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PLAY139 血濡れの天使Ⅱ(フコウノハンセイ)③

 あの時、私を助けてくれたのは『断罪人』ラルガダのことを崇拝している天族達。


 つまりは――私と同じ考えの人たちだった。


 それだけでも嬉しかったのを今でも覚えているし、その人達だけは私のことを理解してくれる。否定してくれないことだけが、とても嬉しかったのを覚えている。


 人数は数十人ほどで、『六芒星』よりも少ない。集落に住んでいるひとよりもっと少ない人数だった。


 天界に住んでいる人がおよそ十万人となると、かなり少なかった。


 そのくらい彼がしてきたことの偉大さを理解していない人が多いと言う事にもなるの。


 正直悲しかったけど、理解がる同志達の存在は、私の荒んでいた心を少しだけ癒してくれた。


 みんな――私の話を真摯に聞いて、そのうえで理解して泣いてくれたりして、あの時感じていた孤独感や絶望を癒して、そして自分が抱いた思想を無下にしないで、一緒に背負って貫いていこうと手を伸ばしてくれる。


 一人だと感じられなかった、仲間のすばらしさは眩しかった。


 太陽と同じくらい眩しくて、温かく感じられた気がするの。


 あの時私に手を伸ばしてくれた天使は――堕天使アントロディオスと言う天使で、元々は天使の騎士団に勤めていた人だった。私のことを手当てしてくれた人はアントロディオスと同じ堕天使、名前はヘラティナ。


 二人はこの集団を立ち上げた人物達で、みんなのことを勧誘して集めてきたと言っていた。


 二人は元々天界の思想をあまりよく思っていなかった。


 償うことは生きて罪を背負う事。償うことは死ではないと言う思想に関して、それは怠慢なのではないかと言う考えが頭を過ったことで――思想に疑問を抱いたそうよ。


 二人が歩んできた過去、二人が見てきた世界が関係していると思うけど、そこまで深くは聞けなかったわ。なにせ、あの時の私は子供で、聞いていい内容ではなかったらしく、効いたとしてもはぐらかされてしまったもの。


 まぁ、子供が聞いてはいけないことはたくさんあるし、今となっては憶測だって立てられるからいいのだけど。


 え? どうしてそんなに同志がいたのに行動しなかったのかって?


 それって、もしかしてデモのことかしら?


 勘違いしていると思うけど、この出来事は出会ったばかりの話しで、デモに関しては私がいた時も、否かった時もしていたわ。それはアントロディオスが話してくれた。


 私のことをアジトへ連れてってくれたアントロディオスは、子供だった私にこう言ってきたの。


『君は『断罪人』の思想に感化してくれた。天界の思想に関して疑問を抱いたことに関して、私はとてもうれしく思う。だがそれと同時に、君のような子供を私達大人の戦いに巻き込んでしまったことを深く、深く後悔している』


 小さい私はそんなに難しい事を理解することはできなかったけど、今ならわかる。


 アントロディオスは続けて私に言ってきたの。


『私達が掲げている思想――『断罪人』が遺した偉業は世間には理解できない様な内容で、天界はそんな思想を持っている天族は天族として見ていない。まるで獣が吠えているかのように見下し、女神が訓えた言葉こそが思想であることを疑っていない。そんな人達相手に、私達は戦っているんだ』


 思想と言うものは、考えが違うものを迫害する。


 それに関しては私もよく知っているし、理解もしている。


 痛みで教えられたこともあったから、アントロディオスが教えてくれたことは理解できてしまった。


 理解し過ぎた。の方がいいのかもしれない。


 それでも――アントロディオスは私に言ってくれた。


 と言うよりも、私のことを気にかけてこう言ってくれたの。


『戦うことになれば、君は大切な家族とも戦うことになる。それでもいいのか?』


 アントロディオスの言葉は重かった。


 これは世間一般からすればだけど、私はそんなに重く感じられなかった。


 どころか――答えが一択しかないその言葉に対して、私は即答したわよ。イエスって。


 家族の母は人間の男を探していなくなった。


 妹も私を盾にしていい思いをしている。


 むしろ好都合の状況なのに、家族のことを考えてくれたアントロディオスに、私は呆れて『そんなものない。むしろ戦うとなれば好都合。私もみんなと一緒に戦わせてほしい。補助でも前衛でも後衛でも、何でもしたい』って言ったの。


 正直そんな気遣いなんて必要ないけど、アントロディオスは優しい存在だった。組織の中でも群を抜いて優しい天族だったから、私のことを考えて言ってくれたのかもしれない。


 家族がいるならば、家族を敵に回すなんて酷なことをしたくなかったのかもだけど、そんな心配は無用。


 だから言ったのよ。『戦いたい』って。


 私の言葉を聞いたアントロディオスは驚いていたけど、すぐに私の意思を汲み取って、組織に入れる決意をして、私は仲間として迎え入れられた。


 勿論子供だから『非戦闘員』だけど。

 

 それでも、一人でいた時と比べたら全然苦しさとかはなく、それよりも――皆がいるという安心感があったのを覚えている。


 それに、この集団に入った天族達はみんな、私と同じように迫害されたり、色んな傷を負ってきた傷天使が多かったの。


 大天使や守る楯天使ではない――()()()()()()()()()()()()()()()可哀そうな傷天使ばかり。


 堕天使だったアントロディオスもその一人だったと思うわ。


 だって――彼の黒い翼には大きな切り傷がついていて、翼の長さが違っていたから。きっと彼は、私達よりも壮絶で、苦しい思いをしてきたに違いないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()


 組織に入った私は非戦闘員ながら医療要因としてヘラティナのサポートをして行動していた。


 アントロディオス達率いる男の天使たちは天界に赴いて、女神がいる謁見の間で話をしていた。大天使や他の天族、女神を守る『12鬼士』を前にしてアントロディオスは天界の在り方はおかしい。天界の思想はおかしい事をこと細やかに伝えたの。


 罪を償うことは一生罪を背負って生きていくこと。


 反省してもしきれないその罪と向き合い、過去の自分が行ってきたことを悔やみ、反省して生きるべきであること。


 この思想に関して、罪人を裁くことは当然のこと。


 断罪しなければまた犠牲者が生まれる。


 罪人を野放しにするのかと抗議をしていたそうよ。


 アントロディオスがヘラティナと話していたのを聞いていたから、嘘ではない。嘘ではないからこそ、私達が考えている思想が彼らの心を動かすことがなかったことを痛感する出来事でもあった。


 ん? どうしてそこまで思想を押し付けるのかって。


 あなたって、本当に質問が好きね。


 でも正直なところ、最初は――『理解してほしかった』って言う一心だったのかもしれない。


 世間はこんな考え方を持っている人がいる。でも大衆はこの考えだからそれに従いなさい。が、私からすると気持ち悪かった。だから私は反対したかった。


 大衆に埋もれる思考の一部で痛くなかった。


 感情なんてない存在になりたくなかった。


 私は………、あの時の私は、『自分』が欲しかったのかもしれない。


『咎』の子供ではなく、『変な思考を持った』天族でもない――ただのラージェンラと言う一個人を、みんなに見てもらいたかったのかもしれない………。


 私は、私を………色んな人に見てもらいたくて、自分はこんな考えを持っている。


 自分の………内面を、知ってもらいたかったのかもしれない……。


 もうわかんないわ。これが答えなのかも、これが違うのかも、もうわからない。


 どうして? なぜわからないのかって?


 簡単よ――

 

 私が入って数か月後………、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そこから、私の人生はどん底へと突き落とされて行ったの。


 同志たちの人生も、アントロディオスやヘラティナも、みんな天界の住民なのに、地獄に叩き落されてしまった。


 奇襲を仕掛けた天族はたったの五人。


 その五人はアントロディオスの行動やうまく進まない計画。そしてわかってくれないという憤りの所為で、正常な行動ができなかった天族達で、度々問題を起こしていたの。


 五人全員男で、同志たちには女性の天族もいたから、ストレスのはけ口にしようとしていたこともあったそうよ。私はあの時眼中になかったからよかったけど、それを止めていたのはアントロディオスと他の同志たちで、その時は組織の中が重苦しかった。


 今でも思い出すわ。

 

 でも、今になって理解してしまう。


 五人の同志たちはずっと不安や怒り、色んな負の感情を抱えていたに違いない。


 自分達の思想を認めてもらうために動いているのに、それが実ることはなく、どころか投げ捨てられる始末。


 いつになったら自分達は認められるのだろう。


 いろんな感情が頭の中を襲って、狂いそうになるのを止めるために何かをして代償行為をする。


 負の循環。


 そんな状況になってしまった。


 わかっていたことだけど、現実を目の当たりにした時はかなり参っちゃった。


 みんなが行っていることは正しくないこと? 正しい事? それとも……、ただの自己満足なのか? はたまたは空想に逃げているだけの不適合者なのか?


 そんなことをアントロディオスとヘラティナは喋っていた。


 どれが正解なのか、負正解なのかわからない状況の中でも、アントロディオス達は諦めることをしなかった。


 そもそも私達がこの『断罪人』を数倍している理由は、天界の思想が間違っていると思っているから反抗している。思想を変えてほしいと願っているから、私達は行動しているだけ。


 罪を背負って生きることは、罪人に対しての怠慢行為であり、被害を受けた者達への冒涜になる。


 被害者は忘れていない。被害者は罪人を許していない。


 許していないからこそ――生きていることを許したくない。なかったことにしたくないから、正当な罰を受けてほしいの。


 もし、あなたの大切な人が殺されてしまい、殺した罪人は刑を受けて外に出るだけとなったら、悔しいと思うでしょ? それと同じで、私は天族の『罰を受けたのであれば、罪を一生償って生きていく』と言う教え、思想はおかしいと思っているだけ。


 それをアントロディオス達は言っている。言葉にして、事例も踏まえて話していたのに、誰もそれを聞いてくれなかった。


 女神はあの時出ることさえしなかった。


 いたのは天界の秩序を守る大天使――『評議使(ヒョウギシ)』しかいなかった。そのジジィ共はアントロディオス達の話を聞かず、あろうことか『無駄な時間』と言って追い出したの。


 聞いていた私も、怒りが収まらなかった。


 聞くことすらしなかったことにもだけど、女神が出ることではないと見なされたことに怒りを感じた。


 みんな怒っていたし、何度も何度も天界で声を上げて演説しても、誰も耳を貸さない。どころか存在していないかのように無視する。


 許せないことばかりだった。


 許せないことが、叶わない出来事が続いているせいか、みんな心が病んでいったわ。


 私はまだ子供だったからみんな気を遣ってくれたけど、大人たちの精神はギリギリを保っている状態で、時折聞いたあの声は、今でも耳に残っているわ。


 そして――だんだん傷天使たちが堕天使になっていく頻度が増えていくのが目に見えて、正気を失った男の天使たちは、そのまま自室にこもってしまう。


 只意見を聞いてほしいだけなのに、ただ自分達の想いを、考えを聞いてほしいだけなのに、それだえ許されず、あろうことかみんながどんどん壊れていく。


 何ヶ月も行ってきたことがあっという間に崩れてしまう。


 積み重ねてきたものが無駄になる瞬間は、私達からすれば絶望しかなかった。


 誰も聞いてくれない。孤立しているような虚しさ。


 かといって考えを今変えて、新たに暮らそうと思っても無理な話。


 変えてしまったら、今まで自分は何のために生きて、我慢してきたんだろうって思ってしまい、自分を強く持つことができなくなってしまうと思ったからできなかった。


 みんな、きっとそう思っていたに違いない。


 私だけじゃない。


 アントロディオスもヘラティナも、みんなそう思っていた。



『断罪人は確かに悪を懲らしめてきた。苦しむ人を助けるために裁きを与え、苦しんでいる人を救ってきた。それは良い事でしょ? でもその良い事を他の天族達は『野蛮だ』とか、『常軌を逸している』とか、『頭が狂っているとしか思えない』とか抜かしていたの。どうしてなのかわからない。断罪人ラルガダは救うために裁いて来たのよ? 裁いて、色んな人達を苦しみから解放してきたのよ?』



 本当だったら、この話をして理解してくれればよかったかもしれないけど、頑固者は頑固者。


 思想は自分の支え。


 互いの支えを変えてしまうことは、もしかしたらできなかったのかもしれない………。


 実際どうかはわからないけど、そんな時だった。私が今の私になる前に、事件が起きたの。


 少しだけ長い年月が経って、私もあの獣の亜人女と同じくらいの身長と成長をした時、事件が起きてしまった。


 忘れたくても、忘れられない……。


 あの日、あの日は確か雨だったわ。


 ああ。そうよ……。あの日、食料調達に向かっていたヘラティナが、帰ってこなかった。


 買い出しに向かっていたのはヘラティナと護衛の天族だけで、半日すれば帰って来るはずだったのに、二人とも返ってこなかった。


 それを聞いたアントロディオス達は血相を変えてヘラティナ達を探しに行ってしまったけど、すぐには返ってこなかった。


 残っていた非戦闘員の私を含めて、女性の天使たちが肩を震わせながらアントロディオス達の帰りを待っていた。きっと無事だとみんな言い聞かせていたけど、その願いは虚しく終わってしまった。


 雨が上がって、一日経った時――アントロディオスは返って来た。数人で向かって行ったのに、何故かアントロディオスだけが生き残ってて、傷だらけの状態で、布に包まったヘラティナを抱えたまま私達がいる集落に返って来たの。


 みんなはアントロディオスが帰ってきたこと、ヘラティナが帰って来たことに安心したけど、その安心もすぐに――悲しみに変わった。


 アントロディオスの背には何本もの透明な何かが突き刺さっていて、立っていることが不思議なくらいボロボロの状態だった。翼ももがれていて、私に差し伸べた大きな右手も、亡くなっていた。


 アントロディオスは酷い状態だったけど、ヘラティナももっとひどい状態だった。


 ヘラティナは布に包まった状態だったけど、布の隙間から覗いた時――私も理解してしまった。みんな理解した。


 アントロディオスは体に大きな傷を、ヘラティナは心を壊された。


 光が無くなった目と、美しくて羨ましかった髪の毛も無残に切り刻まれ、体に残る痣などが、ヘラティナの凄惨な仕打ちを物語っていたのだから。

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