PLAY01 サヨナラリアル⑥
「え?」
「はぁ!?」
私の言葉を遮って近くまで来ていたのだろう。つーちゃんが素っ頓狂な声を上げてずんずんと近付いて来た。
後ろにはみゅんみゅんちゃんが腕を組んで首を傾げ、メグちゃんは興奮が冷めていないのか、笑顔で「なになに~?」と言って近付いて来た(メグちゃんは浮きながら来た)。
「何言ってるのさ。カーソル・ウィンドウが出ないって、馬鹿でも出すことくらいはできるじゃん。っていうか、さっきも出してて」
つーちゃんは素っ頓狂な声から平静を取り戻したような音色で、でも内心衝撃を受けてしまったかのような引き攣った顔で、何を言っているんだと言わんばかりに顔でしょーちゃんのことを見て、自分の目の前でとんとんっと空間を指で叩く。
その動作がカーソル・ウィンドウを出すための起動方法なのだけど……、つーちゃんは目の前を見て目を疑う。私達も疑った……。
疑うと言っても、たった一つの光景を見て言葉にできないような衝撃を受けて疑っただけなんだけど……、それでも私達は目の前で起きていることが信じられなかった。
――出なかった。それだけ。本当にそれだけ……。
でも、それだけでも、私達にとってすれば……、予期せぬ事態と同じなのだ。このゲームの世界では……。
「え? なんで……?」
つーちゃんが何度も何度も、とんとんっと指でその場所を、何もないところで小突く。
何度も何度も小突く。
みゅんみゅんちゃんもつーちゃんと同じことをするけど、出ない。
メグちゃんも事態を飲み込んだのか、二人と同じようにツンツンと小突く行動をする。でも、同じような行動したところで、結局その事態が変わるなどない。結果として――出ない。
私も、震える指で、空間を小突こうとした時……、はっと重大なことに気付く。
「ねぇ……」
私は、震える声でみんなに聞いた。
みんなは私を見て、不安そうな顔をして聞く。
みゅんみゅんちゃんだけは、冷静を装っていたけど、不安なのは誰もが同じだ。少し緊張しているような顔で、「……もしかして、気付いたの?」と私に聞いてきた。
私はそれに対しきっと同じことを思ったのだろうと悟り……、頷く。そして言った。
「カーソル・ウィンドウには……、『ログアウト』ボタンがあったよね……?」
「うん……、だか………………あああぁっ!」
つーちゃんは、一瞬何を当たり前なことをと思っていたのだろう。
しかしすぐに察して、青ざめながら驚愕の叫びを上げる。それを聞いたギャラリーが、私達を凝視した。
それを聞いたメグちゃんも、ハッとして、目を見開いて、口元に手を当てて言葉を失う。
その表情を見て、近くにいた人達は、私達と同じように指で空間を小突いたりして、同じように、混乱した声を上げたり、怒りの声が飛び交ってきた……。
そんな声を聞きながら、私は確信してしまう。
最悪の……ケースを……。
――そう。
私達はゲームを終わらせる時、カーソル・ウィンドウを立ち上げてから、画面の右斜め下にある『ログアウトボタン』を押す。それをタップしたら、すぐに終わると言った仕様。
つまり……、カーソル・ウィンドウ出る=ログアウト、現実に戻れる。
カーソル・ウィンドウが出ない。
=
ログアウト不能。
……現実に、帰れない。
「し、システム……エラーとか……?」
メグちゃんが引き攣った笑みで、泣きそうになりながらも、メグちゃんは自分の知識を探りながら、ログアウトについて考えているようだ。無くなってしまったという衝撃から目を逸らすような行動ともいえる様な言い方で……。
でも、メグちゃんは震えながらはっと何かに気付いて……、私達に言った。
「そ、そうだ……っ! 緊急ログアウトボタンッ!」
「!」
張り上げた声を聞いて、つーちゃん達と近くにいた人達は、メグちゃんを見た。言葉を待った……。淡い希望となる、その言葉を……。
「ほ、ほら……っ! 前にツグミが盲腸になって動けなかった時……、ツグミの『緊急ログアウト』ボタン押したじゃないっ! 首の項にある……、万が一のログアウトボタン!」
メグちゃんは続ける。それを聞いたつーちゃんも、思い出したかのように「ああぁ!」と声を上げて、メグちゃんを指差して「そうだった!」と叫んだ。
「カーソル・ウィンドウはそのアバター本人しか操作できない。そんな時、緊急事態になった時、他人がその対象をログアウトすることができるボタンが、項にあるって聞いた!」
メグちゃんは早速項に手を差し入れた。髪をかき上げて、項に手を添える。
「きっと――システムエラーでこうなったのよ! そうよ! アップデートってこういった不良があるって聞いたもんっ! いくら大企業のRCでも……、間違いくらいは」
と言いながら項をさする。さすさすさすさすと……、さすったメグちゃんは……、そう自己暗示のように言い続けて、手を止めた瞬間……。
そのはり付けた笑顔が……、一気に――
絶望のそれへと変貌した……。
誰もがそれを見て、固まってそれを見てしまう。
「……、間違いじゃねえ……」
今まで口を閉ざしていたしょーちゃんが、今まで見たことがないような、愕然と、絶望が混ざったような表情で、私達を見ないで、自分の前の……理事長を睨みつけながら……、しょーちゃんは低い声で言った。
「俺、さっき俺の目の前で叫んでいた……。言っちゃ悪いけど、丸坊主の人がいたんだ……。その人、髪がなくて、よくそのうなじが見えた……。うなじには――何もなかった」
肌色の……小さいボタンが、なかった。
そう、しょーちゃんは、小さい声で、低い声で言った……。
それを聞いた瞬間、歓喜や興奮に包まれていた空間が、一気に不安と混乱、そして絶望の空間に淀んでいく……。
私も不安が加速し、どくどくが痛みに変わっていく感覚に陥り、自分の肩を抱いてしまう。
「っ! ハンナッ! 落ち着いて!」
私の肩を掴んできたみゅんみゅんちゃんは、自分の怖いのに、私を宥めるように言う。
「きっと――初期不良よっ。何かの間違い……、手違いよっ! 絶対に帰れる。帰れるから……っ!」
……それは、自分にも言い聞かせているような不安が混じった言葉だった。
みゅんみゅんちゃんも怖いのに、私のことを心配してくれている。私は一回……深呼吸をして、みゅんみゅんちゃんの手に、自分の手を重ねて――「大丈夫。ありがとう」と言おうとした時だった……。
「おい理事長! いきなり不具合が生じたぞ!」
大声がしたので、私は肩を震わせて前を見る。
すると――そこにいたのは、一人のプレイヤーが声を荒げて、上にいた理事長に向けて指をさして抗議した。彼の背後には複数のプレイヤーがいる。きっと友達なのだろう……。腕には同じリストバンドと、マークが刺繍されていた。
声を荒げた一人のプレイヤーは、さらに声を荒げて理事長に向かって抗議する。
「アップデートミスしてんじゃねえかよっ! さっさと元に戻せよ!」
理事長は何も言わず、抗議の声を聞いているだけ。
それを見た人達は、その馬鹿にしたような顔を見て、苛立ちが加速したのか――
「これじゃあ、ログアウトも出来ねえ! 現実に帰れねえ! どうやって帰ればいいんだよ! 教えろよっっ!」
その言葉に、理事長は「はて?」と、首を傾げ……。
『それは当たり前です。ログアウトできないように、プログラムしておきましたから』
誰もが絶望の顔に染まった……。理事長がはっきりと言ったのだから。
ログアウトできない。それを仕組んだのは自分だと。はっきりと、平然と――悪そびれもなく。それが当たり前のように……。理事長は言った。平然としたその顔で……。言った。