PLAY133 武神の疑心と戦地へ⑥
――ばさっ! ばさぁっ! ばさぁっ!
と、大きな大きな翼を羽ばたかせる音が私達の耳を通過していき、そのまま鼓膜を大きく揺らす。
このことを話したのはいつ以来だろう。
多分何週間も前のことで、きっとそれも懐かしい話になってしまう。
簡単に言うと過去の話。
そんな過去の出来事を見直すように――追憶するように私は、私達は……。
上空に向かっていた。
それも、ナヴィちゃんともう一体の竜の背に乗って――
「うわー。本当にどんどん上に上がっていく……。ロケットとはいかずとも……、これは確かに……」
「おいアキ大丈夫か? 顔色優れねーぞ。気分悪くなったら言え」
アキにぃの沈んだ声を聞いて、キョウヤさんは振り向きながらアキにぃに言うけど、アキにぃ自身優れないそれではないので手を振って「お気遣いなく」と簡単な言葉で返した。
それを聞いて、つーちゃんがむぃちゃんのことを見ながら――
「むぃちゃんは子供だから、気分が悪くなったら言う事、いいね?」
「はいなのですっ」
「よろしい。ショーマも言ってよ? 何々は風邪ひかないって言うけど、それでも用心して忠告しておく」
「え? 何が?」
と、むぃちゃんのことを心配してつーちゃんはコウガさんの胡坐の中にいるむぃちゃんに言う。
つーちゃんの言葉を聞いてむぃちゃんは手を上げて元気よく返事をしたけど、つーちゃんは思い出したように気分が悪い顔のまましょーちゃんの言うけど、当の本人は首を傾げながら呆気からんとしていた。
まるで人の気も知らないで……と言わんばかりの顔だ。
心なしかというか、ふとつーちゃんが胃の所を触っていたのは……、多分見間違いじゃない。
つーちゃん、大変だと思いながらも、つーちゃんとキョウヤさん、アキにぃの言葉を聞いて私も気を付けなければいけないと思ったのは事実。
だってここは――もうあの時見ていた空の世界じゃない。
青い空も白い雲もきれいに見えていた世界だけど、雲も多く、まるで人の介入を許していないかのようにどんどん薄くなっていく空気の感覚と、視界の障害となる厚い雲の世界。
多分こんな世界を見ることはあまりない。
現実世界で見ることはあまりないであろう――雲の上の世界に、ナヴィちゃんともう一体の竜の背にしがみつきながら私達は向かっていた。
雲の向こう――誰も向かうことができない領域に、私達は向かっていた。
雲の先にいるであろうシルフィードを『浄化』するために。
雲の世界はあの時、『残り香』の時見たはずだけど、硬度が高くなるにつれて、雲の世界も合わっていく。
薄暗く、太陽と言う光が入り込まないこの場所は、周りを見てもほとんど雲しかない世界で、前のように羽ばたきが起きても薄くて長い雲は翼に絡みつかなかった。空気と同化して消えることもなかった。
あまつさえ――雲の形をどんどん変えていくなんてこともなかった。
厚い雲ばかりで羽ばたく翼の動きに逆らう様に、動きを止めるようにどんどん絡まっていく。
質量なんてない雲だけど、それでも絡まっていく光景は圧巻ともいえる。
まるで雲の海。
底が深い雲海の様に、雲は私達をどんどん包み込もうとしている。
実際は包もうとする意思はないけど、そう見えてしまうのはきっと雲が多いからだと思う。
羽ばたきが起きると同時に周りに浮かんでいた薄くて長い雲が羽ばたきと同時に翼に絡みつき、そのまま空気と同化して消えていく。白くて薄い糸となってその雲が消えて、周りの雲をどんどん形を変化させていく。
翼を使っても抉れない。
抉っても抉っても再生するような世界だ。
地上を歩いて、空気が十分ある空の世界を飛んでいる私達からすると、この世界は未知の世界だった。
あ
大きく羽ばたく翼の動きを止めようとしている雲の乱れ具合は綿菓子を千切って、そのまままき散らしているような散乱具合で、それを見ていたシェーラちゃんは苛立ちを顔に出しながら小さな声で『イラつくわね」と言っていたけれど、それを諫めるように虎次郎さんがシェーラちゃんの頭を軽く叩く。
そんな光景を視界に入れつつ、ヘルナイトさんの手によって支えられている私はナヴィちゃんの背を撫でながらナヴィちゃんに言う。
「ナヴィちゃん……、無理しないでね?」
「グゥ……ッ!」
フワフワの体毛の竜の姿になって私達のことを運んでいるナヴィちゃんは、慣れない飛行のせいでふらふらしながら飛んで上昇している。
いつも飛行機のような並行飛行で、戦う時も急上昇の行動はしていない。
きっとナヴィちゃん視点で見ると、この飛行は初めてなんだろう。
だってあんな小さな小動物だもん。小さな子供と同じで、こんな飛び方は初めてに違いない。
今までの飛行が嘘のように、現在私達の状況は不安定。
だから――
「ちょっとナヴィだっけ? 少しふらつきひどくないー!?」
「これ落ちねーよな!?」
「そんなこと言うなら、とっととそっちの竜に飛び移ったらー!? ナヴィは大丈夫よ! ナヴィはやる子だからぁ!」
「すんませーんっ!」
つーちゃんとしょーちゃんが不安の声を大きな声で上げているけれど、この大きな声は恐怖からくる声ではなく、私達のことを吹き飛ばそうとしている向かい風に対抗するために、風のせいで聞こえないかもしれないという不安定要素を補うために放っているだけ。
つまり――風のせいで聞こえないかもしれないから大きな声を上げているだけ。
実際厚い雲と雲の中で風が強い事もあり、普通の声を上げても風の音でかき消されてしまう。だからみんな声を上げて話している。
あ、勿論近くにいる人は例外だけど……。
声を上げながらしょーちゃん達の言葉を聞いて、シェーラちゃんは目を細めながらしょーちゃんに向けて言うと、素直に謝ってシェーラちゃんに謝罪して、ナヴィちゃんにも謝罪していた。
すごく大きな声で、慌てた様子で。
因みに――ナヴィちゃんの他に並行して上昇しているのは、あの時お世話になったグワァーダで、グワァーダの背にはアオハさんとエドさん達が乗っている。
アオハさんの肩にかけている布製のバッグには何かが詰めに詰め込込まれていて、隙間から飛び出ているそれを見て、一体何を持ってきたんだろうと思ってしまう。
そのくらいアオハさんのカバンは膨らんでいて、それを大切そうに、落とさないようにしっかり持っているアオハさんは胡坐をかいたままグワァーダの背に座っている。
あの時見せた――ドラグーン王とは違うけれど、それでも信頼しているような光景はドラグーン王を思わせる様な貫禄……でいいのかな?
私達を背に乗せて、しょーちゃん達も乗せてナヴィちゃんは飛行しているけど、それでもよろよろと、完全に不安になりそうな上昇飛行をしている。
それを見て、エドさんはハラハラして見ていて、シロナさんや善さんも大丈夫かと言う顔をしている。
京平さんは京平さんでグワァーダの背にしがみついているので自分の心配を優先にして――
そして、あの時いなかったリカちゃんは幽霊なので浮いている状態で京平さんの肩を掴んでいる。
風圧なんて全然効果なしと言わんばかりの顔をしているけれど、その顔は依然と比べたら……、なんていう言葉は不正解。
今まで見てきた天真爛漫な顔はどこへやら――今はなんだか考えているような、そんな複雑そうな顔をしている。
笑顔なんてない顔。
今までの天真爛漫が消え去ってしまったかのような俯き顔に、私やみんなは大きなショックを受けてしまった。
あの時――話を聞いている時はいなかったけど、話を終えていざ行くぞと言う時に、リカちゃんはエドさんと一緒に来たんだけど、その時からもうすでに笑顔なんてなく、むぃちゃんが心配しても『平気だよ……』としか言わない。
声は比較的明るいけれど、今までの屈託のない笑顔はなく、曇りが残ってしまったその顔は衝撃過ぎた。
どう声を掛ければいいのかわからなかったし、聞いたとしてもはぐらかされそうな空気に、みんな聞くことはしなかった。
敢えて抉るようなことをしなかっただけで、それでも聞きたい気持ちは十分あった。
滅茶苦茶聞きたかったけれど、それでも聞かなかったのはリカちゃんのことを思っての対応。
そして――
今この場所に、シリウスさんはいない。
あれからずっとリカちゃんはおろか、みんなの前から姿を消したかのようにいないとシロナさんは言っていたけれど、本当にどこに行ってしまったのか分からないまま私達は向かっている。
緊急事態なのにどこにいるのかもわからない。
わからないけど時間も惜しいということで、私達は今の状況に至っている。
「!」
と、少しの間思考の海に浸っていると、目の前――というか、上から一筋の光が入り、光を直視してしまったせいで驚きながら手で目を守って、手越しで光っている先を見た時……、驚きの声を上げて私は叫んだ。
張り上げるように声を上げて――指を指しながら私はみんなに教えた。
「皆さん! あれ!」
『!』
私の声を聞いたみんなはすぐに反応して――指さした上を見てくれた。
上を見たみんなは驚きの顔をして、一筋と言わんばかりの光を見て思ったに違いない。
もうすぐだ。
私だって思ったし、光を見てやっとこの暗さから解放される。そう思っているに違いない。
そう思い、もうすぐだと思った時――
「っ!」
「眩しっ」
「うわわっ」
「っ」
一筋が全体に、目の前一杯に広がり、暗闇になれていた目が光に当たると同時に霞むような現象に陥った私やみんなは目をつぶってしまう。
差し込んできたと思ったらいきなり雲の中から出てこれたのだから、驚くよりもこうなってしまうのは必然なのかもしれない。
しれないけど、ようやく目が慣れてきて、やっと目を開けることができると思い、そっと瞼を開けて目の前の世界を視界で確認し、脳に刻もうとした。
して――目の前の光景を見て理解した。
圧巻した。
の方がいいのかもしれない。
「ここが……、なんだな」
アオハさんの呟くような声すら聞こえていないほど、私は、みんなは圧巻してしまった。
なにせ――私達の目の前に広がる光景が、目の前で進行を阻むように現れたそれは――まるで動く建造物だったから。
アオハさんの絵の通り――まるで鳥が卵を翼で守る様に、包み込むように削られた大きな岩。卵の舌らへんに出来た穴のは空洞になっているけど、その穴はナヴィちゃん。グワァーダ二体が余裕では入れる大きさだった。
そう――そのくらい大きい。
多分だけど、これは私が今まで見てきたダンジョンの中で随一にでかいかもしれない。
この先記録を更新すること蛾あるかもしれないけど、現時点で言うと、一番のデカさのダンジョン。
私達が豆粒の様な存在になるくらい大きくて、そしてゆっくりと移動しているダンジョン。
誰も踏破したことがない事が頷ける。だって、こんな巨大なダンジョンを踏破すること自体――不可能なのだから。
街全体を覆ってしまいそうなほど――ううん。その五倍はでかいダンジョンを見て、縦横全体的にでかいそのダンジョンを見て……、これからやるべきことへの重大さ。且つリスクと時間制限。
「これって……、マジで時間内に終わらせる、んだよね……?」
無理かもしれない。
初めてそう思っちゃったよ……。
アキにぃの弱気な声が聞こえる。それに関しては同文としか言えない。
本当にこんなダンジョンの中、『六芒星』幹部を相手にして、大臣が心臓部に着く前にシルフィードを止める。
その未来でさえも想像できないほどの圧巻な巨大さ、デメリットの多さ、ありすぎるリスクに『できる』と言う気持ちが薄れそうになったのだから――




