PLAY141 血濡れの天使Ⅳ(タダシイセンタクハ?)②
轟音と振動が終わり、広がっていく土煙をじっと見つめる『終血』
元々自我があるのかもわからない様な存在だが、首があるところの眼球に歯同たら瞼らしき薄い肉の皮があるらしく、その皮が目を細めるように狭まり、煙の中央を見つめながら待っていた。
煙が晴れるのを――攻撃したその場所がどうなっているのかと言う結果を見つめて……。
そして――その視線を介してラージェンラは見つめていた。
目を閉じた状態で、何かを投擲したかの様な体制のまま立っている彼女は、閉じた状態で立っていた。
何故立っているのか? なぜ投擲の体制になっているのか。
きっと薄々若手来ている人もいるかもしれないが、まだ明かさない。
明かさずに場面を戻そう。
ラージェンラは目を閉じた状態で『終血』の視界越しにその光景を見つめている。彼女が作り出す魔法は血を使った魔法だが、生き物ならば目を介してその光景を見ることができる。
勿論遠距離でしか使えないものだが、今はこの方法がいいと断言した。
なにせエドの姿を見て、闇雲にでてしまったら簡単に倒されると思った結果――遠くで操って倒す方がいいと判断した結果、彼女は最終手段を……奥の手を使った。
小さく息を吐き、『終血』の視界に映し出される光景を瞼の裏から見つめるラージェンラ。
まるで千里眼のように使い、腫れていく煙を見つめながら状況がどうなったのかを確認する。
振動と轟音が響くほどの攻撃だ。
単純だがそれでも威力が高いに越したことはない攻撃だ。
当たらなくても、傷はあるはず。
そう思い、煙が晴れてエドがいたであろうその場所を見て――
「――っ!」
彼女は驚きを露にした。
簡単な事だ。
エドがいたであろうその場所にエドはいなかった。
逆に――その時のエドは何と………、『終血』の腕に乗っていたのだ。
ちょうど手首のところに足を乗せている――巨人の手に乗った状態で攻撃があった場所を見下ろしていた。
「うへぇ……こわっ」
恐怖など感じられない様な間の抜けた声。
且つその手首に向けて『聖槍ブリューナク』を突き刺している状態で、エドは無傷で立っていた。
あの攻撃――大きくて隙がある攻撃であったが、エドの体でも避けるには難しいと言ってもおかしくない様な大きさと距離だった。
殺すまでとはいかずとも、重傷を負わせるくらいはできたはずだった。
だがそれができなかったのは――ラージェンラにとって想定外だった。
「無傷……! あの攻撃で……っ。いえ」
と言いながら頭を振るうラージェンラ。
否……、むしろ驕っていたのかもしれないと、この時のラージェンラは思っていた。
エドは魔王族の力を持っていた存在。亜人でも腐っても魔王族と言う最強の血を持っている人物相手に、簡単に重傷なんて負わせることができるなんて夢物語。
こんな初手で倒されること自体おかしい話なのだ。
だから頭を振ってラージェンラは思う。
魔王族であれば。
その思考を捨てるな。
この『終血』はそのために長い間試行錯誤して編み出した魔法。
その魔法を、たった一撃避けて安心しないでほしいわっ!
エドの安堵の表情が視界に写り、それがラージェンラの苛立ちを再熱させ、すぐに追撃を繰り出す。
投擲したままの手とは違う反対の手を使って指を鳴らすラージェンラ。
弾ける様な音と同時に『終血』の下で思い足を引きずって歩いていた赤黒いゾンビ――『血傀・魑魅魍魎』が反応を示した。
脊髄反射のように『びくっ』と肩を揺らし、目のないその顔をエドに向けると、『血傀・魑魅魍魎』達は我先にと言わんばかりに『終血』の腕の一部となっていく。
「っ!? 腕に溶け込んでいく……っ!?」
エドの驚きの言葉通り、『血傀・魑魅魍魎』はり下ろされた『終血』の腕に向かって歩みを進めていた。
そこまでは言い。そこまでいいのだが、普通ならばエドを追って『終血』の腕に登るだろう。這い上がってエドのことを追うのが普通だと、この時のエドは思っていたが、それが大いに外れてしまったことで困惑してしまうエド。
――なんで俺のことを追わずに、身を犠牲にする行動をしたんだ? なんで溶け込んで……。
と思った瞬間、エドは息をのみ、気付いてしまう。
そう――『血傀・魑魅魍魎』も『終血』もラージェンラが生んだ魔法。且つ血だ。
他人の血でさえも使うことができるラージェンラの魔法。
『血傀・魑魅魍魎』は元々は血。
そして『終血』は――
………まずいっ!
エドはすぐにその場から離れるように『終血』の手首の上で立ち上がり、そのまま遠くに逃げようとした。
この場所にいたらまずい。そう結論した故の反射。
考えなんてない。逃げた後のことなんて考えていないが、今は逃げることを優先する。逃げることに頭を使おうと行動しようとした時――
――がしっ! と、何かに足首を掴まれてしまったエド。
掴まれたと思ったエドは驚きながら掴まれた足に視線を移そうと後ろを振り返る。
振り返って目を見開いた。
当たり前だが、逃げようとしている存在を逃がさないようにするのは当たり前のことで、それは自我を持たない――というかゾンビのように動いている『血傀・魑魅魍魎』はラージェンラの意思で動いているのだ。
逃がすなんてことはしない。
エドの足に全体重をかけるように腕を回し、そのまましがみついてしまう。
がっしりと――己を犠牲にしてでも逃がさんと訴えているかのように……。
「っ! しま……っ!」
と、エドが叫んだ瞬間だった。
「血塊魔法――」
ラージェンラの唱えが放たれ、それと同時に『終血』の体から小さな小さな気泡の様なものが浮かび上がる。
ぽこ。ぽこ。と、浮き上がるそれは一瞬、ほんの一瞬だけ尖ったものに変わる。
赤く丸いそれからにょきりと棘が生える様なそれはまさに異常な光景かもしれないが、その変化も小さいもので、凝視しないと見れないほどの変化だが、それが『終血』の――人間で言うところの皮膚全体に広がっていき、小さなそれが柔らかい者から固いそれに変わっていく。
靴を履いているエド自身がその違和感に気付き、動きを封じられている今できることを反射的に行動に移そうとする。
漏れてしまう驚愕の息。
それと同時に脂汗が皮膚から溢れ、エドの行動から零れて空気中に放り出される。
素早い動きと共にエドは行動し、そして――
「――『血晶針』ッ!」
ラージェンラの詠唱と共に、『終血』の体中に浮き出ていた何かが、牙を剥く!
突き刺さる音。いくつもの血の跡を地面や柱に残して。
◆ ◆
『血晶針』
それはガザドラ戦の時に見せた技で、血の針をいくつも出す魔法。
ハリセンボンのように放たれたそれはまさに襲い掛かる針の軍勢。
一瞬で放たれることもあり、避けることは至難の業のこの魔法は、ガザドラが作り上げた――魔法を練り込んだ鉄でさえも色も簡単に穴を開けてしまうほどの威力だった。
それをエドに向けて放った。
補足しておくが、ラージェンラは自分の血と相手の血を操ることができる。
つまりは血を流せば流すほど、彼女に武器を与えてしまい、どんどん不利になっていく。
血で作り上げた生物、武器も、彼女の想像によって形が変化し、攻撃のスタイルも変わる。
変幻自在と言ってもおかしくない様な魔法且つ、血を流してしまえば不利になるという魔法でもあった。
ガザドラと同じように、金属を与えれば与えるほど強くなるように――彼女も血を与えれば与える程強くなる。
『血傀・魑魅魍魎』も。『終血』も彼女が操る血によって生み出され、彼女の意のままに動いている。
そう――全部が血。
攻撃手段も召喚も血であり、その体も血でできている。
血さえあれば何でもできるということは――全身血でできている『終血』は全身武器と言うことになるのだ。
全身機械人間と同じように、そしてそれを操作しているラージェンラの指示通りに動く。
それにエドは気付き、すぐに逃げようとした。
ラージェンラの独壇場に入ってしまった。距離を取らないとと思い駆け出そうとしたがもう遅く、そして攻撃が放たれてしまった。
この時――エドは想定外なことが起きてしまったことに気付いてしまった。
否。
これが『終血』の神髄なのかもしれない。
もしかしたら彼女は、これをどこかで行おうとしていたのか。
そう思いながらエドは想定外の事態を――現実を受け入れていく。
『終血』はただでかいだけの、血の巨人ではない。
『終血』は――彼女だと。
◆ ◆
周りに飛び散っていく血の惨状。
それは絵画における爆発をイメージしたかのような光景……、ではなく、本当に爆発したのかと思ってしまう様な飛び散り方。
何か凄惨なことがあったのではないかと思ってしまう様な血液の飛び散りに、『終血』の視界で見ていたラージェンラは深い溜息を零す。
頭を抱え、頭痛を訴えているかのような顔つきで彼女は小さなそれを零す。
舌打ち交じりのそれで、彼女は言ったのだ。
「逃した……」
と――
その言葉はラージェンラ側からすれば落胆。
エド側からすれば安堵の言葉。
「ほ」
安堵のそれを柱に隠れながらしたエドは無傷の状態で、そのまま視線を『終血』に向けて様子を見ていた。柱越しで見ると余計に多く見えてしまう『終血』は、辺りを見渡しながらエドのことを探している。
口のない状態で呻きを上げて……。
そう――エドはあの一瞬の攻撃から逃げ切れたのだ。
勿論目の前に来たそれを難なく掻い潜ったのではない。
純血魔王族のように華麗に逃げることができないエドは、自分の武器でもある『聖楯アナスタシア』を使って『血晶針』を防いでいたのだ。
一瞬の行動。
考えなんてしてはいけない。
条件反射を使って乗り越えた結果が――『防ぐ』だった。
何とか盾を使って『血晶針』の攻撃から身を守ったエドは、威力に負けて少しの間宙を舞ったが、すぐに地面に転がって『血晶針』の攻撃から逃げるように柱に隠れた。
周りに飛散していた血は『血晶針』が壊れ、液体の血となって飛び散った跡。
エドは何とか無傷の状態でラージェンラの攻撃から逃れることができたが、思わぬ収穫をしてしまった。
ラージェンラが操る『終血』は、彼女の魔法の集大成。
本体はこの場所にいないが、『終血』は彼女の分身として、もう一人のラージェンラとして同じ魔法を使うことができる。
もう一人のラージェンラと言っても、全然似ていないが。
『終血』は現在、エドのことを探している。
首があるその場所から生えているかのように『ぎょろぎょろ』と眼球を三百六十度不気味に動かし、周りにいる『血傀・魑魅魍魎』もエドのことを見つけようと呻きながら探している。
……実際には、その二つの生命体視線で見ているラージェンラが血眼になって探しているだけなのだが。
「………あんな大きなものも、か。そんな発想なかったから驚いたな」
『終血』のことを柱越しで、隠れながら見ていたエドは呟く。
幸い声は小さくしていたので聞こえていない様子だ。呻き声のお陰もあってエドの声はラージェンラに届いていない。
だが、見つかるのは時間の問題だ。
このままか隠れてやり過ごす――なんて思考は、エドにはなかった。
やり過ごすなんて言う『逃げる』と言うコマンドは、今のエドの頭にはなく、彼の思考にあるのは――たった一つ。
面と向かって、彼女に言いたい。
それだけだった。
「ここで逃げるなんてしたら………おれは後悔する」
エドは呟く。
手にしているアナスタシアを見つめ、一度深く深呼吸をしてから肩の力を抜く。
今まで高鳴っていた鼓動を通常の――落ち着いている鼓動に戻した後、もう一度息を吸って、吐いて……。
「よし」
小さな合図を自分自身に向けて――エドは柱の影から身を乗り出した!




