PLAY138 血濡れの天使Ⅰ(カクレルオビエ)③
「『愛憎茨』」
ラージェンラの魔法の言葉が放たれるた時だった。
その言葉を聞いてエド達はラージェンラに向かって突進し、それを阻止するようにラランフィーナがラージェンラの前に立って封魔石特製の鎌と風の瘴輝石を使って防御をしようとする。
この間、一瞬だった。
エド達自身シロナ達に向かえばよかったのかもしれない。その選択肢もあったかもしれないが、実際それをしたとしても間に合わない。シロナ達が助かる選択肢があったかと聞かれれば、ノーと答えてしまう。
シロナ達を助けるなら、元を叩くしかない。
元を叩けば魔法の発動も無くなるんじゃないか。
一抹の希望を抱いた突撃は結果としてラランフィーナに止められるという結果に終わり……。
事態は、最悪の結果になる。
魔法を唱えたと同時に、シロナと善の体に迸る何か。
それは電流とは程遠いむず痒さのような物。
体の中で何かが蠢いているような気持悪さと言った方がいいのだろう。
体の中にある異物に対し、シロナと善は困惑しながら異物感の出所を目で追う。
追い、視点を定めたその場所は――傷口だった。
シロナは無数の傷があるうちの脇腹の切り傷。
善は欠損したその場所を見て、視界に入ったそれを見た瞬間、二人は言葉を失ってしまう。
傷口からうねる血の流れのそれを――
そして……。
瞬間訪れたのは――激痛と視界が赤く染まる光景。
激痛が出た瞬間に己の体から出てきた固く、そして棘が幾つもついているそれはまるで茨の様に不規則に伸び、シロナと善の血を養分としてどんどん大きくなる。
「あ………っ!」
「――っっ!?」
言葉にできない激痛。
延々と繰り返される激痛の周期。
出血など無視した攻撃と、どんどん大きく肥大していく茨。
いいや、これが攻撃なのか? と思ってしまうそれは攻撃とは思えなかった。
例えるなら――拷問。
最初の激痛がずっと続くような、この世で最も痛いランキング一位に君臨してしまいそうな……、否それ以上の痛み。
それが現在進行形でシロナと善を襲っているのだ。
次第に叫ぶことも苦痛になるほど、痛みを訴えることもできないそれは完全にシロナ達の心と体を壊しにかかっている。
壊滅的に体を壊し、だんだん精神を壊しにかかるという、鬼畜のような拷問。
痛いという言葉が出ない様な激痛。それが傷口からいくつも出てきて、脳に送る電気信号をショートさせるほどの痛みとショック。
茨は茨でどんどん茎を太くし、棘を鋭くさせて大きくなっていくが、伸びていく先にある白い何かが生えだす。
小さく、包まれているようにそれは大きくなり、まるで蕾を思わせる様な……、否、蕾のようにそれは大きくなっていく。
まるでシロナと善の命を養分としているかのように、彼女達を蝕んで大きくなる。
むくむくと、元気に育って……。
拷問という言葉では済まされない様な所業に、エドと京平、リカは絶句と顔面蒼白。目を見開き、言葉を失いながら時間が止まったかのような感覚を三人は味わってしまう。
まさに『絶望』の瞬間。
それを見て、ラランフィーナは小さな声で「やった」と歓喜を表し、善とシロナ、エドと京平とリカの絶望のそれを見ていたラージェンラは……。
笑っていた。
黒い狂気を纏わせた状態で笑うそれは、狂気に狂ってしまった人間の姿を描いており、まさに絶好の不幸を味わっている人間を嘲笑う。人の不幸を鉱物としている怪物のように、彼女は笑っていたのだ。
「うふふ」
と、高揚しているその声を放ちながら――だ。
なんとも趣味が悪い。
悪趣味と言ってもおかしくない……、いや、彼女は悪趣味になってしまったのだが、その経緯を知らないエドと京平は一瞬の無言のまま二人のことを見て、泣き叫びそうになる気持ちを押さえつけながらも、抑えることが困難になっているリカの大粒の涙を見て――エドと京平は。
殺 意 を 露 に し た。
「――っ!」
「うふふ。あら」
今まで見たことがない。ハンナ達やショーマ達も見たことがない鬼気迫るそれは、単純な感情では済まされない。真っ直ぐな怒りが彼等の心の抑制を壊し、感情の思うが儘エドと京平は攻撃を繰り出そうと行動を起こした。
今の今まで背に乗っていたエドが京平の背から降り、京平はワイバーンのままラランフィーナに視線を移して突進しながら牙を剥き出しにした噛みつきを切り出そうとする。
ラランフィーナはそれを見て踊りを行い、鎌の矛先を京平に向けて防御の体制を取る。
まさに防御と言う名の攻撃。
防御こそ最強の攻撃をして――
逆の言葉の方がしっくりくるかもしれないが、彼女の場合――前者がしっくりくるであろう。
踊り、変化球の如く軌道を変える鎌の攻撃。
地面を抉り、柱に切り傷をつけては攻撃パターンをバリエーション豊かにしていくラランフィーナ。
だが湾曲に沿って動かしても、京平はそれを器用に避けてどんどんラランフィーナとの距離を詰めていく光景を見て、ラランフィーナは焦りながら思った。
――こいつ……、魔物交じりのくせに人間みたいに怒っているとか、そんなにあの人間どもが大切なのかってっ!
――あんな亜人と人間……、私達に比べたら全然非力で役立たずなのに……!
――気に入らない奴を陥れることで快感を得ている屑野郎のくせに!
――どうして……!
――どうして!?
――私の時は、そんなこと一度もなかったのに……っ!
髪の毛に括り付けている鎌の糸を両の手で掴み、鎖鎌でも扱う様に彼女はそれを振るって踊り、迫り来る京平に向けて鎌の攻撃を上から下へと繰り出す。
一気に振り下ろすように、髪の毛を掴んだ状態で!
「――っ! がぁあああっっ!」
それを見た京平は驚きは――していない。
どころか望むところだと言わんばかりにラランフィーナに向かって突っ込み、ワイバーンの足をラランフィーナの胴体に向けて伸ばし、突っ込む力と掴む力を使った同時攻撃を繰り出す京平。
ともに紙一重の攻撃が当たる。
どちらも攻撃が当たると思った時――最初に攻撃が当たったのは、京平だった。
京平は振り下ろされる瞬間それをなんとか体が当たらないところにあてるように攻撃を避け、そのままラランフィーナに向けて足の攻撃……と言う名の掴みを繰り出したのだ。
幸いラランフィーナが繰り出したそれは共計の運がよかったのか、そのまま肩を通り過ぎ、そのまま翼に当たって事なきを得る。
とんっと、何かが触れる様な音が聞こえた瞬間――服を掴み、破ける音が辺りに響く。
服を巻き込むように掴まれる腹部。
『がしり!』と言う音が出てもおかしくない様な力強いそれは、ラランフィーナの胴体だけではなく、背中に回ったワイバーンの爪先――鋭く尖った爪が彼女の背中に傷を作る。
握りしめるように掴んだこともあって彼女の背には二、三本の紅い線。
そして背中から覗く青黒い――鮫特有の肌と、背びれが晒されていく。
「いったっっ! こ、このぉ……、よくもお気に入りの服をぉぉぉおおおおっっ!」
痛みを訴え、背中を一瞥したラランフィーナは破れて曝け出されている背を見て目をひん剥かせるが、すぐに怒りの眼へと変えて京平に向けて振るっていない髪の毛を掴み、それをまた上から下に向けて振るい下ろそうとしている。
先ほどと同じそれなのだが、それを見上げた京平ははっと息を呑んでそれを見上げる。
なにせ――今度は切っ先となっている鎌を掴み、振り下ろそうとしているのかと思ったそれを覆すように、彼女はそれを京平の頬に向けて、切り裂くように振るったのだ。
ぞりっ! と、爪が肌に食い込み、そのまま引っかかれるような感覚に近い。
違うのは、それが爪ではなくもっと太い、武骨で深く突き刺すことができる鎌であること。
もう一つはそれが京平のワイバーンの頬に食い込み、そこから大量の紅いそれが出てしまっている事。
更に言えば、このままだと耳にまで到達しそうなほど、それは深く、長い切り傷になって言ったと言う事だ。
「ぐぎぃいいいいいいいああああああっっ! てめぇいてぇだろうがぁああああっ!」
「そっちが先にやったんでしょうかああああああっっ!」
掴まれたことに驚きを隠せなかったラランフィーナだが、彼女は『六芒星』幹部側近。
潜ってきた修羅場はいくつもあるほど。
こんな状況でも殺すことを躊躇わない行動に、京平は驚きつつも納得してしまった。
自分も何度も死んだ。
仮死状態と言うそれでも『死』を経験した京平にとって、彼女の行動は――死線を潜り抜けてきた経験。執念と生への固執。
一言と大げさかもしれないが、これは戦争を生き抜いた者の行動に似ていたのだ。
生きるためなら――殺そうとしている相手なら躊躇いなく殺す。
それをにじませながら……。
「顔に傷できちまったら……、これから俺の人生どう責任取ってくれんだぁっ!? ちゃんと治せやクソガキぃいいいいいっ!」
「わ! た! し! はぁ! クソガキなんて言う年齢じゃないわよぉおおおっ! 四十五歳の美女に対して言う言葉じゃないでしょうがぁあああっ!」
「あぁっ!? じゃぁ俺の守備範囲じゃねぇっ! 論外だからしっかり治すんだべえええええっっ!」
「なに言ってんのよくそ魔物もどきぃいいいいっ!」
しかし、京平も京平で色んな経験をしている。且つ仮死ながらも死と言うものを経験している身なのか、それほど恐怖することはなかった。
どころか、戦いの所為で興奮しているのか、逆にヒートアップしてラランフィーナに掴みかかってしまうという、アドレナリンが溢れ出ている状態となってしまう。
善とシロナの状況を見てしまったこと。そして自分も相手に対して全力で掴みかかっている事。そもそもこの戦いで『穏便』なんていう言葉が通用しないことを最初から理解していることから、京平自身ここで距離を取るなんてことを選択に入れていない。
逆に――『やってやろうじゃねぇか』精神で立ち向かっている。
頬から赤いそれをだらだらと流しながら掴みを止めに京平と、背中にひっかき傷ができてもなお立ち向かうラランフィーナ。
「「うぎいいいいいいいいいいい………っっ!!」」
それぞれが唸り声を上げながら鬩ぎ合っている時――ラージェンラとエドは……。
「せぇいっっ!」
「ふふ」
エドの気合の入った一突きの掛け声。
己の武器『聖槍ブリューナク』の切っ先が避けたラージェンラの髪の毛を掠める。
掠め、宙を舞って行く自分の髪の毛の先を一瞥した後、ラージェンラはエドの猛攻を躱しては血の盾を創造して防御してを繰り返し、距離を取りながら逃げていた。
攻撃しているのはエドだけ。彼女は逃げているだけだが、優劣を状況で表すなら――ラージェンラのg方が上に見えてしまう。
そのくらい、エドの状況は怪しかった。
雲行きが怪しい。
その言葉が合う様なエドの状況――心境という名の神力は、どんどん下がっていたのだから。
「あら? あなたの神力、なんだか下がっていないかしら? 気持ちが荒ぶっているせいでどんどん下がっていくわね」
「うるさいっ! 逃げている奴にそんなこと言われたくない」
「神力はとっても大事なステータスなのに、それを無視するのはどうかしらね? 現にあなたの攻撃、当たってないじゃない? 槍のリーチさえあれば多少なりとも攻撃は当たる。でもブレているせいで全然当たっていない」
「………っ! ああああっっ!」
自分のダメなところを指摘された怒り――ではない。
攻撃が当たっていないことを指摘され、それが自分の感情のコントロールの所為と言われたエドは、言いようのない怒りを膨張させ、最も憎い人物を重ねながら突きを何度も繰り出す。
何度も。
何度も。
何度も――
何度も攻撃を繰り出すも、それを易々躱してしまうラージェンラ。
躱し、血の盾を作りながら防御と言う、冷静な対応。
それに比べてエドは今まで見たことがないくらい荒れている攻撃。感情を優先にしているかのようなその攻撃は、エド自身修正しようにもできない荒さだった。
仲間が危険な目にあってしまった。
命の危機にさらしてしまった。
敵の邪悪な顔を見て激昂したから。
今もなお嘲笑う姿を見て怒りが抑えられないから。
色んな要因がエドと言ういつもの人格を壊していき、通常の神力――メンタルと言う名の精神を乱しに乱していく。
もっと別の要因がある様な匂わせの発言をしたラージェンラは、どんどん下がっているであろうエドのことを見て、徐に懐に手を伸ばし、それを取り出すと――それをエドに向けて投げる。
軽く投げるように、彼女はそれをエドに向けるが、反射的にエドは投げられたそれに向けて槍を向けてしまい……、切っ先が当たった瞬間――
パリィンッ! と、投げられたそれが割れる音が聞こえ、それを聞いたエドは即座にそれが瓶だと理解した時――突然顔面に降りかかった黄色い何か。
「――っ!? う、なん……げほっ! ごほっ!」
顔面に入ってきたそれを吸ってしまったのか、エドは顔を拭いながら咳込んでしまう。
鉄のマスクからは入らなかったが、運悪く鼻に入ってしまい、そのせいでくしゃみをするという花粉症のような状態になってしまった。少しだけだが、目に涙を浮かんでいるエドはまさに花粉症のような状態。
だが、そんな状態は序の口。否――それ以降が本当の目的で、エドに降りかかったそれが一体何だったのかが分かるのは、すぐだった。
「? え?」
突然足の先に走る違和感。
それは正座した後の痺れに似ているもので、動かした瞬間体中に電流が走る様な痺れを感じてしまい、若干痛みを伴うものだった。
「な、あ……、へ?」
「エドッ! どしたっ!? 何があったっ!?」
エドの異変に気付いた京平はエドのことを横目で見ながら聞く。ラランフィーナの妨害もあったが、それを何とか牽制して聞くが、エドは返答しなかった。
否――返事ができなかった。
唇が痺れて、体も痺れて思う様に動けなかったのだ。
――唇の感覚がなくなっていく……。
エドは思った。体中を蝕むそれを感じながら、自分の身に起きていることがあの瓶に入っていた黄色い粉の所為であることを理解しながら思った。
――体の感覚が痺れて、動かすたびに痛い気がする。
――動くたびに小さな電流が流れていく、この感覚は……。
――まさか……、あの瓶は……っ!
エドが瓶の正体に気付いた時――ラージェンラは距離を取った状態で人差し指をエドに向け、そのまま彼女は小さく呟いた。
人差し指の爪から流れるそれを見せつけ、地面に残る数滴の痕を残しながら……。
「もう遅いわ」
ひどく歪んだ笑みの声。
それがエドの耳に届いた瞬間、エドの視界に入ったのは――
自分の右目に向かって突き刺そうとしてくる、赤黒い針。
そして――
いくつもの赤い鮮血が辺りを汚していった。音を立てて、黒い世界を赤黒くして……。




