PLAY135 MESSED:Ⅰ(Quality of hatred)④
「――『朧烏』!」
放ったその言葉と共にロゼロの足元に――影になっている場所に現れたのは、大きく、真っ黒い翼だった。
影を媒介にした翼はまさに烏の様に黒く、そして重く感じさせるような光沢と硬さを物語る。それが足元に、しかも翼と烏の頭しか現れたからこそ、不気味さも相まってしまう。
黒く、岩の様に――否、黒曜石の様に固い烏がロゼロの足場から出現し、翼で顔を隠すようにロゼロと頭を覆うと、クィンクの貫手の攻撃をいとも簡単に防いでしまった。
壁に殴りつける様な音が辺りに響き、それを聞くと同時に三人も現実に戻ると同時に武器を構えようとする。
コーフィンは拳銃を。
シルヴィは槍を。
蓬は腕を徐に上げて袖をまくる。
しかし――
「動くな動くな!」
それを止めたのはなぜかヌィビット。
ヌィビットは興奮冷め止まない状態の音色を放ちながら三人にの行動を制止する。
現在進行形で、ゆっくりとした動作で満身創痍の歩みを進めているヌィビットを見て、シルヴィは苛立ちを浮き彫りにした顔で奥歯を噛み締めると、その感情を制止をかけた張本人に向けて言い放つ。
馬鹿か。そう遠回しに言いながら。
「お前……、いい加減にしろっ! 今そんな探求心やら好奇心やらで死にかけたんだぞっ? それでも探求心を先にするのかっ? 今は生死をかけた戦いをしているんだっ。状況を考えろっ」
「こいつの初手を今現在進行形で体験しているんだっ。それに私も生死をかけた体験をしている! おかしくなってしまうくらい成功したんだっ! 喜べっ! 邪魔するな!」
「あ、………っち」
あまりにも支離滅裂なことを言うヌィビットに、シルヴィはとうとう折れて溜息を吐くことしかしなくなった。
言葉をかけても無駄だ。
今の攻撃で頭のネジが壊れてしまったのかもしれない。
そう思いながらシルヴィは言葉を閉じ、構えていた槍も下ろした。
かつん――と、槍の先が地面に当たる。
それと同時にヌィビットの足も再度動き、クィンクの方でも動きが出る。
ロゼロの攻撃――否、防御の魔法が出た後、クィンクはその防御に向けて貫手の攻撃を繰り出したが、力虚しくそれも散ってしまった。
黙るクィンクをよそに、繰り出された貫手からは赤いそれがドロドロと流れ、地面を赤く染め、足に付着してしまう。
そう――ロゼロの魔法『朧烏』は防御に長けた魔法だったのだ。
ハンナ達で言うところの『強固盾』に貫手を繰り出し、その攻撃を防がれてしまったのと同じだ。
だがここで違いを見せるのが『朧烏』の力。
『朧烏』の翼。なのだろう。
貫手の攻撃を繰り出したクィンク自身、ここまでとは思わなかったのだ。
貫手をしたとしても、翼を貫通して本人に攻撃が通らない。それが流れだと思っていたのが、まさかの光景で不意を突かれたのだから。
「ち」
小さく舌打ちを零すクィンク。
繰り出した手からは血が零れ、腕を伝い、肘から赤いそれが落ちる。
ぽたぽた落ちるそれを見て、流れの元凶となっているその場所を見たクィンクは言う。小さな声でぼそりと――
「防御だけなのかと思ったら……、攻防に長けているのか」
後出しじゃんけんされたような感覚だ。
そう愚痴るクィンク。
クィンクの愚痴を聞いていたロゼロだがその言葉に対して反応は出来ない。できないどころか今はそれどころじゃないゆえに彼は心の中でクィンクに向ける。
――その通りだ。当てずっぽうに真っ直ぐ向かったお前が悪い。
――貫手で向かってきたお前が悪いんだ。
――この『朧烏』は固い翼に尖った返しの羽根のお陰で相手の攻撃を防ぐだけじゃなく、ダメージを与えることができる。
――そして!
ロゼロは『朧烏』に向けて視線を送り、鋭い眼光を力ませるように細めると、翼の向こうで顔を隠していた『朧烏』が嘴を少しだけ動かす。
動かし、小さな割れる音がしたと同時に――『朧烏』は動いた。
濁り交じりの鳴き声。
それは烏に似た声であり、その声と同時に嘴を開いたまま翼の向こうにいるクィンクのことを丸呑みにしようと接近する。
啄んで攻撃するイメージを壊しにかかるその姿を見上げながら、クィンクは動こうとしない。
貫手にしている状態の指はもう使い物にならない。
むしろそこから塗に引っこ抜こうとしたら逆にひどくなってしまう。
引っこ抜いている間に攻撃されてしまっては元も子もない。
簡潔に言うと――間に合わない。
クィンクだけだと。
だからクィンクは行動しなかった。
迫り来る烏の顔が自分の頭ごと咥えようと影を落としたとしても動かなかった。
動かず――クィンクは待つ。
待って、待って――
――バァンッ!
「――っっ!?」
突然の乾いた音。
それが鼓膜を揺らし、『朧烏』の目に当たり、それが貫通して彼方へと向かう光景を見たロゼロは驚愕ながら乾いた音の出所に視線を向ける。
即座に視線を向け、一体誰がやったんだと思いながら音の出所を目だけで探す。
その間もヌィビットの狂気は歩み続けている。
視線を外すことはできないゆえ、目だけで出所を探し、やっと見つけた。
銃口を構えた状態で立っている烏のマスクの男。
その男を視線で捉えるや否や、ロゼロは言葉を失い、目を見開いて鳥のマスクの男のことを見た。
もうわかるかもしれないが、ロゼロが見ていた存在はコーフィンで、コーフィンは片手に長い銃を手に持ったまま構えて、その状態で銃を発砲していた。
今はあまり見ない、昔使われていたボルトアクション式小銃。
現実世界でも見たことがあり、きっと一部の人がそれを見れば感極まってしまう陸軍時代に使われていた小銃。
三十年式歩兵銃をモデルにした中距離専用小銃――『ヤマネコ』
コーフィンはこれを使って発砲したのだ。
寸分たがわず、急所と言えるような場所に向けて。
「な……っ!?」
ロゼロは驚愕のあまりに声を出してしまう。
困惑が入り混じったその声を聞いて、ヌィビットは口から零れるそれと共に「おいおい? 驚いているのかぁ?」と挑発をする。
いいや――これは挑発の様に聞こえてしまったの方がいいだろう。
ヌィビットは挑発している気持ちは一切ない。ただそう聞こえるだけで、ヌィビットはただ話しているだけなのだ。
驚いているロゼロに向けて――ゆっくりとした足を止めず、進めながら……。
ヌィビットは言う。
綱引きの様に槍にしがみつき歩きながらロゼロに向けて――
「驚くのも無理はないなぁ。なにせあの烏マスクの男は重度の銃好きだ。銃を愛し、銃を多く手にして手入れし、愛で、使うその姿は銃使いの名にふさわしい。それにこいつのスキル取得スタイルは銃強化スキル重視だ」
「………はぁ?」
ロゼロにとって聞きなれない言葉。
ヌィビット達にとって聞きなれた言葉を口にするそれはロゼロからすれば呪文に近い言葉だった。
スキル取得?
銃強化スキル重視?
一体何を言っている。
そうロゼロは疑問を持ったが、ロゼロの疑問など置いてけぼりでヌィビットは語り続ける。
重傷の体にも関わらず、回る舌を酷使し、傷を負っている体に鞭を打ち付けながら歩み、語る。
「銃を扱いたい。銃を少しでもうまく扱いたいゆえにポイントを振り、銃強化スキルをレベル10にして、おまけに命中率ポイントに加算し続けているその姿はまさに高みだ。追求し、高みを目指して登り、納得がいくまでとは言わず永遠に上り詰めようとするその姿は高みへと登ろうとする挑戦者だ。いいや彼の場合はそれ以上の、そらを貫こうとしているんじゃないのかな? そのくらい彼の銃への愛は凄いぞっ! お前の憎しみよりも重いかもなぁ!」
「………っ! 気色わりぃ野郎だな……!」
「俺ノメンタルガブレイクサレテイク……、多分コレ、俺ノコトヲチョイチョイディスッテイル気ガスル……」
「他人に言われて初めて自分の気持ち悪さに気付くって、このことなんだろうねぇ~」
ヌィビットの言葉を聞き、ロゼロは恐怖する引き攣りを見せながらコーフィンに向けて言う。
純粋なこだわりは時に大きな力になる。
憎しみしかなかったロゼロにとって何の得もない言葉。ただ損するだけの言葉。
こだわった結果死ぬのが流れだと思っていたロゼロにとって、ヌィビットが言った言葉はまさに狂気だと感じざる負えなかった。
言葉の数々ではなく、それを言ってゆっくりとした動作で近付いているヌィビットの姿を見て、いつになったら死ぬのかと。いつになったら――
「諦めると思ったのか?」
「――っっ!!!」
背筋に冷たい何かが這う様な感覚。
生きた心地が一瞬失せてしまったかのような声に、ロゼロは目を見開いてしまった。
感情に出してはいけないと思っていた気持ちが一瞬にして崩れ去ってしまう。
それを体験してしまい、あろうことか自分が思っていたことを読まれたかのような衝撃に恐怖してしまいそうになった。
いいや、一瞬してしまった。
読まれ、自分の領域に踏み込んでいく男の姿を見て――一瞬、恐怖してしまった。
忘れかけていた感情が呼び戻されたかのような感覚。
なぜ恐怖している? なぜ一瞬恐れてしまった? なぜ今もなお、この男に対して恐怖しているんだ。
ロゼロは思考し、自分の気持ちを何とか持ち直そうと整理し、持ち直そうとする。
恐怖する理由はない。
この男は冒険者。
異国の冒険者で、ただ魔力を持っている存在。
自分達とは少し違うが元は同じだ。
魔力がない種族と魔力がある種族ではない。どちらも魔力を持っている。
それだけのはず。実力も経験も質もこっちが上のはずだ。
なのに……、なぜ――!
巡れば巡るほど理解が追い付かなくなる。
なぜ何もかもが上の自分が、こんな一介の冒険者に臆してしまうのか。
どうして……?
瞬間、肉を切る音が鼓膜を揺らした。
「!」
一瞬だったその音を聞き、その音がした方向に視線を、視界の端で捉えるように見つめると――ロゼロの思考を歪ませ、鈍らせてきた。
「――!?」
たった一瞬見ただけだが、それでも一瞬見た後の効果は絶大なもので、それを見た瞬間ロゼロは理解に追いつけずにいた。
一体何が!?
どうしてそうなるんだっ!?
どうして――あのエルフは……!
あのエルフは何のためらいもなく手を斬り落としたんだっっ!?
そう――ロゼロの言うエルフとはクィンクのことで、クィンクは貫手をしてできずにいたその手を斬り落としていたのだ。
何のためらいもなく、使えなくなってしまった手ごと斬り落とすその光景は普通に衝撃だ。
しかもそれを自分でやった――いいや、厳密には自分の影に挿せたことも驚きだったが故、ロゼロは言葉を失うことしかできなかった。
対照的にクィンクは斬り落とした手を見つめ、すっぱりと手首から無くなったそれを見て、頷き――上を向いて言った。
「上出来だ――『轟獣王』」
そうクィンクは自分の頭上にいる存在、自分の影でもあるその存在に向けて軽いお礼を述べた。
クィンクの言葉を聞いて『グルルルルルルッッ!』と唸り声を上げて見降ろしていた存在は言う。
『まさか我が爪を腕を斬り落とすために使うとは……、我が主死かそんな命令しないぞ』
猛々しく言葉を発したその存在は百獣の王であり、それこそがクィンクの『影』だった。
脂肪も何もないような筋肉の塊のようなごつごつとして、その上から血管が浮き出ている両の腕。その腕からは赤と紫が混ざっているかのような体毛で覆われ、体毛がない手には重くて硬そうな鎖がついた壊れた手錠を嵌め、鋭い爪が伸びている。その指から『ゴキゴキ』と間接を鳴らす音が耳を指すが、その腕だけ見てもその腕の殴りだけで人を殺せそうなそれを見せつけ、赤い体毛で覆われた黒い素肌は筋骨隆々。
そんな赤と紫の体毛と首についている鎖がついた首枷、漆黒の体で出てきたその影は少しぼさぼさしている大きな鬣を持っている存在。
その存在の名は『轟獣王』
クィンクの影にして、クィンクの手足であり、クィンクのことをよく知っている一人。
「なるほど……! 異国の力か……っ!」
『ん? ほぉ。こいつが例の『魔女』というものか。ヌィビ……ッ。ではない。クィンクの主から聞いた話とは全然見てくれも何もかもが違う気がするが……」
その影を見てロゼロがようやく理解し、クィンクの背中から出ている影――『轟獣王』のことを見て厄介そうな顔をすると、それを見て『轟獣王』は盾が身を髭を手櫛で梳くように撫でるが、今はそんなことをしている暇はないということを理解すると同時に――
『マスク男! 腕を斬った! クィンクに!」
と、『轟獣王』はコーフィンに向けて徐に手を伸ばす。
それは何かを差し出せと言わんばかりの手の動作だ。おまけに握ったり開いたりを繰り返している。
箇条書きのような言葉にコーフィンはやれやれと言わんばかりに腰に携えているポーチに手を突っ込み、すぐにポーチから取り出した。
取り出したのは、手に収まるほどの大きさの瓶だった。
黄色い液体が入っているそれをコーフィンは徐に上に向けて放物線を描くような投げ方をして『轟獣王』に手渡そうとする。
だが、それを見逃すほどロゼロは甘くない。
どころか瓶に入った液体は五対五の割合で回復薬であり、攻撃系の色ではないことを見て理解したロゼロは、即座に投げられた瓶に向けて攻撃を仕掛けようとした。
しようと、徐に槍を持っていない手を上げて、その手から黒い液体状の何かを出した後、それを針のように鋭いそれに変えて、一気に伸ばす。
ぎゅんっ! と空気を穿つ音が耳を揺らし、その音が空間中に響き渡る中、矛はどんどんと黄色い液体が入った瓶に向かう。
向かい、そして後少しで当たる。
瓶に突き刺さり、割れる。と思った時――
ロゼロの視界が一気に揺れた。
「――っっ!?」
揺れる感覚と同時に顎を掴まれた感覚。強い力と鉄の臭いが鼻を刺した。
においと感覚を感知した瞬間、ロゼロは理解し、すぐに感覚の主を見下ろす。
いいや――この場合は見下ろすではない。見上げるでもない。
自分のことを掴み、揺らした張本人は自分と同じ身長だったらしく、その人物はロゼロの型を掴み、顎を掴み上げた状態で、口元に残った赤いそれを流しながら明るい声でこう言った。
まさに――ホラーと言っても過言ではない狂気の笑みで。
「――やっとたどり着いたっ」




