PLAY134 爆弾抱えて①
あの時――ハンナは思った。
初めて見る『風獣の神殿』を見て、彼女の第一印象はこうだった。
まるで動く建造物だったから。
アオハさんの絵の通り――まるで鳥が卵を翼で守る様に、包み込むように削られた大きな岩。卵の舌らへんに出来た穴のは空洞になっているけど、その穴はナヴィちゃん。グワァーダ二体が余裕では入れる大きさだった。
そう――そのくらい大きい。
多分だけど、これは私が今まで見てきたダンジョンの中で随一にでかいかもしれない。
この先記録を更新すること蛾あるかもしれないけど、現時点で言うと、一番のデカさのダンジョン。
私達が豆粒の様な存在になるくらい大きくて、そしてゆっくりと移動しているダンジョン。
と――
それは正解。
正解の反応であり、正解の見解だ。
いつぞやか、ハンナとヘルナイトが落ちてしまい、虎次郎が閉じ込められて早々落ちてしまい迷ったあの『奈落迷宮』よりは規模は小さい。
奈落迷宮は本当にアズール全体の面積を誇る場所。
簡単に攻略できないことは百も承知だが、この『風獣の神殿』がなぜ攻略できない、調査できないのか。
それがこれなのだ。
浮遊し、少しずつ移動をして場所を変える。
そのせいで調査に向かおうとしてもその場所にはない。かつどこに向かったのかもわからない。
一時は風が吹く方向でわかるという予想もできたが、その予想も崩されてしまった。
風に乗って動いていない――それは自動で動いている。
自動だからこそ不規則な動きに翻弄され、空気が薄い場所で動くその行動は鳥。
否、この場合は『グリフォン』の方がいいだろう。
グリフォンの様に意思を持って動くダンジョン。
そのダンジョンに足を踏み入れたのは――今まででたったの二人。
たった二人の人物は何のためにこの神殿に足を踏み入れたのか?
簡単だ。この場所は最も空気が薄く、最も寒い場所だ。
ゆえにこの場所が最適だったのだ。
アズールの守り神にして『八神』が一体に数えられる存在――
『風』と言う自然の驚異の力を持つ……シルフィードを封印するには、最適過ぎる場所だったから。
風は雪の魔祖に弱い。
『風』の八神シルフィードにとって、寒い場所は最も力が無くなる場所でもあるのだ。
だからこの場所を封印の地として選んだ。
ドラグーン王と、封印のために協力した鬼族――氷守は、風の力を思うが儘に操り、空の国を蹂躙しようとしていた神を封印した。
一時的。
一時しのぎにしかならないような封印と、封印に最適な場所。
そして――長い間封印できる方法『縛』と言う呪法を使って……。制限付きの平和を手に入れることができた。
だが、その安息も仮初の平和も今日で崩れてしまうかもしれない。
シルフィードの復活を目論む輩の手により、またこの大地が、世界が壊されてしまうかもしれない。
それを止めるためにハンナ達は動く。
動いて、止めるために、『浄化』するためにここに来たのだ。
時間制限ありの攻略と言う難易度高めの行動でも、やらなければいけないのだ。
元々通るはずの道。
それに追加されただけのこと。
動き、空気が薄く、寒いダンジョン。
古の道具と言う魅力的な言葉を片隅に入れて、ハンナ達は足を踏み入れる……。
□ □
「よっと」
「ほいにゃ!」
最後尾にいたつーちゃんとむぃちゃんは、軽々とナヴィちゃんから降りて地面に足をつける。
むぃちゃんに至っては猫の様に前から降りて、そのまま両手を地面つけると同時に腰を下ろす。
まるで猫の様に降りたその姿に、私は驚きはしたけど、身軽に下りたその姿に小さく拍手を送った。
「すごいね……」
「軽やかね。流石猫の亜人」
「にぇへへぇ~」
小さく拍手をしながらむぃちゃんのことを褒めると、私の背後でシェーラちゃんが珍しくむぃちゃんに向けて褒め言葉を零す。
流石に二人同時に褒められたこと嬉しかったのか、それともあまり褒められていないのか、褒められることになれていないのか、むぃちゃんは顔を真っ赤にしてテレを表しながら体をくねらせてもじもじしだした。
典型的に照れて恥ずかしがっているその姿はまさに褒め慣れしていない証拠。
それを見ながら私は赤くして照れているむぃちゃんのことを見て思った。
可愛い……。
思わず頭を撫でてしまいたくなるくらい可愛い……。
流石に今は緊急事態。そして敵地に入った時なので頭を撫でることはしなかったけど、それでも可愛いと思ったのは事実で、むぃちゃんのことを見て緊張していた気持ちが少し緩んだのは、言うまでもない。
心の中でむぃちゃんの感謝のそれを述べた後――アオハさんの声が入り口に響いた。
「これをみろ――これが入り口の転移装置だ」
アオハさんの声を聞いた私達は驚きや気付いたかのように気持ちを切り替えてその場所をる。
見て、入り口から遠く離れた壁のような場所にある石板のような装置を見た。
装置はアオハさんが書いたようなデザインだったけど、素材は大理石のようなもので作られている……、簡単に言うと高価そうで、壊れない様な素材で作られていた。
よくよく見るとところどころに作った人のこだわりのように細かい模様が掘られていて、中央に埋め込まれている白くて丸い――真珠のような小さな宝石を見たアキにぃは腕を組んで……。
「へぇー、これが転送装置……じゃなくて転移装置か……。意外と装飾凝っててびっくりした」
と、『へぇー』や、『ほぉ』と言いながら見ていると……。
「だが私が住んでいる屋敷の装飾よりは劣っているな。だが技術でこれを彫って彩ったということは相当腕の立つ職人だったことは分かる」
「………………………」
「………………………」
『………………………』
静寂と言う名の沈黙。
ううん。
これはみんなの感情が一つになった瞬間の方がいいのかもしれない。
なにせ。アキにぃやつーちゃんが転移装置を見ていた背後で突然ここにいなかったはずのヌィビットさんが顔を出して、あろうことかアキにぃとつーちゃんの顔の間に自分の顔を割り込ませてきたその人は私達の驚きなんて無視して転移装置を凝視していた。
「ほうほう」とか、「この宝石はいくらなのかな?」とか、もう一人の世界に入っているヌィビットさんのことを見て――
「「――ぅおわぉっっ!?」」
アキにぃとつーちゃんは絶叫を上げてヌィビットさんから離れてしまった。
この一部始終がコントの様な出来事だけど、アキにぃ達本人は驚きが勝ってそれどころではない。
離れたと同時にアキにぃはヘルナイトさんの近くに隠れて、つーちゃんはコウガさんの背中に隠れて、再度顔を出してヌィビットさんの存在を視認する。
「あんた……、いたんか」
「ああいたよ。君達よりも五分くらい早めに着いた」
「五分前って、五分前行動を重視しているような行動力ね」
「あ、ぺちゃくちゃおにーさん!」
アキにぃが驚きのあまりに心臓を押さえながら震える声で言うと、まるで小馬鹿にするように (本人が胴かはわからないけど、本当に小馬鹿にしているようにしか聞こえない)ヌィビットさんは五分と言う意味を踏まえて右手の掌を見せつけるように言ってきた。
本当に五分だったということを示すように――
それを聞いていたシェーラちゃんも驚きの顔をしたままヌィビットさんに言い、むぃちゃんに至ってはヌィビットさんのことをあだ名で呼んで手を振っていた。
ぺちゃくちゃ……。確かにいろいろと喋る人なんだけど……。
むぃちゃんの大胆な発言に対してヌィビットさんは笑みを浮かべてむぃちゃんに手を振っているけど、それを見ていたアオハさんはヌィビットさんに向けてこう言った。
驚きはない。あらかじめここに来ることを言っていたから驚きはないけど、それよりも予想外な面持ちをして言った。
「早めに来たのか……。それにしては早すぎる。王の『天竜』でも今の時間がやっとなのに……、それよりも早く来て、竜の姿がないが、どうやって――」
「それは守秘義務としておこう」
アオハさんの疑問に対し、アオハさんはあっさりと、はっきりとした言葉で否定を口にした。
はっきりして、あっさりしているのに否定している。
バッサリ否定にもほどがある否定の言葉だ。
正直アオハさんの疑問に対しては私達も同文だ。
こんなところに一番乗りでヌィビットさんがいるとは思わなかったし、そもそもここに来るのにどんな方法を使ったのかもわからない。
竜もいないとなると、どんな方法を使ったのかも気になるところ。
一応協力体制で私達はいるけれど、やっぱり信用的には低いのかもしれない。
初めて会った時、私ヌィビットさんにひどい事をしてしまったから、それで信用とかできないとか……、まさかの警戒されているのかも……?
「あ、もしかしてと思うんですけど、話せないのはまさか、信用できないからとか」
「ああそうではない。信用はしている。そこに転がっている石よりも大きな信頼を私は君達に寄せている。ただ話せないのは本当に守秘義務であり。ここでは話せない――秘密なだけだ」
気を悪くさせてしまったな。すまない。
秘密なだけ。
そうヌィビットさんは断言して、本当に話せないからと念を押すように告げるその言葉を聞いて納得していないしょーちゃんとアキにぃ。
ほとんどの人が『ここでは話せない』と言う言葉を聞いて何かを察したのか、それ以上のことを聞く様子はない。勿論私やアオハさん、ヘルナイトさんやデュランさんだって聞こうとしていない。
でも頑固になって聞こうとしているしょーちゃんは『えー……?』と言いながら納得していない顔をして、アキにぃは言いたそうな顔をしているけれど大人としての威厳を保とうとして声にしない。
口を開けない様子でアキにぃはヌィビットさんのことを見ている。
本当は喋りたい。聞きたい気持ちがもういっぱいいっぱいなのに、アキにぃはそれでも口を開けない。きっとプライドが勝って、それでも消えない感情の結果こうなっているんだ。
もしゃもしゃがそれを伝えてくれる。
でも、正直ヌィビットさんの感情はあまり読めない。
感情を表に出さないようにしているのか、それとも元々こうなのかはわからないけど、感情というか心が読めない。でも言っていることに嘘と言うそれはないように感じる。
感じるからこそヌィビットさんの言葉を呑んだのだけど……。
「いや秘密とか言われてしまうと、余計に気になっちゃうんすけど」
「おい聞くな馬鹿。余計な首を突っ込んで巻き添え食うのはごめんだぞ」
しょーちゃんは正直だ。
正直だからこそしょーちゃんは聞こうとしているのけど、それでもヌィビットさんは話そうとしない。
どころか口を閉ざしてしまっている。
ニコニコした顔のまま口を閉ざしているからこれ以上話さない意思を固めているに違いないけど、それでも聞こうとしているしょーちゃんに呆れて、コウガさんは首根っこを掴んでしょーちゃんを引きずって離れて行ってしまった。
離れたと言っても少し距離を置いただけ。
それを見ながらつーちゃんはヌィビットさんに対して軽く頭を下げて『すみませんあいつが』と謝罪の言葉を述べていると、ヌィビットさんは嫌々と言いながら笑顔で返していた。
確かに、しょーちゃんの気持ちもわからなくはないし、正直なところ聞きたい気持ちもある。
ドラゴン…………は、いないみたいだし、一体どんな方法を使って……。
そう思っていると、アオハさんは「そろそろ行動するぞ」と言って、私達に声をかけてきた。
……また長話をしてしまった。
そんな少しの罪悪感――悪い事をしてしまったという気持ちを抱えながらアオハさんのことを見ると、アオハさんは持っていたカバンに手を入れて、中身を少しだけ漁った後すぐに手を出して私達に前に出してきた。
私達の前に見せつけるように出してきたそれは――カプセル状の薬だった。
よく処方された薬と同じもので、青のカプセルに収まっている以外は普通の薬と変わらなかった。
だからみんな驚きの顔をして薬の様なものを凝視した後、アオハさんに向けて言葉を発したエドさんはそれを指さしながら聞いた。
「これって……?」
「これは空気を凝縮した薬だ。元々空気を操る魔女はいるんだが、そいつは今別の場所にいる。これはそいつの血液とボロボの医療技術で作り上げた薬――『空気凝縮薬』だ」
「えっ!? てことはこれ血液入れているのっ!?」
アオハさんはエドさんの質問に対して簡潔に、でもわかりやすく伝えてくれた。つーちゃんは聞くと同時に青ざめてぎょっとした顔のまま引いてしまったけど……。
「なに引いているんだツグミ。これは我々の切り札でもあるんだ」
「分かっているけど……」
「分かっているなら嫌な顔などするな。これは限りあるものなんだ。これがあるだけ有難いと思え。我自身もこの空気の薄さは、流石に堪えるからな」
感謝することが正しい反応だ。
つーちゃんの言葉に対してデュランさんの叱咤が炸裂する。
そう――これが多分この場所で使う『空気の代わりになるもの』なんだろう。
空気が薄い分これを使えばそのデメリットも一時的に解消できるもの。
それがこの薬なんだろう……。
この小さな薬が私達の生命線。
そう考えると、これが切れる時が怖いと思ってしまう。
今現在も空気が薄いせいか、少し呼吸が苦しい気がする……。
この状態が長時間となると、流石にキツイ。きついからこそ、この薬があることは幸運でしかない。
きっと、空気を操る魔女は『大気』の魔女アルダードラさんに違いない。
アルダードラさんの血液と技術の結果……、この薬が出来上がって、私達の助けとなっている。
デュランさんの言う通り、感謝しないといけないんだ。
「そうだな。蒼刃殿。この薬の効き目はどのくらいかかるんだ?」
「この薬はまだ未完成だが、時間はだいたい三時間半。それまでに『浄化』を済ませれば、上出来と思っている」
「三時間半でこの『風獣の神殿』の内部を攻略、あるいはできるだけ覚えて時間短縮をしつつ、『六芒星』相手に戦いになれば……、少しギリギリの時間だな」
「お前にとってはだけど、三時間半で攻略と『六芒星』を倒して『浄化』ってかなり時間を要するぜ?」
「マジで『最強の鬼神』の感覚は驚かされるべ」
「あんた少しは常人の力量も考えて言葉を発してほしいわ。普通に考えてギリギリ。じゃなくてマジで少なすぎるわよ」
「三時間半がタイムリミット……。これ以上は無理ってことか……」
アオハさんの言葉にヘルナイトさんは質問を投げかけると、時間は三時間半は持続することが分かった。
つまり空気がある状態になるのは三時間半だけで、それ以上は無理。
それを聞いたみんなは緊張を走らせていたけど、ヘルナイトさんだけは違った意味で解釈していたみたい……。
流石と言うか、キョウヤさんと京平さん。シェーラちゃんの言う通り――本当にそれはギリギリではない。最悪できない可能性だってある。
それに対してできるという考えを出すヘルナイトさん……。
正直、私も驚きました……。
でも……、驚いても泣いても笑っても、エドさんの言う通り三時間半が限界なんだ。
エドさんやみんなの言葉を聞いたアオハさんは頷いて――私達にそれを一錠ずつ渡していきながらこう言ってきた。
開口『だがな』と言いながら……。
「敵もきっとこの薬を持ち、そして服用していることは分かっている。お互い三時間半と言う時間制限があるが、私達の方が遅いんだ。その分有利になっているが、それでも迅速に行動してほしい。この先――何が起きるかわからない」
予測なんてしても無駄な状況なんだからな。
□ □
それは、アオハさんなりの忠告だったのかもしれない。
予言とかそんなものなんてない。
只の忠告。
忠告なんだけど、この言葉をもっと重く受け止めておけばよかった。
受け止めて、注意深く行動していれば……。
もっと慎重に、且つ迅速に行動しておけば……。
あんなことには、ならなかったのに……。




