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PLAY142 キャッチボールと影武者①

「殺すもんか。いいや――ここで、死ぬなんていう選択をするな」


 エドが放ったそれはラージェンラの思考を停止させる要素としては十分すぎる物で、エドの言葉を聞いたからこそ、彼女は疑問を投げかけた。


 もう殺していい。


 そう思っていた心が、揺らいでいる今――彼女は聞いたのだ。


「ここで、死ぬ選択をするな? なら私には何が残されているの? どれを選択すれば、あなたの気が治まるの?」


 気が治まる内容があれば聞きたい。


 しかしそんなものは自己満足だ。


 聞いたところで絶対に無理と選択するほかない。


 彼女は『殺してくれ』と言う選択以外望んでいないのだから。


 そんな彼女に向けてエドが放った言葉は――


「生きていれば、お前が何に対して怖がっているのかを教えてくれれば、おれはそれでいい」


 意外の斜め上の展開だった。


「はぁ? 何に対して『怖がっている?』なに変な質問をしているの? もしここで生きてほしいとか言えばわかるかもしれないけど、どうして私が敵であり初対面でもあるあなたに『怖がっているもの』を教えなければいけないの? そもそも私に怖いものなんて」

「ある」


 変な質問をされたラージェンラは呆れながら肩を竦めるが、そんな彼女の言葉を遮るように否定したエドは、彼女の言葉を止めると同時に、会話としてのシステムを奪うように、主導権のボールを奪い取る。


 そう――彼女の言葉を遮った後で自分の意見を述べたのだ。


「お前はおれに対して言っただろう? 首を絞めていた時、お前はおれに暴言を吐きまくっていた」

「………あー」


 そう言えばそうだ。


 ラージェンラは思い出す。


 確かに、エドに言われた言葉をきっかけに発狂し、魔法を使わないで首を絞めたことがある。


『何偉そうなことを抜かしてんだっ! なに紳士ぶってんだくそ猿っ! 自分のことしか考えていなくそ野郎の分際でぇ! 綺麗事さえいえば私がすんなり落ちるとでも思ってんのかぁっ!? ふざけんじゃねぇよくそのっぽぉっ!』


 そう。こんな言葉を吐き捨てて………だ。自分の見てくれとかけ離れたその言葉は、きっと逆上の産物なのだろう。


 我ながら汚いと思ってしまう。


 それを思っていなかったくらい感情的だったことも理解できてしまうが、それがどうしたんだと思っていたラージェンラは、エドのことを見て聞く。


 奪われた会話のボールを取り返し、今度はしっかりと、受け止めることができる優しい会話を投げて――


「それで? それがどうしたの?」

「あの時、おれは締められていたけど、見えたんだ」

「見えた? まさか天界の使い?」

「そうじゃない。天国でもないし、ニホンの言うサンズレイクじゃない」


 ――サンズレイク? 何それ?


 エドの言葉を聞きながらラージェンラはおかしなことを言うと思いながらエドとの会話を聞いて、返していく。


 因みにエドが言うサンズレイクと言うのは、『三途の川』である。


「じゃぁ何を見たのよ? あなたは私に首を絞められて、死にかけている時に見たのは――なに?」

「………顔だ」

「は?」


 キャッチボールが止まってしまう。


 それを受け止めたラージェンラは驚きのまま固まってしまい、エドの言葉を聞き返そうとしたが、それをしないまま彼女は脳内でエドの言葉を再生する。


 顔。


 顔が何だというのだ?


 私の顔に何かついていたか?


 まさか私の顔を見て、苛立ったとか?


 どういった心境で私の顔を見て、『死なせない』とか抜かしているのかしら?


 脈絡どころか接点が見つからない。


 そう思いながらラージェンラはエドに聞く。再開した言葉のキャッチボールを行い――


「私の、顔がどうしたってのよ? 私の顔を見て、何を思ったのよ」


 会話のキャッチボールを受け止めたエドは、そのまま無言を徹してしまう。


 何を言えばいいのかわからないのか? それとも失言と思って言葉を詰まらせているのか?


 一体何を考えているのか………。当たり前のことだがわからない状態で黙っているラージェンラはエドの言葉を待つ。会話が飛んでくるのを待った結果、エドはそっと口を開いた。


 手にしているボールを投げず、そのまま、俯いた状態で――



「なぜ、()()()()()()()()()()()()。そう思ったんだ」



「は?」


 二度目の『は?』である。


 何を言っているのか理解できない。ラージェンラはそう思いながら荒げた声でエドに反論しようとした。会話の流れを乱すように乱暴に歩み、そのままボールを掴んでいる手の中にある会話のボールを奪おうとした。


 だが、奪えなかった。


 がっちりつかまれたそれは彼女の言葉として変化せず、エドの言葉のままになっている。


 まだエドの言葉として残っているそれを取ることができない。


 そう悟ったラージェンラはボールを取ることせず、エドの言葉が返ってくるのを待った。


 エドの言葉を遮ることをせず、一体どういう意味でそう言ったのかを聞くために、彼女はエドの言葉を待った。


 待った結果――エドは静かに言った。


「一体何があったのか。一体どんな人生を送ってそこまで狂ってしまったのか聞かない。でもそうなる経緯は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。小さい時に傷ついてしまった心は、体にできる傷とは違う。手術と言う手で治せる病気とはわけが違う――人の手で治すことはできない」

「………………………」

「治せるのは時間。治せるのは自分の心の変化。治せるのは楽しい時間。色んな方法で治せるけど、それを治せない人もいて、それで今もなお苦しんでいる人もいる。お前はその一人で、その傷が湾曲して、ねじ曲がって変質してしまった」

「………それって、どこかの童話の話? それともあなた達の国の逸話的な話かしら? 悪いけどそんなお話を聞く余裕はないの。ごめんなさ」

「違う」


 ラージェンラの言葉を遮るエド。そして続ける。



「これは――作った話じゃない。()()の話だ」



 確かに、それは逸話でもない。童話の話しでもない。


 これは――現実の話。


 しかしラージェンラがそれを知ることはできないゆえに、エドは遮るという方法でラージェンラに聞く体制に持ち込む。


 彼女の心もきっとそうだ。


 確証できないが、そんな人を見たことがあるエドからすれば、()()()()()()()()()()()()()で言えば――彼女もまた、犠牲者なのだから………。


「心に傷を負ってしまった人は、傷を与えた人に対して怒りを覚えることがある。いつまで怒っても仕方がないって思う人もいるけど、それでも許せない怒りがあるんだ。自分をこうさせてしまった人が、のうのうと楽しい人生を歩んでいる。自分より優遇された人生を送っている。人生を壊したくせに人生を謳歌している。その光景を見て、やり過ごせるほど………、完璧な人っていないんだ」

「そうね。それは分かるわ。差別もそうだもの。自分が裕福で身分の位も上。そんな存在はいつでも人を見下し、従えると思っている」


 あのくそ蜥蜴もそう。


 そう思いながらラージェンラは自分達を雇った蜥蜴の大臣のことを思い出す。きっと当の本人は噂されていると思いながらくしゃみをしているだろう。


 だがそんなことはどうでもいい。


 その間もエドは彼女に向けて言葉を続ける。


 いつまでたっても会話を投げない姿勢で――


「そう。やった本人からすればわからない。みんなやっているという理由で、些細な事と言う認識かもしれないけど、やられた人は永遠にそれを傷として残してしまう。それが大きくなってしまった結果――傷つけ返そうと良心を失ってしまう」

「!」

「選択を一択にした結果だ。そして――それは傷ついた人の恐怖と苦しみが大きくなってしまった。傷跡は――恐怖と苦しみの表れ。お前も、苦しんで、恐怖して、泣いて、痛いけど痛いって言えない状況だったから……、そうなってしまったんだろう?」


 エドは聞く。やっと返された会話のボールを投げながら聞く。


 会話は空を舞い、そのままラージェンラに届き、受け止めなければいけないが………、それを受け止めることが、彼女には、できなかった。


 棒立ちになったまま、会話のボールを地面に落としてしまう。


 汗を流し、頬を伝って地面に落としながら、彼女は言葉を失ってしまう。


 なぜ失ってしまったのか?


 簡単だ。エドの言葉に、反論できなかったから。


 そう――エドの言葉は彼女の生い立ちに当てはまっていたからだ。


 天界の者達に傷つけられ、精神的にも追い込まれて、泣くこともできないまま心も体も傷つけられて、傷が大きくなった結果――同じ思いを与えようとした。


 与えた。


 与えて、今も与え続けている。


 自分を傷つけた者達を皆殺しにして、この世界を自分が過ごしやすい世界にしようとした。


 当てはまりすぎて、内心こいつは私の過去を見たのかと思ってしまうほど、当たりすぎて気持ち悪いと思ってしまったくらいだ。


 だが、当たり前だがエドは彼女の心を、記憶を見ていない。


 見ていないが、彼は話していた。


 内容は違うが、同じ傷を抱えているであろう彼女のことを見て――


「おれはそんな人を見たことがある。家族と言う小さな世界だったけど、それでもおれは視ることしかできなかった。苦しい思いをして、悲しい思いをして傷ついた人をおれは傍観することしかできなかった。歪みを歪みとして認知したのは、離れてからだったんだ。気付けなかった自分が情けないし、殺されても、死んでもおかしくない。恨まれても仕方ないと思っているからこそ――おれは同じことを繰り返したくない。苦しんで、壊れてしまったその人と同じ末路をみたくないから」


 そんな人を見たことがある。


 それはいったい誰なのかわからない。わからないがエドは話す。


 自分の生い立ちを少しだけ話しつつ、彼女のことを見て彼は聞いた。


 また新しい会話のボールだ。


 会話のボールはそのままラージェンラに向けられ、エドはゆっくりとした動作で投げる。


 受け止められるスピードで、湯8ったりとしたカーブで投げて――


 エドは聞く。


「もう一度聞く。言いたくないって言ってもいい。答えてほしい」




 なぜ――そこまで怖がっているんだ?




 投げられた会話はラージェンラに向けられ、それを聞いた彼女は…………。

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