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PLAY140 血濡れの天使Ⅲ(ラグナ・ロク)⑤

「おっせーよ」


「?」


 突然京平は言った。


 それはラランフィーナに向けた――のではない。


 その言葉は誰に向けられたのか、ラランフィーナにもわからないこと。


 誰に対して言ったのか?


 そのことに対して考えを巡らせようとした時、ラランフィーナは息をのみ、見開かれた目で何かに気付くと、すぐに背後を見ようと振り向く。


 素早く――一秒でも見て、応戦しないといけない。


 そう思って振り向こうとした。


 もしかしたら、あの小娘が加勢に来たのか。


 もしくは巨人族の亜人が応戦に来てしまったのか?


 後者であれば、ラージェンラが負けたことになる。


 それだけは考えたくない未来予想図だ。


 気持ち悪い何かが喉を通っていく感覚。そして胸の辺りが落ち着いていない。


 ぞわぞわしたその感覚は不安なのか。はたまたは悲しみなのかわからないが、分かることは一つだけある。


 今自分の背後には――誰かがいる。


 だから京平は言ったのだ。


『おせーよ』と。


 ――だとすれば、私がすべきことはたった一つ!


 ――背後にいる奴を殺して、ラージェンラの加勢に向かうっ!


 ――勿論、この蜥蜴も一緒にね!


 ラージェンラは思う。思いながら背後にいるであろうその人物に向けて、『封魔石』製の鎌の切れ味の餌食になってもらおうとした。


 京平の眼に向けていたその手を横殴り――裏拳でもするかのように逆手に持ち替えて、そのまま勢いをつけて、大きく手を広げるように振るう。


 振るい、そのまま突き刺さって死んでくれることを……。


 ――刹那。


                  がぁんっ!


「――っ!?」


 顎に来る衝撃。


 それと同時に来たのは視界の揺れ。


 まるで無重力体験をする球体に入り、そのまま縦横無尽に回ってるかのような視界。


 ラージェンラは顎から来る痛み。そして揺れ動く視界と、正常に機能できていない脳の現状に戸惑いながら目を回す。


 本当にあたまからグラグラしているかのような感覚は初めての経験であり、正直どうなっているのか理解できなかった。


 周りも回りすぎて視点が定まらない。


 言葉にしようにも脳が揺れているせいでうまく喋れない。


 効果音で表すとすれば……、くわん。くわん。である。


 その状態を見て、なおも縛られている状態でいた京平はラランフィーナをこんな風にした張本人に向けて『さんきゅ』と礼を述べて――名を呼んだ。


 白い挑発と、白虎の様な白い獣の手を持つ女性に向けて――


「シロナ――遅かったな」

「しゃーねーだろ。こっちもこっちで大変だったんだ。それにレベルも下がっちまったから遅くなるのは仕方がねーよ」


 白虎の手を持つ女――シロナは溜息を吐きながら呆れるように京平のことを見る。


 衣服はボロボロだが、体の傷はなかったかのように消えている。それを見て京平は内心――リカがやったんだな。と安堵しながらシロナに向けて言う。


 少しだけ違和感を感じた言葉があったが、今はそんなことどうでもいい。


 そう思った京平はシロナに向けて言った。


「そんじゃよ。後はリカの護衛でもしてくれ。俺はこの女を何とかする。一瞬で終わるべ」

「言うと思たよ。お前はいつもそうだな」


 肩を竦めて言うシロナ。それと同時に京平の体に巻き付いていた糸がひとりでに切れ始める。


 べんっ! べんっ! べんっ!


 と――弦が斬れる様な音を出し、その音が京平とシロナの耳に届くと、彼等の背後にいた黒いマントを羽織った人物が剣を元鞘に納めていた。


 すぅーっと鞘に収まる刺突の剣。


 それが音を叩て納刀されると、黒いマントの人物は京平達がいる方向に向けて振り向き――大きな声で叫んだ。


 同時にラランフィーナの意識が正常になると同時に!


「京平っ!」


 黒いマントの男――善は放つ。


 大きな声で、シロナの視界の端で見た後、彼女も善に続いて声を上げる。


 声が出ると同時に京平も地面を蹴り上げていた足に力を入れ、もう一度翼を広げる。


 ばざぁっ! と言う音を聞き、視界も何もかもが良好になったラランフィーナは、それを見てぎょっと目をひん剥く位のではないかと言うくらい驚き、すぐに『封魔石』製の鎌で攻撃しようとした。


 しようとしたが、それも未遂に終わってしまうことに――


「「やれぇえええええっっっ!!」」


 シロナと善が放つ魂の叫び。


 それを聞き、京平は地面を強く、強く蹴り……、キョウヤはよく尻尾のしなりを使って高速で移動するのと同じように、京平も両の足の力――脚力を使って突進を繰り出す。


「っっ!?」


 突進を受けたことでラランフィーナは腹部から来た衝撃と圧迫に負け、同時に背後にあった柱にもひびが入ると――京平は追撃と言わんばかりに大きな翼を一回……、本当に一回だけ羽ばたかせる。


 力強く、大量の空気を風に変えようと、大きく羽ばたかせ――強力な風のエンジンを作り出す!


 ぶぉんっっ!


 と、突風交じりの音が聞こえるや否や、京平がいた場所にはシロナと善しかいない。


 周りにあった石は吹き飛ばされ、柱にもひびが入るほどの威力の突風。


 周りに飛散してしまったそれは脅威とは言えないだろう。すぐに収まってしまう――一瞬の爆発に近い。


 だが……、それを起こした張本人の突進を受けてしまったラランフィーナは、現在進行形で低空飛行を高速で受けている。


 腹部に感じる激痛と圧迫。口に溜まる鉄の味を感じながら彼女はか細くも、真のある声で京平に言葉を放った。


「あ、んた……っ! まさか……、こうなることを……っ!」

「ああ。リカはああ見えてアルケミスト! きっとやってくれると信じていたんだべ」

「信じ、る? でも、その信頼も、すぐにラージェンラ様が、壊してくれるわ……っ!」


 京平の言葉、攻撃を受けてもなお、ラランフィーナは続ける。


 口から出た血などお構いなしに、歯に付着してしまった血の流れを見せながら彼女は哄笑しながら言った。


「あの人は! 強いのっ! だって! 私のことを……、救ってくれる人! この世界を変えてくれる……! 女神様なのっ! 神様なのっ! あんた達なんて一瞬で殺してくれる……っ! あのお友達も」

「あいつは友達じゃねぇ」


 しかし、ラランフィーナの言葉を遮る京平。


 京平は真剣な音色で、ラランフィーナの言葉に対して訂正を提示した。


 あいつは友達じゃない。


 あいつは……。


「あいつは――俺の『相棒』だ!」


 相棒。


 その言葉を強調するように言った京平は、そのままラランフィーナ事体を上へと向けて上昇していく。

 

 緩やかではない。しかし急に上昇していない。


 だんだん上げていくかのようなその飛行にラランフィーナは思った。


 まさか……っ!


 何を思ったのかなど、ここで特に特筆するべきではないだろう。


 誰もが理解してしまう。察してしまう。


 ダンジョン内は洞窟のように狭くはなく、広くもない。その中で上昇していく先には何がある?

 

「っ! あ、ああああああっっ!」


 ラランフィーナは叫ぶ。


 叫び、焦りながら京平の頭を叩く。


 がんがんっと。『封魔石』製の鎌を使うことを忘れ、素手で京平の頭を叩くが、京平は止まる気など一切なく、そのまま上昇していき、ぶわっ! と大きな翼を広げてもう一度急加速を行おうとする。


 それを見てラランフィーナは上ずる声を上げたが、止める気などさらさらない京平。


 怖がるラランフィーナのことを一瞥して、再度行き止まりである場所を見上げながら言った。


 はっきりとした言葉で、迷いなどないその言葉を口にして。


「あいつは俺の『相棒』で、『相棒』は絶対にあの女を倒す。倒れるなんてありえねーんだよ。あいつはあんな風に見えて黒いもん抱えている。抱えているからこそ困っていたらすぐに助けちまうお人よしだ。きっとあの女のこともお人好しで容赦しちまうかもしれねーが、それでもいい。なんてったってあいつが信じたことをしたんだ。俺も信じる。あいつも俺のことを信じてくれたんだかんな」


 俺は、あいつを信じる。


 それが『相棒』ってやつだ。


 そう言い終わると京平はそのままラランフィーナの胴体に噛みつき、咥えた状態で京平は乱暴にラランフィーナを動かす。


「っ!?」


 驚くラランフィーナを無視して京平は首を振るった。


 犬が人形を噛んで振り回すような要領でラランフィーナを振るうと、困惑している彼女をよそに京平はそのまま地面に向けて――振り落とした。


 吐き捨てるように落とされ、それを感じたラランフィーナは一瞬目を点にして素っ頓狂な『え?』を言ったかと思うと、すぐに鈍い音が京平の耳に届いた。


 地面に落とされたラランフィーナを見下ろし、動かないところを見て京平は溜息を吐いてゆっくりと地面に降りていく。


 少しずつワイバーンから人間の姿に戻り、完全に人間に戻った後で尻餅をつきながら京平は――


「っはー! 疲れたー!」


 と、情けなく聞こえてしまうそれを吐いた。


 尻餅をついた状態で再度ラランフィーナのことを見ると、目を回して気絶している様子だ。


 頭を強く打ったのか目を覚ます様子はない。


 確かめて、起きる気配がない事を確認した京平は再度息を吐き――


「流石に女の子を地面にめり込ませるって言う趣味はねーべ」


 と、呆れる溜息を吐きながら肩の力を落とし、そのままエドがいるであろう場所を見つめると、京平のことを見つけて駆け寄るシロナと善。


「おーい! 京平ー!」

「!」


 シロナの声を聞いた京平は声がした背後に視線を向ける。


 振り向いて二人のことを見ると、二人は座り込んでいる京平に駆け寄り、再度口を開いたシロナは後ろの方に向けて親指を向けて言う。


「リカはあっちだ。『隠れろ』って言っておいたから」


 なんとも箇条書きのように雑にとめられた言葉だろうか。


 しかしそれを聞いた京平は疲れた笑みを浮かべて『おう」と言い、胡坐をかいてからシロナ達に聞く。


 ここに二人が来てくれた。


 それが意味することを二人に伝えて――


「やっぱり、リカの力ってことか。ならあれは……」

「多分、()()()の『詠唱』」


 京平の言葉を理解していたのか、滅多にしゃべることがない善は一言言うと、それを聞いていたシロナも頷きながら京平に言った。


 自分達の身に起きたことを、あの後リカが何をしたのかを京平に伝えるために……。


「確かに、あの時アタシ達は死にかけた。てか死んでいたかもしれない。感覚もなくて、なんだか眠いような気持ちでいた。正直あまり覚えていないんだけど、目が覚めたらリカがいて、アタシ達のことを見てリカは泣いて喜んでいたよ。『生き返った』とか、『成功した』とか言っていたけど……」

「なるなー。だから蘇生系ってことか」


 シロナの言葉に偽りは感じられない。


 嘘などない言葉を聞いた京平は納得しながら善が言った言葉に対して理解した。


 だから蘇生系か。と――


「リカの所属は『アルケミスト』。あの『詠唱』もそれ系列ってことか」

「ドラグーン王から()()()としてもらっていた……、『残り香』討伐報酬の『詠唱結合書』。あれがそうだったんだろうな。おかげで助かった」


 そう――エド達はあの時……、『残り香』討伐の際、前払いとしてドラグーン王から『詠唱結合書』をもらっていたのだ。


 報酬に関しては通常後払いが主流なのだが、ドラグーン王はその時、何故か前払いとして報酬をエド達に渡していたのだ。


 何故渡したのか。


 何故前払いとして渡したのか。


 真相は分からなかったエド達だったが、貰ってしまったのだからやるほか選択肢はないということで、『残り香』討伐を行っていた。


 その時貰った『詠唱結合書』がまさかのアタリで、それもリカが使える『詠唱』だった。


 ――偶然にしては出来過ぎてる。


 ――だが、その偶然のおかげで助かった。


 そう京平は思いながらシロナ達を再度見る。


 外見はあまり変わっていない。無傷状態のままだと思いながら見て言う。


『よかった。安心した』。と言う気持ちを伝えるために。


「蘇生ってことは、メディックの『蘇生(リザレクション)』と同じじゃねーか。それと同等の力を持ったってことか。リカは」

「いや――蘇生は蘇生でも、リカが使った蘇生系の『詠唱』は代償があるみたいで、()()()()()()()()……()()()()()()()()

「………あ。マジか」


 シロナの重苦しい言葉を聞いた京平は、一瞬目を点にしたが、すぐに元の顔に戻って善に聞くと、善は頷きながら右手首についているバングルを――電子文字で『LEVEL:41』と書かれているバングルを見せる。


「マジか……。まぁ命あってこそだかんな。仕方ねーって。また上げ直せ」

「それまでアタシらはお前の腰掛だな」

「ん」

「『サポートに回るから安心しろ』って」

「へーへー」


 シロナと善の話を聞き、京平はリカの『詠唱』のデメリットを知ると同時に、このタッグなら大丈夫かと言う安心感を感じ始めていた。


 多分この二人は長く生き残れるという、あてのない何かを感じていたから。


 そして――何度も死んだ時よりもこの状況はまだまだ絶望的ではないと確信していたから。


 ゆえにあまり深く考えずに京平は頷き、エドがいるであろう方向に視線を向けながら呟いた。


 小さく、小さく呟いて――


「あとはオメーだけだべ。相棒」



 ◆     ◆



「しっかし、よく生き残れたなー。あのまま生き残れなかったら新しく二人加入させるつも」

「オメーアタシに対して言った言葉、忘れてねーからな? 悪かったなアタシ死ななくて。悪かったなー。お前好みのスタイルじゃなくて」

「すんません」


 呟いた後、場を和ませようとした結果――逆効果になったことは関係のない話……。

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