PLAY141 血濡れの天使Ⅳ(タダシイセンタクハ?)①
ラグナロク。
言葉だけ聞けば知っている人もいるだろうが、ここで簡単に説明しておく。
ラグナロクとは――欧米神話における終末の日。
又はラグナレクと言う言葉もあるらしいが、殆どの人がラグナロクと言う言葉で理解していると思う。
そしてラージェンラが使った『終血』も、北欧神話の終末の日と同じ意味を持っている。
彼女も言ったことだが、これは天界で使おうとしていたもので、それを普通の時に使うことは滅多にない。普段使うことはなく、本当に奥の手として使う魔法であることを示唆していた。
もう察している人もいるだろう。
そう――この魔法『終血』は、天界を壊すために使うための魔法。
まさに国一つ壊すほどの威力を持つ魔法。
天界フィローノアに対してとてつもない怨念……、憎悪を抱いている彼女だからこそ、この魔法を創造構築し、長い間それを温めて隠してきた。
一気に壊すのではなく、ジワリジワリと嬲るように、絶望を与えるように壊すために、彼女はこれを編み出した。
天界の最期を飾るために編み出した魔法――天界の憎しみ、歪みによって血を流した、憎しみの神を。
自分の人生を滅茶苦茶にした天界を壊すために、一日たりとも欠かさず改良と改善を行い続けた魔法の結晶。
よく王道マンガでよく聞く『血と汗の結晶』という言葉があるだろう。
まさしく彼女はそれを行い、そして編み出したのだ。
できる限り絶望を与えるために、消滅と恐怖。そして長い苦痛を与えるために作り上げた魔法。
それが――『終血』
何もかもを終わらせるためだけ編み出された――ラージェンラの人生において最高にして最凶の魔法である。
◆ ◆
重い何かが地面に向けて足を下ろす。
瞬間――空に浮かんでいる神殿が揺れ動くような、そんな恐怖を駆り立てる様な揺れがエドを襲った。
エドだけではない。神殿内にいた誰もがそれを体験してしまい、動きを止めて辺りを見渡してしまうほどそれは大きかった。
横ではなく縦に揺れるという……、体の中の内臓が揺れ動き、いいようのない浮遊感も相まって気持ち悪くなってしまいそうになるアキ。
そんなアキに対して怒りの戒めを言葉にするシェーラだが、彼女自身もこの揺れは異常だと認識している。
誰もがそれを認識し、奥深くに向かっていたディドルイレスもそれを感じて足を止めて大袈裟に慌ててしまうほどだ。
だが、この状況下でも驚かず、どころか冷静に感じていた人物達は勘付いていた。
勘付いた人物達――ロゼロとフルフィドはそれを感じて理解してしまった。
この揺れの原因はラージェンラであり、とうとうあれを使ったのだと認識したのだ。
同時に驚きもあった。
なにせ、あれを使う時は必ず天界だけと、彼女は豪語していたからだ。
他のところでは使わない。
これを使ってしまえば知られてしまうかもしれない。
そうなっては駄目だ。それで失敗してはならない。だから出してしまったらまた編み出しを最初からする。
出してできずに終わってしまう。どこかに欠陥があればたまったものではない。
完璧に遂行するために出してしまえばまた一から編み出しを行う。
そうラージェンラは言っていた。
それほど天界を壊すことに執着していると言ってもおかしくないが、その分完璧に行おうとする計画性、執着が見えてしまうが、それはラージェンラの過去が関係している故に何も言えない。
どころか世界を一度壊して再建しようとしている革命軍の思考から考えて、彼女の行動はまさに真っ当な革命軍のやり方なのだ。
だから誰も言わない。
真っ当だからこそ、一度発動して失敗してしまうことも計算に加え、あろうことか最初から構築のやり直しをするという周到。
何としてでも天界に復讐するという確固たる意志。
『六芒星』の幹部達はそんな彼女の努力を高く評価していた。
特に評価していたのは幹部懐刀でもあるザッド。
日々精進ずることに対してよい事だと断言していたザッドは、ロゼロ達にもその心掛けを忘れずにしてくれと念を押していたくらい、彼女の行動を高く評価していた。
その高く評価していたあれを使うということは――それほどの相手と言う事。
それを使わないで勝つということができなくなったということを示唆しているのと同じだった。
縦揺れを感じ、ラージェンラがあれを出したことを認知したフルフィドは思った。
防護服越しから目を細め、現在進行形で小さな岩が崩れ落ちるそれを見ながら彼は思った。
――そこまでしないと勝てない存在が、ここにいる。
――ただの冒険者。
――一冒険者達………と認識していたのが、もしかしたら間違いだったのかもしれません。
――私達が勝つのか、それとも冒険者達が勝つのか、今の状況を見てもわかりません。
――戦況と言うものは常に変わりやすいもの。
――天秤のように、戦況は軽くなったり重くなったりを繰り返していると、あの時国王は言っていました。
――それが今まさに、なのですね。
「幹部クラスであろうとも、勝てないと踏んだ相手」
その言葉をぽつりとつぶやき、呟くと同時に考えてしまうフルフィド。
そう――ラージェンラが奥の手として編み出し続けてきた……、改良を重ねてきた奥の手を出さないと勝てない相手がいることを理解してしまい、それと同時に予想してしまう。
最悪の仮説を立ててしまう。
――あのお方が言う奥の手は、天界を壊すために作られたもの。
――と言うことは国一つが滅びてしまう技であり、人では止められない。魔女でも止められない強力な魔法と言う事。
――それを今ここで使う。
「………ラージェンラ様」
ぽつりと呟くそれは、本来であればラランフィーナが使うべき言葉。
しかしその部下も今はここにはいない。そして彼女はラージェンラの隣で戦っている。
だからこれを言う資格は、フルフィドにはない。
だが言ってしまう。
たった一つの利害の一致と言う理由で行動していた仲間と言えど、心配することは駄目なのだろうか?
いいやダメではないだろう。
普通であれば心配してしまう。別の幹部でも、自分が付き従う者の心配でなくとも――
「おいっ! 早くせんか肉ダルマッ! 少しは儂の心配でもして身を挺せ!」
遠くでディドルイレスの声が聞こえた。
その声を聞いたフルフィドは心配の顔を消し、怪訝そうな顔を隠すように平静と言う名の無表情を張り付けてディドルイレスがいる方向に顔を向け、その顔のまま彼は歩みを進めていく。
「申し訳ございません。現在追手は来ていない様子で」
「んな事どうでもいいっ! 早く『風』の八神の所に向かわねばいけんのだっ。こんなところで油など売っている暇などないっ。何をしているんだ他の者どもは」
――竜人族でも、更年と言うものがあるのでしょうかね?
苛立ちを露にし、短気ともいえる様な感情を剥き出しにしたディドルイレスを見て、フルフィドは少し失礼ない事を思ってしまう。
思うが、ディドルイレスは大臣で依頼人でもある。
依頼人に失礼なことはご法度。
且つ完遂するまで傷一つ許されない。
だからフルフィドは何も言わない。
暴言に対してフルフィドは何も言わず、ディドルイレスの言葉に対して『ご安心を』と言って、続けて彼は言う。
自分達が歩いて来た方向――つまり後ろを振り向きながら言ったのだ。
「我々は補佐であります。しかし『六芒星』幹部はそこら辺にいる猛者とは違います。気位も力量も用心棒をしている者とは桁が違います。そして一介の冒険者相手に、あのお二人が負けることはありません」
想定外――なんていうことが起きない限り。
◆ ◆
「うわ………」
目の前に現れたそれを見て、エドは小さく引き攣る様な声を零した。
どろどろとした赤黒い液体を纏った……首があるその場所に埋め込まれた大きな目と言う存在。胴体と手。首があるであろうその場所に大きな一つ目。
一言言って化け物。
エドの出身でもあるアメリカにもない。京平の出身でもある日本にも該当しないそれは、一体何を題材にしているのかわからない化け物。
モンスターと言ってもおかしくないなにかだった。
「首のところから眼球か………。おれホラーは苦手なんだけど、どうしてこんなものが好きなんだ?」
小さく零しながら頭を振るうエドは、なぜと言う困惑と正直な心から出てしまうホラー恐怖の所為で気合が下がってしまいそうになる。
溜息すら出てしまうほど、エドは気合が減速してしまっていた。
「しかも……、あの化け物の下には、うぅゾンビィ………」
頭を上げて再度見たエドが放った言葉は、更なる原則の言葉。
『終血』の下で思い足を引きずって歩いている赤黒いゾンビ――『血傀・魑魅魍魎』を見ての言葉であり、その光景を見て、なぜここに来てまでこれなんだと思ってしまった。
正直――本音を言えばエド自身そこまでホラー耐性が低いわけではない。
この世界にもアンデットと言うゾンビに見たものはいる。そしてそんな幽霊系の魔物はたくさんいるのだ。そんなことでびくびくしている暇などないのが現状だ。
だが今回は例外だ。
例外と言うよりも………この世界で見てきたアンデットよりも、今回のはリアルなのだ。
マイルドにしていないそれと言った方がいい。だからエドは嫌だと思ってしまったのだ。
あまりにも衝撃的なそれを見てしまったことによる衝撃。
とでも言っておこう。
「ごぉおおおおぉぉぉぉ………!」
「っ!」
視界の衝撃によって一時停止してしまっていたエドの意識。だがそれを戻したのは『終血』の呻き……に近い何かの声。
口がなく、発音できる期間がないその体でどこからそんな声が出るのか。そんな疑問すらかき消してしまう様な声……何かわからない何か。
呻きなのか、それとも鼻息なのか。はたまたは胃袋の空腹の合図なのか。
そんなことわからない。
わからないが、それでもエドからすれば呻きに聞こえてしまう様な、心臓を揺らすような音。
太鼓の振動が伝わる様な感覚。
それには魔王族となっているエドでも驚いてしまうものだった。
どこから声を? ではない。
まるで聞くだけで押し潰されてしまいそうな怨恨の呻きに、思わず固まってしまいそうになったから。
失いかけると同時に『終血』は動き出す。
ぶんっ。と――徐に右腕を上げ、上げた状態で一時止まると、今度は右手を拡げる。
ぱっと、掌を見せるように出したそれを見ていたエドだったが、すぐに何かを理解してエドは後ろに後退する。
後退すると同時に、『終血』の手の平から赤い液体が出て、その液体がどんどん肥大し、形を形成していくと、『終血』はそれを握り潰さんばかりに掴む。
しっかりつかんだ手から聞こえる金属の音。
それはまさに武器を手にした瞬間の音と同じで、その音はエドにも聞こえ、来ると直感した瞬間――それは来た。
振り向きざまにどうなっているのか、一瞬だけ見ようとしたエドの視界に広がった――切っ先。
幅が太く、縦に真っ二つにされてもおかしくないそれがエドの目の前まで迫り、それを見て目を見開いた時――轟音と振動が『風獣の神殿』内に響き渡った。
轟音は神殿内にいる者達の恐怖を再発させ、振動と連動して異常事態を感じさせる事態を生んでしまう。
それはシロナと善、リカと京平も感じて、聞いていた。
彼等は最も近い場所でそれを聞いで感じたのだ。心配にならない方がおかしい。
「おい、これ……」
「………………………」
シロナと善は轟音と振動を聞いて周りを見渡しながら警戒の構えを行い。
「エド………」
リカは一人でシロナ達がいる場所まで圧縮球に乗った状態で移動している。
三人の面持ちは不安が混じっている。
もしかしたら。
そんな不安な想定もしてしまう様な音と振動だったのだ。
不安にならない方がおかしい。
そう――おかしいのだ。
エドのことを信じている京平も、うっすらとだが自分の言葉に訂正を掛けたい気持ちになっていたのだ。
自分が言い放った言葉を捻じ曲げてでも、エドのことが心配になった。
――おいおい……、あいつ大丈夫なんか?
今の轟音が起きた場所はきっとエドがいた場所だろう。
あの音と振動を聞けば、無傷で済まされないことは嫌でも理解してしまう。
――あいつ、あの女相手に苦戦してんのか?
だから心配になってしまった。一瞬――最悪の想定もしてしまった。
してしまったが、それでも京平は動かなかった。
梃子でも動かない姿勢――ではなく、エドのことが心配ではない――わけでもない。
――あーくそっ! あの言葉、過去にタイムスリップして過去の俺を殴って訂正して―けど! そんなことできねーしっ! それに相手がどんな強力なもんを持っているのかわかんねーから、結局は初見殺しなんだよぉっ!
むしろ心配だ。むしろ助太刀に行きたかった。
しかし行かなかった。
――あいつが苦戦してるっつーのに、俺らが行ったところで結局足手まといだ。
――あいつは特殊だ。でも俺らはそんなんじゃねぇ。俺らが加勢に行ったところで、相手にとって好都合の的が増えるだけ。
――増えて、エドはそんな俺らを守ろうとする。
――俺らの所為であいつが死んじまうかもしれねぇ……!
否――行っても、全滅になってしまうかもしれない。足手まといになってしまうかもしれないことを、京平は危惧していた。
自分の持ち場は守るべき。そして任されたのだからその任務を全うすることは普通だ。
加勢も普通だが、エドが相手にしている存在が一体何を出したのかわからない。そんなわからない状況の中で、京平は貫きを示す。
自分が言った言葉――エドの言葉を信じて。
「頼む……っ! 勝てよ――相棒!」
この言葉が届くのか。届かないのかはわからない。
轟音と振動を与えたことを肌で感じたラージェンラは歪に笑みを浮かべ、心の奥から興奮するそれを押さえながら見つめる。
遠くから――『終血』の眼を介してエドの末路を見ようと、焼き付けようと見つめる。
そして………、煙が晴れた瞬間――ラージェンラは目を見開いた。