PLAY141 血濡れの天使Ⅳ(タダシイセンタクハ?)③
「!」
エドが動くと同時に苛立ちを見せていたラージェンラの顔色も変化する。
逃がしたことへの苛立ちから――見つけたという好機の喜び。
ほくそ笑んでしまう顔を隠しきれていないそれは、彼女の本性を浮き彫りにして曝け出されていく。
無理もない話かもしれない。
なにせ――攻撃したにもかかわらず無傷で逃げた相手が、また証拠にもなく………ではない。のこのこと戻ってきたのだ。
逃げも隠れもしないことは褒めるところだが、それを真っ向勝負に向けてしまったことで、ラージェンラは思ったのだ。
こいつ………、慢心している。と――
「まぁ。魔王族の血が混じっても、所詮はただの巨人族。考えがわからない異常な存在でも、武器や血で舞い上がっている馬鹿ってことね」
力を持ったものが必ず世界を救うために戦う善人なわけない。
どこかで聞いた童話を思い出しながら呟くラージェンラ。
彼女から見たエドもそんな存在だ。
そう決めつけるように鼻で笑ったラージェンラは、すぐに真正面から攻めてきた単騎相手に行動を起こした。
遠くにいる『終血』――には命令せず、周りにいる『血傀・魑魅魍魎』達に彼女は指を立てて指示をした。
ぴっ。と人差し指を立てる。
それだけの動作で彼女は『血傀・魑魅魍魎』達に指示する。
『血傀・魑魅魍魎』達も『終血』も元々はラージェンラの魔法で作られた存在。
思考も感情も持たないその存在達はラージェンラの指示がなければ何もしない。
もそもそそう言う構造で召喚したのだから仕方がない。
さて――話が脱線してしまったので戻すとしよう。
ラージェンラは『血傀・魑魅魍魎』達に向けて命令を送ると、その命令を受け取ったのか、また脊髄反射のように『びくんっ!』と体を震わせる『血傀・魑魅魍魎』達。
電流が流れたかのようにびくびく震わせたと思いきや、今度は単騎で走って来るエドに向けて目のないその視線を向ける。
ぐりんっ! と勢いある振り向きを行い、背中を見せていた数体は骨が外れる音を放ちながら真後ろを向くという恐怖を与えに来る。
与えると同時に、どんどんは知ってくるエドに向かって今度は悲鳴に近い呻きを上げながら走り出す。
完全にゾンビと同じだ。
『うぐルあぁあぁアァァアアアあああああああぁぁっっ!!』
悲鳴なのか、叫びなのか、雄叫びなのか、それとも別の発声なのかわからない。
だが命令に従い……、なのか、それとも本能としてエドに向かって走るその姿はゾンビの大群。
一気に恐怖が爆発するような光景だ。
人間とは思えないその走り方も相まって怖いが、それでもエドは走ることを止めない。
どころか――
「特攻?」
まさか、自棄になっている?
ラージェンラは思った。
エドの行動を見て、今までそうしてこなかったエドのことを考えながらラージェンラは驚きの顔をするが、その顔もすぐに平静の顔へと戻り、思考も『いや』と言う否定に入った後で彼女は考えた。
――自棄になるにしてもおかしい。
――それなら『終血』を出した時点でそうすればいい。
――否、そんな自棄になる様な奴じゃないわね。
頭を振るい、先程の考えを一旦抹消した後で考えを再度組み込む。
エドはそんな奴ではない。
戦ってわかって来た分析をもとに、彼女は再度思考を巡らせていく。
――この男がこんな真向から走って来ることは無いと思う。
――こいつは二つの神器に選ばれた存在と言う特質の存在であることは分かる。
――分かるけど、ここで自棄になって特攻してしまうほど単調ではないはず。
「何を考えて………、いるのかしら?」
疑問は疑問のまま残ってしまう結果になったが、それでもラージェンラは攻撃を続行することにする。
特攻してきているのならば、それを受け入れ、しっかりとお返しをするのは筋だ。
そう思ったラージェンラは『血傀・魑魅魍魎』達の命令を続行し、『終血』の視界から戦いを見る。
見て――彼女はエドの行動に驚いてしまうことになる。
◆ ◆
ラージェンラが考えていた頃、迫り来る『血傀・魑魅魍魎』を前に、エドは走ることを止めなかった。
『血傀・魑魅魍魎』の間を掻い潜り、ラージェンラのところまで特攻するために?
違う。
倒す方法が分かったから?
半分正解、半分不正解。
ではなぜ、エドはこのようなことをしているのか?
正解は――
今後のために。
である。
今後のためにエドは特攻し、『血傀・魑魅魍魎』を相手にすることにしたのだ。
魔法の本質を知った。形や質が違えど、自分なら大丈夫。
その確信を得て――
『ううウウゥるるルルるあぁああアアアア』
『血傀・魑魅魍魎』達の本能の叫び。
その声を放ちながらエドに向かって襲い掛かって来る。
まるで自分がゾンビゲームの主人公になったかのような感覚だ。もしくは自分しか生きている人がいない世界で戦っているかのような感覚だ。
「あぁあガああああああっ!」
思考の世界に一瞬入りかけていた空気を一瞬で壊してしまう現実。
気付いたエドは視界一杯に入り込む赤黒いそれを見て思ってしまう。
あぁ、これは現実だ。
仮想空間だけど、今目に入っている世界は現実だ。
現実だから怖さも倍増だけど、今のおれにとって、これは――
好都合だ!
迫り来る『血傀・魑魅魍魎』を前に、エドは走りながら左手に持っていたそれを大きく、薙ぐようにして振るい上げて攻撃を繰り出した。
空気を薙ぐ音と共に金属の鈍い音が響く。
がぁん! と――『血傀・魑魅魍魎』の頬に鉄のそれを叩きつける様な音が周りに響き、それを聞いたラージェンラは『終血』の視界越しにそれを見て、一瞬何が起きたのか理解できなかった。
否――見たが理解が追い付かなかった。
が、正解だ。
なぜ理解が追い付かなかったのか?
それは、言葉にした方が早いだろう。
なぜなら――エドは確かに『血傀・魑魅魍魎』に向けて攻撃をした。
したが、攻撃した武器はエドは持っている『聖槍ブリューナク』ではない。
エドが『血傀・魑魅魍魎』に向けて攻撃した武器は――もう一つの武器『聖楯アナスタシア』なのだ。
盾を鉄の板を振り回すように使い、その面を『血傀・魑魅魍魎』の側面に向けて、叩くように攻撃したのだから。
「っ!? 盾!」
盾を使った攻撃。
それはゲーム内『パラディン』の所属にも攻撃スキルはある。勿論エドの所属『ガーディアン』にも攻撃スキルはあるが、これはスキルではない。
只の殴打。
只の攻撃。
その攻撃を受けた一体の『血傀・魑魅魍魎』は衝撃で形が少し崩れてしまい、十分の一が液体となってしまったが、その穴を埋めるように他の『血傀・魑魅魍魎』がエドに覆い被さろうと呻きの咆哮を上げながら跳躍して襲い掛かる。
襲い掛かってきた『血傀・魑魅魍魎』はたったの三体。
その三体を見上げつつ、エドは盾を構えた状態で襲い掛かって来る三体を待つ。
そう――奇襲を許そうと言わんばかりに待つ体制になり、防御の体制に徹したエドに覆い被さる『血傀・魑魅魍魎』三体。
言葉にならない。人の声とはかけ離れた声を上げながらエドに覆い被さり、縦を掴んだり、引っ掻いて攻撃しようとする個体、噛み付こうと牙がない歯を向ける個体がいたが、それに対してエドは攻撃しなかった。
槍の攻撃を一切せず、ただただ守りに徹した後――盾に気を取られている『血傀・魑魅魍魎』の一体に向けて、拳をお見舞いする。
ごっ! と――生々しい音と共に崩れかける『血傀・魑魅魍魎』に向けて、すかさず盾の突進を繰り出し、鉄の鈍い音が辺りに響く。
響くと同時にエドは左右にいた『血傀・魑魅魍魎』二体に向けて……、左側に盾による殴打を。右側には右手の裏拳と同時にまた盾の殴打をお返し。
一気に三体の『血傀・魑魅魍魎』がエドの手によって倒されてしまった。
しかも――盾の殴打という単純なものに。
「………っ!」
――こいつ。
三体の『血傀・魑魅魍魎』を盾を使っただけで倒してしまったエド。その行動は単純そのものだが、それでもそれだけで倒してしまうほどエドは実力を持っているのか?
魔王族の混血だからできるのか?
困惑がどんどん違う感情に変わり、その感情の思うが儘にラージェンラはまた数体の『血傀・魑魅魍魎』をエドに向けた。
今度は五――ではない。今度は十体。
ラージェンラの命令を受けた『血傀・魑魅魍魎』十体は先ほどと同じように脊髄反射の如く体をびくつかせ、痙攣した後にエドに視線を向け、もたついている足を使って走り出す。
綺麗に整列しないバラバラの状態で駆け出し、一気に倒されないように付け焼刃の知識を受け付けた『血傀・魑魅魍魎』達は、一体一体が近付かない様に、且つ一気に倒されないようにエドに接近する。
三体は前方から。
二体は右側から。
二体は左側から。
二体は真後ろから。
残り一体は頭上から。
それぞれがラージェンラから受けた命令に従う様に、バラバラで、近づきすぎず、且つ遠すぎない距離を保ちながらエドに接近して、強襲する。
『ぐるゥあああがあああアアアアああああっ!』
何度聞いても恐怖を駆り立てるゾンビの雄叫び。
しかしそれを聞いてもエドは身構えなかった。
どころか――一斉に襲い掛かった『血傀・魑魅魍魎』十体を、物の数秒で倒してしまった。
頭上から噛み付こうとしていた一体を、巨人族の体を活かしたリーチがある回し蹴りで叩き落とし。
そのまま流れるように右から攻めてきた二体に向けて盾の薙ぎを繰り出した後、後ろから襲い掛かる二体には角度を変えて殴打を繰り出し。
左から迫って来る二体には頭上に板を叩きつけるように盾の攻撃をした後、正面から攻めてきた三体には足払いをお見舞いして転ばせ、そのまま押し潰すように盾の攻撃を行う。
最後に残り、地面にたたきつけられた一体にも、まるでハエ叩きでもするかのように盾の殴打を一際大きく繰り出す。
バァンッ! と言う破裂交じりの音。そして四散した赤いそれが辺りに飛び散る音が響き、何の苦もなく十体倒したエドは視線を『終血』――否、その視線から覗いているラージェンラに向ける。
退魔魔王族と言う証明であるその眼光を――純血の魔王族であれば隠しているその目を向けて。
「っ!」
瞬間――背筋に這い上がる悪寒。
歴戦の幹部でもあるラージェンラが、修羅場をくぐっていない一介の冒険者相手に、あろうことか現実世界でも戦闘と言う無縁の世界にいたものに対して、恐怖を覚えたのだ。
戦いの経験の差、その差があまりにも大きすぎる相手に、彼女は恐怖したのだ。
思わず強張る様なそれを感じ、すぐに恐怖を無理矢理消すラージェンラ。
だが体は正直だ。心で誤魔化したとしても、体が一瞬覚えてしまった感覚を忘れられないようで、心臓の鼓動が早いまま。
この鼓動は駄目な鼓動であることはラージェンラも理解してしまい、この鼓動は恐怖から来た不安の鼓動。
戦いの時にもっとも起こしてはいけない――ミスを起こす鼓動だと認識したと同時に、彼女は思った。
――まただっ!
そう思いながら彼女は『終血』の視界からエドのことを見て、予想外の光景に対して驚きを零してしまう。
また。
そう――またなのだ。
思えばエドの行動には不可解なところが幾つもあった。
厳密には混血になってからであるが、明確に思えば違和感でしかなかったのは――触手の攻撃をはじいた時。
エドは盾を使って攻撃を防いだ。
あの時はそこまで考えていなかったことだが、ここまで攻撃に転じてこない。防御に徹している光景はあまり見ない。
――聖槍を持っているくせに、それを使わないで防御に徹する。
――魔王族であれば見切り、切り裂くこともできたはずなのに、なぜか彼はそれをしなかった。
――混血だから? それとも武器の性能を信じての行動?
――でも盾を鈍器にして使うなんて、そんなことをする奴は数を数える程だろう。
「『聖槍』を使わず、防御しかできない『聖楯』だけで攻撃………?」
それはラージェンラにとっても想定外。
且つ、苛立ちを再熱するには十分すぎるほどの燃料だった。
攻撃手段を持っているにも関わらず、簡単に傷つける槍と言う刃を持っているにも関わらず、敢えて刃もなにもない――極論で言えば板しか使っていないエドの戦法は、ラージェンラからすれば、舐めているのか? と思われてもおかしくない方法だった。
盾を持っているという意志表示ではない。
この行動は――挑発に等しかった。
武器を使用せず、防具だけで乗り切ろうとしているという、いうなれば縛りをしているエド。
その行動がラージェンラには気に食わなかった。
鼻につく。
余裕で勝てるということを示唆しているようで、感情が噴火しそうになる。
いいや、もう遅かった。
「なめんじゃないわよ………っ!」
小さく零れるそれと共に、歯軋りするラージェンラ。
口の中にまた広がる鉄の味を無視し、口腔内に広がるそれを武器にしないまま彼女は右手を上げて握りしめる。
ぎゅっと握った瞬間――『終血』が脊髄反射を起こしたかのように体を震わせ、大きな眼球をエドに向け、薄い膜でまばたきした後、その図体を動かした。
重く、圧し掛かれば即死してしまいそうな重量感ある一歩。
それを操作している本人は怒りの感情を爆発した面持ちで言い放つ。
エドの行動。
そして挑発した後に与えられた恐怖にとって怒りが頂点に達したラージェンラは、苛立ちのまま『終血』を操作し、苛立ちを込めた舌打ちと共に、怒声交じりのそれを聞こえないエドに向けて――
「なめんじゃないわよ……っ! たった少ししかない血の混じりにぃ……、助けられている分際がぁあああああっっ!」
激昂の声と共に、『血傀・魑魅魍魎』と『終血』は動き、エドに向かって猛追を繰り出そうと走り出す。