりとした言葉で言った。
同時に――突きつける槍を下ろして……。
「あなたは生きるべきだ。そして――こんな戦いから身を引くべきだ」
「………はぁ?」
興味本位で聞いた言葉がまさかの言葉。
創造していなかった言葉だが、エドの『殺さない』と言う言葉を思い出したラージェンラはすぐに理解してしまった。
まだ諦めていなかったのか。
懲りない男ね………!
まさかの発言を許したことで、彼女は頭を脳内で抱えてしまうも、エドはそんな彼女の心境など無視して続けて言う。
槍はもう背負っている。
その行動が指すことは言うまでもない。そんな状態で、踵を返しながらエドは続けた。
歩み、彼女から遠ざかりながら彼は言った。
まだ――会話のそれは飛んでいる。
「色んな想いを抱いて歩んできた。そしてここでひどい事をしようとしている。それは許されないことだ。償ってほしいとさえ思うけど、今の話を聞いたら………、それさえ躊躇ってしまいそうになる」
会話のボールは飛ぶ。
まだ上に向かっている。
「過去は人の人格の一部品ってよく聞いたことがあるけど、それを聞いて、それで負けたら『殺せ』とか………、それでいいのかって思ってしまう。まだ、あなたの気持ちがすっきりしていないのに、まだやり残したことがあるはずなのに、それをたった一回負けただけで捨てるのは、身勝手だ」
会話のボールは飛ぶ。
頂点に上ったところで、ゆっくりと下に向かって落ちていく。
「『六芒星』のルールで死ぬはおかしいけど、『六芒星』に救われたなら、その恩を返すことくらいはしても、怒られないはずだ」
会話のボールは飛ぶ。
ゆっくりと、ゆっくりと放物線と言う軌跡を描いて――
「えっと………、まとまってなくてごめん。おれが言いたいことは、結局、生きてほしいってことなんだ。死ぬことは簡単だよ? 生きることは辛いけど、生きていないと――」
君を救った人が、みんなが――悲しむよ。
辛いと思うけど、もう少し生きようよ。
まだ――死ぬべきじゃないから、おれは攻撃しなし、引き分けでもいいから。
生きよう――もう少しだけ。
ズシリと来ない言葉。
そして軽すぎるその言葉は、ラージェンラの気迫を、気持ちを綻ばせる。
生きる。それは言ってしまえば簡単だ。
だが、なぜか彼の言葉はすんなりと心に入っていくような感覚を覚えてしまうラージェンラ。
どうしてここまですんなりと入るのかわからない。わからないが――なぜその時浮かんだ光景が、頭から離れなかった。
彼女の脳裏に浮かぶ――アントロディオス達の笑顔と、自分に向けて手を伸ばす彼らの姿を見て、手を伸ばした。
伸ばして、一瞬世界が白くなり、元の世界になると、彼女の手にはボールが残されていた。
エドが投げた言葉だ。
それを見て、受け止めた彼女はそれを見降ろし――じっと見降ろした後、ラージェンラはそれを大事に抱え、言葉を掛ける。
妖艶でもない。邪悪ではない――ただの微笑みと共に………短い会話として、小さな会話を彼女は投げる。
――みんなのことを思い出した。
――悲しい記憶じゃない。楽しかった皆の記憶。
「もう少しだけね?」
この戦いは、あなたの勝ちでいいわ。
そう言って彼女は投げる。
会話としてのボールを投げて、それをエドは受け止める。
手で受け止め、頷きという肯定で終わらせ………。