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PLAY140 血濡れの天使Ⅲ(ラグナ・ロク)①

(なんで?)


 エドは思った。


 締め付けられる首の圧迫を感じながら、圧迫されて行き、頭蓋骨がどんどん肥大していくような錯覚を感じながら思った。



 ◆     ◆



「綺麗事なんてぬかすな猿もどきぃいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」


 その声を聞いたエドと京平。そして不安に駆られていたリカは驚きの目を向け、ラランフィーナでさえも初めてだったのだろう。彼女の声を聞いて驚きのそれを表し、か細い声でラージェンラの名を呼んでいる。


 しかし、そんな側近の声など聞いていない。


 否――目の前にいるエドしか見ていない。エドの声しか聞こえていない一方通行の様な感覚になってしまったラージェンラは、彼の首を両の手で締め付けながら荒げる。


(苦しい)


「何偉そうなことを抜かしてんだっ! なに紳士ぶってんだくそ猿っ! 自分のことしか考えていなくそ野郎の分際でぇ! 綺麗事さえいえば私がすんなり落ちるとでも思ってんのかぁっ!? ふざけんじゃねぇよくそのっぽぉっ!」

「………っ! か………! あ………っ!」


 エドの腹に跨り、馬乗りになりながら締め付けるその様は狂気しか思い浮かばない状況だ。


 ギリギリ締め付けられるそれは怒りしか感じられない――否、憎しみしか感じられない様な締め付け。


(頭が膨らんでいくような、風船になりかけているような感覚)


(これが、絞殺された時の感覚なのかな……?)


(正直、これは嫌だなぁ……)


(爆発しそうで、顔に熱が集まっている……)


 どんどん頭に血が上り、もしかしたら頭に血が集まって爆発してしまうのではないか? という支離滅裂な思考が出そうになる。


(絞め殺されそうになっているのに、爆発する。思考回路が滅茶苦茶だ)


(こんなこと、普通は考えない……)


(巨人族の亜人だからかな? それともマスクのお陰で締め付けに時間がかかっているのかな?)


(それでも、苦しいな……)


(苦しいのに、走馬灯は都合直現れないんだな……)


 思考が定まっていない。そんな状況の中でもエドは彼女の顔を見る。


(強いな……、彼女の締め付ける力)


(女性でも、押し付けるように、やれば、大の男でも、首絞めできるかな……?)


(あれ? でも、ここで死んだら、だめだ)


(みちゃったら、もうぽっくりできない……)


(どうして、なんだ……?)


 狭まる視界の中、酸素が枯渇しているという状況下でも、彼はただ一心にラージェンラのことを捉えていた。


 締め付けられ、言葉にできないような圧迫感を感じながらエドは思った。


(なぜ、彼女は、()()()()()()()……?)


 と………。


 ◆     ◆


「らー……、じぇ」


 奥歯から聞こえる接触の音。


 カチカチ鳴り響くそれを奏でていたラランフィーナは、ラージェンラの変わりように困惑した面持ちで見つめてしまう。


 京平もその光景を見て、リカもその光景を見て固まってしまった。


 なにせ――『レギオン』リーダーのエドがラージェンラの手によって首を絞められているのだ。


 魔女の力など使わない。純粋にして恐怖を与えやすい――手による絞殺。


 女性の体だからエドは大丈夫。なんていう言葉はない。


 どころかラージェンラの様な魔女であれば、隙を突いて血を使って首を圧し折ることも簡単。否――むしろもっと惨い事が可能だ。


「あ、え」


 エドの危機を見てしまったリカは、震える瞳孔と動きをして、ゆっくりと、よろめく浮遊をしてエドの所に向かおうとしていた。


 ふらふらと、移転が定まっていない酔っ払いの動きのように近付こうとしていた時――


「リカァッッ!! 『大事な物ポケット』ッッ!」


 京平は叫んだ。


 リカに向けて、リカにしかわからない言葉を向けると、それを聞いたリカははっとして向かおうとしていた動きを止める。


 止めて、京平はリカがいる方向に視線を向けず、エドに視線を向けた状態で荒げた声を放った。


 否――これは荒げていない。


 この声は、奮い立たせるための――鼓舞の声。


()()()()()()()()()()()あっただろぉっ!? あれを使えっ! あれは、()()()()()()使()()()()()! あれがあればきっとこの状況は形勢逆転できるっ!」

「あれ………? でもエド」

「エドのことは大丈夫だっ! それは相棒の俺が一番よく知っているっ! あいつはあんな女の発狂で死ぬ様な奴じゃねぇっ! あいつはあいつで、とんでもねぇガッツを持った奴なんだ! 信じろリカッ! んでもって――シロナと善を救えっ! オメーにしかできねぇことだぁ!」


 きばれぇっっ!!


 京平は言う。


 リカの心を奮い立たせるその声を放って――かつ彼女のことを勇気づけるために親指を突き立てるグーサインを出して言った。


 リカたちの時代で言えば少々古臭い動作かもしれない。


 それでもリカは京平のお言葉をしっかり聞いた後、下唇を噤むと、一度深呼吸をした後――大きく頷く姿を京平に見せた。


 コクンッ。


 と頷いた後、リカはすぐに踵を自分の武器が置いてあるところに返して進んでいく。


 優待であるがゆえに浮きながら移動しているので、足音は聞こえない。聞こえないことが功を奏したのか、ラランフィーナも追い打ちをかけることはなかった。


 勿論――ラージェンラもだ。


 いや、どころか………。


 ――こんな状況で、リカを相手にする暇なんてないだろうな。


 少しだけ納得してしまう状況の中、京平は周りを見て思った。


 親玉でもあるラージェンラはエドの首を絞めて半狂乱状態。


 そんな彼女のことを信頼していた部下は放心状態。


 見たことがなかったが故の衝撃。


 だから固まってしまった。茫然としてしまった。


 今まで見てきてぃとの豹変は衝撃が大きすぎることは、自分も体験したことがあるからよく知っている。

 

 知っているからこそ納得してしまった京平だが、それでもエドに対して加勢はしなかった。


 助太刀はおろか、足すら動かしていない。


 まるで助けに行く気などさらさらないかのような佇まいだ。


 苦しんでいるエドを助けないのはどうしてなのか? 


 その疑問は誰もが抱くことかもしれない。『相棒』なら助けろと言う人もいるかもしれない。しかし、京平は敢えてそれをしなかった。


『相棒』だからそれをしなかった。の方が正しい。


 助けるなんてことは最初こそあった。最初だけは助けていたこともあり、助けられていた。


 だが京平とエドは後にこんなことを約束したのだ。


『もし、本当にもしどちらかがピンチな時があるとしても、絶対に手を出さないこことにしよう』


 提案したのはエド。


 エドの提案を聞いた京平は怪訝そうな顔をしながら『俺に助けられることはそんなにいやか』と聞くと、エドは即答して『違う』と言い――続けてこう言ったのだ。


『どちらかがピンチな時、そのピンチに駆けつけて、最悪二人とも死んでしまったら元も子もないだろう? ならいっそのこと、おれ『あ、これは死んだ』とかそうだな……、地面かどこでもいいから、三回タップしたら敵を討つ形で背後から襲い掛かってほしいんだ。勿論逆も然りだ。京平がやばくなりそうで、三回タップしたらおれが奇襲を仕掛ける。友情は美しいけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 もっともな意見だ。


 そう京平は思い、その提案に対して快く受け入れることにした結果――京平は現在ピンチに陥っているエドのことを見ながら気づかれないようにラージェンラの背後に回り込む。


 幸い――ラランフィーナは尻餅をついた状態で戦意喪失している。


 動くなら今の内。


 慎重に、且つ大段に、音を立てずに京平は動く。


 ――タップは……、なし。


 合図となるタップを確認しながらラージェンラの背後に回り込む京平。


 ワイバーンの姿のまま、器用に足音を立てずに歩むその姿は非日常の光景――異常な光景だろうが、そんなことどうでもいい。


 今、別々の場所で色んな奴らが戦っているのだ。形振りなんて構っていいられない。


 エドが抗っている。まだ生きている。


 傍観している側からすれば見たくない光景だが、エドがタップしたらすぐに攻撃を仕掛けなければいけないので、背けるわけにはいかない。


 ――まぁ、あいつがやられるなんて、そうそうありえねーっ!


 京平は心の中で笑みを浮かべる。


 やられるわけがない。


 どこからそんな自信が出るのかわからない感情を抱きながら、京平は臨戦態勢を構える。


 ワイバーンの翼を少しだけ広げ、いつでも突進できるように準備をし、内心はエドはやられない。俺は信じている! と、絶対の信頼を抱いて――


 そう思い、構えたその瞬間……。


 エドの手が、ラージェンラの手に伸びてきた。



 ◆     ◆



(早く………)


 エドは動く。


 おぼろげになる視界の中、膨張して熱くなる頭に対して、爆発してしまうのではないかと言う不安と恐怖を抱きながら、エドは手を伸ばそうとした。


 震える手に力を入れ、自分の首を絞めている彼女に向けて伸ばすように……ではなく、彼女の手に向けてその手を伸ばしながらエドは思った。


 本能で分かってしまう――これ以上耐えることは不可能だということを自覚しながら……。


(早く……、この女の暴走を止めないと……)


(まだ……、答えも聞いていないんだ! こんなところで、絞殺されるなんて、御免だ……!)


 そう――彼は聞いていた。


 あの時、ラージェンラに向けて、彼女が暴走する前にエドは聞いていたのを覚えているだろうか?


 エドは彼女に聞いていた。それはラージェンラが言った言葉に対しての否定と訂正を込めた後の疑問だったのだが、その疑問を言い放った後、彼女は半狂乱になってしまった。ゆえに質問の答えはまだ聞いていない。


 というか都有で絞められたので聞くこともできなかった。


 エドは彼女に聞いた。


『どうしておれが仲間を売るのかもわからない。その思考がわからない。だから教えてほしい。お前は』


 それ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。できなかったが、彼女はその言葉を言おうとした時、何かを感じて、本能としてエドのことを殺そうとしたのだ。


 魔法を使うといった頭を使う方法ではなく、本能的に、感情的な行動として――首を絞めるという行動をして。


 その行動を見たエドは――()()()()()


 この行動を行った人のことを。


(ああ、そうか……)


(おれは、またやってしまったんだ……)


 またやってしまった。


 後悔の念を込め、エドは震えている手を必死になって伸ばし、酸欠になりかけてしまっている世界の中――エドは思い出していく。


(これは、走馬灯と言うものなのかな……?)


(これが出ているということは……、おれは、死に向かっているってことか……?)


(酸欠で、このまま窒息して死ぬってことか……。流石にこの世界で現実的な死に方は笑えないな……。せめて何かに食われて、痛いと思いながら一瞬で殺されたかったよ)


(『残り香』の時の方がまだマシな死に方だったなぁ………)


(でも、今は死にたくないな……)


 死にたくない。


 当たり前の思考の中エドは震える手をラージェンラの手に向けて伸ば――さず、彼女の顔面に向けて勢いをつけた手の伸ばしを行い、そのまま鷲掴みにするようにラージェンラの顔を掴んだ。


「っっ!?」

 

 よく言うアイアンクローのように、がっしりと指先にも力を入れ、驚くラージェンラの隙を突いて、エドは起き上がる。


「お前がっ!」


 腹筋を駆使した起き上がりをするエド。その反動で馬乗りになっていたラージェンラの体制が崩れ。


「何を!」


 崩れた瞬間、エドの首から離れてしまう両の手。


「経験してきたのかは!」


 気道が確保されたことで不足していた酸素を吸いながら――エドは言う。


「おれには!」


 語気を強めるその声と共に、エドはラージェンラに覆い被さるように前のめりになって、重力に従ってエドはラージェンラのことを押し倒――


「わからない!」


 ――す前に、足を振り上げて倒れる動作を強制的に解除するエド。


 がんっ! と踏みつける音と同時に聞こえた、地面にめり込んだような振動と軋む音。


 軋みはエドの骨から聞こえたものだが、そんなことお構いなしにエドは言った。


「分からないけど……っ! それでもお前がしようとしていることを、あなた達が今しようとしていることを止めないといけないっ!」

「――っ! むぐ………っ!」


 エドの手によって塞がれてしまった口で何かを言うラージェンラ。五指から伝わる強さも相まって、脂汗をながらしながら彼女は何かを言おうとしたが何も言えない。


 エドの手によって強く、強く顔を掴まれて押し倒されている状況になっているのだから。


 形勢逆転――に見えるが、若干エドの体から悲鳴が出そうな体制になっているのは言うまでもない。だがそんなことを言う暇なんてない。これしか思いつかなかったが故の体制で、このまま手を突いて押し倒すような体制になったら、それはそれでラージェンラの感情を搔き乱してしまう。


 そう思ったからこそエドは押し倒すような体制を取らないように徹した結果――こうなった。


「あ、ラージェ……」


 その光景を見ていたラランフィーナもようやく意識を取り戻して立ち上がろうとしたが、その前に立ちふさがる魔物の男。


 ばさりと大きな翼を広げ、挑発の声を上げながら彼はラランフィーナの前に立ちふさがる。


「おうおうおう! この先は通さねーべっ!」

「っ! おま……えぇ………っ!」


 物理的通せんぼをしてラランフィーナの行く手を阻むワイバーン姿の京平。


 そんな彼等を一瞥しながら『例の物』を探そうとするリカ。


 ――早く探さないと。()()を見つけて、シロナと善を!


 京平に言われたことを頭の中で思い返しながら、リカは進んでいく。


 自分の乗り物となっていた武器に向かって、浮遊しながら……。


 

 ◆     ◆



 それぞれがするべきことをしようとする。


 それぞれが成すべきことをしようとする。


 リカはシロナと善を助けるために。


 京平はエドの妨害を防ぐためにラランフィーナの妨害をし。


 ラランフィーナはラージェンラために助太刀に向かうために。


 ラージェンラはエドを殺すために。


 エドはラージェンラを止めるために。


「お前が嫌っている何かは、大体わかった。なら――おれのことも憎いんだろうっ? 同じと思っているなら、このままおれのことを殺せ」

「むぐ!」


 エドは言う。はっきりとした物言いで断言するその目を見たラージェンラが、驚きの顔をして見て、言葉を失ってしまった。


 似ていたからだ。


 エドの真っ直ぐな目と、アントロディオスの真っ直ぐな目が、重なって見えてしまうほど似ていた。


 似ていたことに驚きを隠せなかったが、すぐに現実に戻ってラージェンラは自分の顔を掴んでいる手に両の手を添えてエドの手越しに奥歯を噛みしめ、口の中を意図的に噛み千切る。

 

 頬の裏側を強く噛み、流れる血を使って彼女はエドへの返答を行動で示した。


 エドの手からウゾウゾとはみ出て来る――赤い軟体動物を見せつけ、『殺すなんて簡単だ』と言わんばかりの挑発を込めてエドを睨みつける。


「………元々こうするつもりだったんだ。今更って感じだけど――なぁっっ!」


 ラージェンラの挑発を見て、溜息交じりのそれを吐きながらエドは手にしていた聖槍を軽く一回転させ、その切っ先の行く先を捉えるためにがっしりと掴み……。


 エドはその横殴りの攻撃を繰り出すように、槍の横殴りを繰り出した。


 規格外の行動ともいえる様な、その行動をラージェンラに向けて――!

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