PLAY136 MESSED:Ⅱ(Valkyries and tattoos)②
ロゼロが作り出した『憎悪影人』は、言うなればヘルナイトの『影剣』と同じ。クロヅクメが使ったマナ・イグニッション――『影蠍』と同じ系統の技だが、それに加えて凶暴性を持った魔法である。
憎しみの影として生み出された『憎悪影人』はロゼロの姿をしているが、四肢を四足の獣の様に使い、地面を抉り襲い掛かるその姿は――まさに狂犬。
人の姿のまま四足の獣の如く駆け出す光景が異常極まりない。
あの姿のまま人としての人格。もしくは人の姿のまま攻撃してくれればどれほど精神的にもよかったのか。
そう思ってしまうだろう。
だがそれをするほどロゼロは人ができていない。
壊れてしまった。
壊されてしまった心だからこそ、人だからこそそんな甘い思考が欠如している。
幹部視点で言えばよくできた魔女で戦える人。
だが人として見れば、常軌を逸した存在。
そんな存在が一人の女性――槍を持っているが肉体的にもだがある存在に対して殺意を放った獣を放った。
死んでしまってもおかしくない。いいや嬲られること間違いなしの状況にも関わらず、女性は動かない。
槍を横に携え、手に持ったまま何もしない。
鋭く研ぎ澄まされた、真っ直ぐな視線を向けたまま、逃げる素振りをしないその姿は、堂々としていた。
胸を張り、顎を引き、敵を逃さんばかりに見据えるその姿は――騎士その者。
数体の『憎悪影人』を目の当たりにしても怖気付かないその姿を見て、ロゼロは目を細めた。
気に食わない。
そんな嫌悪を込めた視線を騎士の女――シルヴィに向けて『憎悪影人』は無情にも襲い掛かろうと跳躍する。
犬がジャンプをするような要領の跳び方。
そして口であろうその場所にギザギザの亀裂が入ると――
「「「「「「ガァアアアッッ!」」」」」」
がばぁっ! と犬歯よりも鋭い牙を剥き出しにし、獣の咆哮を上げてシルヴィに攻撃を仕掛ける。
見た限り犬にしか見えない行動だが、シルヴィは避けない。ヌィビット達も避けない、逃げないところを見てロゼロは心の中で呆れを零した。
まさかシルヴィに対してそこまで信頼しているとは思っていなかった。
だが信じすぎなんじゃないかと思ってしまうほど動かない光景を見てロゼロは呆れていたのだ。
――たった一人が大人数人相手に捌けると思っているのか。
――普通なら捌けるかもしれないし、盾になればなんとかなると思っているかもしれないが、そう簡単にうまくいくか。
――あの白黒の男の様に体を使った犠牲の盾なんてできない。
――『憎悪影人』は確かにベースを俺にしているが、改良を加えることができる。ところどころの書き換えが可能の魔法だ。
――人間族ベースの体だが、特定の場所に色んな種族の特徴を掛け合わせている。
――魔物の書き換えだってできる。
――凶暴性は俺の憎しみだが、瞬時の凶暴性は猫人。牙は犬人の力を加えて、更に牙には鮫人間の返しの牙を加えているんだ。
身を挺したところで自滅が結果として残る。
どう攻防に転じたとしても、重傷は確実。
あの女の末路がどうなるか、見ものだ。
ロゼロはそう思い、シルヴィの末路を頭の片隅で想像しながら結果を目に焼き付ける。
じっと見て、心の中で喚き足掻いて死に絶えるその姿をほくそ笑みながら……。
◆ ◆
今の話を聞いて誰もが思っただろう。
こんなお後出しだ。御都合だろ。
後付けするなとヤジが飛んでしまいそうな内容だと思っているかもしれない。
しかしこれは後出しではない事だけは真実として述べたい。
これはロゼロ自身の魔法であり、ロゼロが自分の力で編み出し、練り上げ作り上げた彼の功績の一部と思ってほしい。
これは、ロゼロ達にとってすれば当たり前のことなのだから……。
後出しのような魔法の特色だが、これは魔女にとってすれば普通だ。
ラージェンラも血を使った魔法を駆使し、ガザドラも鉄や色んな金属を使って攻撃方法、趣向、そして性能を変えて戦っていた。
魔女の力と言えど、たった一つの方向性で戦う事こそが魔法の力ではない。
魔女が使う力は枝の様にいろんな場所で分かれ、そして広がっていく。
魔王族の魔法は一般的に『八大魔祖』を使った二つの力。
『宿魔祖』と『魔祖術』だが、魔女はそんなものはない。
たった一つの魔祖しかない力の中で、どのように戦うか考え、編み出し、それを実践として使うか。
それが魔女としての『魔祖』の使い方。
一見すると攻撃を考えている。小さい子供がよく考えていた自分だけの技を編み出すかのような考えだが、まさにそうなのだ。
魔王族の魔法は一見すれば一般的ではあるが自由である魔法。一般的な魔法の使い方。自然界の力を使い戦う魔法。
聖霊族の魔法は変化球の魔法。一般的からはかけ離れていたり近かったりと、不規則で変質的な魔法。
魔女の魔法は、原形を元に自分で編み出す。
創作物の魔法。
一から創り上げ、それをいくつも作り上げて発展させていく。
それが――魔女の魔法なのだ。
自由度が高い魔法。
ロゼロが放った『憎悪影人』にも、後出しの様な牙や獣の猛攻が目立ったのも、発展した結果と言っても過言ではない。
想像力とそれを実現する力が現実となった形。とでも言っておこう。
これを怠った姿がオグトで、オグトに向けてザッドはこう言っていたのを覚えているだろうか?
『あなたは確かに強く、そして奇異な魔祖の使い手の魔女です。しかしそんな奇異な魔祖でも、デメリットがありすぎるのですよ。あなたのその『食』は……、相手を喰うことで力を発揮する。よくある触れた瞬間発動できるようなものですね。あなたはそれと同等。しかもただ食べて回復と強化をするだけの力の使い方をする。ガザドラやロゼロ。そしてラージェンラやオーヴェンは、その力の使い方に関して常日頃から研究しています』
この時ザッドはオグトに対して言っていた。
魔女の魔法は特殊でデメリットがありすぎると――
そのデメリットの反面教師がオグトであり、ロゼロやラージェンラ、ガザドラのような魔女を模範教師なのだ。
一つの魔法を一つにしない。
一つの魔法に対していくつか発展させて編み出す。
ロゼロが放った魔法も『憎悪影人』もその結果から出来上がった姿。
だがこの魔法にゴールなんてものは存在しない。
どころか常に発展なのだ。
だからまだこれも発展途上。
発展途上だが、冒険者相手ならこれで十分。
ロゼロはそう思い、もがき苦しむシルヴィのことを思い浮かべながら結末を見る。
――シルヴィの力を知らず、このヌィビットのチームの本当の強さも知らず……。
◆ ◆
『き、来テマス! 来てマスヨッ!』
アイアンプロトの焦る声を聞いてもシルヴィは動かない。
どころか迫り来る『憎悪影人』を前にしても微動だにしない眼差しは、まさに射殺さんばかりの鷹。
その眼が映し出す『憎悪影人』は返しが点いた牙を剥き出しにし、シルヴィに向かって噛み付こうと――否、咀嚼して食わんばかりに開けている。口の端からは黒い液体も零れているようにも見えるが、それをじっくり見る余裕はない。
余裕は、少しはあるが、それに対して考えていること自体が無駄だからしないだけ。
迫る存在もたったの数体。たったの六体なのだ。
これが最悪二桁だったらまずかった。
そうシルヴィは思い、横に携えているだけだった槍に力を籠め、握る力を強めて距離を詰めて襲い掛かろうとする『憎悪影人』を見る。
視界に六体全員入る。
まだ動かない。
顔が近付いて来る。視界の黒が大きくなってくる。
まだ動かない。
視界の黒が一面になりつつある。まだ他の色が見える。
まだ動かない。
視界が黒一色になり、息が至近距離になり、歯の先がシルヴィの髪の毛の先に触れる。
「――ふっ!」
シルヴィは、動いた。
触れる瞬間、厳密には触れていないぎりぎりの距離でシルヴィは槍を薙ぎ、『憎悪影人』の攻撃を止めた。
否――弾いたのだ。
「っ!?」
『憎悪影人』の猛攻を殺したシルヴィの行動にはロゼロも想定していなかったらしく、驚きの顔でシルヴィのことを見てしまう。
わざわざ槍の刃を使わず、あろうことか反対の石突きがあるところを振り回すように、薙ぐようにシルヴィは攻撃を相殺した。
相殺され、弾かれてしまった『憎悪影人』は予想外の行動に動きが止まってしまい、背中から地面に倒れ込むような体制のまま宙を舞ってしまう。
舞って、地面に倒れるその間――ロゼロは驚きの眼でシルヴィのことを見てしまう。
そう、見てしまっていた。
シルヴィはまだ動いているにも関わらず……、ロゼロは食い入るように見ていたのだ。
一体何が起きた。
何かの力を使ったのか。
それとも誰かが手を貸したのか?
色んな思考、疑問、混乱がロゼロの冷静を壊していく。
壊しにかかり、最も注意しべきところでロゼロはそれをしなかった。
しなかったからシルヴィの接近を、攻撃を許してしまった。
「――っっ!?」
瞬きをし、視界を一度クリアにした時、ロゼロの視界に広がるのはシルヴィの顔と、槍の刃の先。ほぼ同じ位置にあるかのようにみせるそれは錯覚かと思ってしまうが、実際はほぼ同じ位置。
槍を引き、接近したまま突き刺そうとしているのだからそうなるのは当たり前だ。
だが注視すべきことはそこではない。
驚くところはそこではない。
シルヴィの動きがあまりにも早すぎる。
「う、ぐぅっ!」
そこにロゼロは驚きを隠せず、驚いたまま後ろに引くことしかできなかったのだ。
後退して、距離を詰めようにもシルヴィが早すぎる。目に見えて距離が遠くならない。シルヴィの顔が小さくならない。
どころか――どんどんシルヴィを視界に占める割合が大きくなる。
どんどん近付いて来る!
「く、そぉ……っ!」
あまりの速さに驚き、どんな方法を使ったのか混乱しながら考えを巡らせていると――ロゼロの疑問に対してシルヴィは答えた。
心を読んでいるかのように……、驚いているロゼロに対して手品の種明かしをするように、シルヴィは静かに言い放つ。
「私がなぜこんなにも早く急接近できたか、なぜあの攻撃を止めることができたのか」
多分、貴様は理解していないだろうな。
シルヴィの静かで、真っ直ぐな音色に驚きつつ、どんどん近づいて来るシルヴィのことを見ることしかできない歯がゆさも覚えながら後退する。
離れることがない距離の状態で、シルヴィの言葉が続く。
「距離を詰めることができるのは、私の所属『ヴァルキリー』のスキル『ヴァルダ・レイ』を壁に向けて放っただけだ。これは空中でしかできない分二倍の攻撃力は無くなる。だが加速力はある。それを使いここまで来ただけだ」
「スキ……ルッ?」
「お前達で言うところの魔法……。いいや業だ。そしてその業の熟練結果があの弾きだ」
「弾……っ、まさか!」
「そうだ。あれは――騎士所属にしかないスキルであり、お前達熟練の戦い者であれば分かるはずだ。攻撃を受け流し、有利な状況を作り出す技、『パリィ』だ!」
そう。シルヴィが使ったのはアクションゲームではおなじみとなっているアクション『パリィ』だった。
敵の攻撃のタイミングを受け流す行動であり、騎士所属のプレイヤーはこのスキルを使うことができる。
と言っても、確率はあまり高くないのが難点だ。
種を明かせば何ら難しいことはない。
只パリィをして攻撃を流し、ロゼロに急接近しただけなのだ。
しただけだが、いくらパリィを使ったからと言えど六体の『憎悪影人』を捌いたことに関しては疑問しかない。
疑問しかないし、何よりあれから動きを見せていない『憎悪影人』
地面に落ちる音も聞こえない。
どころか視界に入っているシルヴィの所為で周りがよく見えていないのだ。
一体何があったのかも分からない。視界の端を見ようにも、一瞬でもシルヴィから視界を外してしまってはいけない。外した瞬間に突き刺しが来ると予測していたからこそ、その行動もできない状況。
そんな状況でもシルヴィの攻撃が止まることはない。
迫り来るシルヴィは距離を詰めていき、どんどんロゼロを物理的にも、精神的にも追い込んでいく。
追い込まれ、どんどん自分が不利になる戦況。
「――っっ! くそが……!」
冷静を欠いてしまうのも仕方がない。
距離を取ろうすることしかできない。横に逃げようと思えばできるかもしれない。
だがそれをした瞬間に突き刺されるかもしれない。離れようとしても攻撃を仕掛けるかもしれない。
結局――最善は後ろしかない。
後退する足の力と、そして勢いつけたと同時に攻撃を放つことしかできない。
焦りの中導きだした答えがこれだった。ロゼロの焦りの思考の中で、これだけが最善だった。
もっと注意してみることもできたはずだが、それを考える程ロゼロは焦っていた。
――こんな時、こんな時にフルフィドがいれば……!
焦りの中ロゼロは思った。
こういう時に、不測の事態の時にフルフィドがいれば、きっと状況は変わっていた。
だがそれをしなかったのは自分だ。
フルフィドに仕事を与えたのは他でもない自分なのだから――
自分の発言がこんな形で帰って来るとは……。
そう思った時――背後に感じた何か。
それは感覚で分かってしまった、触覚がそれを感じた。
背中から感じる……、熱。
日差しの熱とは違った極端な熱。
それを感じると同時に、ロゼロは遅まきながら理解してしまう。
――これは……罠っ!?
罠と気付き、すぐに熱が出ている背後を見ようとした。
しようとしたが、それをする間もなくシルヴィの攻撃は繰り出される。
『ヴァルキリー』のスキルを駆使した突きと共に――空気に風穴を開けて!




