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PLAY139 血濡れの天使Ⅱ(フコウノハンセイ)②

 あの日は、確か母がいない部屋の整理をしていた時ね。


 母がいなくなってから私と妹は何とか生きていたわ。


 女神サリアフィアの恩恵があって、私達が飢え死にすることはなく、力ある存在達に淘汰されることはなかった。


『咎』になった原因は母にあったからか、あの時の大人達はそこまで私達のことを攻撃することはなかった。暴力とかがない分、少しだけ感じた冷遇を除けば、いい生活をしていたと思うわ。


 まぁ……、清く正しい生き方を重んじる天族からすれば、野蛮なことを率先することはしない。


 まぁサリアフィアが女神だから、その思想を掲げて行動しているだけなのかも。


 きっと……、それがあったから私の中で不満が募っていたのかも。


 生活は苦しくなかった。


 でも彼らが掲げている思想――『博愛』? 的なものを重んじることに否定はしなかった。でも私は出来なかった。


 どうしても、彼女が掲げる想いが私には合わなかった。


 妹もきっとそんな気持ちだったのだろう。私だってそうだった。


 きっと――波長的なものが合わなかったのかもね?


 あなただってそれは経験しているんじゃない?


 多数の人間が『あれがいい』と言う意見があれば、『これがいい』と言う意見が出て議論になる。


 思想や考えだってそう。


『それは絶対にダメ。この思想でないとだめ』


『あなたの考えはおかしい。この考えが最も正しい』


 譲れない何かを掲げている人は、きっと頑固者なのかもしれない。


 ………そうね。まとまっていなかったわ。ごめんなさい。


 要は――あの時の天界の思想に対して、私と妹は気に食わなかったのよ。


 天族だから外道な事、野蛮なことは大罪。そんな善しか見ていない思考が気持ち悪かった。


 そう言いたかったの。


 おかしいかしら?


 仮にも、腐っても天族のくせに、そんなことを言うなんておかしいと思うでしょう?


 正直、今思うとおかしいとは思わない。むしろこうなることは正常だったのかもしれない。


 だって、人間と恋に落ちた母の娘ですもの。


 そうなることは……、必然。だったのかも。


 だから、私は母の部屋にあったあの書物を見つけたのも必然だったのかもしれないと思う。


 見つけた書物は――『断罪人』ラルガダのことに関して記されたものだったの。


 聞いたことあるでしょ? 『けしやのラルゥ』のモデルと放った話。実話に脚色とアレンジを加えてかなりマイルドになったものが『断罪人』ラルガダなの。


 私はそれを母の部屋から見つけて、それを興味本位で見た時、衝撃を受けたのを覚えている。


 だって――彼がしてきたことにとてつもない驚きと、感動があった。


 こんな生き方もある。


 天界と言う世界しか知らなかった私からすれば衝撃そのもの。


 世界を知らない小さな存在だった私からすれば、彼の思想は私の心を鷲掴みにした。


『断罪人』ラルガダは罪人を懲らしめる人らしく、罪人と言う罪を犯した者をその手で裁くことを生業にしていた。


 罪人と言うのは最初から罪人ではない。


 罪人は、罪を犯し、それを我が物として、力として振るい、他者を絶望に叩き落とす。


 罪を償い、更生させようとしても――罪人は変わらない。


 それはラルガダ自身理解していたらしく、彼はそんな罪人によって全てを失ってしまった。


 失い、罪人が外に出た時、罪人はまた同じことをして逃げ回っていた。


 中には罪をなすりつけて善人を悪人に仕立て上げる様な人もいたらしい。


 ラルガダはそんな世界の動きに嫌気がさしていたらしく、罪人を罪を償い更生させるという甘い思考を捨て、罪を犯した者を断罪して粛清する道を選んだ。


 最初こそわからないところもあったけど、今にして思うと、これは天界の思想に対して異議を唱える内容でもあったわ。


 罪を犯した者は罪を背負い、一生をかけて償って生きていく。


 一生を罪と向き合い、重くても歩みを進め生きることこそ、罪への向き合い。罪を背負った者の責務。


 これは天界の聖書に書かれている内容で、罪を償う者に対しての一文よ。


 でもそれは一部の天族からすれば意義ある内容でもあったの。


 罪を償う者に対しての罰が甘いのではないか?


 罰を与えるのであればもっと酷な罰を与えるべきだ。それでは罪を償う死角はない。罰せられていない。


 そんな意見を述べる天使もいたけど、それはごくごく一部。


 ほとんどが罪を償い、背負って更生しなさいと言う思考だった。


 つまり――甘い思考回路だったの。


 あの女神サリアフィアが唱えたことだからと言う事もあるけど、それに感化されて信じる馬鹿も馬鹿だと思うわ。


 あなたは思わない? 近くに罪を犯した者がいた。しかも極悪な罪を犯した者で、その者は罪を償って今を生きていると聞いたらどう思う?


 私は断然――死んだほうがいいと思っている。


 手を汚すような罪を犯したならば、その場で命を以て償うのが当然だと思うからよ?


 変?


 それとももっともだと思う?


 それとも……わからない?


 ………それを言葉にして答えることは、酷だったわね。ごめんなさい。


 どう答えたとしても、結局あなたの否にしかならないことだもの。答えろなんて強制はしないわ。でも正直言うと、あなたの答えも欲しかったわ。


 話を戻すわね。


 この天界の思想に関して疑問を抱いていた私は、母の部屋で整理をしていたら書物を見つけたの。


 それが『断罪人』ラルガダ。


 彼は元々実在している人物で、生きている罪人を死を以て償わせる。命を以て成敗し、裁いて来た偉人。彼の生き様は悪人に人生を滅茶苦茶にされた人からすれば神に近いように感じたかもしれないわね。


 無情に、平等を胸に行動しろと言う人とは違う。罪人は生きる価値なんてない様な考えに、その生きざまに――私は感動した。


 まさに彼が言っていることが正しいと。そう直感で思った。


 彼が行ってきたことはとても偉大で、考えさせられ、自分の生き方を見つめ直すきっかけにもなった。考えが一瞬で洗い流されたような……、一瞬でとりこになったかのような高揚感だった。


 この時の私はこう思ったわ。


 彼がしてきたことはまさに――偉大で、高潔だと。


 一つ疑問として残ったのは……、なぜ母の部屋のこんな本があったのか。今思うと母はこの本を捨てようとしていたに違いないわ。母は人間との恋に落ちてしまったけど、天界の思想に関しては賛成派だった人だった。


『断罪人』ラルガダがしていることは天界の思想とは真逆のこと。


 受け入れることなんてできない代物だった。


 だから捨てようとしていたんでしょうね。


 でもそれが見つかってしまった。私が見つけたんだけどね……?


 小さかった私は衝撃と感動を与えたその本を手に、メザィアと天族の子供達に見せびらかしたの。


 見せびらかした……、ではないわね。本に書かれている内容に関して、どう思ったのか。その感想を言いたかった。この本に書かれていることは凄い事だと、みんなに教えたかったの。


 この本に書かれている内容は凄い。


 この人が考えていることは凄く気高いと。


 天族にはない光を持っている。


 そのことを必死になって言葉にして、手振り身振りで伝えようとしたんだけど……、それを伝えている時、あの子が……、そうよ。あの時言ったんだわ。あの子が、私に向かって


『――気持ち悪い』


 って。


 そうよ。そうだわ。


 あの時一緒に話していた天族の子供がそう言っていた。私の観点で言えば、知り合いに近いと思うんだけど……、その子が私に向けて、嫌悪と恐怖が混じった顔で私のことを見て、震えて後ずさりしながらこう言っていた。


 震える声で、私のことを別の恐怖の対象として見つめながら……!


『どうしてそんな悪人にあこがれているの? あなた天族でしょ? どうして悪人にみかたをするの? みんなのことが嫌いなの? どうしてそんな気持ち悪い事を言うの?』


 その子は怖がった顔で、さっきまで私のことを見ていたその目を異端を見るかのような目で見つめながら言ってきた。


 他に遊んでいた子もいたけど、私の話を聞いてみんな私から離れていた。


 物陰に隠れる子。


 私に向けて小さい木の棒を向けている子。


 そして最初に言い放った女の子を守るように、自ら盾になって震えている子。


 目の前で私のことを『敵』のように見つめて来るみんなは怖がっていたけど、私はその光景を見て、怖かった。


 子供ながら甘い考えだったのかもしれないわ。


 みんなならきっと理解してくれる。そんな甘い結果なんて絶対にないのに、なぜか私は味方がいると思い上がっていた。


 思想が違えばそんなの当たり前なのに、そんなことすら考えられないほど興奮していたみたい。恥ずかしいわ。


 でも、それよりもっとショックだったのは……。


 あの時、ずっと一緒に過ごしてきた――血を分けた妹に、恐怖と言う拒絶をされたこと。


 それが――一番ショックだった。


 それから、私の生活は変わった。


 厳密には私だけの現実が変わってしまった。


『咎』だった母にしてきたように、色んな人達が私に向けて罵声を浴びせてきたの。


 生き損ない。


 天族の恥じ。


『咎』の穢れ血め。


 この世からいなくなれ。


 色んな罵声を浴びせられてきたけど、こんなのまだ一部だわ。


 それを私は老若男女問わず受けてきたの。一緒に遊んでいた子供達からも石をぶつけられ、力ある奴からは言葉で正され、女からは執拗に言葉で正された。


 血を分けた妹は、私とは正反対の待遇を受けながら、私が汚れていくのを見ているだけだった。


 あの頃の私はまだ純粋だったから、純粋に話せばわかると思っていた。


 でも結果はこうよ。


 思想が凝り固まった世界で異なる思想を口にしてしまったら、それは絶好の標的となってしまう。私はただ的になるために言ってしまった。話してしまった馬鹿な天使。


『咎』と言う愚かなことをしてしまった母親と同じ末路を、自分で辿ってしまった。


 結局私は……、母と同じ存在だった。


 母と同じ血を継いでしまった天使だった。


 みんなそう言っていたわ。私はあの女から生まれた子供だから、変な思考に染まってしまうって。妹とは大違いだって罵られた。


 妹は逆に頭が姑息だったのかもしれないわ。いいえあの子の方が頭は上だったのかもしれない。だって、そうでなきゃ、あんな泣き虫が私を盾にして大人の背中に隠れるなんてことはしない。


 きっと、計算していたのかもしれないわ。


 あの泣き顔も嘘と思うと、虫唾が走ってしまうわ。


 今も泣いて欺いているのかしらねぇ……? あの子……。


 まぁ……、今は考えている暇なんてないし、あの時の私はそんなことを考えている暇なんて全然なかった。余裕がなかった。


 余裕がない分生きるのも必死だった。


 今まで母が私達姉妹を守ってくれていたことが、こんなにありがたいなんて思わなかった。母と言う大きな存在が、歪ながら私達を守っていた。それだけで私達はここまで生きてこれた。


 生きてこれたそれを、私は壊してしまった。


 違うという疑問をみんなに伝えたい一心で言った。私の意思を伝えた結果――私は迫害の対象となってしまった。


 みんなに差別されてしまった。


 遊んでいた子達から冷たい視線を向けられ、大人たちは私を見た瞬間大袈裟に距離を置く。


 この時の私は、これほどの地獄があるなんてって……、いっちょ前に絶望していた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……、これを私は最大級の迫害と誤解していた。


 だけど小さい私からすれば、そんなの小さなことも大きなことになってしまう。


 だから絶望していたんだけど、そんな私を見て、とある天族は私に声をかけてきたの。


 しかもその天族は、今の私と同じように黒い翼を持っている天族で、その天族は私に手を差し伸べてこう言ってきたの。


『君も同志なんだろう? なら私と一緒に来てくれ。一緒に彼の思想を継いでいこう』


 そう彼は言ったわ。


 ん? その天族って男なのかって?


 ええ。バリバリマッチョの天族よ? 


 今の私なら嫌悪感しかない男だけど、その時の私は男に対してそこまで嫌悪していなかった。


 どころかその時の私は一人みたいなものだったから、仲間ができた。助けてくれる人が現れただけで嬉しかった。


 その人は私の体についている傷を見て、すぐに手を握って私を抱えて走ってくれた。


 想像できないでしょ? 今の私ならそんなことさせないだろうって言う顔しているから、疑いを向けられるのも無理はないわ。


 でもこれ事実だから。


 本当に私はこの時彼に抱えられ、そのままとある場所に入ったの。


 天族が住んでいる天界は主に白い装飾と素材ばかりだけど、私が連れてこられた場所は――天界にはないものだった。


 そう。彼は天界から地上に降りて、降りたまま私をとある場所に連れてったってことになる。


 地上のどこだったのか? 


 それは……、()()()()()()()()()()、たぶんあなたなら聞いたことがあるわよ? 


 だってそこは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 底に連れてこられた私は、家のようにできているその場所から地下へと続く石造りの階段を抱っこされた状態で降りて、降りたと同時に私は手渡されたの。


 近くで作業をしていたのかしら……。女性の天族に声をかけて『傷の手当てを』と言った男は、私をその女性に任せて奥へ行ってしまったの。


 奥がどうなっているのかわからない。


 でも覚えていることはあるわ。その空間はかなりの奥行きがあったってことは分かる。


 風の音もしない。おいしい空気も感じない。


 あるのは――湿った空気と僅かに光る炎だけ。


 傷の手当てをされながら私は女の人に聞いて、驚愕してしまったのを、今でもはっきりと覚えている。


 そして感動も、嬉しい気持ちもしっかりと覚えている。


 そう……、あの場所は『断罪人』ラルガダのことを崇拝する人たちの隠れ蓑であること。


 私のことを手当てしてくれた天族と、私をここに連れてきた黒い翼の天族は、私と同じ思想を持った。『断罪人』の思想に感化された人たちだと言う事。


 私以外に、仲間がいたこと。


 一人じゃないことに気付いた私は感動した私は、後にこの集団と一緒になって思想を広めることを決めた。


 これが一回目の転機……なのかもね。


 まだまだ私の話は続くから、気長に、肩の力を抜いて聞いてほしい。


 これからどんどん……、()()()()()()()()()()()――

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