PLAY14 アムスノーム⑤
「え?」
「はぁっ!?」
アキにぃとキョウヤさんがそれを見て、目を疑うかのように驚いた声を上げた。
ヘルナイトさんはそれを見ても、なにも驚かなかったけど、それでも目を疑う光景だったらしい。
マティリーナさんはそれを見ても驚かなかったけど、呆れた顔をして溜息を吐いて……。
「アムスノーム国王よ」
と――あの時とは違う。礼儀正しく、なにより面と向かい合い、国王に向かって言った。
国王から見たら、私達はまるで動物のように見えるかもしれない。
それはなぜか?
簡単な話。
今私達がいるところは、動物が入る檻のような場所だったから。
この謁見の前に入った瞬間に檻という驚愕の風景。
その檻の面積も狭く、私達五人がいても狭いくらいの狭さ。
それを感じながら、ずっと奥にいる豪華そうな椅子に座って頬杖を突いているのが……アムスノーム国王……。
顔は痩せ形で、王様の冠から見える金髪の七三分けが特徴的で、なによりオレンジを基準とした王族の服と赤いマントが私達の記憶に深く刻まれる。
そんな王様は、私達がいるところからかなり遠くにいて、その近くには兵士が脇にいて、出るタイミングを控えているようにも見えた。
完全なる絶対領域。
それを見た私は、言葉が出ないくらい驚いて……、そして納得してしまった。
今目の前にいる王様は……、弟君さんだ。
兄は暗殺されて、今王位継承は弟君に継承されている。自分もああなりたくないという自己防衛で、こうなってしまったんだ。
そう思うとわかる気がして、何も言えないけど……、これは、流石に……。
私はそう思いながら鉄の檻に触れる。
かしゃっと音がしたと同時に――
ずっと私の目と鼻の先という距離で……、刃が私の目元を突こうとするかのように突きつけられた。
「わっ!」
私は驚きながら檻から手を離してよろける。
それを見たのか、とすんっと私の背に何かが当たる。私は上を見た。するとそこにいたのは……。
「大丈夫か?」
「あ……」
ヘルナイトさんだった。
私はヘルナイトさんに支えられながら……、「だ、大丈夫です……」と言った瞬間……。
「なにしてんだお前っ! もう少しで妹に刺さりそうだっただろうがっ!」
アキにぃの怒りの叫び声。
それを聞いてアキにぃ達を見ると、アキにぃは今槍を突き付けようとした兵士に飛びつきそうな勢いで迫っていたけど、キョウヤさんがそれをすかさず止めに入る。
それを見て私はおどおどとしながら「あ、アキにぃ……」と困ったように言ってしまう。
すると、マティリーナさんはかんっとヒールの音を立てるように床を踏みつける。
その音がまるで静粛にという合図であるかのように、私達はそれを聞いて、ピタッと止まってしまった。
マティリーナさんは私を一瞥し、アキにぃ達を一瞥して、目の前……ではない。少し遠くにいる王様を見て――
「アムスノーム国王よ」
と、真剣な音色で、大きな声で言った。
それを聞いたアムスノー国王は、ふむっと言って……。
「なんだ? マティリーナギルド長よ」と、少しだけ不安そうな音色を混ぜた傲慢そうな音色で聞いた。
それを聞いて、マティリーナさんは言う。
「この者達のことで、お話があります」
「余は話を聞きたくない。そやつらは異国の冒険者と言う者達なのだろう? この国の者ならばまだしも、異国の冒険者が余になんの用だ? まさか……」
くわっと、恐怖のそれに切り替わった国王は、すっと立ち上がって私達を指を指して叫ぶ。
「よもやこのアムスノーム二十六代目国王……、パルトリッヒ・ルーベントラン・ノートルダムであるぞっ! その余を殺そうと、正面から賊が来ようとは……っ!」
「お待ちください国王」
マティリーナさんは手を上げて静止と落ち着きを与えようとする。
それを見た国王は、ぐっと口を噤み、マティリーナさんを見る。
「な、なんだマティリーナギルド長」
「その者達は賊に非ず。この者達は『終焉の瘴気』を浄化せんとする者達です」
その言葉に、兵士達が騒めく。
私は何とか声を出そうとしたのだけど、マティリーナさんは、私がいる方向に手を上げる。それは……、待ったの合図。
マティリーナさんを見ると、マティリーナさんは私を横目で見て、反対の手で人差し指を口元に添えながら、しぃーっと言う動作をする。
私はそれを見て、口を閉ざした。
王様は疑心暗鬼の王様。となると、今見ている限り……、マティリーナさんの話しか信じない様子だ。
だからこの場合は、マティリーナさんに任せよう。
最も信頼できる人の話なら……、聞いてくれるはずだ。
そう思って、私はマティリーナさんを信じて、話を聞く。
アキにぃもキョウヤさんもヘルナイトさんも――口を閉じてマティリーナさんの話を聞いていた。
「浄化……っ!? それはまことかっ!?」
「はい。ギルド総出でサポートをしています。サリアフィア様にしか扱えなかった『大天使の息吹』を使える少女……、このハンナと、退魔魔王族である『12鬼士』が一人――ヘルナイト。この二人こそが、我等の希望でもあるのです」
「………それは嘘ではないな? と聞きたいのだが……、余は信じられん」
「なぜです?」
「――出来んかったではないかっ!」
「――っ」
その言葉に、ヘルナイトさんはぐっと、私の肩を掴む力を強めた。
それを感じた私は次に感じた感触に、驚きを覚える。
震えていた。
ヘルナイトさんの手が、震えていたのだ。
それは恐怖とかそう言ったものではない……。
それは、きっと……。
後悔……。
そんなヘルナイトさんを見ないで、国王は続けてこう言った。
「我々の希望でもある『12鬼士』でもできなかった! 結局、魔王族も人と同じ自分の命欲しさに臆して逃げた腑抜けだったのだっっっ!」
「……っ!」
腑抜け。
それを聞いた私は、まるで自分がバカにされたかのように、心がむず痒くなった。
あの言葉は、ヘルナイトさん達『12鬼士』に対しての言葉だったはず。でも、私はそれを聞いて、自分がそう言われているかのように、国王の言葉に対して少しむっとしてしまったのだ。
なぜ、むっとするのかは……わからないけど……。
そう思っていると……、マティリーナさんはその言葉に対して、こう言った。
「そのような言動は、あまり吐露せず、控えた方がよろしいかと思います。こちらも、魔王族も、みんなできる限りを尽くした結果、こうなってしまった。結局私達は、力あるものに対してその責務を擲った。責任転嫁をして、自分達は見ているだけだった。何もしていないものに、そのような言葉を言われるのは心外だと思われます」
「だまれぃ変異種族めがっ!」
? 変異種族?
その言葉を聞いて、私は内心首を傾げていると……、国王は声を荒げて叫ぶ。
「そなた達にはわからんっ! 余のような、力ない人間の気持ちなんぞっ! 余が一番信頼を寄せる貴殿であっても、言っていいことと悪いことがあるっ! 兄のような死を迎えたくないからこそ、余は誰も信用せずにいるというのに……っ!」
「おっしゃることは存じています。しかし兄君が暗殺されたことに関して、私も深く心を痛めております」
「そんな薄っぺらな言葉を聞いても信じられん! なぜああなってしまったんだ兄上……っ! なぜあのような姿になってしまったんだっ! うぅ……っ! うぅぅぅぅううううううっっっ!」
国王は顔に手を添えながら項垂れてしまった。嗚咽を吐きながら……、国王はぶつぶつと何かを言っていたけど、心配そうに見ている兵士やマティリーナさんのことなど気にもしないで、おいおい泣きながら国王はぶつぶつと何かを呟いていた。
その光景を見て、私はきゅっと口を噤んで、意を決して国王にあのことについて聞こうとした瞬間……。
国王は、ガバリと顔を上げながら私達のことを睨みつけながら――
「言葉だけのそれなどどうでもいいっ! 余は気分が悪いっ! 出て行け……っ! 全員この場から出て行けええええええええっっ!!」
王様は声を荒げながら、発狂交じりに叫んで……。結局、私達はライジンの浄化をすることができなかった。というか……、王様に話を聞くことすらできない状況になってしまった……。
□ □
「すまないね。こっちも何とかしようとしたんだけど、あたしの話なんてあまり聞いてくれないんだよ。ああは言っても結局自分しか信じられないんだ。今日はもう会えないからこの町で観光でもしてな。宿はうちの酒場兼ギルドでね。有料だから……」
王様との腑に落ちないような謁見の後……、マティリーナさんの案内の元、心にしこりを残したままの観光をしている私達。
アムスノームの巨大時計台。
魔導具製造工場。
ライジンを奉っている斬首霊廟。ここだけはアキにぃが近くにいなかった。
名物のノトルダティークッキーは美味しかったけど……、心にしこりを残したままだったので、快く観光などできるはずがない。
そして最後の大目玉……、その目玉となっている街の中央に位置している……サリアフィア様の銅像噴水の目の前で私はヘルナイトさんを見上げた。
どこか……、悲しそうに見えるその雰囲気。
それを感じた私は、唐突にヘルナイトさんに聞いた。
「あの……」
「? どうした?」
「もしかして……、自分を責めてます?」
その言葉にヘルナイトさんは何も言わなかった。でも、驚いた雰囲気で、私を見降ろし、そして……。ふっと自嘲気味に笑って……。
「君は、心を読むことができるのか?」と聞いた。
私はそれに対して首を横に振って……、「ただの勘です」と言うと、ヘルナイトさんはすっと、噴水の銅像でもある、サリアフィア様の銅像を見上げて……、独り言のようにこう言った。
「確かに国王の言うことはもっともだ。何もできず、このアズールを『終焉の瘴気』で満たしてしまったのは、私の驕りが原因だ。何より……、私にしか授からなかったその詠唱も、ちゃんと使いこなせれば、それでよかったのかもしれない。今になってその反省をする資格など……」
「――それは、私だって同じですよ?」
「?」
私はヘルナイトさんの手をきゅっと握った。
その手は大きくて、温かくて、そして安心する手だ。
私はその手の感触を感じ取りながら、ヘルナイトさんを見上げて言う。
「私だって、もしかしたらちゃんと浄化ができない可能性だってあったんです。それを教えてくれたのは、あなたですよ? 私は、すごく感謝しているし、すごく……、嬉しいんです」
いったい何を言っているんだろうと思われただろう。
でも、私は言う。
いつもいつも私を助けて、みんなを助けて……、私の心に安心をもたらしているヘルナイトさんに……。
「だから、自分のせいだなんて、自分で責めないでください……」
そう言うとヘルナイトさんは一瞬黙ってしまったけど、それを聞いてなのか……、そっと手を伸ばして私の頭に手を置くと、ヘルナイトさんは凛としているけど、優しい音色で私を見降ろして……。
「ありがとう」
と、言った。
私はそれを聞いて、少しばかりこそばゆさを感じ握っている手に力を入れて俯きながら頷いた。
すると……。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」」」」」
「「?」」
遠くから男の人達の歓声の声が。
それを聞いて、私とヘルナイトさんはその声がした方向を見ると……。
目の前に現れたのは一人の女性だった。
ふわりと飛んできたかのように降り立ったその人は妖艶で、それでいてふわりとした笑みが印象的な人だった。
薄いピンクの髪の毛をうなじ近くで団子にして、うなじのところから何本もの毛が出ていたけど、それでも妖艶さがそれを掻き消していた。
黒いイブニングドレスに黒いピンヒール。腕にはレースがついたバンドに頭には黒いバラのアクセサリーがついている。
まさに妖艶さが目立つその人は、私の手を優しく掴んで、そのまま手を引いた。




