PLAY136 MESSED:Ⅱ(Valkyries and tattoos)①
初めに言おう。
ロゼロにとって――戦いは戦いだが、騙しを剥す知略戦と認識している。
だからロゼロは困惑し、混乱していた。
ヌィビットと言う存在が、ヌィビットのどれが本当のヌィビットなのか、予想することが困難を極めていたのだ。
ヌィビットを見ていたロゼロは思った。
――こいつの本心はどれなんだ?
――どれがこいつの本当の奴なんだ?
――饒舌に言葉を並べて煽っていたあれか?
――俺に近付いて恐怖を植え付けようとしていたあの野郎か?
――それとも今あんな馬鹿なことを言っている野郎か?
どれが、どれがあの男なんだ?
ロゼロにとって純粋にして複雑になりかけている疑問。
疑問にしては簡単に聞こえてしまう内容だが、ロゼロにとって重要にして難題の疑問になっていた。
そんなこといま関係あるのか?
そう思う人もいるかもしれない。いいや絶対にいるだろう。
関係ない事で時間を使うなと思う人もいるだろうが、これはロゼロにとって重要な疑問。
ヌィビットと言う食えない存在を知るための疑問なのだ。
戦いに於いて一瞬見える本能。
そして本心が浮き彫りになるのが戦いだとロゼロは戦いを通じて学んできた。理解してきた。
だから戦いは化けの皮を剥ぐ工程と思っている。
もっとも――これはザッドの受け売りなのだが。
それでも言っていることに間違いはないと思っているロゼロ。
それが最も露見されたのは――窮地に陥る時。
窮地に陥ったものは己の命を優先して逃げる者や、まだ救いがある、まだ戦えると思い抗う者、そして命乞いをし、配下になろうと地面に口づける者。
複数人が窮地に陥れば、他の者と口喧嘩をする者。他の者を犠牲にして逃げる者、他の者を助けるために自ら犠牲になる者。
色んな人物が命の危険に晒され、窮地に陥ると――人は、知能ある者は本心を曝け出す。
ザッドはロゼロに言った。
いいや、『六芒星』幹部達に向けて彼は言った。
『戦いは化けの皮を剥ぐ儀式でしょうか? いいやこの場合……戦いは一種の鑑賞でしょう。
普段はそんな素振りなど一切ない人物が仲間を斬り捨て、犠牲ではなく生贄として捧げて逃げる。
自分の保身のために嘘を平気でつく。
これを鑑賞と言わずなんというのでしょう。
本心が暴かれる。本音が浮き彫りになる。
これは優勢の立場の者が見ればただの娯楽です。鑑賞なんです』
その時聞いていたロゼロは内心呆れていた。
ザッドの言葉はあまりにも大袈裟と言うよりも、外れているようなことばかり言っているように感じ、この時ばかりは特に的を外しているようなことを言っている。
とう思っていたロゼロだったが、この時幹部だったオグトは同意し、ラージェンラも頷きながら滑稽だと嘲笑い、オーヴェンも納得し、ガザドラも考えていたが、少ししてから確かにと頷いていた。
戦いに身を投じている者であれば理解できる言葉。
そして見ていれば滑稽だと思う者も数少なくない。
だがそれを見て鑑賞と言うは違うんじゃないか?
そうロゼロは異を唱えた。
ロゼロの言葉を聞いたザッドは一瞬固まったが、すぐに考えて、小さな声で頷きながら訂正の言葉を考え、すぐに言った。
『であれば、鑑賞ではなく推理の方がいいですか?』
推理。
あまり聞き慣れない言葉を聞き、本心は『それもどうなんだろう』と思っていたロゼロだったが、一理あると思い本心は伏せて頷いた。
それでいいんじゃないか? あながち間違いじゃない。
と――
確かにザッドの言う通り、戦いの優劣で人は本性を剥き出しになる。
知識ある者の本能なのか、はたまたは生存本能が活性化してのことなのかはわからない。だが分かることはある。
死にたくないからそう言うのだ。
だから戦いは常に死と隣り合わせで、推理をして見抜かなければいけない。
いうなれば知略。
戦いの中の言葉一つ一つで何かが傾く。
それを理解したうえでロゼロは戦っている。
戦いの中で見える存在達の本心を、本性を暴き、その隙を突いて倒すようにして。
戦いの中では普通であることなのだが、今回は全然違う。
どころか全く見えないのが今の現状。
だからロゼロが困惑していた。
ヌィビットと言う存在に対し、一体どれが本心なのか。どれが本音で言っていることなのか。どれが彼なのかが、わからなくなっていた。
嘲るヌィビットか?
狂気入り混じるヌィビットか?
それとも、今まさに戦いの中で本気で勝とうとしている方が、ヌィビットなのか?
証明できる材料がない。
証明できる何かが全くない。
組み合わさらないパズルのように、全然見えない。
完成した姿が見えない。
ロゼロは焦っていない。だが混乱はしている。
どれが本物なのか。
三つの内、どれがヌィビットなのか。
それを考えても考えても答えが出せない。
出せない。
だからなんなんだ?
混乱しているロゼロだったが、それで戦いを躊躇う理由にはならない。
戦わない理由にもならないことでうじうじ考えていたらだめだ。
そう思ったロゼロは思考を一旦停止し、今までのことを記憶に残してクリアな脳世界を築き上げていく。
築き上げて、今まで曇天のような世界が晴れの世界になっていく。
それだけで頭がすっきりしているように感じるのは、気のせいではないだろう。一旦忘れる様な感覚と同じなのかもしれない。
敵は冒険者。
魔力がない存在ではない、かといって自分達と同じ魔女ではない。魔力持ちの存在。
戦い方が異質なのはわかっている。
なら――やるべきことは一つ。
相手の意思を、相手の願いをしかと汲み取る。
それが最善で、最もわかりやすい回答だ。
ロゼロは結論付ける。
結論したと同時に、自分の手の平から――黒い粘着性のなにかをどろりと出す。
考えはあとに回そう。
そもそも今はそんな推理をしている暇なんてない。
推理なんてあの豚野郎の趣味の一環だ。今はそんなこと忘れろ。
忘れて、目の前のことに集中し、悲願を成就させる。
アズール消滅。
それが、俺の悲願。
俺がここまで――生き残って来た意味!
◆ ◆
「――『憎悪影人』」
ロゼロの言葉が出るや否や、掌から出てきた黒い粘液はそのまま地面へと重力に従って落ちていく。
見たところコップ一杯分の分量がある粘液で、濁りも何もわからない真っ黒な何か。
透き通っていない所為で一体中身がどうなっているのかすら湧かないそれが地面に落ちていくと、『ドプン』とそれは音を立てて地面に落ち、落ちると同時に粘着性のそれは分裂した。
大袈裟に、且つ一部の人からすれば、それはレアな光景なのかもしれない。
自然現象的に言えば普通なのだが、この時すでに起きていたのだ。
ロゼロが放った力の片鱗が。
「?」
それに最初に気付いたのは――クィンクだった。
普通の人が見てもそれはただ地面に黒いそれを作るだけの普通の光景だ。だがクィンクは見えた。
一瞬だけ、それを見てしまった。
液体が落ちる瞬間蠢き、小さい何かを出そうとしていたのを。
それが何なのかを認識する前に地面に落ちたので、一体何なのかはわからなかったがクィンクは理解した。
理解して、クィンクはヌィビットに向けてこう言った。
「旦那様――おさがり下さい」
「いやクィンク。私も戦おう」
「!?」
クィンクは言おうとした。下がってくださいと。そして自分達が戦いますのでと、いつも通りにいつもの流れで言おうとしたが、ヌィビットはそれを否定したのだ。
あっさりと、自分も戦うことを腕を組みながら言うその姿はまさに戦う気満々の、余裕そのものの顔。
それが見えていないクィンクでも、雰囲気でわかってしまう光景だ。
ヌィビットの言葉を聞いて一言反論をしようとしたクィンク。
『いけません。旦那様は隠れてください。あなたの命が無くなってしまっては駄目なのですよ』
そう言おうとした。『いけません』の『い』まで出かかったが、それ以上は言わなかった。
否――言っても無駄だと後から理解したから、言わなかった。
ヌィビットの逃げようとしない姿勢――笑みを浮かべながら楽しそうにしているその顔を見て、クィンクはそれ以上言う事をしなかった。
そして視線を戻すと、黒いそれは地面に落ちた。
――ポタッ。
雫が地面に落ちる音。
水が地面に落ちて染みを作る――と言う現象は同じだがその時地面に落ちた瞬間弾けた液体が六つに分裂し、分裂した瞬間粘着性のそれが大きくなったのだ。
ひとりでに、細い何かを出して――
卵から孵った何かが手を出して産声を上げる前の抗いをしているかのように蠢き、そしてまた地面に向かって落ちていく。
落ちて、また地面に染みを作ったかと思えば、今度は染みが大きくなりだしたのだ。
「っ!?」
「ははーん。そう言う展開か……」
目を見開いて警戒を強めるシルヴィとは対照的に、蓬は納得したようにその光景を見つめる。
銃を構えたままのコーフィンも蓬と同じ意見だが、それは敢えて言葉にしていない。
いいや、蓬が気付く前に気付いていたの方がいいだろう。
只の虫の報せ
言葉だけでは表せない直感が、コーフィンの警戒を強めたきっかけだった。
そしてその報せは的中し、黒い染みはどんどん大きくなっていき、やがて人一人が飲みこまれてしまう。沈んでしまいそうな黒い円の染みが出来上がる。
出来上がり、それが揺れて水の波ができた――瞬間。
這い上がる水音と共に黒い手が這い出てきたのだ。
まるで地獄の底から這いあがってきたかのような音と共に、地面に力強く手をつく音と共に零れていく雫はなんとも激しく、一時的な豪雨を思わせる様な、一瞬の音だった。
それが一気に六つ。
六つの黒い何かが黒い自ら出てきて、地面に足をつけてヌィビット達の目の前に姿を見せる。
ゆらゆらと体を揺らしながら立つ姿。ゾンビの様に時折見せる節々の痙攣。その動きをしながらも視線はヌィビット達に向けている。
服も髪も肌も白目も……、白く濁ってしまった瞳孔以外すべて黒いロゼロがヌィビット達の前に立ちふさがった。
一人ではなく、六人のロゼロとして!
「ほほぉ。そう言う事か……、ジャパンの『カゲブシン』と同じものか!」
ヌィビットが手を叩いて納得した様子を見せるが、アイアンプロトだけは驚いた顔 (機械の体なので驚いている様子を目の光で表現しているだけ)で『六人になりマシタ!』と慌てながら蓬に言っている。
肩を掴んで左右に揺らしているアイアンプロトの言葉を聞いても蓬は「そうだね」としか言わず、内心はやっぱりかと思いながらもロゼロがしようとしていることを理解していく。
そう――消耗戦にしようとしていることに、蓬やみんなは理解し始めていた。
初歩的な方法で、最も相手の出方、相手の戦闘スタイルを見ることができるやり方の一つ。
「最初から俺が出るなんて、一言も言っていないからな……。勝とうと思っているなら」
ロゼロは言う。
徐に右手を出し、命令をするかのようにヌィビット達に掌を見せつけ、ゆっくりと五指を動かす。
すると、その五指の動きに反応して六人の黒いロゼロは痙攣していた体を『びたりっ!』と止め、真っ直ぐ且つ生気がないその眼でヌィビットのことを視認する。
ヌィビットただ一人を見つめ、姿勢を低く、地面に手をつけて首を梟の様に回すその光景はまさにホラーだ。
だがそんなことを言っている暇はない。
もうロゼロは動かそうとしている。
「こいつらに相手にした後で、相手になるよ」
王道ともいえる様なセリフを吐くロゼロ。言葉が終わると同時にロゼロは握りかけた手を人差し指に変えて命令する。
無言の命令。
突き刺された指先に連動して六人の黒いロゼロは駆け出す!
獣の様に四足歩行をし、地面を抉ってヌィビットにその矛を向けようと迫る。
迫って来る六人の黒いロゼロを前にしてもヌィビットは動かない。
どころか腕を組みながら笑みを浮かべているだけで、動く気が一切見えない。
何を考えているのかわからないロゼロは、本当に何を考えてそんな行動に出ているのか理解できなかったが、その答えはすぐに出ることになる。
一瞬。
本当に一瞬ヌィビットの前に現れ、彼を守る様に間に入ったその人物は――六人の黒いロゼロの前に立ちふさがったのだ。
手にしている槍に力を込めて、彼女は前に出る。
『騎士』の上級所属・『ヴァルキリー』の所属であるシルヴィが。




