PLAY139 血濡れの天使Ⅱ(フコウノハンセイ)⑤
『矯正』が終わってからのことは曖昧で、正直この時の私は壊れていたのかもしれない。
いいえ。壊れていて、記憶が変なのよ。
虫食いのように記憶があったりなかったりしているの。
多分だけど、『矯正』されている時に精神的に狂ってしまったんでしょうね………。自分でもわからないから、これは考察でしかない。
考察でしかないけど、それでもわかることだけは話すわ。
それで気が済むならいいけど。
『矯正』されている期間が長かったせいで、色んなことが世界では起きていた。
大きな事件はさておいてだけど、私は『矯正』されている間に、みんなはどうなったかと言うと、多分私しか残っていない状態だったわ。
そう。みんな死んだの。
殺されたの。
謀殺。
この言葉が最も正しい方だわ。
そうよ――『矯正』と称して、反発していた私達組織は壊滅した。
『矯正』と称して、みんな処刑されてしまった。
残ったのは……私だけになってしまったの。
生き残っているからこそ、何かができるとか、そんなこと思うでしょう? 現にガザドラだって抗ってきたんだからできるに決まっているって、あなたは思うでしょう?
でもね、私は出来なかった。
それをする気力がなかった。
色んな『矯正』と言う名の拷問は、私の神力をすり減らし、トラウマを植え付ける程の行いだった。
そう。トラウマとして私を苦しめてきたから、表立って歩くなんてできなかった。
空き家に引きこもって、来ないはずのみんなの帰りを、みんなが助けに来るのをじっと待つことしかできなかった。
縋りたかったの。
自分しかいないという寂しさを、悲しさを紛らわすために、逃げるために……。
でも、それを許さなかったのは――天界の天使の言葉。
世間話として語られたその言葉の数々が、私を苦しめていた。
『あの女『矯正』を受けたらしいわ』
『『矯正』っ? 本当なのっ? まさかあの女もあの輩達と一緒の……っ?』
『らしいわ。あぁ汚らわしい……っ! こんな穢れたものが近くにいただなんて……っ』
心にもない事を言うと思うでしょう? でもね……、天使は穢れてはいけないの。汚された瞬間、私達は天使でなくなってしまう。母のように、迫害の対象となってしまうの。ゴミと同じ立場になってしまう。
汚れなんて一切ない天界と言う白い世界にできてしまったゴミと言う名の汚れ。
それが私だった。
前は母で、前は私達組織で、次が私になった。
私は言葉の刃に苦しめられてきた。
引き籠っても、聞こえるようにその場所で話しては嘲笑う。
穢れていないのに、穢れていると言われる。穢れているのはお前達の性根だと言いたいけど、それすら言えない。
………差別?
ええそうよ。これは天界に於いての常識で、世界に於いては差別に入る。
天は、神は汚れを拒む。
常に白くなければいけない。
それを天界では紙と呼び、最も清らかな天族を『女神』として崇めるの。
私はその差別を受けてきた。妹は受けなかった。
汚れとしての私と、清らかな妹。
対極でおかしいでしょう? おかしくない?
ん? 話を続けろ?
あぁわかったわよ。
天界と言う世界で、私は『矯正』を受けたものとして、『矯正』者と言う名を掲げることになってしまった。あんた達で言うところの犯罪者ね。
犯罪者は永遠に『矯正』者の名と言う烙印を掲げないといけないの。厳密には、体にそれを刻まなければいけないんだけど、それはされなかった。
………女神の恩赦があったから、私はそれを免れたのかもしれないけど、真実はどうかわからない。
次第に妹も悪い事をしてきた罰が下ったのか。妹も『矯正』を受けることになってしまった。
奇しくも私と同じ人生を歩んだってことよ。まぁ私のことやみんなのことをばらしたのだから、自業自得よね。あの子はあの子で相当ひどい『矯正』で、今でも烙印が体に残っているかもしれないわ。
でもそんなものを探す興味はないわ。どうでもいい事だもの。
あの時の私に、それを聞いて『助けよう』っていう意志なんて全然なかった。
茫然自失な状態で、ただ無気力の状態でベッドに座っているだけだったし、そもそもそれをしようと言う気力がなかった。
やる気なんて起きなかった。
みんながいなくなったこと。一人になってしまったことに、私は立ち直れていなかったから。
立ち直ろうという意志もなかったわ。
心の傷は治ることなんてない。そんなことを聞いたけど、本当だわ。今でもそれは残っているし、今でもフラッシュバックして錯乱する。
そんな状態で、少しだけ動けるようになったのは――『矯正』を受けて、外に出れるようになって一年後。
一年と言う歳月は短く感じるかしら? それとも長いと思う?
私は分からないわ。
その間の記憶がない分、辛かったことも長いと感じたことも、あまりなかったと思うの。
世界換算で言えば、長いかもしれないけどね。
その一年間、私は考えていた。
これだけはしっかり覚えている。何をするべきか。私はどうするべきか。
考えた結果は一択だけ。
頃合いを見つけるだった。
アントロディオス達の無念は晴らしたかった。晴らしたかったし、見返したかった。自分達を陥れた奴らをこの手で裁きたかったし、妹に至っては復讐したい気持ちだったけど、この時の私は非力だった。
『魔女』の力もない私はただの天族で、他の天族よりも力なんてなかった。
握る力はあっても、殴る力なんてない。
男と女の力の差もある。
それを考えたら、その時の私はあまりにも無力だった。
無力の状態で立ち向かうことは無謀だった。だから頃合いを見図ろうとしたの。
『矯正』されたことで心は改心したと見せかけつつ、仲間を見つけようと、アントロディオス達がしたように、私も仲間を集めて再起しようとしたの。
あら? もしかして、この時点で私が『六芒星』に加入したと思っていた?
まだまだ先よ。こんなに早くしていると思わないで頂戴。
話を戻すと………、再起を図ろうと、天界の行いを重んじ、思想を重んじた行動をして計画を進めていたけど、世間はしぶとかった。
妹の『矯正』もあって、私が『矯正』されたことが掘り起こされ、次第に噂は大きくなって言った。
拡散されて、視線が痛々しくなっていった。
『あの女って確かあの穢れの姉でしょ? 姉妹揃って穢れているとは思わなかったわ』
『妹が妹なら姉も姉ってことね』
『そもそも繋がっているからこそ穢れも伝染するのよ』
『あの子達の両親も穢れで『浄化』されたのよね? と言う事は、そう言う事ね……』
『手遅れだったのよ。穢れてしまえば『矯正』でも修正できない。いっそのこと『浄化』をしなければいけないのに……、どうしてあのお方はあのような決断を?』
『お優しく、そして信じていたからこその恩赦だったのよ。それを仇で返して……、本当に異質なものは異端ことしか考えない……』
これは後から聞いた話だけど、母は私達を見捨てて男の所に向かい、男と一緒になろうとしていたけど、結局天界の使者に見つかってしまい………、『浄化』された。
『浄化』って今でいう良い事じゃないわよ?
処刑の隠語みたいなものと思ってほしいわ。
そう。母は処刑されてしまった。男も一緒に処刑されて、私達は正真正銘――天界視点の『反逆者の娘たち』と言う見方に変わってしまった。
母が死んだことを聞かされた時は驚いたけど、それ以上に、あの男と再会できたことに驚きを隠せなかった。
まさかと思ったこともあった。
思ったけど、これだけは噂の尾ひれではなかった。
母があの後どうなったかなんてわからないけど、あまりいい生き方をしていなかったんだと思うわ。処刑されると言う事は、天界の見解でとてつもなくやばい事をしたんだと思う。
でもこれだけは言わせて? 私は母のように穢れてなんていないと思っている。
母も母なりに生きて、それが天界では認められなかっただけ。
大衆と思うことが違っていただけで、何もかもが穢れていたとは思えない。
組織にいたからこそ、母はけがれていなかったんだって今は思う。私を捨てたことは、根に持つけど。
母の死を聞いた後でも、私は再起するために動いていた。
少しずつ、本当に少しずつだけど、私と同じ思想を持っている人が集まって来て、ようやく――ようやくアントロディオス達の無念を晴らせると思った。
でも、それすらも天界によって打ち砕かれてしまった。
仲間の一人が、私達を売った。
まさかの裏切りだった。
裏切った奴は私達がしようとしていたことに臆して、あろうことか『矯正』を免れるために、交換条件として私達を売ったのっ!
あいつの顔は今でも忘れない………! 忘れられない………!
あいつは私達を売り、自分だけ罪から逃れようと、逃げたの………っ!
そんなに自分の命が大切だったのか? そんなに助かりたかったのかっ?
あの時のみんなの声も鮮明によみがえる。
『矯正』者よっ! まだ思想を改めないか……! ならば更なる穢れを取り除こうっ! ここまでしたくなかったのだが、お前が悪いのだからなっ!
あの時私達を捕まえた使者の言葉も鮮明によみがえるわ。
でも、もっと嫌だったのは……、その後!
『矯正』を行うために閉じ込められてしまった。あの時は二度目だからそんなに苦ではなかった。でも……ああああでもあの時は違っていたの………っ!
予想外のことが起きてしまったって言っていたけど………、本当にそうだったのかわからないわっ!
本当にできすぎていたのっ! 本当にあんなことが偶然起きるのかって言うくらいタイミングが合っていたっ!
――おいおいこいつは天の罰を受けた女じゃねえか?――
私が。
――ああそうだ! きっとそうだ。漆黒の翼……、まさに穢れた天族の証だ――
私が閉じ込められていた場所に。
――へへへ……! なぁおねぇさん。ちょっと俺達と暇潰さないか?――
入ってこれない奴らが来た。
――ん? 嫌なのか? なぁに手荒なことはしねぇよ。ちょっとカードゲームでもしようかなとか思ってな……――
天界にいないはずの男の人間が。
記憶が戻ったのは、朝になってからよ。
朝になって、体中から悲鳴が上がって、胃液を吐きながら泣いていた。
言葉にしたくないわ。思い出したくない。
なんで嫌な事って鮮明に覚えていて、楽しかったことや大切な人達のことはおぼろげになるのかわからないわね。
使者たちもこのことに関してわからなかったらしいわ。
来たことも、どうやって空にあるはずの天界に入り込めたのかもわからない。
想定外で、こうなってしまった私を見て、どうすることもできないと思ったあいつらは、私を『浄化』しようとしていた。
そうよ。『処刑』
処刑のことを聞いた時、考えなんて思い浮かばなかった。
ただ……、妹の言葉だけは覚えている。
『嗚呼……! 姉様……。まさか、『浄化』されてしまうのですか……? わたくしを置いて……、嗚呼何てこと……! なぜ姉様がこのような罰を……! 悪いのはそれを行った輩のはずなのに……どうして……!』
気色悪い演技だなと思ったわ。
自分がされなかったからって、他人がされたからって、気色悪い演技で吐きそうになった。
私が知りたいわよ。そんなの。
どうしてこんな仕打ち受けなければいけないの?
私は悪くないのに、どうして私のことを罰しようとするの?
あれに関しては私は被害者なのに、どうして処刑されないといけないの?
色んな奴が私に向けて言っていた。
『身も心も穢れてしまったのであれば……、お前をこの場所に置いておくわけにはいかない。女神の恩赦を汚した面汚しめ。有難くその命を捧げ、次なる命に転生して戻ってこい』
『穢れの堕天使めっ! こっちに来るな! こっちまでも穢れてしまうっ!』
『穢れている天族は天族じゃない。汚らわしいその姿を見せるな』
『身も心も思考も穢れているくせに、なぜ生きている?』
私が知りたいわよ。
私だってあんなことがなければ、あんな思いをしなければ、もう少しマシだったかもしれない。
運が悪かったからと言われてしまえばお終いだけど、私が居なかったら別の奴がされていたかもしれないのに、どうしてそこまで他人事なの?
好きでなったわけでもないのに、好き好んで穢れたわけではない。被害に遭った結果が穢れてしまった。
それなのに、どうして私が処刑されるのか、理解できない。
天界に住んでいる天使は、一瞬でも穢れてしまったら即処刑なの?
こんな思想は、やっぱり間違っている。
犠牲になった結果、私が悪いということで片付けられるなんておかしい。
やっぱり、天界の思想はおかしい。
そう思った時だった。
私は――『魔女』になることができた。
自分の血を操れるようになった私は、すぐに天界から逃げ出した。
あの場所は――天国と言う皮を被った地獄。
あの場所にいたら、私は私でなくなってしまう。
穢れを無くすごみ処理の様に、簡単に消されてしまう。
殺されてしまうと思ったから、あの場所から抜け出した。
抜け出した後はもう悲惨だった。
天界と言う世界とは違って、下界は、地上と言う世界は腐りに腐っていた。
腐った世界でも、あいつらは、溺れた男どもは私を欲しては食らいつこうとする。
それから逃げては食われそうになってを繰り返して、そんな時に出会ったのが、ザッドよ。
彼はアズールと言う世界に於いて、最後の豚人族だった。そんな彼は私のことを見て、私のことを介抱して、私がなぜ追われているのか、なぜ天族である私がここにいるのかを彼に話した。
話している最中でも、ザッドは私の話にただ耳を傾けるだけ。何もしてこなかったけど、ザッドは雄。男に変わりない。
警戒はしていた。何かしようとしたら殺すつもりだった。
殺そうと思ったけど、ザッドは私の話を聞いて――『あなたは正しい』って言ってくれた。
初めてだった。
認められた気がした。
アントロディオス達以外の誰かから、私と言う存在を見てくれているような、そんな嬉しさが込み上げてきたわ。
初めてのことで驚いていた私に、ザッドは言ったの。
『実は、私も仲間を集めているのです。『この国の在り方。この国が間違っていることを正す』ために。ですが私一人では何もできないことをつい最近痛感してしまいましてね………。どうですか? 私と一緒に、この国を変えませんか?』
それは――勧誘だった。
アントロディオスと同じように、同じ思想を持つ者同士で、この世界を変えようとする意志を添えた………運命の勧誘だった。
差し出された手を見て、私はすぐにその手を取って、ザッドの勧誘を快く受け入れた。
これが――私が『六芒星』になった理由。
どうだった? ここまで聞いて、つまらない話だったでしょ?
え? お前も?
………ふぅん。あなたもなんだ。
それもそうよね? あなたはこの国の所為で祖国を失ってしまった。だからこの国を一から変えるために、ザッドの手を取ったのよね?
みんなそうだと思う。
この世界を変えるために、私達は集まり、そして――『六芒星』の名を背負って戦ってきた。
今もこれからも、ずっと戦うつもり。
私は、アントロディオス達の遺志を継いで、彼等の願いが、想いが成就するまで戦う。そして私のことを泥になるまで汚してきた奴らを許さない。
ラランフィーナも私と同じ痛みを負い、藁に縋る思いでここまで来た悲しみの連鎖を壊すために、戦うわ。
あなたも、同じでしょ?
国のために戦い、そして――たった一人の従者を救うために。
あなたの願いが、叶うことを願うわ。ロゼロ――