PLAY139 血濡れの天使Ⅱ(フコウノハンセイ)①
これから語るは、血の魔女が送った半生。
彼女を創り上げた起因の物語。
▽ ▽
お前に何がわかるの?
私は、私はずっと苦しみながら生きてきた。
何度も死にかけながら、何度も汚されながら、傷つきながら生きて、同族に手を払われてしまうほど、私は苦しんで生きてきた。
なぜそこまで嫌われるのだろう……?
なぜ思考が一つ違うだけで、そこまで蔑まれるのかわからなかった。
私は私として生きてきたのに……、私は私として生きたかったのに……。
なぜ私の生き方を否定するの?
私は……、私は……。
――気色悪い……。――
あぁ、またこれね……。この言葉は私が私になったきっかけの言葉だ。
私は私らしく生きていこうとしていた。それだけなのに、それだけなのにあの子は私の人格を否定してきた。
その子は私のことを恐ろしい物でも見たかのように言って、あろうことか私から逃げようとしていたわね。今でもはっきり覚えている。
悲しいとか、苛立つとか、そんな感情はあの時……なかったはず。
ただ思ったのは、ショックとか、疑問が大きかった気がするわ。
ああ、少し頭が混乱しているのね。
あの鉄マスクの男に言われた言葉で、私は今駄目になっている。私でなくなってしまっている。
鉄マスクは私に聞いた。
無礼甚だしいこの男は、男のくせに私に聞いて来たんだわ。
『なぜ、そこまで嫌うんだ?』
そんなの簡単じゃない。
あんたは生物上そんな奴だから裏切るのよ?
男はみんなそうだから。
なのにあの男は私の目を見て――
『お前が、お前がどんな思いをして生きてきたのかはわからない。おれは他人だ。お前の心を読むこともできないし、記憶を見ることはできない。でも――でもおれはっ、おれはみんなのことを大切な仲間だと思うし、リカのことは守りたいって思っているっ。命に代えてもおれは彼女を守って、シロナと善、京平も守りたいんだっ!』
『どうしておれが仲間を売るのかもわからない。その思考がわからない。だから教えてほしい』
とぬかしていた。
口では簡単に嘘をつくことができるわ。
嘘は方便であることも知っている。そして私はそれを嫌と言うほど経験している。
だからあなたの言葉を聞いて、感情的になった。汚い言葉になった。
汚い言葉は――私の本心。
本心でもあなたに伝えることなんて一つもないわ。
あなたに伝えたところで何も変わらない。
鬼族が変わらなかったことと同じ。
味方であったとしても、話しても無駄なのよ。
だって――誰も私のことを理解しなかったから。
今までずっと、私のことを理解しなかった。
理解してくれたのは……、あいつだけ。
▽ ▽
私のことを知りたい?
あら、物好きなのね。
私みたいな存在、はたから見れば悪人の位置にいる私のことを知りたいなんて……、相当なもの好きだと思うわ。
知りたくない人もいる見たいだけど、ずっと焦らされてきたから聞きたいのかしら……? それとも暇潰し?
なら教えてあげるわ。
ちょっとしたクールタイムに付き合って。私の半生は意外と長いから――
まず、私は元々堕天使ではないわ。
私の名前はラージェンラ。
『六芒星』幹部にして幹部の中では紅一点と言う位置にいるわ。
紅一点と言ってもそこまでモテることはない。だってザッドを含めたみんな、私の美貌よりも他のことを優先にしている人たちだもの。私はそれで十分で、求められるなんて絶対に嫌だからいいけど。
そんな私にも、ちゃんとした名前があるわ。
隠していたわけじゃない。ただ知らなくてもいい事だし、そもそも私は『六芒星』にいる身だから、本名は意味がない。
只のラージェンラとして生きている身の私に、出自の名はいらなかった。
捨てた名前と言った方がいいわ。
私は捨てたの。
私の本名でもある――ラージェンラ・ンレフィリオスの名を。
そう……、天界フィローノアの『悲愛の涙王』――メザイァ・サリア・ンレフィリオス王女の姉よ。
王女の姉とかすごいと思ったでしょ? でもそんなことはなかった。
私と妹は当時冷遇されていた。今も冷遇されていると思うわ。
だって、私達は生まれた時から迫害の対象だったから。
私達は生まれて、母の愛を受けながら育った――と思うわ。
そう、母だけ。
母の愛情しか、私達は与えられなかった。
天界と言う世界にいる天族からは、差別の眼しか向けられなかった気がする。
いいえ向けられていたわね。
だって、私とメザィアは――混血だった。
厳密には禁忌を犯した天族の子供……、『咎』だったの。
『咎』とは、天族に於いて禁忌の行いをした者、そしてその配偶者を指すの。私と妹は禁忌を犯した母から生まれた『咎』だった。
母が犯した禁忌――天族以外の男と恋に落ち、私と妹を身ごもったことで、母は『咎』となり、私達も『咎』となった。
あろうことかと言うべきなのか……、母が恋に落ちたのは人間。
幸い人間の血をあまり引かなかったからよかった――とか、そんなことはない。
天族は天族と結ばれることは常識。人間に恋した母は、天界の人たちからすれば――『異常者』だった。
人間と恋に落ち、そして私達を身ごもった母は私達を生み、人間の男と細やかな幸せを築き上げようとした。けど……、男は母を捨てた。
生まれてすぐの私を見て、男は母から逃げたらしいわ。母から聞いたけど、男は母に向かって――『そんな気はなかった』とか、『生んだお前が責任取れ』とか、『俺には関係ない』とか抜かして母の前から姿を消したらしいわ。
男からすれば母は物珍しい遊び相手だったってこと。
結局男はそんな存在だった。この時気付いておけば、私は狂わなかったのかもしれない……。
それから妹を生んだ母は、私達にたくさんの愛情を与えて、育ててくれた。
裏切られた父の存在を、所在を追いながら………ね。
今にして思うと、本当に私の母は滑稽だわ。
まさかそこまで男に骨抜きにされているとは思わなかったし、それに未練がましい。
純粋に天族に恋していれば、純粋な天族として――天使として生きて行けたのに、傷だらけの傷天使どころか天族すら奪われてしまったのだから。
楯天使であればなんとかなったかもしれない。
でも母は禁忌を犯したことで、罰として天使を奪われた。
奪われて、人間でもない天族でもない半端者となってしまった母は、唯一の心の支えを追う様になっていった。
人間の男との間に子供ができたせいで、母の両親は母を見捨てた。私達を天族として、天使として見ないで差別してきたのに、母はすがる思いで男を追っていたわ。
追いながら母は私達に愛情を注いできたけど、それと比例して天界の人たちは私達を迫害してきた。
天の掟を破った禁忌の天族。
生きる価値のない『咎』の分際。
天の使いでもない。人でもない半端な存在。
生きる価値なんてない。
罵りの言葉は今でも覚えているし、思い出すだけで吐きそうになる。
それを聞いていた母は、私達の目の前では気丈にふるまっていたけど、内面はボロボロだったに違いない。
だって、母は私達を残してどこかへ行ってしまったから。
男に会うために私達を残して出ていき、心の拠り所を求めて出て行ってしまった。
まだ幼かった私達を残して――
ここまで来ると、母に対して怒りなんて、最初しかなかった。
私も母と同じ年になる。だから分かるの。
あの時の母はおかしくなっていったんだと思う。
子供の私達に苦しい思いをさせたくない。悲しい思いをさせたくない気持ちがあったけど、母はそれを受け止める度胸がなかった。
心が強くなかった。
男のことを未練がましく追っているんだから仕方がないけど、それでも母はぎりぎりまで私達のことを守ろうとしたんでしょうね。
『咎』となり、『咎』のことして生まれた私達のことを守ろうとした。
母親として、私達の親として守ろうとしていた。
でもそれ以上に、天界の人たちの軋轢は予想以上に苦しいものだった。
母からすれば、浴びせられる言葉の数々は刃そのもの。それを受け続けてしまったから、母は私達のことを置いて……、いいえ。身一つで探しに行ってしまったのかもね。
愛した男の所に向かって……。
十分滑稽だけど、母は母で必死だったってことよ。あなたは愛する人のために追いかけようとする? 多分しないわよね? 甲斐性無しの屑なんだから、追う必要なんてない。
それを知らなかった。愛をそこで知って、そこでしか愛を知る術がなかった母からすれば、そこしか縋るところがなかったのかもね。
世間が狭いと恐ろしいわ……。
え? 母がいなくなってからの私達?
どうなったって言っても、母という盾が無くなったことで、私達にも言葉の刃が襲い掛かったのは言うまでもないわ。でも子供と言う事もあって母ほどじゃなかった。
元々は母が人間と一緒になってしまったことがきっかけだから、火元を消そうと躍起になっていただけ。私達はその『結果』であり、私達は悪くないと思っていたのかもしれないわ。
悔しいけど、あの時の女神はこんなことを言っていたわ。
『生まれてきた子供たちに罪はないです』って。
まぁまぁ模範的な回答で驚いちゃったわ。あんな日和った女が女神だなんて……。今思うと気持ち悪さしかないわ。あんな平和ボケの女が女神とか……。
はぁ………。
あぁごめんなさい。溜息なんて零してしまって………、話しを続けるわ。
女神様の言葉もあって、私達姉妹は母ほどの迫害は受けなかった。
大人の天族も私達を見る目が冷たいだけで母ほどのことはしない。
子供の天族は一緒になって遊んでいた記憶がある。
一言で言うとそれなりに幸せな日々だった。
妹も楽しそうにしていたと思うわ。
でも、私は楽しく遊ぶことができなかった。
どころか、生活しずらかった。の方がいいわね。子供ながら思っていたの。あの時は自由だけど、監視されているような居心地の悪さを感じながら生きていた。
周りの大人の天使たちが私達を見ている目。
今思い出すと、あれは私達の行動を監視していたんだわ。
母から生まれた子供だから、母と同じ運命をたどるのではないか?
そんな不安を抱えて、大勢で私達姉妹を監視して……、何が面白いのかしらねぇ………?
正直あの大人達こそがおかしいんじゃないかとか思っていた。でも大勢がその思考だから、みんなおかしい事に気付いていなかった。
それが更に気持ち悪かった。
あぁ………、今思い出しても気色悪いわ。
あそこは生きづらい世界よ。
色んな国を見てきたからわかるわ。天界は、天界フィローノアは――まさにがちがちに縛られた法の牢獄。
法律こそが絶対の様な固い固い思考回路。
それに従わない天使は集団で言い包める。
どっちが悪なのか、この時の私は理解できなかったけど……、今ならはっきりと言える。
あれは――悪だ。
白い白い、黒さえも許されない白い悪そのもの。
がちがちに縛られる世界こそが美しいと豪語しているのと同じだ。
物語ことがついて、それに関して違和感を覚えていた私は、ふと母の部屋からとあるものを見つけたの。
これはね………、私の転機だった。
この出来事があったからこそ、私は変わることができたの。
でもその道のりは険しかったけど、それでも私は見つけたの。
考えを変えてくれる存在――『断罪人』ラルガダの書物を。