PLAY141 血濡れの天使Ⅳ(タダシイセンタクハ?)⑤
「うそよ………」
か細く零れたそれはラージェンラから放たれた声だが、その声を聞いた者はいない。
彼女一人。彼女しか聞こえない空間の中、それは小さく吐かれたのだ。
震える声で、茫然とした顔のまま呟いたそれは誰の耳にも届かない。
それでも彼女は小さく呟くことを止めなかった。
「なんで………、まさか、そんなことがあり得るの………?」
呟きながら彼女は思う。いろんな情報が錯綜する思考の中で、迅速な情報処理を行いながら彼女は思った。
――私の奥の手が倒された。
――天界を壊すために試行錯誤して創造した『終血』が倒されてしまった。
――壊すために何度も何度も試行錯誤して。
――何度も何度も的確に壊せるかを熟知して、欠点なんてないように創り上げた私の最高傑作………っ!
――最高の魔法が………っ! こんなことで呆気なく壊されるなんて………!
何もかもが想定外。
いいや、これは――想定しなければいけないことで、それをしなかった結果こうなってしまったのかもしれない。
自分の慢心が招いた結果がこれなのか……?
そう思っていたラージェンラの脳裏に響く昔の声。
その声の主は彼女に向けてこんなことを言っていた。
『常に熟知していないと思いなさい』
何度も何度も、その言葉を口癖のように言い、ラージェンラの気分を害するまでしつこく言っていたその人物は、奥の手として完成した『終血』を見ても褒めることをせず、労いもかけることなくこんなことを言っていた。
『我々『魔女』は、常に切磋琢磨し、そして緻密に練り上げ、上限など無視するような魔法を創り上げることができます。ただ魔法の素材が膨大でも、魔女本人がその力に溺れてしまってはただの無駄遣い。魔祖の鍛錬を怠り、力と一つの魔法だけで戦うことは馬鹿のやり方。そして力を恐れる者はただの臆病者です』
そんなこと何度も聞いて理解している。
言った相手に対して彼女はそう言って呆れた溜息を零していたが、声の人物は更に彼女に畳み掛けるように言っていた。
彼女が編み出した『終血』を見上げて――
『いいえわかっていませんよ。あなたは己の力に『上限』を設けてしまっている。『魔法』と言うものは無限の力を意味する力。それに限界を与えるなど――あってはならないことです』
上限って……、私達の魔力を考えれば上限がある物でしょ?
相手が何を言っているのか、子の気とのラージェンラは理解できなかった。
否――今は分かるが、昔は分からなかった。
そんな昔の自分に対し、叱咤したい気持ちでいっぱいになっていく。
『いいですかラージェンラ。あなたは『六芒星』幹部であり『魔女』です。あなたは『六芒星』と言う組織の光でもあります。希望なんです。その希望が負けてしまうことはあってはならないこと。冒険者のように行き死ぬが背中合わせの仕事とは違う。ほんの少しの油断で組織全体が崩れてしまうんです。ほんのちょっとの慢心で、組織が壊れてしまうこともあるんです』
――大袈裟だ。
この時のラージェンラはそう思っていた。
しかし彼女に話しかける人物は本気だ。
懐刀としての責任がそうさせているのだろう。その言葉を聞きながら、聞き流せないことを悟りながら彼女は聞き続ける。
『いいですね? 『魔女』の力は我々に与えられた奇跡の力。残酷な運命を受けてきた我々に、我々をここまで苦しめた輩に罰を与えるために、この腐った世界を変えるために与えられた天命の力なんです。それを忘れてはいけません』
それからだった。
『六芒星』幹部のガザドラが抜けたこと。
そしてオグトが幹部から落ちてしまい、幹部は四人になってしまった。
ロゼロとザッド、そしてオーヴェンとラージェンラ。
この時まではまだ『大丈夫』だと思っていた。
自分の奥の手があれば、天界を壊すことができると確信していたから。
同時にアズールを壊すこともできるのではないかという、淡い希望も抱いていた。
だが――現実はこれだ。
一介の冒険者の手によって、奥の手『終血』は倒された。
もし、本当にもし――あの時彼の言葉を聞いていれば、少しでも理解していればこうならなかったのか?
結末が変わっていたのか?
…………結果なんてもうわからない。
すべて壊されてしまった後なのだから、もうその未来を予知すること自体出来ないのだ。
「あ」
考えている時間が多すぎたのか、エドの姿を認識したラージェンラ。
倒した後、彼はここまで走って来たみたいだが、息が上がっていない。
これも魔王族の力に影響なのか? それとも加護なのか?
それは分からない。
だが、ラージェンラはそれを見ても攻撃をすることをしなかった。
する気力がなかった――の方がいいだろう。
もう逃げても無理だ。
奥の手だった『終血』が倒されてしまったのだ。
完全なる敗北。
それを痛感してしまった方こそ、彼女は逃げることを諦めていた。
「どこで」
どこで――
「私は」
どの場面で――
「間違っていた?」
どうすればよかったのだろう?――
色んな後悔がスローモーションのように、フラッシュバックして流れていく。
理解しようともしなかった自分を叱りたい。
もしあの時、疑問を抱いて詳しく聞いていれば、運命は変わっていたのか? 自分が編み出した奥の手が、更に強大で恐ろしい奥の手になっていたのか?
それはもう叶わない未来なので分からない。
だからこそ、彼女は迫って来るエドに対して、攻撃の素振りをしなかった。
防御もしない。
只の無。
何もしない体制のまま、彼女はエドの接近を許した。
もうどうなってもいい。もう負けてしまった。
負けるということは――『六芒星』にとって大きな傷を残す。
ガザドラのように潔く抜ける勇気もない。
抜けたらどうなるのかわかっているからこそ、彼女は願ってしまう。
負けたから――もうここで殺してほしい。
これ以上この世界で、自分を穢し、苦しめた世界の中で生きたくない。
だから――だから――
「どうぞ――殺しなさいな」
口から零れる本音。
無意識に、そして彼女の本当の願いとしてそれは言葉として零れ落ち、エドの耳に入ると――エドはその声に反応するように『聖槍』を手に持ち、それを彼女にむけて………。
「――殺すもんか」
切っ先を、喉に触れるか触れないところで止めた。
勢いが殺され、一瞬の静寂がエドとラージェンラの空間に広がる。
殺された瞬間に生じた風が彼女達の衣服を揺らし、髪をなびかせると、言葉を零したエドは、もう一度彼女に向けて言った。
「殺すもんか。いいや――ここで、死ぬなんていう選択をするな」
重くのしかかる言葉。
簡単に使うなと言う強い意志を感じさせ、エドの意思を強く表し、彼女に突き刺さる。
死ぬなんてさせない。それを強く、強く感じる視線を受けて……。