PLAY140 血濡れの天使Ⅲ(ラグナ・ロク)②
エドの手には『聖槍』の名を持つ槍――ブリューナク。
この武器はこの世界に三つしかない聖武器と言う幻の武器であり、アズールの世界の人からすれば神器と言う名を持っている。
神の武器。
それじゃアズールの世界の大昔の逸話にも残っている事実。
神が作り、神に認められたものしか使うことができない神器――それこそが聖武器。
神聖にして選ばれた者が使える武器の存在をこの目で見た瞬間、ラージェンラは内心驚いていた。
なぜ冒険者風情がその武器を持っているのか。
――ではない。
彼女が思ったことはこうだ。
――なんで天界の神が鍛えた武器を、絶対に選ばれないと思っていた武器がここにあるの?
と。
何故そう思ったのか。
それを話す――ことは今はできない。
なぜなのか?
理由など話さなくても分かること。
何故なら――現在進行形で命の危機なのだから。
◆ ◆
「んんんっっ!」
迫り来る槍の切っ先を見たラージェンラはすぐに口の中で意図的に傷を作り、うねり出していた血をブリューナクの矛先に向ける。
しなりを利かせたそれは蛸の足のようにくねらせ、エドの武器を止めるために血の触手を絡ませていく。
しゅるりしゅるり! と――絡めて雁字搦めにするかのように複雑に絡ませて、このままエドの動きに隙を生ませようとした。
武器が動けない状況になれば、誰でも驚いて固まってしまう。
色んな敵と戦い、そして勝ってきたラージェンラだからこそ、熟練者だからこそ分かる心理。なのだが……。
――がちゃぁんっ!
「――っっ!?」
突然横から割り込むようにしてきた赤黒い液体が入った小瓶。
それは見事にラージェンラが作った血の触手に当たり、耐久力皆無のガラスの瓶は簡単に壊れてエドの足元に散らばって落ちていく。
残った赤黒い液体はそのままラージェンラが作った血の触手に付着して滴らせていく。
よくある水をかけた時と同じ光景だが、今回は違うところがあった。
「っ!? んんんんんっっ!?」
ラージェンラがくぐもった声を出しながら――エドに口を塞がれながら叫びをあげている。それを見ていたエドは一体何があったのかと思いながら視線をブリューナクの切っ先に向けると――
エドは目を見開く。
ブリューナクの切っ先に巻き付いていた血の触手から、焼け焦げた痕が少しずつ浮かび上がってきたのだから。
焼けている音はしていない。だが焦げているそれは、まるで火傷。
火傷の痕のように浮かび上がってくそれを見て――まさかと思ったその時……。
「――『火傷薬』だよっ!」
「! リカ!」
声がした方角に視線をやるエド。それは京平にも聞こえていて、視線を向けると投げた体制のままでいたリカがいた。
泣きそうな気持を堪える様な歪んだ顔。それは恐怖も入り混じっており、不安も浮き彫りになっているせいでいつものリカとはかけ離れたものとなっている。
だがリカはそんな顔を向けながらも、エドに向けて激励の言葉を放つ。
やるべきことはある。だが今は勇気を振り絞ってこれを言いたい――!
そう思いながらリカは叫ぶ。
「エド! 京平! こっちは任せてっ! 絶対に絶対にぜーったいにっ! シロナと善を助けるからっ! みんな一緒に、笑顔で帰れるように、リカも頑張るからっ!」
だから――二人も負けないでっ!
リカは叫ぶ。
純粋で真っ直ぐな応援の言葉を。
その言葉を聞いたエドと京平は驚きながらも心の奥から感じる何かを感じ、励ましともいえる様な、否――激励のそれを聞いた二人は無言だが、リカのことを見て頷きと言う『肯定』を、『わかった』と言う意志を込めた頷きを見せた。
言葉にしたいが、今はそれをする暇はない。
言葉をかけてしまえば、声をかけてしまうと力が抜けてしまう。
抜けてしまったら、などと言う事は万が一に等しいのだが、戦いの中で油断は禁物。だから気は抜かないように頷くだけに留める。
それを見ていたリカは一瞬綻んだ顔を見せそうになったが、すぐに引き締まった顔に変えて踵を返すように自分の武器がある場所に向かって浮遊して行く光景を見ていたラージェンラは、すぐに頭を回転させて理解する。
リカが何かをしようとしていることを。
実際は、半狂乱の中で何かを言っていたことを思い出しただけで、それを思い出した瞬間彼女は塞がれた口でラランフィーナのことを見て叫ぶ。
「ンンンンゥフゥッッ!」
塞がった言葉にならない声の所為で何を言っているのかわからなかった。
「っ!? あ、はいっ! わかりましたラージェンラ様っ!」
「っ!」
だが聞いていたラランフィーナは流石と言うべきか、彼女の側近ゆえにすぐに察し、京平から視線を逸らしてリカに向かって駆け出す。
髪の毛に括り付けていた『封魔石』製の小さな鎌を出し、瘴輝石の回数を節約しながら彼女は跳躍しながら回転を行い――さながらフィギュアスケート選手のアクセルを行いながら回転をし、リカに向けて攻撃を繰り出そうとした。
ひゅるんっ! と、空気を裂く音がリカの背後から放たれるが、肝心の人物はそれを無視している。
京平はラランフィーナが走った瞬間追う様に駆け出して (飛びながら)いるが、それでも焦りはない。
エドも焦りなど見せず、ただリカたちのことを横目で見ているだけで、自分の足元で咳込みながら息を荒く吐いては吸ってを繰り返しているラージェンラのことを攻撃しようと槍を構えているだけ。
拘束していた血の触手は無くなったからいつでも攻撃はできる。
しかしそれはしない。
すぐにしてしまってはいけない。ここで攻撃を――致命的なそれを放ってはいけない。
やるべきことがある。それが終わるまでは、彼女を致命傷にさせてはいけない。
そう思ったエドはリカのことを見て、京平のことを見た後――安心できると確信し、視線をラージェンラに向け……。
「聞きたいことがあるんだ」
と、攻撃せずエドは聞いたのだ。
敵であるラージェンラに向けて。
「?」
突然の質問にラージェンラは驚きの声をくぐもった状態で出すが、エドは手を離す気はない様子で彼女に聞く。
敵意はあるが攻撃をする素振りはない。
聖槍は手に持った状態で止まっている。
いつでも攻撃できるにも関わらず、エドはそれをしない。
そのことに理解できない顔を浮かべながらラージェンラは見ていたが、彼女の意思を見て察したのか、エドは槍を視界の端で一瞥しながらこう言った。
「ああ、元々攻撃なんてする気はなかった。これはただの脅しというか……、顔を傷つけるなんて、女の人の顔を傷つけることは人として最低だからしないから安心して。おれはただ、聞きたかっただけなんだ。どうしてそんなに怖がっているのか。おれに対してと言うわけじゃない。男性に対して、異常な恐怖を抱いているのはどうしてなんだって、聞きたかっただけなんだ」
「ん………。んんん………っ!」
エドの言葉を聞いたラージェンラは、エドの手をどかそうと両手で彼の手首を掴んでもがき始める。
血の魔祖を使うことはできるが、今はまだ痛くてできないが故、自分の非力な腕力でなんとかしようともがくラージェンラ。
リカが放り投げた『火傷薬』が彼女の血に触れたことで、ラージェンラの血が軽いやけどの様な状態になってしまったのだ。無理もない。
血液が火傷をするのはおかしいかもしれないが、血液はラージェンラにとって魔祖であり力であり、自分の体の一部なのだ。
ところどころで内側から火傷のように熱く、言いようのない痛みとむず痒いという感覚は早々体験しないだろうが、それを口の中を切った血から入ってきて、彼女は体験している。
だから口の中でやけどをしたかのように口の中を冷やそうとしているのだが、それを阻止しているエドの所為でうまく熱が逃げない。
逃げないからこそうまく魔祖が出せない。
想像しても創造できなければ意味がない状態の中――ラージェンラは必死になって言葉を発する。
発した言葉は善の様な言葉。
言葉を忘れてしまった人のように唸ることしかできない。くぐもった声を出すことしかできない。
足掻くその光景を見ながらエドは内心心が痛み始める。
(正直、これはおれがこの人にひどい事をしようとしているみたいだ)
(いや、現在進行形でそうしているから、未遂なんていえない)
(口、無我夢中で塞いでしまったけど、これ……、痛いよね……?)
(いや痛いはずだ。おれだって痛いよこれは)
エドは思う。これは流石にだめだったと。
無我夢中で形勢を逆転したかった。状況を変えたい一心でラージェンラに掴みかかった結果がこれだ。
女性相手にこれはやっては駄目だったかもしれない。
無我夢中であったとしても、これはな……。
そう思いながらエドは目を閉じ、意を決するように開けると、彼女の口を塞いでいたその手をそっとどかした。
細心の注意は払うつもりでいる。
かつ攻撃を仕掛けたらその時点でなんとかするつもりでいた。だから手を離した。
離して、話をするために再度口を開こうとした時――ラージェンラは言う。
口から赤黒いそれを流しながら……。
「恐怖? そんなものじゃないわ」
私が抱いているのは――憎悪のみ!
瞬間、ラージェンラの口から放たれる赤黒い槍。
空気に穴を開けるようにそれはエドの目の前に向かって放たれ、それを見たエドは反射を使って顔を横にずらして躱す。
躱し、顔の横すれすれ――頬を切り裂いてしまう距離ギリギリのところ。
幸いエドは鉄のマスクをしていたこともあって頬に傷はつかず、どころかマスクを掠めて気道が逸れていき、そのままあらぬ方向に向かっていき、岩の天井に突き刺さる。
突き刺さる音と同時に岩の天井が崩れていく音が聞こえる。
薄暗いせいでどうなっているかわからないが、それを聞いたエドは内心危ないと思いながら避けれてよかったを安堵し――
油断してしまい彼女の自由を許してしまった。
「――っ!?」
突然来た視界の回転。
しかもそれは後転した時の回転で、それが突然来た時エドは驚きながら背中から転げてしまう。
どてっと間の抜けた音がエドの背中から聞こえ、それと同時に「いで」と言うエドの間の抜けた声が聞こえると、それを聞いていた京平は遠くで「ばかやろぉーっ!」と怒りのそれを放つ。
放った声を聞きながらエドは届かない背中をさすりながら起き上がり、痛みを訴えるそれ吐いていると、正面からラージェンラの怒声が響き渡るように放たれる。
「私が抱いているのが恐怖? そうね。最初はそうだったかもしれない。でも……あなたに何がわかるの? 何を根拠にしてそう思ったの? あなたは余所者でこの国との接点なんて利益以外何もない。金目的で来ただけの稼ぎ者でしょ?」
立ち上がり、口の端についているそれを乱暴に腕で拭うラージェンラ。
倒れていた時、口に溜まっていた血が無くなっているそれを見たエドはようやく、あの時放たれたものが血で、リカのファインプレーも無駄になってしまったことを理解した。
(『火傷薬』が混じった血を放つことで、火傷の状態を無理矢理無くしたんだ。簡単でわかりやすいけど、まさかそんなことができるとは思わなかったな………)
簡単でわかりやすい。
しかし想定まではしていなかった。
そもそもできないだろうと思っていたからしないだろうと踏んだのが仇になった。
そうエドは思いながら届かない背中をさすりながら立ち上がる。
火傷の状態にするアイテムだが、それは彼女の血に混じってしまっただけで、彼女の体に付着していない。
体に微量でも付着していればよかったかもしれないが、それが血液だけだったことで、ラージェンラもすぐに対処できたのだろう。
血液は液体。
液体で液体に混じっていれば、それを体の外に出せばいい。
出血するように、体外に出せば解決する。
だから彼女は血の槍を口から放ち、液体が混じっている血を抜いたのだ。
毒抜きならぬ『火傷薬』抜き。
荒療治だが動けるのだからやり方は会っているのだろう。
そう思いながらエドは立ち上がると、聖槍と聖楯を手にしてラージェンラのことを見て構えを取る。
槍を持つ騎士の見様見真似だが、それでも様になるように槍の先を前に出して構えるエド。そんな彼を見ながらラージェンラは目を細め、小さく舌打ちを零した後、彼女はエドのことを見て言った。
心底理解できない。嫌悪しかない。吐き気しか出ないそれを吐き捨てながら――
「そんな稼ぎ者の分際で、まさか天界で鍛えられた聖武器を使うことができるなんて……。しかも二つ。異例だわ」
「異例? これが?」
ラージェンラの言葉を聞いたエドは驚きつつも、内心は(レア武器ってだけじゃ……?)と思いながら聖楯と聖槍を一瞥する。
どう異例なのか。
王道の天界を知らない故の疑問を抱きながら心の中で首を傾げていると、それを見て先ほどよりも呆れてしまう様な感情――否、苛立ちを加速させながらラージェンラは言った。
エドが持っている二つの武器を指さして……。
「そうよっ。それは選ばれた者にしか扱えないもので、一つしか手にすることができない代物。神が鍛えた武器を二つ持つなんて……、おかしいにもほどがある」
「いや……それは」
「おまけにあなたは余所者。この世界が作った物を扱うこと自体おかしい。聖剣は分かるけど、どこぞの奴かもわからない奴が、この国の至高なる神器を手にして、あろうことかそれを二つも所持しているなんて」
どうかしている。
本当にその言葉を吐き捨てるようにラージェンラは言う。
そしてエドのことを見て、徐に右腕を口元に近付け、腕に勢いよく噛み付くラージェンラ。
ぶちぃっ! と肉が千切れる音が聞こえ、それと同時に彼女の口の周りから勢いよく――命を宿したかのように血の触手が姿を現す。
液体が噴出している音と共にラージェンラは噛み付きを止め、血まみれになった唇を優しく人差し指で拭い、色気を醸し出しながら彼女は言った。
背景のおどろおどろしさと釣り合わない気品と妖艶、そして狂気の微笑みを浮かべ――
「さっき言っていたわよね? 話しがしたいって。答えはノー。話すことは何もない。あなたに与えるのは、教えるのは――絶望と屈辱、そして屈服と絶望だけ」
ラージェンラは言う。
話す気などないそれを示すそれ口にして。
一見すればパニック映画のような光景。
それを見ながらエドは昔見た映画のことを思い出していたが、そんなことはすぐに頭の片隅に追いやり、血の魔法を出したラージェンラに向けて、もう一度言う。
敵意はある。しかし殺す気はない。
話したいそれを心に決めて――
「いや………、おれは話したい。もう……後悔はしたくないんだ。話せなかった後のことを、もう体験したくないから」
意味深にも聞こえてしまう言葉。
それを聞いていた京平はエドに視線を移さないまま前を向いている。
リカに至っては聞こえていない。
エドの言葉を聞いていたラージェンラは、呆れと哄笑を浮かべ、背後の血の触手に合図を送るように人差し指を出し、その先をエドに向けて冷たく言い放つ。
「意味わからない」
至極真っ当な言葉が放たれると同時に、血の触手が一斉にエドに向かって襲い掛かって来た!