PLAY136 MESSED:Ⅱ(Valkyries and tattoos)④
背負っている火の鳥は赤く燃えている。
赤い線に命が吹き込まれ、男の覚悟の大きさを示すように燃え――
男の意思の表れの如く、それは大きく存在を見せつける。
背中に刻まれるその刺青は、男にとって一生消えない。一生その意思を捨てない意思の表れ。
捨てず、覚悟を背負い、男は戦ったのだろう。
それが――最悪の結果になりかけていたとしても………。
◆ ◆
『僕の攻撃はそもそも特殊なんだよ。王道の技とは違った捻った技って言うのかなー?』
「どこだ」
蓬は言う。洞窟内の反響を利用した音色でくつくつ喉を鳴らしながら言葉を発する空気は、まさに嘲笑っていると言っても過言ではない。
だがそんな蓬の言葉を無視しているロゼロは辺りを見渡している。
見渡しながらも周りの警戒は怠らず、奇襲対策は万全の状態で見渡して蓬を見つけようとしている。
暗い世界の所為でよくわからないが、ロゼロの足元には黒い魔祖がうねうねと蛸の影のように蠢いている。
奇襲した瞬間それが一気に相手に向かって襲い掛かる。
どう襲い掛かるのかはご想像にお任せしよう。だが襲い掛かるということは――命の保証など一切ない事だけは確実である。
ロゼロの言葉を聞きつつ、隠れて見を潜めていた蓬は呆れるような溜息を吐きながら――
『そんな警戒心剥き出しの状態で『ここですよ』なんていうわけないでしょ? 正直出たくないから奇襲したって言うのに……』
「出たくないから奇襲した。と言うことは、正面から戦うのは苦手なんだな」
『苦手っていうか……、そもそも僕は後列要員だし。あんたみたいに強力なものは出せないよ』
今は。
含みのある言葉。
それを聞いたロゼロは目元を動かしただけに留めたが、何かあると踏んで警戒は解かない。
むしろこんな状況で余裕をかましてしまえば、最悪のケースもあり得ることになる。
ロゼロは『六芒星』幹部が一角。
幹部になるまでに得た感覚をフル稼働して隠れている蓬を探し、言葉をかけていく。
奇襲されると思っていた。それがないとなれば――あとは本体を叩くだけなのだから。
「確かに、お前達冒険者は八大魔祖は使えても他が全然だめだそうだな。技術もありきたり。変化を加えたものはあまりないみたいだが、それでもここまで生き残れるんだ。相当修羅場を潜り抜けてきたんだろう」
『それって、褒めているってことでいいの?』
「いいや褒めていない。ただ……、血にまみれた戦いを経験していないかのような青二才共に負ける程、俺達は落ちぶれていないことを確認できただけだ」
ロゼロは言う。
敢えて挑発するような言葉を吐き、相手が感情的になるように誘導の言葉を吐き続ける。
人は馬鹿にされれば馬鹿にされるほど感情的になる。
それは幾万の戦場をくぐりぬけたからこそ編み出せる方法。
『12鬼士』が一人にして、この世界を壊した張本人ジエンドがよく使っていた口車と同じだ。
逆撫でを誘い、判断を鈍らせると同時に感情の一直線をおびき寄せる。
あまり使用しないロゼロでも、これしかないという結論に至り使用する。
同じ仲間であるザッドが使う言葉の誘導を。
「俺達は戦場を潜り抜けている。数なんて指が足りなさすぎる程。忘れてしまうくらいだ。だがその分経験は十分稼がせてもらった。どんな相手でも、確実に隙を作ることなんて動作もない」
蓬は何も言わない。
ロゼロの言葉に耳を傾ける。
今までの薄ら笑みが消え去ってしまった――スイッチが入ってしまったその顔で。
「それに比べてお前達はまだ修羅場を越えていないんだろうな。あの狂気じみた行動も、特にあの悪魔族の奴はまるで死ぬことが怖くないかのような行動だ。常軌を逸している。喪っちまったら何も残らないって言うのに」
ロゼロは言う。
蓬は何も言わない。
何も言わず、食いしばる唇から一筋のそれを流しながら……蓬は傾ける。
聞きたくない言葉。
だが聞かないとだめだ。
相手の隙が生まれるまで、絶対に動いてはいけない。
まだできていないことを見越して、蓬は耐える。
耐えながらもロゼロの言葉に耳を傾けるが、聞きたくない言葉を聞くというのはかなり苦しいものだ。
どころか聞きたくないことを延々と聞かされるというのは、かなり精神的にも苦しい。
そう蓬は思った。
閉じ込められてからヌィビットの饒舌が最も拷問に感じていた時が懐かしく感じてしまうほど、ロゼロの言葉は蓬にとって聞きたくない内容だった。
普通ならば聞き流せばいい。
しかし蓬にはできない。
できない理由があるからこそ――その言葉を背くなんてことはできなかった。
背いてしまったら……、あの人の生き様をダメにしてしまいそうだから。
「俺達は戦いを何度も体験している。だがお前達は数回しか体験していないだろう? 俺に対抗するための行動は褒めてやる。技術も行動も、きっと懐刀様なら褒めてくれるだろう。だが――それ以外は素人だ」
ロゼロの言葉に蓬は言わない。
ヌィビット達も言わない。
なにせ、ここで行動してしまったら巻き添えを食ってしまうから。
だから敢えて奇襲するという作戦にしたのだ。
しかしこうなることは想定外。
これに関してはヌィビットも内心――これは想定していなかったな。
と思ったほどだ。
――いくら学習機能が備わっているAIでも、こんなにも人を陥れる様な事を言うものか?
――これは流石に、人間に近すぎるようにも見える。
――AIのように見えるが、AIではない。
――たしか……、学習するAI『LEARNING ROBOT』、だったか。
――これは学習どころでは済まされないな。
――学習したからと言って何もかもが一つの人格として形成するのは無理がある。
――一個人に対しても幾万の性格や人格形成をしなければいけないのだが、短時間でそれが成せるのか?
――成せないとなれば説明がつかない。
――まるで。
まるで、そう思いながらヌィビットは可能性でしかない、且つ空想でしかできない予想を思い浮かべてしまう。
一瞬浮かんだこと。
浮かび上がるそれは空想上――フィクションでしかありえないこと。
それでもこれしかない選択に、ヌィビットはその仮説を思い浮かんでしまう。
まるで――生きている人間の様だ。
と。
AIでも限度がある人格形成だからこそ仮説として組み立ててしまった仮説。
これに結論をつけることはできない。
まだ情報が足りなさすぎる。
そして――今はそれを考えている暇はない。
それだけを理解してヌィビットは考えることを止める。
否――考えている間にロゼロはどこかに隠れている蓬に話しかけたので、一旦考えることを止めた。の方が正しく、その言葉に耳を傾けようとしたが正解だ。
ロゼロは言う。
息を潜めてしまった蓬に向けて、感情を吐露させようと言葉の誘導を行いながら……。
「お前達の行動は粗がありすぎる。あの悪魔族の突拍子もない常軌を逸した行動も、お前達の行動も粗がありすぎる。技術があれば胴とでもなるとか思っているのかはわからないが、それは俺達の世界では『驕り』って言うんだ」
それは知っている。
こっちはゲーム上の力を使っているだけなんだから。
「驕った結果死ぬことだってある。そんな部下を何度も見てきた俺からすれば、お前達の行動もそうに見えてしまう。戦いは常に知略。お前達はそんなのお構いなしに戦っている感覚だな。無鉄砲に立ち向かって死ぬ馬鹿の一つ覚えみたいに」
それ以上言わないでよ。
それは、一度聞いただけで吐きそうなんだよ。
もうそんな言葉聞きたくないっつーの。
「お前達がここに来た理由も、ボロボを守ろうとしての行動だろうが、そんな行動したところで何が変わるって言うんだ。俺からすれば絶好の機会なんだが……、守って何になるって言うんだ? 自分の自己満足なんだろう? 満足に守れて英雄気取りか? それとも守れる自分は凄く格好いいとか思っているのか? 何かを覚悟している自分に心酔しているのか?」
心酔なんてしていない。
自己満足でも何でもない。
覚悟もそんな簡単なものじゃない。
それは分かっている。
見ていたからわかっている。わかっているからこそ――この言葉を聞いているとイライラが治まらない。
わかっていないのはお前じゃないのか? って言いたくなるけど、まだ準備ができていないからできない。
押し殺そう。
今は我慢だ。
こんなの僕らしくないけど、待って隙を見つけないと。
「覚悟を掲げたからと言ってそれが全部叶うわけじゃない。叶えたかったら何が何でも汚さないといけないんだ。きれいごとで済まされるような世界ならそれは優しすぎる世界だ。変えたければ汚さないといけない。お前はそれをしていない。やっていることは弱者そのものだ。あそこにいる奴よりも狡猾で、卑怯そのものだ。この行動に関しても裏があってしたんじゃないのか? それとも――裏切ろうとしているのか?」
『それ以上ハ……ッ!』
「やめろアイアンプロト」
ロゼロの言葉は蓬の視点でもかなり精神的苦痛を伴うものばかりだが、仲間であるアイアンプロト達にもその衝撃が重く、痛くなる内容だった。
蓬が裏切ろうとしている――と言うところに怒っているのではない。
蓬の行動にに関しての言葉に感情を露にしてしまったのだ。
そんなことは一切ない。
蓬の性格上……、蓬の事情を理解しているからこそそれはない。
そう言いたかったアイアンプロトは前に出てロゼロに掴みかかろうとしたが、それを止めるシルヴィは彼のことを片手で遮るように制した。
シルヴィの行動に驚きながら『何故止めるのか?』と疑問の面持ちを向けるアイアンプロトに、シルヴィは視界の端でアイアンプロトを見ながら頭を振るう。
言っても無駄だ。
ではない。
それは蓬の前で言ってはいけない。
それを諭すように苦しい顔をするシルヴィ。
コーフィンもクィンクも、ヌィビットも蓬の過去を知っている存在達だ。
だから蓬が嫌いなことも知っているし、この会話に対してとてつもない嫌悪と怒りを覚えていることも重々理解している。
理解しているが、それを敵に言ってどうなるのかわからない。
わからないからこそ踏み込むことはできない。
そして――蓬の攻撃が当たらないためにはこうするしかないのだ。
離れて静観。
矛盾かもしれない。さっさと攻撃してしまえばいいと思うかもしれないが、本当に蓬の攻撃の範囲は大きい。
そしてどこにそれが施されているのかわからないからこそうまく動けないのだ。
蓬がそれを知っていることが幸いだが、その蓬が時間を稼ぐために黙っているのだ。
今は、少しの間だが見守ることしかできない。
シルヴィの空気を読み、アイアンプロトは言葉を零すことを一旦やめる。
やめたところを見て、ロゼロは更に畳み掛けるようにどこにいるのかわからない蓬に向けて言った。
誘き寄せ、その一直線から出たところで――討つ。
それを胸に――!
「仲間にも信頼されていないみたいだな。お前みたいな姑息野郎のすることだからだろうな」
かかれ。
「姑息な生き方しかしてこなかった奴はそんな末路を辿る」
かかれ。
「生き方が血まみれであればなおのこと悲惨だな」
かかれ!
「自業自得な生き方をしてきたから、そうなるんだ」
かか――………。
『もう喋んないで』
突然。蓬の声が聞こえた。
それは先ほどまでの陽気なそれではない。
冷たく、喉元に冷たいものが当たっているかのような殺気が込められた声。
さっきまでの雰囲気が嘘のように消え去ってしまったそれを聞いたロゼロは息を殺してしまった。
ひゅっと声が零れてしまいそうな、息がつまったかのようなそれを零したと同時に――それを感じた。
首や足に感じる急激な熱。
まるで一気に活動を始めたかのような熱と、巻き付いているかのような感覚にロゼロは一瞬脳の処理がバグってしまう。
困惑し、一体何が起きているのか手で触れようとした。
触れようとした――その時、ロゼロの首と足からとてつもない痛みが襲い掛かってきたのだ。
痛み。
普通の痛いと思えるような痛覚ではない。
その痛覚は特殊で、熱を感じた瞬間手を引っこめてしまうような、熱を帯びたそれ。
それが首に巻き付き、足に巻き付いて熱を発しているのだ。
「――っ!?」
熱を感じ、何が起きているのか理解が追い付かないロゼロは焦りの目を見やすい足に向けて、一体何が起きているのか視認すると――更に目を見開き、言葉を失ってしまった。
無理もない。
なにせ、赤赤く細い糸状の何かが発光し、自分の首を絞めるように、足に巻き付くように光り出したのだから。
ロープの様に巻き付いたそれは肌に直接ついているのか、指で引っ掻けようとしても取れない。
いいや……、付着と言うよりも、刻まれているかのように取れないのだ。
まるで体に絵が描かれたかのような感触。
それが一体何なのかわからないロゼロは困惑しつつも、焦りと怒りを露にしながらがりがりと首と足に刻まれているそれをとろうとする。しかし取れない。
かきむしったとしても取れない発光する何かが、一体何なのかと焦りの思考の中で思ったロゼロの耳に声が入ってきた。
つい先ほどまで聞きたかった声だが、今は聞きたくない声を。
『そう言うあんたの思考回路、ねちねちで気持ちわるぃ』
僕が一番嫌いな人種と同じ。
声が言う。
脳裏に焼き付いているあのことを思い返しながら――声の人物、蓬は右手を徐に上げ、指を強く、強く鳴らした。




