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PLAY140 血濡れの天使Ⅲ(ラグナ・ロク)⑥

 そして時間を少しだけ遡らせる。


 ラランフィーナと京平の決着がつく少し前――ラージェンラはエドのことを執拗に追っていた。


 追っていたのは血でできた触手だが、それを使ってエドのことを追いこもうとしていた。追い込んで、そのままじわりじわりと殺すつもりだった。


 なぶり殺しにするつもりだったと言えばいいだろう。


 いくら選ばれたからと言って相手は冒険者。


 修羅場をくぐってきた自分と比べれば全然ひよっこの存在だ。


 そんな存在に負けるなんて、ありえない。


 そう思っていた。


 だが、それが大きく外れてしまったことで、ラージェンラは驚きを隠せなかった。


 まず驚いたのは――エドが彼女の攻撃を、触手の攻撃を防いだこと。


 これに関してはあまりい泥いていない。


 どころかこれは前にも見たことがあることで、あの時からずっと引っかかっていたゆえに防がれることは想定していた。


 ――もし防がれたとしても、何度も出も追い込んでしまえばいいだけだもの。


 ――一撃だけだなんて言っていないし、何よりあなたが傷つけば、その血を使って私は内側から攻撃する。


 ――結局、終始私の有利なのよ。戦闘は。


 そうラージェンラは思い、防がれたとしても内心はさほど驚いていなかった。


 が。


 それを覆すようなことが起きたせいで、彼女は現在進行形でエドに追撃をしていた。


「っ!」


 血の触手を出し。


「くそ………!」


 血の触手を出し。


「なんで………っ!」


 血の触手を――


 出して出して、出しまくっていた。


 まさに追撃の攻撃なのだが、ラージェンラの顔に余裕と言うそれが戻らない。


 どころか焦りが滲み出ている。


 何度も何度も何度も自分の魔法を使って攻撃をしている。


 攻撃しているが余裕など戻らない。どころか焦りが募るだけ。どんどん追い込まれているかのように、彼女は一歩。一歩後退していく。


 攻撃しながら後退。


 これは戦闘に於いて不利になっていることを示し、抗っていることを表している。


 なぜ抗っているのか? 何故不利なのか?


 それは十中八九――エドの所為である。


 エドは確かにこの時、『聖楯アナスタシア』を前にしてラージェンラの攻撃を防いだ。


 だがそれだけでは彼女に勝てない。


 防いだ攻撃を『聖槍ブリューナク』を使って『聖』属性の攻撃にするのはいい。『残り香』相手にした時はそれでよかったが、彼女は『魔女』であり、『聖』属性が弱点ではない。


 しかも『残り香』とは違って的が小さすぎる。


 当たり前の話だが、それで外してしまえば苦労が水の泡だ。


 どんな攻撃を持っているのかも未知数。防御技も未知数な状況の中、エドが考えたことは一つだった。


 簡単な事。


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 これしかない。


 王道で簡単で、しかも手っ取り早い方法。


 しかし彼女の触手の攻撃を避けながら進むことは至難の業かもしれない。


 いいや至難の技。避ける自信はなかったエドだが、やらなければいけないことも理解している。


「………ふー」


 一息という形で息を吐き、覚悟を決めたエドは徐に盾を持っている反対の手で鉄のマスクに手をやり、そのままずっと――下に無理やり降ろす。


 普通のマスクのように簡単には下りず、少しばかり『がちゃっ!』という機械の音が響いた気がしたが、それでもエドは気にもせず、どころかそれを脱いだことで楽になったのか、肩を鳴らし、自分の両の手を見つめながら感覚を研ぎ澄ませる。


 体の芯から湧き上がる何かを感じ、自分にあるそれを制御する意思を固めて、エドはすっと目を開ける。


 ――体に流れる力は大きい。


 ――まるで、自分の力なのに溺れているような。その力に押しつぶされてしまいそうな。でも嬉しい気持ちもある。


 ――高揚感と、恐怖?


 ――多分それだ。


 自分の体の中に流れている血と混ざり、自分ではなくなってくような――別の人間の血が体内に入り、そのまま乗っ取られてしまいそうな………、ありえない様な事態が起きてしまうかもしれない恐怖を抱きながらも、エドの心は冷静だった。


 波一つない海のように、エドの心は静かで、何より不思議とこう思ったのだ。


 これは――人を恐怖に陥れる力じゃないと。


 ――隠していた力だけど、この力でないと負ける気がする。


 ――あの攻撃を全部受け止めるには、この力しかない。


 ――巨人族の力だけでは到底押し負けてしまう。転んだり、俺自身が力負けしてしまったら終わりだ。


「なら……、これしかないよな」


 呟きながらエドは構える。


 自分の目の前に、再度『聖楯アナスタシア』を構えて、その時が来るのをじっと待ちながら、足腰に力を入れて身構える。


 身構えて――エドは動く。


 巨人族と人間の亜人状態であった時だと絶対にできないことを。



 ◆     ◆



 前に話したことがあるだろう。


 エドは巨人族の亜人は一体何が苦手なのかを京平に聞いたことがある。


 その時のエドはそう言った知識が全くない初心者で、京平のアドバイスや教育があったからこそここまで生きてこれた。知識をつけることができた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 エドが自分の本当の種族を知ったのはそれからすぐ後のこと。


 それは突然で、エド自身前触れなど感じていなかった。

 

 自分がそんな種族であることを認識していなかった。


 と言うよりも、そんな種族があること自体京平ですら知らなかったのだ。


 無理もない話だ。


 そしてこれはアストラのモナも体験していることで、エドだけは特別ではない。


 薄々勘付いている人も多いだろう。と言うよりも気付いている人が多数かもしないが、エドは自分の本当の種族を知るまでは本当に亜人だと思っていた。


 思っていたが、本当は違う。


 彼の本当の種族は――魔人族。


 他種族と他種族の混血であり、もっとも危ないかもしれない種族になってしまった存在。


 なぜこうなってしまったのかわからない。


 わからないからこそ、エドは見つけようとする。


 いつか見つかる時が来る。


 いいや――必ず何か法則がある。


 そう信じて………。



 ◆     ◆



 ――どういう……、こと?


 エドの行動を見ていたラージェンラは、困惑しながら触手の魔法を出しては後退を繰り返して攻撃と防御を繰り返していた。


 攻撃は最大の防御。


 防御は最大の攻撃。


 それを見事に魅せているラージェンラだったが、本人的にはもっと見栄えがいい物で表したかったかもしれない。


 だがそんなことを言っている余裕などない。


 不細工でもいい。何より恰好悪くてもいいから、この場は攻撃しつつ、防御をして勝算を見出そうとしていた。


 焦っていたが勝つために考えて、相手のことを見て、隙を見つけて突こうと攻防していた。


 だが、それもできないと、この時のラージェンラは察していた。


 長いこと戦ってきたから、その経験が囁いたのだろう。


 今のエドを相手にしても、勝てないと。


 ――こんなの、聞いていない………!


 ――こんなの、ありえるの………っ?


 遠くで触手が無くなる感覚が彼女の血を媒体として、魔祖が爆ぜた感覚が彼女を襲う。

 

 それを感じたと同時にまた新しいそれを出して応戦するも、また破壊される感覚。


 何度出してもすぐに壊される。


 これで焦らない方がおかしい。


 そう――ラージェンラは焦っていた。


 きっと人生の中で一番焦っていた。


 焦ってしまうほど、今の状況はまずかった。


 状況からして……、ラージェンラは劣勢に立たされていた。


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「くっそ……っ! 『血塊(ブロット・)魔法(クロット)――『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』』ッ!」


 ラージェンラは唱える。


 いつぞやかガザドラに使った血の蝙蝠達を自分の血を使い、そしてエドの手によって破壊され飛び散ったそれも使って。


 血と言う赤いそれからボコリと湧き上がるそれがどんどん宙に浮かび、形を形成して大きくなっていく。


 巨大になるのではなく、人間サイズになるのではない。


 小さな米粒くらいの血が肥大して、掌よりも少しだけ大きなそれになっていくにつれて形が変わっていく。


 粘土でもこねるように凹んでは浮き上がり、それを何度も繰り返していくにつれて、それは小さな蝙蝠へと姿を変えて、いくつもの赤い蝙蝠が出来上がると……。


「「「「「キィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」」」」」


 赤い蝙蝠達は奇声に近いそれを上げ、威嚇をするように『風獣の神殿』内を反響の地獄へと変えていく。


 反響が反響を生み、それがどんどん不快な音へと変わっていくにつれて、神殿内にいた者達の耳に痛みのない攻撃を与えていく。


 ショーマ達にも。


 ヌィビット達にも。


 味方であるロゼロやフルフィド。


 ハンナ達にもそれが届き、不快感と言う名のそれを無差別に与えていく。


 室内ならでは――外ではない場所だからこそ起こりうる現象。


 しかしそんなことラージェンラは知らない。否――考える余裕などない。そんなことを考える程、今は余裕じゃないのだから。


「さぁ私のしもべ――『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』達よ! ぐっちゃぐっちゃに食い漁りなさいっ! 肉片も残さず食べてて、残りの奴らも「食らいつくすのっ! 可愛い可愛いしもべよ! 私に勝利の美酒を注ぎなさい! 鮮血という名の美酒をっっ!」


 命令と同時に赤い蝙蝠――『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』は目標と言える存在を見つけると、その場所に向かって一斉に飛行して突進していく。


 無数の紅いそれがその場所にいた目標――エドに向かって飛んでくる。


 小さいそれが幾つもの集合体となって襲い掛かる光景は圧巻だ。そして恐ろしくも感じてしまう蝙蝠の群れは暗い空間内で本領を発揮する。


 暗闇に光る眼光はん是か光を帯び、赤黒い体と相まって不気味さを大きくする。


 ガザドラの視点で見た時もそれは圧巻だったが、エド視点で見るとその圧巻は恐怖を駆り立てる。


 おまけに数もガザドラの時よりも多い。


 多いが増している中でも、エドの顔色に変化はない。


 むしろ冷静にそれを見て、襲い掛かって来るそれを見た時、エドがした行動は………。


「ふぅ」


 一呼吸置き、目の前に迫る『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』を見てエドは動く。


 足に力を入れ、全力とはいかずとも、できるだけ力を入れた第一歩を踏むと、そのまま『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の群れの中に向かって走り出す。


 駆け出す速さはキョウヤよりも遅い。普通に走っている人の速度だ。そこは変わらない。


 変わらないが、エドは臆していない。


 恐怖などない。


 むしろあるのは――前を見ている真っ直ぐな目。


 真っ直ぐ見据える視線の先にはエドのことを噛もうとしている数匹の『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』。それが赤い牙を剥き出しにしてエドに食いつこうとしている。


 吸血されるような尖った歯だが、それを見てもエドは臆す事なく、『聖楯アナスタシア』を目の前に向けて突きだし、そのまま『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の群れに突進する。


 猪のように真っ直ぐ、且つ大胆に『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の群れに向かって突進するエド。


 逃げることもしない。かといって何かをしようとしているようには見えない。


 ただ真っ直ぐ見据えて――『がぁんっ!』と大きな音と共に群れの中に突っ込む!


「キィーッッ!」

「ギギィイイイイッ!」

「ギーッ!」

「ギィイイイィ!」


 ガァンッ!


 ゴォンッ! 

 

 ガンッ! 


 バンッ!


 何体もの小動物がぶつかる音と蝙蝠の金切り声が響き、響き渡るそれが終わるとこと切れたかのように地面に落ち――る前に赤い元のそれに戻る『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』だったそれら。


 群れの中に入ったエドを格好の餌だと認識して肩や足、腕に張り付いて噛み付こうとするが、それに対してもエドは的確な対処をする。


 腕に噛み付こうとしていたそれを武骨な柱に向けて潰すように叩きつけ。


 足についたそれは球技をするように足を振るい、味方の『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』に向けて蹴りを入れ、相殺と数を減らすというごり押しをし。


 肩についたそれに関してはオーソドックスに手で頭を掴み、そのまま握り潰す。


 やることは初歩的なことだが、それでもエドは的確に、着々と『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の数を減らしている。


 一瞬見ただけだと数千匹以上もいる様な密度の『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の群れ。


 それを一人で相手にすることはできなくもないが、難しい事かもしれない。


 あのガザドラでも苦戦していた存在なのだ。多対一の中で小動物の大群は人間をも凌駕する恐怖と力を持っている。


 だが、それをものともしないエドの行動は的確だった。


 一体一体確実に。


 そして巻き込むように数匹倒していく。


 流れるように攻撃パターンをいくつか行い、パターンにハマればそのまま追加パターンとして追撃を繰り出す。


 止まることなどない。


 常に動き、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 体に纏わりつく『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』達を迅速かつ的確一体ずつ攻撃する。


 いつか噛まれて傷がつくことなのに、それでも無傷でいることはおかしい話だと思うだろう。


 だが、そのおかしな話が現実となっている。


 ガザドラの様な大胆な倒し方ではない。小さなことをコツコツ行うかのように、冷静に対処をしている。


 それが恐ろしく、そして臆していないその姿を見て彼女は思った。


 ――これは、まるで……。


 ラージェンラは見ていた。


 一体の『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』の目を介してそれを見て、彼女は理解してしまう。


 理解してしまった。


 理解してしまったからこそ、ここで負ける。降参するという選択肢を行いたくなかった。


 独りよがり。


 我儘なことかもしれない。


 しれないが、それでも認めたくなかった。


 今自分が相手にしているのは――次元を超えた存在だということを。


 その目に映る――十字架の後ろに、罰マークがあるその眼を……、退魔魔王族の眼を見せつけているエドのことを見て。


「二つの神器を手にして、魔王族の魔人。しかも……、その魔王族があの退魔魔王族……っ!」


 思わず奥歯に力が入る。


 噛み締める力が入り、どこかで何かが欠けた様な音が聞こえた気がした。


 口腔内に砂利のようなものが混じった感触を感じた。


 だが、そんなことを考える余裕が、ラージェンラにはなかった。


 なぜ? 理由は簡単だ。


 今自分が相手にしている奴は、たとえ混血であろうとも、たとえ微量に血が混じっていたとしても、勝てない存在の血が混じっている存在だったから。


 今まさに『毟り(バッドゥ・)蝙蝠(プロック)』を元の血に戻した存在で、その存在が自分がいる場所を見つめていることに、恐怖を感じたから――

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