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PLAY139 血濡れの天使Ⅱ(フコウノハンセイ)④

 帰ってこなかったヘラティナを連れて帰るために、アントロディオスは探しに言った後……、アントロディオスはヘラティナを連れて私達組織がいる隠れ家に帰って来た。


 でもヘラティナは、ヘラティナではなくなってしまった。


 あの時見たヘラティナの変わり果てた姿は、今でも思い出してしまう。


 鮮明に、そして嫌と言うほど凄惨な姿で、彼女は私達の元に、アントロディオスに横抱きにされて帰って来た。


 詳しい話は聞けなかった。


 でも大人達はアントロディオスから聞いた瞬間、怒りや悲しみ――全員が悔しさを顔に出した状態で、泣いていた。


 みんな泣くことはなかった。


 色んな同志たちがいなくなっていったとしても、みんな泣かなかった。アントロディオスに至っては私達子供たちに心配を掛けまいと、励ましてくれていた。


 大人として、一人の天族として、組織をまとめる存在としていた彼でさえも、泣いてしまったほど。


 みんな泣いていた。


 非戦闘員で子供でもあった私を含めたみんなは、そんな大人達の姿を見て、静かに泣いてしまうほど、衝撃だった。


 その時は内容は分からなかったけど、あとから私は知ったの。


 あの時、帰ってこなかったヘラティナが何をされたのか。


 ………今言葉にすることもいYになってしまう様な内容よ。話したくないけど、話さないとわからないんでしょ? 鈍感なあなたならそう思うはず。


 そうよ。ヘラティナは汚されてしまった。無理矢理穢れてしまった。


 母のように同意でもなければ進んで行ったことではない。望んでいないことをされてしまった。


 そもそもヘラティナは穢れることすら嫌っていたのに、それを無理矢理されたとなれば、心が壊れてしまってもおかしくない。


 小さい私達はそれを知ることはなかった。でもアントロディオスは私達に説明してくれたの。ヘラティナは壊れてしまった。

 

 壊されてしまった。


 ()()()()()()()()、彼女は壊されてしまったって。


 天族ならまだわかる様な事態だったのに、人間に壊されたと聞いた時は、人間と言う種族がとんでもない外道だと思ってしまったわ。悪魔族と同等の種族だと思ってしまったわ。


 壊れるまでヘラティナを壊し続けた奴らに対して、子供でも殺意というものが湧いた。


 勿論アントロディオスやみんなも同じ気持ちだったわ。


 同じ思想を掲げて行動し、苦楽を共にしてきた仲間が、一番仲間想いで一番優しい存在だったヘラティナを傷つけた。


 許せない気持ちでいっぱいだった。


 変わり果ててしまったヘラティナを見た私達は決心したわ。


 みんなでヘラティナを壊した奴らを殺そう。


 罪を犯した者達をこの手で罰するんだ。


 そう意気込んで、みんなで出ようとした時――


 私達がいた隠れ家に、天界の使者たちが集まって、武器を手にした状態で私達を取り囲んでいたの。


 どうして? なんでなんだって?


 そんなの、知らないわよっっ!


 私だってわからなかった! アントロディオスだって驚いていたし、みんな驚いていた! みんな知らなかった! 誰もあの場所を口にしていないあったはずなのに、裏切者なんていないはずなのに、なぜか天界の使者たちは私達を敵を見るかのような目を向けて武器を向けていた。


 これが何を示しているのかなんてわからなかった。私達はあの時、ヘラティナを傷つけた奴を罰しようとしていたのに、何故か天界の使者たちがいた。


 こんな偶然あると思う?


 私は思わない。思えない! だって、本当になぜあの場所にいたのかもわからなかった。


 ………話を戻すわ。


 あの時、あの場所にはいるはずのない天界の使者たちがいた。


 それを見たアントロディオスは驚いた声で『なんでここにいるんだ?』とか言っていた。でもその言葉に、使者たちは答えなかった。


 答える素振りすらなく、こっちの話しなんて聞いていないかのような雰囲気でアントロディオスのことを、アントロディオスの話を無視し続けていた。


 まるで、謁見の間を再現しているかのような光景と思えた。


 思えたのはその時だけ、アントロディオスも何も話さない。声を発しない使者たちを見てさすがにしびれを切らしたわ。


『なんで答えないんだ? 俺達は大事な用事がある。だからここを通してくれ。後でゆっくり話は聞く。今は先に行かせてくれ』


 って言っていた。


 あぁ、だけどこれは憶測よ? 私が多分アントロディオスならこう言うかもしれない。って言うだけの憶測で、()()()()()()()()()


 いいえ、()()()()()()


 実際は、『なんで答えないんだ? 俺達は大事な』と言っていただけで、そう言った瞬間――使者たちはアントロディオスのことを攻撃したんだから。



 言う前にアントロディオスの足目掛けて放たれたそれは、楯天使が持つ槍。


 大天使を守るための矛で、その矛をアントロディオスに向けて放ったのよ。


 しかも両足。


 両足目掛けてそれを放たれたものだから、アントロディオスはその場で地面に突っ伏してしまったわけど、それでも彼は叫ぶことをしなかった。


 無表情で睨みつける天族の使者たちを見て、折れていないその声で彼は聞いたわ。


『なぜ私を攻撃するんだ……っ? 私は何もしていないだろ………っ! 今は私よりも、ヘラティナを」


 でも、アントロディオスの言葉が届くことは――


「この異端者!」


 ――無かったわ……。


 使者のひとり、朧気だけど、顔に傷がついているその男の天族は私達のことを睨みつけて、まるで汚いものでも見るかのように見下しながら言ったわ。


『まさかこんなことをしてまで自分達が持つという思想に変えたかったのか? 天界の者達を恐怖に陥れるために、なんと悍ましい計画を立てたんだっ。貴様達はそれでも天の導きによって生まれたものなのか? 悪魔に魂でも売ってまでしたかったことなのか?』

 

 言っていることが理解できなかった。


 なんで私達が責められているのか理解できなかったの。


 それは子供の私もw赤らなかったし、あの時大人だったアントロディオス達も分からなかった。わからないからこそ、傷の天族に向けてアントロディオスは聞いたわ。


 どういうことだって言って………。


『思想を変えたかった? 一体何の話をしている? 私達は仲間が傷つけられたから向かおうとしていただけだ。なのにどうしてそんなことを……?』

『お前は天族だろうっ? 我々と同じ聖なる人格を持ち、聖なる加護の元正しき道へと導かなければいけない! なのになぜそんな思考に執着するっ?』

『さっきから何を………、私の話を聞いてくれっ! ヘラが……、ヘラティナが人間に……』

『否! それは()()だ!』

『な………っ!?』


 あの時、雷の音がひどかった。


 天界ではあまり効かないその音は私の鼓膜を破らんばかりに入ってきて、思わず耳を塞いでしまいそうになるくらい五月蠅く感じた。


 驚きと五月蠅さが混じって、私は耳を塞いでしまった。


 塞いでしまったせいで、雨の音と風の音しか聞こえない世界になって、アントロディオスと傷の男の話を聞くことができなかった。


 たった一瞬だけど、その間に、何か重要なことを言った気がする。


 それを聞いた瞬間、塞いでいなかった大人達が、仲間達が驚きの顔をして言葉を失っていたから、何かを言ったと思う。


 私はそれを聞き逃して、すぐに塞いでいた手をどけて聞いた時には………、遅すぎた。


『お前達は……、お前達はそんな虚言を信じるのかっ? 私達の言い分を聞かず、たった一人の言葉を信じるというのか?』

『奴は天界で最も穢れ無き天族にして、我々天族を心の底から悲しんでいるのだ。あの涙も、嘘ではない。そんな子の言う事を信じないとなれば、天族の面汚しだ」

「たった一人の主張を信じ、我々の仲間の言葉を信じないのかっ!? それこそ狂っているではないかっ! そこまで信憑性もない言葉を、あろうことか被害を受けたヘラティナのことを疑うなど、お前達は何を考えているんだっ!』


 アントロディオスの怒りの声が聞こえるけど、そんな彼の言葉なんて聞いていないかのように、使者たちはアントロディオスの周りを囲んで、私達を羽交い絞めにして地面に擦りつけた。


 ぬかるんだ地面で顔が汚れたけど、そんなのこと関係なかった。


 みんなそんなこと気にしていなかった。


 だって――だって………っ。


『そんな思考は天族の面汚しだっ!』


 傷の使者言うと、アントロディオスの首元に大きくて、雨で暗いはずなのにらんらんと光っている斧を添える使者の二人。


 まるで砂の帝国の残酷な処刑でもするかのように、それらはアントロディオスの首元に添えられていた。


 みんなそれを見て『やめて』と懇願したわ。


 私もした。『待って』って懇願した。


 でもそんな声を聞いていないかのように彼等は張り上げる声で言ったの。


 手にしている武器の刃がついていない方を地面に向けて突き刺して、抉れる地面を無視しながら彼等は大きな声で言い続ける。


 地面にそれを何度も何度も突き刺しながら………。


『異端の思考が我々を恐怖に陥れた!』


『陥れた!』

『陥れた!』

『陥れた!』

『陥れた!』

『陥れた!』

『陥れた!』


『矯正だ! 矯正して正しい思想へと我々が導こうっ!』


『矯正!』

『矯正!』

『矯正!』

『矯正!』

『矯正!』

『矯正!』


『このままでは悪に染まってしまう! 野蛮な思考は災いの種だっ!』


『悪に染まること異端なり!』

『悪に染まること異端なり!』

『悪に染まること異端なり!』

『悪に染まること異端なり!』

『悪に染まること異端なり!』

『悪に染まること異端なり!』


『早めに摘まねばっ! 黒く染まる前に――天の裁きを!!』


『天の裁きを!!』

『天の裁きを!!』

『天の裁きを!!』

『天の裁きを!!』

『天の裁きを!!』

『天の裁きを!!』



        天   の   裁   き   を   !!!



 あの時感じた恐怖は、今でも忘れられない。


 怖くて、今も断片的な記憶しかない。


 あの言葉が耳から離れない。


 言葉が私のことを苦しめている。


 あの言葉を聞いていた時の記憶があまりないのは、そのせいだと思う。


 その後のことも断片的で、覚えているのはいくつかの記憶。


 アントロディオスの亡骸。


 アントロディオスの泣き型を見て殴りかかろうとした同志を『粛清』と称して返り討ちにした傷の天使。


 そして腕を強く掴んで私をどこかへ連れ去ろうとしている天使の怒りの顔。


 みんなも同じで、目隠しをされてしまったせいで、どこへ連れていかれたのかわからなかったけど、目を開けたら――もうそこは地獄だった。


 狭すぎて、日が差し込む窓もない。光もない。ただ真っ暗な世界の中で、私は天界の地獄を味わった。


 今でも思い出したくないわよ。


 あんたと一時的な協力をするから言うけれど、私自身これは誰にも知られたくなかったわよ。あのザッドにさえも話していないんだから。


 話したくないのはこっちもだ?


 ふふ………、あんたはあんたでひどい境遇だったかもしれないけど、私は祖国でこんなことをされたのよ?


『矯正』と称した洗脳を植え付けられ、あろうことかそこで何度も死にかけた。死にたくなった。死にそうになった。死んでしまえと思ってしまった。死にたいと思った。


 何度も何度も何度も何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 一日で何千回こんなことを思っていた。


 気が狂いそうになるくらい私は苦しんで、『私達は異端者』として、何度も何度も暴力と言う名の清めをされたわ。


『異端よ! 清めだ!』


 そう言って殴られ。


『清めるためにその体に流れる命を流せ!』


 鉤爪が点いた鞭で体を切り刻まれて。


『流し尽くせ! 流し尽くさないとお前は穢れたままだっ!』


 それを複数人でやられたの。


 他にも氷水や爪が無くなることもあったけど、子供だったから私はこのくらいだった。


 大人だったみんなは私以上にひどい事をされて、みんないなくなった。


 アントロディオスのことを慕っていた人たちは真っ先に『贖罪』と言う名の処刑。


 傷ついてしまったヘラティナは『虚言者』となったけど、今どうなっているかわからない。生きているのかどうかもわからないけど、天使として生きていないかもしれない。もしかしたら、人間族以下の生活になっているのかもしれない。


 わからないけど、私以外のみんなは………、殺されてしまった。


 みんな、いなくなった。


 それを聞いたのは、『清め』が始まって一週間後だった。


 たった一週間でみんないなくなってしまったことは悲しかった。悲しかったから泣いたわ。


 みんないなくなった悲しみは大きくて、『みんなを返して』って泣きじゃくったけど、そこまで情が厚ければあんなことなんてしないでしょう? 泣いたとしても、私は『穢れた天族』だから……。


 叩いて黙らせられた。


 口が斬れてしまうんじゃないかって言うくらい叩かれて、泣いていたそれも止まってしまうくらい強く殴られた後で、怒鳴られた。


 狭い空間だから、怒鳴り声も大きな騒音に近かった。そんな状況でそいつは言ったわ。


『泣きわめくなっ! これはお前のためでもあるんだぞっ? なぜ泣くのだ! 天族は清く美しい存在! その存在が穢れていては示しがつかんだろうがっ! お前は()()()()()()だろうと容赦はせんっ!』


 それから、それからは覚えていない。覚えていないけど、あの時の言葉を聞いて一つだけ分かったことがあった。


 私のことを姉と言う存在はたった一人しかいない。


 きっと、私のことをここまでひどくやれと言ったのは――妹。


 メザィアが私のことをばらしたのか、もしかしたら私がいない間に地位を獲得したか、信頼を得てこうなるように仕向けたかはわからない。でも、あの子が私をこうさせた。


 どうして?


 簡単よ。


 私のことを見下したかったから。他人が苦しんでいるところを見下して、その光景を見ながら愉悦に浸りたかった。


 加虐の思考よね? でも姉だもの。


 妹のことなんて分かる。わかっていたけど、思想までは――心の奥底までは、ここまでするという行動力は見抜けなかった。


 そんなことを思いながら『矯正』を受けた。


 受けて、多分一年後、私は解放されて、そのまま地獄を味わい続けた。


 ああ、思い出したくない。


 え? まだお前のことを知らない?


 半分しかわからないから話せ?


 ………あんた、そこまで私のこと嫌いなの? それとも、いじめでこんなことをしているとか?


 はぁ? 『ただ苦痛はなめ合うことで和らぐこともある』? 変なことを言うわね。


 ………まぁ。あんたも話してくれたんだから、フェアじゃないわね。等価交換として話を続けるわ。


『矯正』が終わってからの話。言っとくけど、ここからはかなりあいまいだから、覚悟してよ?

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