PLAY137 MESSED:Ⅲ(Mobile Soldier and the Armor of Hatred)⑦
「『怨呪矢』ッ!」
戦闘態勢になっているクィンクとヌィビットに掌を見せつけるように出し、言葉にしたと同時に掌からどろりと黒い粘着性のそれを出す。
それはシルヴィに向けて放ったものと同じで、黒いスライムがロゼロの前に出ると同時に尖ったそれを出すと、素早い動作で無数の黒い針をヌィビットに向けて放つ。
弾丸と言ってもいいほどの針はヌィビットの体を穴だらけにしてしまいそうなくらいの数で、それを見てもヌィビットは避けなかった。
立ったままの状態で、迫り来るそれを見ているだけ。余裕のそれも相まって、ロゼロの感情の高ぶりを促す要因になっていく。
怒りのボルテージ。
逆撫でに似た何かを感じたロゼロは内心――余裕なのか? と思ってしまうほど避ける素振りをしないヌィビット。
悪魔族だからしないのか?
そんな思考が頭の中を過り、それでも避けないなんておかしいと緒見ながらロゼロは背後にいるであろうシルヴィにも『怨呪矢』を出そうと、今度は手がない腕から黒い粘着性のある液体を出そうとする。
どろり……。と、機械の手から零れ出るそれはオイルではなく黒い液体。
それを見ていたクィンクは視線をロゼロの無くなってしまった腕から逸らす。
逸らして、自分の視点から見て視界の端を一瞬見た後――すぐに視線をロゼロに戻す。
戻した後は――すぐに動く。
「――すぅ」
息を浅く吸い、姿勢を低く、もっと低くしていき、自分を獣のように見立てて左手を地面につけ、爪を立てる。
犬が威嚇をするような立ち振る舞いをし、右手の五指に力を入れると関節が鳴り響くのを耳で捉えると、クィンクは短く息を吐いた。
「――ふ」
吐くと同時に、足の爪を立てて賭け出す。
獣のように低くした視線の先――ロゼロを捉えて、勢いを味方にして右手を拳に変えて攻撃を繰り出す。
姿勢や体制を低くしていること、そして速さおかげもあって、ロゼロの視界から一瞬無くなり見失いと言う状況を起こしたクィンクは、そのまま姿勢を低くした状態でロゼロの服を掴んで勢いよく引っ張る。
「――っっ!?」
ぐんっ! と前のめりに引っ張られたことで体制を崩してしまうロゼロ。
引っ張られたことでロゼロは引っ張った張本人が自分の懐に入り込んでいる。いつの間にか入り込んでいる光景を見て、ネズミかと思ったと同時にシルヴィに向けようとしていた攻撃をクィンクに向ける。
幸い棘は止められていない。
現在進行形で向かっている光景を確認したのだ。攻撃をクィンクに向けても大丈夫。修正はできる。そう思ったロゼロは三度目の『怨呪矢』を向けて放とうとした――その時。
「旦那様を守れ――『轟獣王』」
クィンクは言う。自分の影にいる相棒に声をかけるように。
言い終わったと同時にクィンクの影が歪に歪み、そのまま光の屈折のようにジグザグに動くと、ヌィビットに迫って来る棘の前に出て来る大きな影。
影はそのままけたたましい獣の咆哮を上げて大きな右手を振り上げ、鋭く尖った爪を立ててそれを薙ぎ払う!
ぶぉんっ! と一瞬できた風がロゼロ達を襲い、それに気を取られている間にクィンクは引っ張るそれを強くして、ロゼロを地面に引き寄せる。
首が折れそうな急な引き寄せ。
実際、首を痛めてしまいそうな急な引き寄せなのだ。唸る声を出さなかっただけ……。
否――
唸っても唸らなくても同じ。
引き寄せをしている時、クィンクは左手だけを地面につけたまま両の足を背中側から持ち上げ、宙返りをするように両の足を使ってロゼロの顔面に蹴りを繰り出した。
骨の軋む音と蹴りの音が重なり、それと同時にロゼロの唸りもかき消されてしまう。
鉄のマスクのお陰もあって口に損傷はないが、鼻が軋んでいる。そして眼球にも当たっているのか歪んでいることを錯覚させる。
両の足で顔面蹴りされたのだ。無理もないが、ここで終わるはずはない。
クィンクは顔面を蹴った両の足をロゼロの首に回し、雁字搦めにするようにしっかりと組んで逆さづりの状態になると、クィンクはそのままロゼロを逆さになった状態で持ち上げて、背負い投げの要領で体を曲げる。
要はエビぞりから体を曲げると言った――到底できないような身体能力。
よくよく見ると、足にも金塗装がされた秘器が装備されている。
この身体能力の強化は、まさか……!
そう思って足掻こうとするロゼロ。首に絡まるそれを取ろうとしてもびくともしない。
細身のクィンクの体からこんな力が出るとは思えなかったロゼロだが、考えている時間が長すぎた。
「うっ!?」
首を絞められ、まさか持ち上げられてそのまま地面に頭からダイブすることになるとは思わなかったロゼロは、驚きながらなんとかして腕だけの手を徐に地面に向けると――そこから黒い粘着性のそれを出し、地面に当たる瞬間それを爆発させるように大量の放出した!
どばぁっ! と吹き上がるそれと同時にクッションのような感覚を感じたクィンクは足の殻目を止めて即座にその場から離れる。
離れて、手と足首に装備されているそれを見ながら思った。
――この秘器は、凄いな。
と。
今も昔も嫌悪として、怨恨の対象にして、使っているのが今のバトラヴィア共和国の王だけの武器だが、力は確かであり、それを使っているクィンクは毎度毎度驚かされていた。
彼が今使っているのは『身体強化』と『身体硬化』と言う、純粋な攻撃力と防御力強化を付与する秘器――『身体武装』と言うもので、一般兵士が使っていた秘器なのだが、威力は見ての通りだ。
「これで一般兵士が使っていた……か」
そっと秘器が付けられた手を撫で、それを見ながらクィンクは小さな声で言う。
小さく言いながら何かを呟こうとした。
その時――
「ぬうううああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
ロゼロの激昂。
魔物の遠吠えにも感じてしまいそうなその声を聞いた誰もが動きを止めて『一体何があったんだ?』と思ってしまい、それは遠くにいたフルフィドもにも聞こえていた。
唯一ともに行動していた――国の生き残りのフルフィドはロゼロの声を聞き、怒りに満ち溢れたそれを聞いた彼は小さく溜息を吐いて……。
「やはり……、私も共にいるべきでした……っ」
後悔のそれを零した。
苦々しく呟いたそれは誰の耳にも届かず、最も伝えたい人にもそれは届くことなく、独り言として消えていく。
消えていった声はどこに向かうことなく消えて……、後悔しているフルフィドを無視してロゼロは黒い液体から顔を出して深く息を吐く。
長い間息をしていなかったかのような息の吐き方だが、それよりもロゼロの姿を見たクィンクは視線をロゼロに向け、『轟獣王』もそれを見て牙を剥き出し、ヌィビットはそれを見て納得したような顔をする。
「あぁ、やはりな……」
ヌィビットは言う。
小さく、やっぱりと言うそれを零しながら言ったのだ。
黒い液体がロゼロの体を覆い、漆黒の体を――漆黒の鎧を纏い、腕や足を黒い竜の手足をような、竜騎士団を思わせる様な状態になったロゼロを見て言う。
「そう言う事もできるよな? 魔法と言うのは、そう言うものだから」
そう言うもの。
理解しているからこそ曖昧に言ったヌィビットを見て、ロゼロはゆっくりとした動作で一歩歩む。
ずんっと――重量感溢れる振動と音。
それを聞いてもなお臨戦態勢を解かず、むしろ背後にいるシルヴィを一瞥した後、頷く彼女を見て、一緒に駆け出す。
駆け出し、シルヴィは槍を振るい、クィンクは手を貫手に変えて――
「『ヴァリア・クロワ』ッ!」
「『暗鬼拳――『鎧崩し』」
シルヴィは槍による乱れ付きを、クィンクは鎧などの防御を壊すスキルを繰り出す。
ガーネットが繰り出していた攻撃方法とは少し違うかもしれないが、クィンクはもっともやりやすい方法でスキルを繰り出している。
繰り出し、そのままロゼロを倒そうとしていた。
これで終わるはずはない。せめてダメージを与えようとした。
が。
どばぁんっ! と、シルヴィが繰り出した攻撃は当たるが、当たったのは鎧だけで体には当たらず。
「っ!?」
ごぉんっ! クィンクも貫手の攻撃を繰り出したが、出たのはただの金属音だけ。
体には当たっていない。ロゼロは無傷のまま。
「ち」
舌打ちを零し、クィンクはそのまま攻撃を止めてロゼロの死角となる体の横ギリギリを掻い潜り、シルヴィに向かって低い体制のまま走ると、そのまま彼女のことを横抱きにして更に速度を上げて駆け出す。
「っ!? きゃっ!」
「舌を噛むぞ――閉じろ」
シルヴィの口から女性らしい声が聞こえたが、そんなの気にしている暇なんてない。
クィンクは静かに言い放つと、そのまま駆け出し、少しでもロゼロから距離を取ろうとした。
取ったのではなく――取ろうとした。
しようとしていたその時、ロゼロは竜のように膨れ上がったその手を振り上げ、爪を光らせた瞬間……。
一気にクィンク達がいる場所に向けてそれを振り下ろした。
逃げる瞬間視界の端で捉え、数センチでも遠くに駆け出すクィンク。
振り下ろされるその刹那はスローモーションのように流れ、ヌィビットもさすがにこれは駄目だと悟ると、走ろうと動こうとする。
走りながら手をロゼロに伸ばそうと試みた時――
振り下ろされたロゼロの腕を貫通する弾丸。
弾丸の音もしなかったそれは一瞬でロゼロの腕にめり込み、そのまま貫通して壁に当たり弾丸を残す。
当たった瞬間黒い液体が岩で作られた壁に付着し、それを見たロゼロは黒い鎧の中でそれを見て目を細める。
細めながらもロゼロの攻撃は止まない。だが弾丸のお陰でクィンクはそのままシルヴィを抱えて全速力で駆け出し、振り下ろされ、爪で三枚おろしになるという惨事を避けることは成功したのだ。
コートが少しだけ裂け、同時に神殿内の地面が深く、深く抉れるという事態になってしまったが。
爪の切り裂きとは思えないような抉れる音。
そして浮遊している神殿の外から噴き出た衝撃の煙。
煙はそのまま空気と同化していくが、空気に同化せず、そのまま海に向かって落ちていく石の粉。
その粉はロゼロの攻撃によって生み出されたもの。
同時に現れる――大きな切り傷。
爪の振りだけで抉れ、あろうことか神殿の外にまで爪の攻撃が到達している事態にロゼロ以外のヌィビット達は驚き、空の世界にしかない白い雲と海が抉れたそれから覗く。
見ただけで分かってしまった威力は、援護がなければ即死だったことを認識させる。
同時に――この状態のロゼロはやばい事を認識させるには、十分すぎるほど大きいものだった。
「――『怨ノ鎧』」
ロゼロは静かに言う。
その鎧を見て、ヌィビットはほくそ笑みながら小さく言った。
自分にしか聞こえないその声で、彼は自嘲気味に言ったのだ。
「まさに……因縁の戦いにうってつけだ」
タイトル和訳:機動兵士と怨恨の鎧




