PLAY133 武神の疑心と戦地へ⑤
「覚えると言っても、要点を覚えていれば何とかなるらしい。難しく考えず見てくれ」
「? と言うことは、そこまで難しくないんですか?」
アオハさんの言葉を聞いた私は首を傾げて質問を投げる。
地図無し。中の状況も分からないという状況の中で、『風獣の神殿』内を描いたものを覚えろ。と言う内容だったはずなのに、何故難しく考えなくてもいいのだろうか。
そんな疑問が浮かんだけど、アオハさんは私の疑問に対してスルーするように、一枚の和紙を手に取って見せてくれた。
それはさっき見せてくれたもので、それにはつーちゃんの言う通りグリフォンのような形の大きな岩。大きな岩を掴んで翼で包み込んでいるような絵で、それを見てつーちゃんはアオハさんのことを見て――
「これはさっき見たけど? まだ何かあるんですか?」
と言うけど、アオハさんはつーちゃんの言葉に即答した。
「二つだけだ」
二つ。
右手を突き出すと同時にピースサインでもするように人差し指と中指を突き立てて言うアオハさん。
突き立てたかと思ったらすぐに右手の形を変えて、『かさり』と和紙に指を突き付けながら話を続けた。
突きつけたところは文字か書かれているところ――『情報壱』と『情報弐』の所を指さして……。
「ここに書かれている通り……、一つ目は神殿内はおおよそ三層構造となっている。二つ目は神殿内の空気は薄いが、もっと薄いのは『風獣の心臓』。下手したらその場で死ぬ」
「軽く死ぬとか言わないでください」
アオハさんのはっきりした物言いはまさに断言と言わんばかりのもので、それを聞いたキョウヤさんはいてもたってもいられなくなったのか、それともアオハさんのはっきりとした『死ぬ』宣言に不意を突かれたのか、思わず声に出して突っ込んでしまった。
キョウヤさんの顔を見ると……、わ。ドン引きしている。
あ、シェーラちゃんやアキにぃもドン引きしている。
善さんやシロナさん。あ、コウガさんとつーちゃんまでもドン引きして固まっている。
きっと『その場で死ぬ』と言う言葉がかなりのパワーワードだったみたい……。
でも、私も少し驚いてしまったけど。
私達に驚きを無視してアオハさんは次に手にしていた和紙を私達に見えるように見せてきた。
一応言っておくけど……、和紙は和紙でも黄ばんでいる和紙で、白い和紙しか身に覚えのない私達からすると古く感じてしまいそうな弱々しい和紙で、墨を含んだ筆で書いてしまったら誤って破ってしまいそうなほど脆く見えてしまう。
そのくらい古くて脆い。そんな和紙に書かれた二枚目の無いようは――
意味が分からない絵だった。
描かれている内容は神殿内の構造だと思うんだけど、その構造を見ても分からない。
一言で言うと、昔あった脳内が分かる絵みたいな感じのものだった。
『風獣の神殿』内部を横向きにして書いて、その構造内を描こうとした入り口を描き、その後中央が重要と言う事でビックリマークを書いている。赤い墨……、これは朱肉のようなインクで書いたものなのかな……?
それを囲むように丸マークが書かれて、あとは……。
「不?」
それが五つ書かれていた。
不と言っても、何が不なのかわからない。何が不なのかわからない。わからない事づくしでわからないだけが頭に残り、冒険者である私達プレイヤー一行は首をひねってしまうばかり。
「どういうことだべ?」
「これなんて書いてんの?」
「あ、エドって外国出身だからわからないのか。これは――『不可能』とか『不可欠』とかで使う『不』って漢字」
「ふ? どういうこと? 意味は?」
「辞書で調べろ。後はネットで調べろ。ググれ」
「いやここ調べられないし。辞書とかそんなもの見なかったけど?」
京平さんの言葉とは別の意味で理解ができなかったエドさんに、シロナさんは思い出したように説明しても結局わからないまま首を傾げてしまうエドさん。
でも、確かにそう言われたとしても『一体何なの?』と言う言葉が返ってしまうだろう。
詳しくは知らない。でもなんとなく知っている。
そんな知識だけの内容を言ったところで『よくわかった』……、なんて言えないか……。
エドさんの再度の質問は案の定シロナさんと京平さんに大きなダメージを与えたらしく、少しの沈黙の後、京平さんは言った。
自分で調べろと――
これが丸投げなんだろうな……。でもここに辞書があるかどうかもわからないから、それを言ったとしてもエドさんが食い下がらなかったのは目に見えてしまう。
でも私達が詳しく言おうとしても、私達も分からないのは事実。
どう説明すれば……。
そう思っていた時――
「『不』とは、打ち消しの言葉だ」
突然聞こえた虎次郎さんの声。
声を聞いた私達は驚きつつも虎次郎さんのことを見ると、虎次郎さんは正座をした状態で腕を組んでいて、視線を下に向けた状態で言葉の続きを言う。
その言葉を、エドさんに向けて。
「『不』とはな、『あらず』や『ああではない』『あれをしない』と言った否定の時に使われるもの、辞書には『打消しの助字』と言われているのだ。知らず知らず。と言う言葉にも使われていてな、これは『不知不識』と書いてしらずしらず。この図の『不』は、わからない。と言う意味を表しているのだろう。明確にわからないからこそ『不明』。その『不』を取っているだけにすぎん」
一つ勉強になっただろう?
顔を上げて言う虎次郎さんの顔には笑みが出ている。
マウントとか、そう言ったことを目的にしていない。ただの善意として、ただ知らないから教えただけの面持ちに、私達は驚きながらも虎次郎さんの知識を脳に刻んだ。
エドさんはそれを聞いて『なるほど……、つまりこれは『わからない』の『フ』か」と納得して頷いている。
エドさんと私達、虎次郎さんのことを見ていたアオハさんは一つ溜息を大きく零して――
「……時間がないんだが?」
と、さっきまでの冷静さが嘘のように低い音色で凄んできた。
ううん。これは凄むのではなく、怒っていた。の方がいいのかもしれない。
紅いそれを見た私ははっと息を呑むと同時にアオハさんに向けて頭を下げながら「ごめんなさい」と謝ると、私の謝罪とアオハさんの紅いそれを感じたのか、アキにぃ達も慌てて謝罪をする。
エドさんは少し申し訳なさそうにアオハさんのことを見ながら――
「あ、ごめんなさい……。おれこう言ったことが苦手で……、何というか、外国出身だからわからなくて」
「ならそれこそ後で聞けばいいだろ? 時間がないと言ったはずだが?」
「…………………………すみません」
と少し言い訳に聞こえそうな言葉をぼそぼそと呟いていたけど、アオハさんはそんなエドさんの言葉をばっさり切り捨てる。
言葉を言葉で切り捨てるその様子はまさに『バッサリ!』
バッサリ切り捨てられてしまったことで、エドさんは申し訳なさから懺悔をするような面持ちで小さな声で謝罪を口にする。
それを見て虎次郎さんは困ったように笑いながら頭を掻いて『すまなんだ』と軽い謝罪を述べている。
でもこれは普通に私達が脱線させているんだから、仕方がない事だと思うけど、十対ゼロで私達が悪い。
謝るべきことなんだよね……。うん。
この時――一通りの謝罪を見ていたヘルナイトさんとデュランさんは困ったように顔を合わせていたことは、私は知らない (後から知った)。
謝罪をした後、アオハさんは呆れる様なそれを零し、気を取り直すようにアオハさんは二枚目の和紙を指さしながら説明を再開した。
「……そうだな。逸脱した異端の剣士の言う通り――これは分からないという意味だ。分かるのは入り口。そしてどこかにある心臓部しかわからない。他はどうなっているのか、その記録すらなく、どころかどうなっているのかも、わからない。一言で言うなら――わかっていることは、この和紙に書かれている内容しかわからないということだ」
そう言ってアオハさんは最後の一枚となる和紙を私達の前に置く。
そっと、畳に滑らせるように――
と、いうか……、なんか和紙に書かれたそれを見て、シェーラちゃんとキョウヤさんがアキにぃを見て小さな溜息をついているような気がしたけど、何について話しているんだろう……。
話していないけど、視線で話しているような雰囲気だから、きっと何かを感じてアキにぃを見ているのかも……。
そう思いながら最後に見た絵は――
四角い何かに書かれたイラストと、そこに書かれている説明文。赤い墨で囲まれていて、重要であることを示しているような囲み具合だ。
よく見ると紋章のような絵の中央にビックリマークが赤い墨で書かれていて、その横には丸と四角のマークが書かれている。
その横にもちゃんと矢印と何かが書かれている。
丸の横には通常。
四角の横には……心臓部に繋がる装置。
赤い枠に書かれている内容は――
『中の構造を複雑化するために作られた装置。
真ん中の宝石 (瘴輝石ではない石)に触れると指定の場所に転移できる。
古の道具らしいが構造は不明。
だがこれが神殿内の移動手段であり、色で移動できる場所が変わる。
しっかり覚えることを進める』
と書いてあった。
書いている内容を見て、私は首を傾げながらどういう事なんだろうと考えを巡らせたけど、何にもわからない。
言葉で書かれている内容を何度読み返しても、どういう事? とか、転移が移動? とか考えていると……。
「あー……、これは」
「ゲームでよくある攻略だ!」
「確かにこんなのあったね。移動していたらいつの間にか入り口に着いてしまったって言う、覚えないといけない展開でイラついていたっけ」
「これゲームでよくあるやつなのね? 私は初めて見たわ」
「おれも」
「これはゲーム経験者でねーどわかんねーべ」
あれ?
なんか、アキにぃやしょーちゃんすぐに理解したみたい?
というかつーちゃんも分かったみたいな言い方しているし、シェーラちゃんとエドさんは分かんないみたいな顔をしているけど、京平さんは懐かしいと言わんばかりの顔をしている?
あれれ? もしかしてこれ……私だけわからない状態?
「むぃも知っていますよ! 小学校の男子がそのことで話していました!」
「あー……、えー……」
「シノビのお前もやったことあんだろ? 男子の醍醐味、ゲーム攻略」
「ん」
「ほれ善も言っている。『肯定しろぼけなす』って」
「お前の本音も乗せてんだろ」
あれれ? まさかのむぃちゃんも知っている内容?
コウガさんも、シロナさんと善さんも知っている……。
私だけ理解していない様な……、そんな空気?
なんだろう……、急に恥ずかしくなってきたというか、どんどん孤立していくような寂しさを感じてきた……っ。
まさか、一人だけ知らないという事実がこんなにも虚しいとは思っても見なかったし、というかみんな知っているような構図なのかな……?
知らないは恥ずかしい事ではないとか聞くけど、こればかりは恥ずかしくなっても仕方ない……。
なんだろう……、手汗がびっちょり。ほっぺも熱い……っ。
恥ずかしさのせいでどんどん体が過剰反応しているみたいで、思考もどう考えればいいのかわからなくなっている……。
一人だけ知らないという孤独は、ここまで孤独で、恥ずかしいことなんだ……。
あ、いやいやいやそんなことを考えている暇なんてないっ。
どころかそれを考えて何になるの?
今は集中! 集中……っ。
そんなことを思いつつも、気持ちは心に隠して話に耳を傾けるように心がけた私。
もう一点集中の如くアオハさんのことを見ると、アオハさんはアキにぃ達の言葉を聞いて目を見開いて少し驚きのそれを見せてから――
「! 知っていたのか?」
と聞くと、それを聞いて第一声を上げたのは――しょーちゃんだった。
しょーちゃんは勢いよく挙手すると同時に「はい!」と元気よく返事をした後で――アオハさんに向けて知っていることをこと細やかに説明しだした。
興奮のあまりにではなく――もう目をキラキラさせて、だ。
「知っていますとも! これって同じ種類の石のレリーフって言うんすか? それに触れると同じレリーフがある場所にワープする代物っすよね? 宝箱がある場所にもあったり敵とエンカウントしてしまう場所とかもあったりして! あと同じレリーフでも違う場所にワープしたりとかする! そう言ったシステムの類っすよねっ!?」
「あ、ああ……、大まかに言うとそうだ。これは同じ石がはめ込まれた石板の部屋に転移する古代の道具らしい。どこに次仲がっているのかわからないゆえ。これだけはしっかりと覚えてほしいんだ。尚――八角形で赤い石の石板が心臓部への転移になっている」
あ、そうなんだ。そう言う事だから『覚えろ』ってことなんだ。
しょーちゃんの説明を聞きながら納得しつつ、同時アオハさんの言葉を聞いて二重の納得をした私は、すぐに思った。
つまりそれくらい『風獣の神殿』内部は入り組んでいて、複数の転移装置があるからどこに何があるのかを覚えないといけないってことなんだ。
これは……、すぐに終えるなんてことはできない気がする。
納得すると同時に湧き上がる不安は一つ出て来てしまえばどんどん湧き上がるもので、不安を出してしまった私の考えを呼んでいたかのように、シェーラちゃんは手を叩いて理解した顔をしたかと思うと――
「ああ。そう言う事。要は形を覚えて、どこに繋がっているかを覚えていないとダメってことね。同じところをぐるぐる回って、空気がないまま酸欠で死ぬなんて言うおバカな死に方になっちゃうから」
「そう言う事かっ! いやはや儂でも知らないことはたくさんあるなぁ! まさか触れてわ……、あ……。転移できるとは!」
「ワープ忘れたわね師匠。簡単よ? これ」
……そう、シェーラちゃんの言う通り、覚えて行動して行かないと、すぐに死んでしまう。
リスク有りの行動。
それは敵もだけど、私達だってあること。
もたもたしてはいけないことを再度痛感しながら、私は小さく呟く。
みんなに聞こえるようにではなく、独り言のように私は呟いた。
「これは……早い者勝ち」
「そうだ」
私の呟きを聞いていたのか、はたまたは私の声が大きかったのかはわからない。でもアオハさんは私の声を聞いて頷きの言葉を言って、小さく驚く私をしり目にアオハさんは言った。
「これは時間との問題だ。空気の問題はこちらでなんとかするが、長時間の期待はするな。攻略と阻止、そして『六芒星』の確保を同時にしなければいけない。勿論シルフィードの『浄化』も加えると、時間はない。迅速な行動が重要の計画だ」
「迅速な行動……」
「ちなみに聞くが、空気の問題はどうするつもりなんだ?」
「それに関しては風の魔祖を操る鬼族で最適な力を持っている奴がいる。そいつを連れて行くつもりだ」
「空気関連となると、我々は少しは長く持つが、永遠ではないからな……」
迅速な行動。
それを聞いて私は事の重大さ。そして言葉通り早くしないと死んでしまうことを再認識した。
そしてヘルナイトさんとデュランさんも頷いて再認識すると、アオハさんは『よし』と言って私達のことを見ながら立ち上がる。
すっと、その場で立ち上がると、アオハさんは私達に向けて言う。
すぐに行く素振りを示しながら――
「頭に叩き込む時間はない。移動しながら覚えてほしい。そしてこれだけは覚えてくれ。目的は『六芒星』の確保、シルフィードの『浄化』、注意は空気の薄さと時間制限。複数の転移装置。長いできないことを踏まえて頭に叩き込んでくれ。俺も共に向かうが、俺ができることはシルフィードの気力を少しだけ削ぐだけだ。後のことは任せる――『浄化』の冒険者達」
□ □
初めてかもしれない。
時間制限がある『浄化』と言う、心臓に悪い攻略。
そもそも時間制限なんてあるのかないのかもわからないけど、たぶんないかもしれない。
しれないけど、それくらい今回のダンジョンは危ない場所で、死ぬ確率がある場所。
私が死んでしまったらこの世界からの脱出も無くなる。
希望が潰える。
だから心して行動するしかない。
時間制限がある中――行動しなければいけない。
迅速に、且つ的確に。
『浄化』を。




