PLAY135 MESSED:Ⅰ(Quality of hatred)③
貫通されるという感覚は、常人では体験できないことであり、正直これは体験したくない出来事の一つかもしれない。
なにせ自身の体に刃が突き刺さり、そのまま輪切りにされかけるという、痛い以外の言葉しか出てこない怖い光景だ。
見ている人も恐怖し、自身も恐怖と喪失感、更には痛みと熱でどうにかなってしまいそうになる。
それは普通の思考で、普通におかしくなってしまいそうになることだ。
だが今回はそうとはならなかった。
なにせヌィビットは悪魔族と言う種族で、貫通しても治ってしまう体質の持ち主でもあるのだ。
これはショーマも同じで、ショーマに至っては切断された足が生えて、更には戦った経歴もあるのだ。
この世界だからこそできる行いで、普通はない。
普通ではない。だがこの世界の体だから何とかなった。
それを踏まえながらヌィビットは思った。
貫かれた瞬間に感じたことを――
◆ ◆
「――っっ!!」
腹部に感じる激痛と熱。そして込み上げて来る熱い何か。
それを感じると同時にヌィビットの口から熱いそれが吐き出されていく。
真っ赤なそれが一瞬だけ噴水の如く空中を舞い、そのまま重力に従って落ちていく。それを見ながらヌィビットは視線を下にして口から零れ出るそれをドロドロと吐き出していく。
窒息してしまうという余計な心配はしていない。
只下を向いて、ただ口から出ている物を閉ざしていないだけで、彼の集中はもう別のところに向けられている。
「ヌィビットッ!」
『イワンコッチャナイナ!』
シルヴィとコーフィンは焦りを出しながらも武器を手に駆け出そうとする (コーフィンに至っては銃を構えようとしている)が、それを見てロゼロは鋭い睨みを利かせると――
「動くな」
と鶴の一声のような声を出して彼らの動きを止めた。
動きを止める。
そう――進行方向に向けて、首元に黒い針を向けた状態でロゼロは言った。
――いつの間に……。
冷静に見ていた蓬だけはこの状況を客観的に見ることができ、驚いているシルヴィとコーフィンを見て、刃を向けているロゼロのことを見ながら思った。
黒い刃はヌィビットのことを貫いた黒い槍の先端からいくつも枝分かれして伸び、且つ鋭く、細く尖ったものとなって向けられている。
まさに異常ともいえる様な光景だった。
――黒い刃だけ、一つしかできないなんて言う固定概念の所為で動くことができなかったか。
――これじゃ……、刺青を使った攻撃をした瞬間、喉に穴開いて死ぬね。
――そんな体験したくないし、想像したくないけど、これは一本取られたというか……。
負けじゃね?
そう思ってしまい蓬だったが、無理もない。
先制を取らず、後攻に徹しようとしていたヌィビットの行動の結果がこれなのだ。どころか一本取られてしまった結果。
それを予想もせずにしてしまい、挙句の果てには重傷を負ってしまったヌィビットに対して、蓬は少なからず怒りを向けてしまう。
いいや、少なからずではない。大いに向けている状態だ。
すごく苛立っている。
すごくヌィビットが行ったことに対して怒りが抑えられない。と言う状況になっている。
そんな状態で蓬は呆れながら溜息を吐き、ヌィビットがしてしまった行いで自分達が死んでしまうことに対して思っていた。
正直、巻き込んでほしくない。
そう思いながら蓬は続けて思う。
――てかおい下僕。お前は何のためにいたんだよ? 主人の言う事ばかり聞いているでくの坊だったの? もう最悪だ。
もう怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからない。
当の本人は攻撃を受けてしまっているので、矛は関係あるかないかわからないクィンクに向けられてしまう。
正直こんな風に怒りたくなかった蓬でも、今回ばかりは負けを確信してしまいそうになる。
いくらヌィビットが悪魔の力を持っていたとしても、最悪胴体切断されてしまったらどうなるのかわからない。
最悪それで死んでしまうことも予想できる。
ショーマでも胴体切断されて生きているのか。と言う実証はしたことがない。
だからどうなるかなんてわからないまま行き場のない怒りを向けて、呆れながら溜息をもう一度吐いて頭を掻こうとした――
が、それも許されなかった。
「動くな――そう言ったよな?」
頭を掻こうとした瞬間、またもや黒い針が蓬たちの首元に添えられる。
後少しで皮膚に当たりそうな距離。
その距離が蓬たちの心を搔き乱し、緊張を大きくさせる。
首元にナイフを突き立てているのと同じレベルの恐怖だ。
一瞬で突き刺さって死んでしまってもおかしくない様な状況の中、緊張しない方がおかしい。
緊張しない輩はこの世に一人もいないはず。
いたら変人だ。
そう思いながら蓬は頭を掻く動作を止め、睨みを利かせているロゼロのことを見ながら呆れるように言う。
本当に、ここまでしなくてもいいという本音を顔に出しながら――
「そんなほんの少し動いたら首に竹串とか、マジで笑えないからさ……、できれば刃の方がいいよ。まだそっちの方が見慣れている」
「本気で言っている。そしてこっちの方が苦しみが倍増するからこっちにしているんだ。ほんの少しでも動いた瞬間、お前等の首に穴を開ける。開けてすぐに穴を拡げれば――確実に死ぬだろ」
「マジで笑えんわ。マジの目で言い切ったよ」
ロゼロに対して厳しすぎるんじゃないか? そう言いながら蓬はロゼロにもうしないからやめてくれと遠回しに言うが、それでもロゼロは本気だ。本気で穴を開けるつもりで言っていることに、驚くことができず、乾いた笑みを浮かべたまま頬を引き攣らせる。
開けてすぐ穴を拡げる。の後を詳しく言わなかったのは、きっとロゼロの優しさなのだろうか。それとも別の事情があって言わなかったのかわからない。
蓬は後者の方が大きいと思いながらも、オブラートに包んでくれたことに関して小さな感謝を心の中で述べる。
述べるが、実際オブラートのその向こうを体験するかもしれない自分達を思うと、そんな体験は一生したくない。
したくないから蓬は呆れながら言葉を零し、ヌィビットのことを見ながらロゼロに言葉を向ける。
ヌィビットに向けた指さしを加えた状態で蓬はロゼロに向けてこう言った。
「てか、あいつの言葉がそこまで気に食わなかったら謝るよ。あいつおしゃべりで僕も正直付き合いきれないところもある。敵だけど気に障ったなら」
「言ったよな?」
「!」
しかし、ロゼロは遮りをかける。
遮った言葉は低く、重くのしかかる様な、それでいて殺意が込められているような重みのあるもの。
それを聞いて、直感で感じた蓬は一瞬で理解してしまう。
勿論これはシルヴィも、コーフィンも、アイアンプロトも感じてしまった。
こればかりはハンナ達の感情感知がなくても感じてしまう事。
そして嫌でも理解してしまう事だった。
そう――ロゼロは怒りを放っていた。
「俺は言ったはずだ」
じりじりと圧し掛かる低音の重み。
「『俺の魔祖が分かったからって、優位に立ったと思うな』って」
ドロドロと漏れ出してしまいそうなほど質量が肥大していく感覚。
「俺の力の源が分かったからどうなんだ? 俺の力が憎しみだから憎しみさえなくなればいいとか、そんなことを考えてあんなことを切り出したんだろうな。だがそんな甘い考えじゃ俺は倒せない。触れることもできない」
足が重くなったかのように動かない。
足に思い鎖が繋がってしまったかのように、地面に突き刺さってしまった鎖の所為で身動きが取れなくなってしまったかのように動けない。
「俺の憎しみはそんじょそこらの憎しみとは違う。何年も、何十年も蓄えて、今もなお蓄え、そして蠢いているんだ。俺が生きている限り消えない憎しみ。そしてこの国が生きている限り、ある限り――消えるものも消えない」
そう――これはロゼロの心の表れ。
「俺は生きていた証なんだ。祖国があったという証。俺自身が国一つの恨みとなって、力になってくれる。俺の生きる糧になってくれる」
生への糧。
「この国がある限り――俺は殺せない。力も消えることはない」
力への感謝。
ロゼロの限りない――
「俺の力は、この国が消えない限り、潰えることは――ない!!」
深淵の怨恨だった。
重くのしかかるそれを確信した瞬間、蓬だけではなくコーフィンも、シルヴィもヌィビットの行動に怒りを覚え、どうしてあんな煽りをしたんだと声に出して怒りたかった。
だができないこの状況の中、ロゼロの言葉に従う以外選択はなく、言葉にしたいことも、行動にしたいこともできずじまいに更なる苛立ちが加速してしまう三人。
アイアンプロトは怯えながらもどうすればいいのかと思案している様子だが、あまりにも頼りなく、且つ焦りの所為でいい案が出ていないことは目に見えているので期待はできない。
現在進行形で、ヌィビットが投げ入れた発火剤が延焼した状態で怒っているのだ。どころかどんどん憎しみが肥大して、攻撃も増すかもしれない。
さながら飛び火。
さながら詰んだ。
さながら――選択を誤った。
そう、誰もが思った。
これが間違えてしまった。
言葉を間違えてしまったと。
後戻りできない状況に陥っていることに気付き、その弁解もできないまま蓬たちは言葉を呑むことしかできなかった。
潤いなどなくなり、渇きによって流れが悪くなっていくような違和感。
筋肉も痙攣しているのかと思ってしまうほど、体の自由が利かなかった。
何かされたわけではない。
ただ――威圧によって動けないだけ。
ロゼロ行動をこのまま目に焼き付けて、その姿を最後にするほか選択肢がない。
そう思わせてしまうほど、そう思ってしまうほど空気に飲まれていた。
そう――クィンクとヌィビット以外、そう思っていた。
◆ ◆
「!」
――なんだ?
攻撃をしようとしていたロゼロの感覚に、一つの違和感が生じた。
それは今まで感じられなかったもので、ありえないことからそれを脳内から除外していた。
気付かないまま違和感を目で辿り、常人なら、普通なら来ないであろうその先に視線を向ける。
――どういうことだ? なんでこの感覚がある?
――普通ならこんな感覚ありえない。
違和感があった先は彼が作った――創造した憎しみの槍からだった。
突然掴まれた感覚がロゼロに届き、それがまさにヌィビットのことを貫いている槍の方向から伸びていることに違和感を覚えたロゼロは、視線をそのまま槍に向け、矛先まで目線を辿っていく。
辿り、視線がとあるところで止まった瞬間――ロゼロは息を呑んだ。
目を見開き、視線の先を見て……言葉を失ってしまった。
なにせ、自分が作り上げた魔力の槍は――憎しみの槍を両の手でがっしりと掴み、あろうことかそのまま押し込んでいるのだから。
一歩前に足を出し、突き刺さっていたそれを引っこ抜かず、槍を綱引きの要領で掴んで手繰り寄せているヌィビット。
全身から流れるそれをものともしない状態で、彼はまた一歩、足を前に出して――大きく肺に溜め込んでいた息を血と一緒に吐きながら……。
「すごいな」
と、ヌィビットは言った。
水を含んでいる声で、恍惚とした音色を含ませながら言う姿を見た瞬間、蓬たちは現実に戻り、自分の意識の奥底にネガティブを押し込むことに成功した。
成功すると同時にシルヴィがヌィビットの名を呼ぶが、ヌィビットはそれに反応しない。
むしろ聞いていないかのように彼はロゼロの槍を見下ろしながら言葉を綴っていく。
べらべらと――喉の奥から零れ出るそれを無視して、お得意のおしゃべりを狂気的に魅せていく。
「あの男の言った通りだ。傷口からじくじくと焼ける様な、火傷の様に傷口に張り付いて行くこの感覚! これが憎しみの力なのか! これがお前の魔祖の一端なのか! これは凄いぞっ! 痛いが着ずに覆い被さっているせいで痛みが引かない。どころかどんどん悪化して痛みが大きくなる。火傷のよなヒリつく感触がどんどん傷に食い込んでいく! なるほどなるほどなぁ。これがあの男が言っていたこと! そしてこれは厄介極まりないなぁ!」
べらんべらん喋るそれはまさに回り続ける舌。
その舌に比例して歩みも止まらない。
どんどん歩みを進めて、槍を紐の様に手繰り寄せながらヌィビットは進む。
進み続けるその様子を見て、ロゼロは背筋に感じるそれに従い槍を黒い塵にしようとした。
しようと行動しかけたが、それを止めるようにクィンクが足の指先に力を入れて強く踏み込むと、姿勢を低くして駆け出す。
がりっ! と地面を抉る様な音が聞こえた瞬間、ロゼロは視界の端でクィンクのことを視認しようとし、目と鼻の先に広がる貫手を見た瞬間、ロゼロは理解し、行動を起こす。
脳をフル稼働させ、迫り来るクィンクの猛攻を、一矢を止めるために思い浮かべる。
攻撃ではない。
今この状況を把握したい気持ちを優先し、防御しながら攻撃できるそれを思い浮かべて――!




