PLAY141 血濡れの天使Ⅳ(タダシイセンタクハ?)④
エドの行動に挑発され、ラージェンラは自分の奥の手でもある『終血』を操作すると、『終血』はまた徐に右手を上げ、何かを持とうとしているかのように手の平を開けると、そこから這い出て来る液体状の何か。
飴細工の糸のようにドロドロと掌から出てきて、ちょうど握れる位置で絡まりながら集まっていく。
流れの音を放つそれはどんどん『終血』のてにおさまる丁度いいサイズになっていき、次第に長く、鋭いそれへと形を変えていく。
そう――エドに最初の攻撃を放った時もそうだった。
あの時、エドに向けて攻撃を放ち、一撃で殺そうとした時もそうだった。
『終血』は掌で何かを作り、それを武器にしてエドに攻撃を繰り出したのだ。
まるでラージェンラの魔法を真似ているかのよう………。
否。
「やっぱりか」
エドは小さく呟きながらどんどん形を創り上げていく光景を見て納得した。
まさかと思っていたが、本当にまさかが答えだったことにエドは脱帽すらしてしまいそうになる。それくらいこの魔法は恐ろしいと思った。
これが、今自分に向けられていることに安堵すら覚えてしまった。
「この魔法は――彼女の分身だ」
エドは呟く。
視線の先にいる張本人に聞こえない声で――かき消される声を放ちながら言った。
視界に入る赤黒いマチェット。それを創り上げたと同時に握りしめる『終血』を見て、エドは呟く。
「彼女………、あの女が作り出したこの魔法は、まさに自分の分身。もう一人の自分で、大きくて簡単に倒せないように屈強になった――非力な女性ではない自分の姿」
大きく振るった瞬間、人力で発生した突風。
それを受けながらエドは呟き続ける。
「自分は直接手を汚さない。遠くで滅ぶ光景を見るために、より大きな絶望を見たいがために作り上げた――魔法が使える、化け物となった自分の姿」
これは――彼女の心そのもの。
心の姿だ。
エドが出した答えは――心。
それが何を意味するのか?
そんなのわからない。今はまだわからない。
エドの心を見ることができればいいのだが、そんなことはできない。
しかし、エドはそれを知ると同時に固く決意する。
より一層――彼女に話したいと、強く……、強く思った。
「屈強と死なない身体は、恐怖を与える素材じゃない。彼女のこの姿は」
――怖い気持ちを、隠すための壁だ。
エドは決意を胸に走り出す。
今度は槍と盾を構えて――所属『ガーディアン』らしい姿で特攻する。
駆け出す音が辺りに響き、それを遠巻きで聞き、『終血』の視線から見ていたラージェンラは舌打ちを放ちながら攻撃の合図を送る。
簡単な合図だ――右手を大きく、振り回すように振るうだけ。
振るった瞬間『終血』はすぐに持っていたマチェットを振り上げ、そのままエドに向けて力一杯振り下ろす。
空気の流れを斬り落とすようにそれは落とされ、迫り来る風圧を感じながらエドは見上げ、横に転がるように避ける。
ごろんっ! とすぐに立ち上がれるように転がると――瞬間、エドの視界の端に振り下ろされた血のマチェット。
刹那。
激しい轟音が辺りを包み込んだ。
周りにあった柱を壊し、壁に穴を開け、外と言う空気が薄い世界の光が穴を通って薄暗い光を灯す。
ガラガラ崩れる音が聞こえ、大きな揺れを伴うその攻撃は、一撃食らっただけで死んでしまう恐怖を植え付けるものだが、エドはそうならなかった。
間一髪で避け、土煙を利用したエドはそのまま『終血』の腕に足を乗せて、走り出す。
巨人の体を地面に見立てて走るその光景は、どこかで見たことがある光景かもしれないが、それを見たラージェンラは指を鳴らす。
ぱちんっ! と乾いた空気が弾ける音と共に、走ろうとするエドの足を何かががっしりと掴んできた。
「――!」
さほど驚きはしていない。
していないが、エドは足を掴んでいた張本人――と言うよりも元凶でもある赤黒い存在達『血傀・魑魅魍魎』に向けて視線を向けると、すぐにエドは反対の足を振り上げる。
振り上げ、そのまま『血傀・魑魅魍魎』の顔面に向けて、想い蹴りを繰り出した。
ごりっ。と骨組みの様なものが軋む音と、肉を踏み潰す気色悪い感触が靴底越しに伝わる。
踏みつけられたことによって防御力があまりない『血傀・魑魅魍魎』はそのまま司令塔となる頭を無くし、力なくエドの足から手を離してずり落ちてしまう。
どちゃっ。と生々しい音が聞こえたが、それを気にする暇はない。
振り切ったことを認識したエドはすぐに駆け出そうと足に力込める。
ぐっと地面に向けて強く踏み込み、そしてすぐに――駆け出す。
キョウヤのように脱兎のごとくは出来ない。普通の人のように走ることしかできないが、今のエドはそうではない。
常人の二倍の速度で『終血』の腕から駆け上がる。
「アクロバティックでよろしいことぉっ!」
しかしラージェンラもその光景を見て『何でもしてください』なんて言わない。むしろ怒りをマックスにしながらエドのことを妨害していく。
右手で何かを掴むようにぎゅっと握りしめると――『終血』は反対の手でエドのことを捕まえようと大きく振るって腕を伸ばす動作を行う。
それは肩にいる野生の動物を捕まえる様な動作だが、この行動を見て難なく指の間を掻い潜って打破するエド。
打破した光景を見てラージェンラが行った行動は、握ったそれをもう一度開き、その状態から手の形を狐の指真似の型を作りだす。
親指の腹に中指と薬指を合わせ、人差し指と小指を立たせると出来上がる狐の指真似。それが出来上がると『終血』は捕まえそこなったその手で下に向け、地面にいた『血傀・魑魅魍魎』数体をその手に収めて、力強く握り潰す。
肉がつぶれる音がエドの耳に入り、不快感と言うそれを与えに来る。
聞きたくない音だ。そう思いながら走り続けるエドに、『終血』はその手に付着した血を使った創造を行う。
先ほどと同じように、手の中で赤黒い液体の固まりが作られ、瞬時にそれは大きな斧となって『終血』の手に収まる。
ぎゅりっ。と手の豆を潰してしまうくらい強く握られたそれを『終血』は、そのまま大きくエドを真っ二つにする要領で大きく振り上げ、そのまま――
「っ!」
一瞬、振り下ろされるそれを見たエドは止まることなく走り、逃げ切れるまで走り切ろうと足を動かすが、『終血』はそのままエドの――真正面すれすれのところで大きな斧を振り下ろしてしまった。
ずばんっ! と――自分の腕ごと、大根の輪切りをするように切り落とし、落ちていく腕にいたエドはそのまま重力に従って落ちていく。
落ちながらエドは思った。
――分身だから、斬ってもいいってか?
「嫌な性格だ……っ!」
そう思い、すぐに切断された腕に向かって跳躍しようとした時――何かを見た。
「血塊魔法――」
それは一瞬の違和感。
斬り落とされた『終血』の腕から浮かんで行く血の浮き球。
泡のようにも見えると言った方がいいのかもしれないが、それがエドがいる腕ではない場所から――正面からそれが出ていたのだ。
断面と言っても真っ赤なそれしかない。血しかないそれだが、見ていたエドはハッと息をのみ、すぐに上に向かて飛ぶことを中止する。
下に向かって、重力に従って落ちようとした時――ラージェンラはもう発動の合図を送っていた。
自分の分身でもある『終血』に向けて!
「『血晶針』ッ!」
瞬間――『終血』の切断された腕から射出される無数の紅い針。
剣山のように伸びて接近してくるそれを見て、エドは避けられないと悟ると、そのまま盾を使って防御の姿勢を取る。
踏ん張りができないのが心もとないが、それでも防げないことはない。
『聖楯アナスタシア』を前に構え、そのまま迫り来る赤い剣山に立ち向かい………。
がぁんっ! と、剣山の先が盾に当たる音と振動。衝撃の余波がエドを襲う。
グラグラと鉄に向けてトンカチを叩きつけたかのような、鐘を鳴らした時と同じ反響音だなとこの時のエドは思っていた。そんな悠長なことを考える暇はない。
エドは直感した。
どころか、視界に入ってしまったのだ。
『終血』の体全体に浮かびあがるそれが――剣山のように伸びていくそれがエドのことを追っている光景を。
「――っ!? とぉ!?」
砂鉄に磁石を添えた時の様な尖り具合。しかもそれが鋭利と分かってしまった瞬間、エドは下にも盾を向けて応戦し、そのまま地面に転がって迫り来るそれを避けながら『終血』に近付こうとした。
しかし、そう易々と接近を許さないラージェンラ。
血の剣山をエドに向け、それを追いながらしつこい応酬を繰り返し、エドの接近を許そうとしない。どころかまだ手に持っていた斧を振り上げ、そのままエドに向けて、斜め下の武骨な振るいを繰り出して攻撃をしてくる。
どんどん出て来る針の攻撃に関しては、『終血』の足にへばりついていた『血傀・魑魅魍魎』達が糧になっているらしく、どんどん溶けていく光景が視界の端に映る。
もうこうこれはかなりの供給。かなりの血の魔法の攻撃が来るだろう。
それはとても恐ろしい事だ。絶句してしまいそうなことだ。
だが、エドは冷静だった。
冷静に針の攻撃を避け、『終血』の斧の攻撃を避けていく。
流れる様な――舞台で踊っているかのようにエドは避け、避けながらエドは思っていた。
巨大ゆえの攻撃だが小さい生物を殺すことに長けている。
いいや――それを想定して、何度も何度もシュミュ―レーションしてきた行動のように見える。
むしろ――
エドは理解した。
これは、予行練習だ。
エドは『終血』の攻撃を避けながら思った。
憎む存在にどんなふうにすれば嬲ることができるのか。一発で殺すためにはどう攻撃すればいいのか。
的確に殺したい相手ならば、複数人相手なら、単騎相手なら、嬲りたい相手が単騎であれば、複数人嬲りたいのであれば――
色んな想定。色んな仮説を立てながら彼女は命令しているに違いない。
そのくらい――彼女は憎んでいる。
否――怖がっているんだ。
そうエドは認識する。
これが間違いと言う認識はない。正しいという認識もない。
ただエドはそう思っただけ。思ったからこそ――エドは決意する。
一撃決めると――
避けて、避けて、避けまくっていた行動を攻撃に転じる瞬間。
『終血』の横の薙ぎを、足を切ろうとしたその行動を飛んで避けた後、背後にいた『血傀・魑魅魍魎』一体の顔面に足をめり込ませ、そのまま『血傀・魑魅魍魎』の顔面を足場にして――
「――顔面借りるね!」
エドは跳躍する。
跳躍の瞬間、『血傀・魑魅魍魎』の顔面が破壊され、元の液体になり地面を赤黒く染めるが、そんなの気にしない。
今は――目の前にいる『終血』を一撃で倒すことを優先する。
だからエドはやっと『聖槍ブリューナク』を『終血』に向ける。
巨体相手には切り傷しか残さないであろうその矛先を。
「やっと? 遅すぎじゃない? でもその槍だけで何を」
「いいや――簡単な構造だった」
「?」
突然、ラージェンラの言葉に遮るようにエドは言った。
これは、聞こえているのか? そんな思考がラージェンラの脳内を駆け巡ったが、きっと偶然だとすぐに現実思考に切り替えると、エドは続けて言葉を零していく。
言葉の受取人である、ラージェンラに向けて。
「俺が持っている『聖楯アナスタシア』は、攻撃を受けたらそれを貯めることができる。そしてそれを『聖槍ブリューナク』は光属性に変えて放つことができる」
「? なに?」
一体何を言っているのだろう。
復習のための言葉なのかと思ったラージェンラだったが、それは違う。
エドは続けて言う。
きっと聞いているであろうラージェンラに向けて。
「本当に簡単な事だった。魔法を受けて、貯めて、放つことができる。それは頭の中で理解していたけど、お前が作っているこの血の生物も、血の触手も、何もかも――全部魔法で作られたものだ」
ラージェンラの体内の温度が下がる。
「魔法であれば、おれは溜めることができる。魔法って言う素材であればできることに気が付いたんだ。きっと、京平なら気付いていたと思うけど、おれは疎いから、そこらへん」
代わりに汗が噴き出る。
脳内に湧き上がる恐怖と焦りが、体は反応として表してくる。
そう――彼女も気付いてしまった。
私は、与え過ぎていた。
エドと言う存在に、魔法の攻撃を与え過ぎていた。
「ありがとうなんて、おかしいと思うけど、おれは感謝している」
彼は――天敵だ。
魔法を使う――『魔女』の天敵だと。
彼女はこの時、初めて気づいてしまった。
「おれに――力を与えてくれて! おれの頭を柔軟にさせてくれて!」
エドの張り上げた声が辺りに響き、それと同時に『聖槍ブリューナク』の剣先が光り輝くと、それをエドは大きく横一文字をするように腕を振るい、そのままエドは迫り来る『血傀・魑魅魍魎』と、どんどん近くなる『終血』の眼球に向けて、エドはその一文字の攻撃を与える。
『残り香』相手に三つの首を屠ったブリューナクの攻撃を、閃光の攻撃を剣にして、エドは振るった。
「『スィングディフェア』ッ!」
エドの所属『ガーディアンが持つスキルを使うという合わせ技を使って、エドは横一文字の、『風獣の神殿』が壊れない程度の攻撃を『血傀・魑魅魍魎』と『終血』に繰り出す。
目が眩んでしまう様な光の攻撃。そして大きく揺れる空間。
そのせいでラージェンラはバランスを崩して尻餅をついてしまい、視界が元の視界になったことで――彼女は顔の色素を失い、言葉を失いながら状況を飲み込んでいく。
嫌でも飲み込みたくないそれを、受け入れたくなくとも、呑み込まなければいけないそれを。
※スキル解説
『スィングディフェア』――ガーディアンが持つスキルの一つで、槍で横に薙ぐ攻撃をする王道の攻撃。受けた相手は十五パーセントの確率でスタン状態になり、攻撃した人物はすぐにHPが少ない相手の盾になって身代わりの体制になるスキル。